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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第五章 参謀の戦術 <中編>傭兵団の改革
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参謀の戦術 #12


(……それにしても、ティオってばー……こんな絶世の美少女の私にくっつかれて、毎晩一緒の布団で眠ってるっていうのにー……ゼンッゼン、慌てないよねー?……)


 サラは、脱いだ寝間着をベッドの上に放った後、端に腰掛けて、いつもの生成りのキュロットスカートにせわしなく足を通しながら、窓辺の机で黙々と紙にペンを走らせているティオの背中を、チラチラとうかがった。

 ティオは、サラの着替えには一切関心を示さず、自分の作業に集中している様子だった。



 確かに、ティオはサラと同じ部屋で寝起きするようになった時、断言していた。


「あのねぇ、ティオ。これは仕方なくする事なんだからねー? 変な勘違いしないでよねー?……それから、もし妙な気を起こして、私が寝ている時に私にちょっとでもいやらしい事をしようとしたら、その時はー……」

「ああ、その心配はないから安心してくれ。」

「んん?」

「俺がサラに何かする事は、万が一にもない。」


「まず、俺はサラに対して、そういう感情は一切持ってない。」


「サラは、確かに、凄く端正な容姿なんだってのは、俺も理解してる。でも……なんて言ったらいいか、そのー、サラの小柄であどけない見た目は、好みが分かれる所と言うかー、むしろそういう外見が好みなのは珍しいと言うかー。ほら、うちの傭兵団だって、みんなサラをチヤホヤはするけど、本気でサラに惚れてるのはボロツ副団長ぐらいのもんだろー?……まあ、俺の感覚も、その他大勢とおんなじだな。」


「と言うか、俺は基本的に女性に興味がない。いや、男が好きって訳じゃないぞ。その辺は至って一般的だと思ってる。……でも、女性に特に関心が向かないんだよ。」


「ザックリ言うと……俺は、宝石以外にはまーったく興味ないから、安心してくれって事だ。」


 サラは、大人しくティオの説明を聞いていたが……


「ウゴッ!!」


 ヘラヘラ笑顔を繕っているティオのみぞおちに、反射的に、ドゴォッ! と拳をめり込ませていた。

 サラ自身も、つい思わず殴ってしまった、という感じだった。

 考えるよりも先に、手が出ていた。

 なんとなく胸の中がムカァッとして不快な感情を覚えたのは、殴った後だったぐらいだ。


「……えー? なんでー? 俺、サラを傷つけるような事、なんか言ったー? 別に、サラに魅力がないとか、そんな事言ってないと思うんだけどー? いや、サラちゃんは、マジ美人だよー! 世界一可愛いよー!」


 ガクッと床に膝を折って苦悶に顔を歪めながらも、ティオは必死に弁解していたが……

 サラは、鬼のような形相で、仁王立ちしたままだった。


 冷静に客観的に現状を鑑みれば、ティオがサラを含めて全ての女性に全く興味関心がないのは、サラにとっていい事の筈だった。

 仕方のない事情で、若い男と二人きり同じ部屋で寝起きする事になってしまったが、その同居の相手が、ボロツのようにサラに下心てんこ盛りの相手では、さすがのサラも落ち着いて休息が取れない。

 いざとなったら、怪力と剣の腕でどうにでも対処出来るとはいえ、サラであっても、ふっと気が緩む時はある。

 そんな時に襲いかかられでもしたら、たまったものではない。

 少なくともストレスがマックスな生活となる事請け合いだった。

 その点、ティオは、自分でも言っている通り、一欠けらもサラにやましい感情がなく、隙をついて寝込みを襲われたりするような心配は皆無だった。

 皆無なのだった、が……


 全くもって女性として意識されていない。

 というのは、それはそれで、妙に腹立たしく感じてしまうサラだった。


 ティオとしては、「サラは間違いなく美人! 世界一可愛い!」と気を遣ってしっかりフォローしているつもりなのだろうが……

 大事な所でいまいち乙女心を理解していない言動が、サラの機嫌を損ねる原因になっていた。

 もちろん、その原因にも、さっぱり思い至らないらしいティオだった。


「……あ、あのー、サラちゃん、ホントのホントに、俺、サラちゃんに指一本たりとも触ったりしないからさー。大丈夫だからさー。……ねぇ、なんでそんなに怒ってんのー?」

「別に怒ってないもん!」


 不思議そうな顔で見つめてくるティオを前に、サラは、腕組みをして、プイッとそっぽを向いた。



「さてと。俺はそろそろ出るぜ。」

「え! もう行くの? いつもより早くないー?」


 窓際の机で書き物をしていたティオが、書き終わったらしい紙をクルクルと丸めて懐におさめながら立ち上がった。

 サラは、生成りのシャツとキュロットスカートといういつもの服に着替えた後、まだベッドの端に座ったまま、革のブーツに足を押し込んでいる所だった。


「チェレンチーさんに話があるから、先に会議室に行ってるよ。あの人の事だから、たぶんもう来てるだろう。……サラもあんまり遅れずに来いよ。団長としてのしめしがつかないからな。」

「ちょ、ちょっと待ってよー! 私も一緒に行くってばー!」


 スタスタと歩いてドアの所にゆき、かんぬき型の鍵を外しているティオを見て、サラは、まだ片方の足がブーツに三分の一しか入っていない状態で、無理にひょこっと立ち上がった。

 そのまま、歩きにくい態勢でバタバタしながら、向かいの壁に備えつけられているフックに掛かった自分のコートと、二振りの剣を収めた革のベルトを取ろうと引っ掴んだが……

 慌てたせいで、ガクンとバランスを崩してしまった。


「いったぁー! 髪ー! 髪の毛引っかかったぁー!」

「あーあー、何やってるんだよー。」


 ピョンと跳ね上がったサラの長い金の三つ編みを縛っている紐が、ちょうどフックに掛かってしまい、ますますジタバタ慌てるサラ。

 ティオは、それを見て、軽くため息をつきながら、ドアの所から引き返してきた。


「ヤダァー! 私の大事な髪ぃー!」

「ちょっと待て、サラ。落ち着けって。暴れるなよ。今取ってやるから、少しジッとしてろって。」


 ティオに言われて、サラもシュンと大人しく頭を垂れた。

 さすがに、自分のドジでティオの手を煩わせている後ろめたさと、こんなみっともない所をティオに見られている恥ずかしさで、いつもの勝気さは引っ込んでいた。


 ティオは足早に歩み寄ってくると、壁に背をつける格好のサラに、前から腕を回して、フックに掛かった金の髪に触れてきた。

 サラは、思いがけず、真正面からティオに近づき、彼の胸がすぐ目の前にある状態になった。


(……ん?……この匂いって……)


 サラは、クンクンッと鼻を鳴らして、ティオの匂いを嗅いだ。

 距離があると分からなくなってしまう程のわずかな匂いだが、こうして密着した態勢だとうっすら感じられる。


 (……そう言えば、着替え中にボロツに部屋のドアを開けられた時、思わずそばに居たティオに抱きついた事があったっけ。……あの時も、この匂いがしてたなぁ。……)


 以前ティオの胸に顔を埋めた時と全く同じ匂いという事は、間違いなくティオ本人の体臭なのだろう。

 (……と言うかー……)

 サラは、ティオの匂いを嗅ぐ内に、また別の事実に気づいてしまった。


(……この匂いー! 私がさっきまで夢の中で嗅いでた匂いじゃないー! 深い森の中にある大きな木の匂いだと思ってたけどー……)


(……本当はティオの匂いだったのー!? ええぇぇー! ヤダァー!……)


 サラは(凄く落ち着くいい匂いだなぁ!)と思いながら、夢の中で何度も大樹の匂いを嗅いだ事を思い出して、カアァと真っ赤な顔になっていた。

 恥ずかしさと気まずさと混乱で、思わずガバッと目の前のティオのマントをひっ掴み、赤くなった顔を隠すように埋める。


(……うわあぁぁー! やっぱり間違いなくこの匂いだぁー! 何やってんのよー、もー、夢の中の私ぃー!……)


「ちょっ! なんだよ、サラ! そんな引っ張ったら上手く腕が動かせないってー!……あー! 言ったそばからまた髪が絡まったぁー!」

 一方で、事情を全く知らないティオは、いきなりサラがグリグリ顔をこすりつけてきたので、ビックリしていた。

 正確には、凄い力で服を引っ張られている事が主な動揺の原因だったが。



 と、その時、コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえたかと思うと……

「よう! サラ! ついでにティオ! もう起きてるか?」

 すぐにガチャッとドアが開いて、ひょっこりと笑顔のボロツが顔をのぞかせた。

「そろそろ会議の時間だぜ。顔を洗ってシャキッとしてくれよな。」


 どうやら、まだ部屋から出てこないサラとティオの二人を呼びにきたらしかった。

 集合時間にはまだ余裕があったので、せかしに来たというよりは、気遣いが高じた世話焼きとしての行動だったのだろう。

 ところが……


「おはようございます、ボロツ副団長。」

「あ! ボロツ! おはよう!」


 サラが壁に背をつけ、そこに背の高いティオが覆いかぶさるような状態で密着している二人を見たボロツは……

 しばし、呆然とした表情で石のように固まった後、バッと顔を腕で覆って、クルリときびすを返していた。


「……お、お前達は、本当によう! 朝っぱらからベタベタべタバタ! 仲のいいこったなぁ! あまり見せつけてくれるなよ! 独り身にはきついぜ! チックショウ!」


 「俺は先に行ってるぜ!」と言い残し、ボロツはドカドカと足音を立てながら、立ち去っていった。

 他にも「ちゃんと顔を洗えよ!」とか「俺はまだ二人の仲を認めてねぇからなぁ!」などと口走っていた。


「もー、ボロツってばー。なんですぐ私の部屋に入ってくるんだろー? 勝手に開けないでって言ってるのにー。」

「悪い、さっき鍵を外した時、ちょっとドアが開いてたっぽい。」


 壁のフックに掛かった髪を外している状況を見たボロツは、何やら勘違いしているようだったが、サラもティオも、もはや全く気にしていなかった。


「よし、取れたぜ、サラ。」

「ありがとうー、ティオー。」


 ようやくティオの指が絡んでいたサラの髪をフックから外した。

 サラは、少し乱れていた三つ編みをスッスッと手際良く直しながら、色あせた紺のマントを揺らして歩きだしたティオの後に続いた。


「よーし! 今日も一日、頑張るぞー!」


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「ティオの異性の好み」

本人曰く、ごく一般的らしい。

サラの事は美少女だと認識してはいるが、もろもろ幼な過ぎるので対象外のようだ。

それ以前に、異性への関心自体ほとんどないように見える。

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