参謀の戦術 #13
ティオがサラの部屋で寝起きするようになったのは、サラがティオの正体を知った夜から始まった事だった。
ティオの発案により……
『ティオが「宝石怪盗ジェム」である事は誰にも言わない。』
『内戦が終わるまで、ティオを傭兵団に在籍させる。』
『ティオを傭兵団の「作戦参謀」とする。』
『以上の条件を飲む代わりとして、サラは内戦終結後、自分のペンダントの赤い石について、ティオの知る限り全ての情報を、ティオから得る。』
という約束を結んだ二人だったが……
「ふわぁ……すっかり遅くなっちまったなぁ。じゃあ、話もまとまった事だし、俺は自分の部屋に戻って寝るぜ。」
と、あくび混じりにサラの部屋を出ていこうとするティオを、サラはグイッと彼の着ていた黒いローブの背を掴んで引き止めた。
「……な、なんだよー、サラー? まだ何かあんのかよー?」
「ティオ、アンタ、今夜からここで寝なさい。」
「は?」
ティオは、サラの意図が分からないらしく、キョトンと間抜けな顔で見つめ返してきた。
「なんで?」
「アンタを野放しにしてると、ろくな事しないってのが、今夜良ーく分かったわ!」
「だから、これからは、なるべく一日中、アンタを監視する事にする!」
「まあ、さすがに四六時中ずーっとっていうのは無理だろうけど、出来る限り、アンタには私の目の届く所に居てもらうからー!」
サラは腕組みをして背をピンと伸ばして立ち、そう宣言した。
ティオと比べると、ゆうに頭一つ分以上小柄なサラではあるが……
強い意思と、その意思を通せるだけの強い力を持ったサラには、威風堂々たる貫禄が漂っていた。
「という訳で、今日からアンタは、私と同じ部屋で寝起きするのよ。いいわね、ティオ。」
「ええー! 嫌だって、そんなのー!」
ティオはすぐに不満の声をあげた。
「いや、サラちゃん、ホント、もう、俺、内戦が終わるまでは、絶対大人しくしてるからさー! 宝石は盗まないしー、宝石以外のものも盗まないしー、今夜盗んだ宝石は、約束通りちゃんと全部返すからー! マジでなんにも悪い事しないってばー!」
「だから、サラがずっと俺について監視してる必要なんかないってー!」
身振り手振りで必死に訴えたティオだったが、サラの表情は岩のようにビクともしなかった。
「ダメ。もう決めたの。今日からは……今からは、一瞬も油断しないでアンタの事見張るから。」
「ゲエッ!」
「ティオ、確かに、アンタとは、さっき約束を交わしたわよ。いろいろあるけど、この戦を終わらせるのを最優先に考えて、それまではお互い協力し合おうって。」
「だ、だったらさぁ……」
「でも! 私は、アンタの事を信用した訳じゃない! むしろ、今夜の事で、私の中でアンタの印象は、前よりもガクッと下がってるんだからねー!」
「……まあ、元々アンタの事は、信用ならないヤツだと思ってたけどさー。」
と、サラはポツリとつけ加えた後、パンッと、ティオの鼓膜にビリリと振動が走る程勢い良く手を叩いた。
「はい! じゃあ、三分以内に荷物をまとめてこの部屋に戻ってきてー!……あ、布団も忘れずに持ってきてねー!」
「ええ? さ、三分?」
「三分なら、さすがに、手癖の悪いアンタでも、何か小細工する余裕はないでしょー?……さあ! 早く行ってきなさいよねー!」
「い、いやいや、サラちゃん! いくらなんでも三分ってのはちょっと……」
「不満なら、一分にするけどー?」
「三分で行って帰ってきますー!」
そう言うと、ティオはヒラリと黒いローブをひるがえし、サラの部屋を飛び出していった。
その様子から、物凄く急いでいるのは伝わってきたが、それに反して、ドアを開け閉めする音も、廊下を走る音も、ほとんど聞こえなかった。
(……うわー。本当に泥棒の才能の塊なんだ、アイツー。……これは本気で、目を離す訳にはいかないなぁー。……)
(……私の前では、絶対悪い事させないんだからねー、ティオー!……)
サラは、ティオの本当の実力を目の当たりにして、呆れると同時に、改めて闘志を燃やしたのだった。
□
「ただいま帰りました、よっと。」
ティオは、本当に三分という短い間に、それまで使っていた部屋から、自分の荷物と寝具を持ってひょっこりと戻ってきた。
と言っても、サラの使っている棉の入った敷布の上にシーツもついた上官用のベッドとは違い……
他の団員達は、藁を敷き詰めた上に、古ぼけた毛布を一枚は下に敷き一枚は上に掛けて使っていたので、さすがに藁までは持ってくる事はなく、手にしていたのは毛布二枚だけだったが。
脇に抱えてきた毛布二枚をとりあえずバサッと床に置き、その上に、いつも着ている上着とマント、更に、肩から斜めに掛けるバッグや、腰回りにズラッとポーチや小袋が並ぶベルトも置いた。
どうやら、今着ている黒いローブは、盗みを働く時専用のものらしく、さっさと脱いでいつもの上着とマントに着替えようとしていた。
「誰かに見つかったりしなかったー?」
「ああ、それは平気ー。こんな夜中だから、みんなぐっすり眠ってたぜー。」
と、シュルリと上着の袖に腕を通しながら、ティオは笑って軽く言っていたが……
ティオがそれまで寝起きしていたのは六人部屋であり、他に傭兵団の団員が五人居る筈だった。
しかも、ティオが寝ているのは二段ベッドの上段だと、同じベッドの下段を使っているというチャッピーからサラは聞いていた。
いくら深夜で熟睡している者が多いとはいえ、ただでさえ狭い宿舎の中にギュウギュウに詰め込まれているような環境下で、いとも簡単に誰にも気づかれずに自分の荷物を持って戻ってくる辺り、ティオの泥棒としての能力が高さが知れた。
まあ、元々、そんな状況のもとで、こっそり宿舎を抜け出して王宮の奥まで忍び込んでいるのだから、このぐらい朝飯前なのだろう。
「抜け出したのがバレないように、マントと上着を丸めて毛布を掛けておいたんだよー。でも、さすがに、朝になって毛布ごとベッドが空になってたら、みんな驚くだろうなぁ。」
と、人ごとのようにティオは言っていた。
「あのさ、サラ。ちょっと聞きたい事があるんだけどもー。」
「何よ?」
「俺、どこで寝んの?」
ティオは、手際良く上着やバッグを身につけて、マントを羽織り、見慣れたいつもの格好に戻った所で、クルリと振り返って、ベッドの縁に足を組んで座っていたサラを見た。
一応上官用であるサラの部屋は、傭兵団の他の団員達が使っている狭い室内にいくつもの二段ベッドが押し込まれているようなものではなかった。
確かに、一人で使うには十分過ぎる程のゆとりのある広さを有していたが、家具と呼べるようなものは、壁際に置かれたベッドと、窓の下に置かれた机と椅子のセットだけという質素なものだった。
そして、一人部屋であるため、いくら大きくともベッドは一つしか置かれていなかった。
「そんなの、床に決まってるでしょー。これは私のベッドだもんねー。……私のベッドに許可なく近づいたら、殴るわよー!」
「うっそ! 俺、今日からずっと床で寝んのー? マジかよー!」
ティオはショックを受けたらしく、頭をかかえて天を仰いでいたが……
「ま、毛布があればいいか。今日は疲れたから、もう、寝よ寝よ。」
すぐに気分を切り替えて、さっさと床に自分の毛布を敷きだしていた。
サラのベッドが寄せてある壁と反対の、いくつかのフックが取りつけられている壁に沿うように一枚の毛布を広げると、そのままゴロリと横になってバッともう一枚の毛布を被る。
この辺の逞しさや図太さは、ティオ自身が語っていた生い立ちや経験を考えると、実に納得のいくものだった。
自然の厳しい貧しい土地で生まれ育ち、戦災孤児となってから、盗みを働きながらも、雑草のごとくしぶとく強く生きてきた様子が思いやられた。
(……寝るの早っ!……)
ティオは、今日いろいろな事があった事も、眠る環境がガラッと変わった事も、全く気にしていない様子で……
毛布を被って一分もしない内に、クークーという寝息を立て始めていた。
(……ほんっと、コイツには、ビックリさせられてばっかりだよー。……)
サラは、驚きと呆れが入り混じった大きなため息を吐き出した後、リラックスして安らかな表情で寝入っているティオの掛けていた毛布を、ババッと容赦なく引っぺがした。
「……ちょっ! 何すんだよー、サラちゃーん!」
ヒョイと上半身だけ起こして眠そうに目をこするティオに、サラはギロリと厳しい眼差しを向けた。
「まだ、話は終わってないわよ、ティオ。」
□
「って言うかー、なんでアンタ、マントと上着を着たまま寝てるのよー、もー! ほら、脱ぎなさいったらー!」
「えー、別にこのままでも全然眠れるしー。俺がどんな格好で寝てたって、サラに迷惑はかけないだろー?」
「見てるだけでなんか気になってムズムズするのー!……ちゃんと上着とマントは脱いで、そこに掛けてよねー!」
サラは、ティオが被っていた毛布を問答無用で取りあげて、更にグイグイと彼のマントを引っ張った。
ティオは思い切り嫌そうな顔をしていたが、サラの勢いに負けて、言われるままにマントと上着を脱ぐと、近くの壁に備えつけられているフックの空いている場所に掛けた。
「じゃあ、持ち物検査するからー。」
「え?……ええー!?」
サラは、ティオが上着を脱ぐ際に、上着の上に身につけていたベルトを解いて一旦毛布の上に置いていたものを、サッと取りあげた。
マントと上着だけでなく、自分の荷物も全て普段通りに身につけたまま、敷いた毛布の上に横になって寝ていたティオだった。
「おかしいでしょー。なんで持ち物を外さずに寝るのよー。」
「絶対、何か見られたくないものが入ってるんだー。そうなんだー。」
「アンタ、まだどっかに盗んだ宝石、隠し持ってるんじゃないでしょうねー?」
そう言って、ティオの荷物をなんのためらいもなくゴソゴソ探り出すサラを前に、ティオは少し驚き……
「……俺の人権、ゼロなの?……」
とげんなりとした様子で呟いていたが、焦っている気配は特に見受けられなかった。
「分かった分かった。俺の事が信用ならないなら、サラの気が済むまで好きなだけ調べていいから。」
「でも、その代わり、大事に扱ってくれよー。いろいろ貴重なものもあるんだからさー。」
「分かってるわよー。」
サラは、ティオが抵抗しないのをいい事に、さっそくティオの持ち物をごっそり自分のベッドの所まで持っていって、ベッドの上に広げだした。
(……エヘヘヘー。ティオって、いっつもいっぱいバッグとかポーチとか持ってて、何が入ってるか気になってたんだよねー。この機会に隅から隅まで、ぜーんぶ見ちゃおーっと。……)
思わずフンフン鼻歌を口ずさみながらニッコリ笑顔になっているサラの様子を見て、床に敷いた自分の毛布の上であぐらをかいていたティオは、ジトーッと疑わしそうに目を細めた。
「……サラ、お前、なんか楽しんでないか?」
「え!……そ、そんな事、ある訳ないじゃないー! 私は、アンタが変なものを隠し持ってないか調べてるだけだもんねー。好きでやってる訳じゃないんだからー。あー、面倒臭ーい。」
「……」
未だ不審そうな眼差しを向けているティオを完全に無視し、サラは、おもちゃを見つけた子供のようにウキウキと、ティオの持ち物を一つ一つ調べていった。
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「サラとティオの約束」
サラは、ティオが宝石怪盗ジェムであるという事実を黙っているという約束をした。
代わりに、内戦が終わった時、サラはティオからペンダントの赤い石の情報を得る事になった。
理由はともかく、早く内戦を終わらせたいという気持ちだけは、二人とも同じだった。




