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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第五章 参謀の戦術 <前編>参謀の誕生
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参謀の戦術 #10


「でもー……ちょっと意外ー。ティオって、あんまりやる気ないと思ってたんだけどなー。」


 サラは、プラリと長い金の三つ編みを揺らして小首を傾げた。

 そうしていると、腰に手を当てて仁王立ちしている以外は、可憐な美少女そのものなのだが、その容姿がティオの心に与える影響はまるでないようだった。


「内戦に興味ないと思ってたー。戦うの嫌いなんでしょー? 傭兵になったのも、自分のがらじゃないって言ってたしー。」

「うん、まぁ、そうなんだけどさー。なんつーの? やっぱ、一緒に生活している内に、この傭兵団にも、みんなにも、愛着湧いてきたなーってー。仲間にムダ死になんて、させたくないじゃんー?」

「……」

「それに、ほら、内戦。あれは不毛だと思うんだよねー。この都に住んでいる人達にズゲー負担がかかってるしー、このまま長引いてたら、重税は都だけじゃなく、地方にまで及ぶだろうしさー。さっさと終わらせた方が、世のため人のためってねー。」

「……」


 サラは、仁王立ちしたまま、ペラペラと良く舌の回るティオの言葉を黙って聞いていた。

 一見もっともらしい意見に聞こえるし、いい事も言っていて、正義の味方を自称するサラの主義にも合致していた。

 が、しかし……


「……怪しい……なーんか、嘘くさいんだよねー。薄っぺらい感じがするって言うかー。」

 サラは、あからさまに疑わしそうな表情を浮かべて、目を細め、ジーッとティオ見据えた。

 ティオは、気まずそうにスッと視線を逸らして、ポリポリと頰を掻く。

「ヤダなぁ、サラちゃんってば、疑り深いんだからー。俺がこの期に及んで嘘なんてつく訳ないでしょー?」

「あ、そう言えば、ティオ、アンタ、確か……」


「『月見の塔』に行きたいって言ってなかったっけ?」

「……」


 ピクリと、ほんの一瞬僅かに、ボサボサの前髪の奥でティオの黒い眉が動いたのを、サラは見逃さなかった。


「せっかくここまで来たのに、反乱軍が立てこもってて中に入れなくて残念だーっとかって、話してたわよねー?」

「ハハハ。そんな事も言ったかなぁ。サラちゃん、変なとこで記憶力がいいんだねー。」

「月見の塔って、内戦が始まる前までは観光名所だったんだよねー? 私はてっきり、ティオが古代文明の遺跡が好きだから、観光に行きたがってるのかと思ってたけどー……」


 サラは、あごに手を当てて、ムムッと眉間にシワを寄せた。


(……ティオの宝石好きは異常だわ。それが今は良ーく分かった。……)


(……確かにティオは、古代文明の遺跡が「三番目に好きなもの」とかでー、凄く興味があるって言ってたけどー……でも、たぶん、その「好き」は、「一番好きなもの」の宝石に比べたら、天と地程の差があるような気がするんだよねー。そして、ティオは、異様に「月見の塔」に執着してた。うーん。……)


 サラは、ティオが「二番目に好きなもの」が何かは知らなかったが、特に知りたいとも思わなかった。


 しばらく考え込んでいたサラだったが、突然、ピシャーン! と雷に打たれたように閃いた。

 サラは、ビシイッ! とティオを指差して言った。


「あー! 分かったー!『月見の塔』に何かすっごい宝石があるんだー!」


「うぐぅっ!」

 さすがのティオも、サラにズバリと核心を突かれてしまったらしく、悔しそうに顔を歪めていた。


「そうでしょうー? ねえ、そうなんでしょー? あの遺跡には、ティオが絶対欲しいと思うような宝石があってー、アンタは、それを盗もうと思ってたんでしょー?」

「……チッ!……サラみたいに、異能力の全部が身体能力に行ってる脳みそ空っぽな人間に、単なる勘で言い当てられると、なんか無性に悔しいなー。」

「誰が脳みそ空っぽよー! ちょっと頭を使うのが苦手なだけだもんねー!……じゃなくって、やっぱり『月見の塔』に何かあるんだー! そうなんだー!」


 サラはそこから、床にあぐらをかいているティオの胸倉をガッと掴んで、ガックンガックン揺さぶったが、ティオは「グエェ……」と呻くばかりで、白状する気は更々ない様子だった。


「コラー! ティオー! アンタ、絶対、まだなんか悪い事企んでるわねー? さっさと吐きなさーい!」

「ハハハハハ。悪い事とか、なんの事やらー? 言いがかりはやめて欲しいなー。ハハハハハ。」


「……って、ちょっと待って、サラちゃん! あんまり激しく揺すると、胃の中のものが出ちゃいそうだからー!」

「うるさーい! 誤魔化したってダメなんだからねー! キリキリ全部吐くまで絶対やめなーい!」

「い、いや、マジで、物理的に吐きそ、う……ウエェェー……」



「分かった分かった、正直に言うよ!」

「最初からそうすれば良かったのよー! もう、いちいち手間かけさせないでよねー!」


 サラに五分程揺すぶられた所で、ティオはギブアップした。

 ようやくサラの手が離れたので、先程まで締まっていた首の辺りを仕切りに撫でていた。


「……まあ、うん。俺が『月見の塔』の中に入りたいってのは、当たりだ。」

「ほらね、ほらね! やっぱりね!……で、何を狙ってるのー? 何の宝石があるのー?」

「何で俺が宝石を探してるって決めつけるんだよー?」

「えー、だって、ティオ、宝石以外に興味あったっけー?」

「ないです。」

「キッパリ言うじゃないのよー。」


「どんな宝石なのー? よっぽど綺麗なものなのー?」

「その辺は、ちょっと教えられないかなー。」


「まあ、サラには迷惑かけないから、安心してくれよー。」

「迷惑かかるに決まってんじゃないのよー! そんな、観光名所の歴史的に大事なお宝を盗ませる訳にはいかないんだからねー!」

「いや、あの遺跡に俺の欲しい石があるって事は、一般人には全くもって知られてない。ここの王家の人間も知らない。これは、俺が独自に掴んだ情報だから、まだ誰も気づいてない筈だ。」

「ええ!?」

「と言う訳で、俺がこっそり貰っていっても、なんにも問題ないだろー? 元々『ある』と思われてないものなんだからさー。」

「い、いや、ダ、ダメでしょー、普通ー! みんなが知らないからって、大事な宝物には違いないんだしー!」

「そうでもない。」


 ティオは一片の迷いも見せずに断言した。


「あれは、俺にとっては『物凄く貴重で大事な石』だけどな、大多数の人間にとっては、『ちょっと綺麗な石』ぐらいの感覚だろう。ぶっちゃけ、必要のない人間には、台所の漬物石ぐらいの価値しかないだろうぜ。」


「だから、あれだけ有名な遺跡に長い間あったにも関わらず、まったく認識されてなかったんだよ。」


「だったら、あの石を世界で一番必要としてる俺が貰っていったっていいだろー? 別に俺が持っていっても、誰も何も気づかねぇよ。騒ぎになる事もないし、サラに迷惑がかかる事もない。」


「え、えー、でもー……」

 と、サラは、腕組みをして眉間にシワを寄せたが……

 パンと、ティオは景気良く手を叩いて、話を切り上げた。


「とにかく、俺はさっさとこの内戦を終わらせて欲しいんだよ! 反乱軍を追い出して、『月見の塔』に入るためにな!」


「だから、全面的にサラに協力するぜ! 戦で傭兵団が勝てば、内戦の終結に近づくだろう?」


「……物凄ーく不純な動機だなぁ。」

 と呆れ返るサラに反して、ティオは生き生きと顔を輝かせた。


「てな訳で、二人で力を合わせて、この傭兵団を勝利に導こうぜ、サラ! 俺達は、今から運命共同体だ! ヨロシクな、相棒!」

「あ、相棒とか言わないでよー! ティオと運命共同体とか、絶対ヤーダー!」



「三ヶ月ぐらい前から、違和感があったんだよなぁ。」


 精神世界で出会ったティオは、サラに一通りこの世界と精神世界の仕組みについて説明した後、腕組みをして、うーんと唸っていた。


「なんか、こう、上手く言えないんだが、ザワザワするような。ごく微かな感覚だったけどな、俺の精神領域に何かが触っているみたいな、そんな気がしてた。」

「三ヶ月ぐらい前から?」


 サラは、何気なく言ったティオの言葉に内心ドキッとした。

(……三ヶ月前って言ったら……私が、森の奥で一人で目が覚めた頃だ。……何か関係があるのかなぁ?……)


「どうした、サラ?」

「え?」

「何か心当たりでもあるのか?」

「あ、あるようなー? ないようなー?……で、でも、ティオには教えないもん!」

「……」


 精神世界に居るため、いつも以上に感情が顔に出ているらしく、すぐにティオに気づかれて質問されたが、サラは慌ててブンブンとかぶりを振った。


(……目が覚めた時このペンダントだけしか持ってなかった、なんて事情を話したら、私が記憶喪失だってティオにバレちゃう!……)

 正直、少し前までは、(別に、ティオや傭兵団のみんなに話してもいいかな?)と思っていたサラだった。

 それはひとえに、みんなの事を「信頼出来る仲間」だと感じていたからだ。

 しかし、ティオが、本当は「宝石怪盗ジェム」であり、ずっと嘘をついていた事を知ってしまってから、サラの警戒心は急激に上昇していた。

(……私の大事な秘密は、絶対ティオには話せないー! こんな信用ならないヤツー!……)


「……サラ、お前、何か隠してんな?」

「べ、別にいいでしょー! ティオだって、私に隠し事いっぱいしてるじゃなーい! わ、私だって、言いたくない事の一つや二つあるんだからねー!」

「まあ、そうか。……分かった。サラの嫌がる事を無理やり聞き出そうとはしないよ。」

「……」


 ティオは、サラが拒否する様子を見せると、あっさりと引き下がった。

 聡明さを感じさせる穏やかな笑顔には、サラの意思を尊重してくれている気配が感じられた。

 そんなティオの気遣いを知って、サラは少し罪悪感を覚えたが、ギュッと唇を真一文字に結んで、プイッとそっぽを向いた。



「で、話を戻すが、この三ヶ月ぐらい、俺は自分の精神領域に何かが触っているような、そんな気がしてた。……最初は気のせいかとも思ったんだが、最近その感覚が強くなってきて、やっぱり何かおかしい、何が原因だろうって考えてたとこだったんだ。」


「それがまさか、サラの持ってる赤い石のせいだったとはなぁ。」


「まあ、普通に考えて、他人の精神領域に強引に入り込んでくるなんて、人間業じゃないからなぁ。犯人が分かって、驚き半分、納得半分ってとこか。」


「おそらく、その赤い石は、サラと俺がこのナザールの王都で出会って、現実世界における物理的距離が近くなったのを機に、俺の精神領域に本格的に接触してきたんだろう。その際、自分だけでは動けないから、サラの精神に働きかけて、ここまで運ばせたって所だろうな。」


「しかし、無茶しやがるなぁ。自分の精神領域から出て他人の精神領域に渡ってくるなんて、下手すると、自分が誰だか分からなくなって、自我が崩壊する危険もあるっていうのに。……サラ、お前、大丈夫だったか?」


 サラは、ティオにそう言われて……

 虚空の闇にポツンと浮かぶ鎖をたどってここまで来る途中で、自分というものの意思や存在が分からなくなり、散り散りに消えてしまいそうになったのを思い出し、今更ながらにゾッとした。

(……うわあぁー……私結構ヤバかったのー? 絶対辿り着くんだって必死に思って、なんとかここまで来れたけどー。……)


「……やっぱり危ない橋を渡ってきたっぽいなぁ。とりあえず無事だったから良かったけどな。この精神世界は、物質世界とは理が全然違うから、これからはくれぐれも行動は慎重にな。ここでは、サラの異能力も無力だし。」

「え!? そ、そうなのー?」

「そりゃそうだろ。お前の持ってる『肉体の能力全般の強化』って異能力は、肉体のある物質世界でしか使えないものだからな。でも……」


「ここまで、精神崩壊を起こさずに辿り着けたのは、サラの『意思』の強さのおかげだろうな。精神世界の強さは、ほぼほぼ意思の強さみたいなもんだからな。」


「だからこそ、サラの赤い石は、ここまで来るための運び手として、サラの精神を使ったんだろう。」


 サラは、ティオの話を自分の中で噛み締めたのち、独り言のように疑問を口にした。


「どうして、この赤い石はここに来たんだろう? 私を使ってまで、ティオの精神領域に入り込むなんて、よっぽどティオに会いたかったとかー?」

「ハハ。会いたかったのは、俺じゃなくって、こっちだろう。」


 そう言って、ティオはバサッと羽織っていたマントの端を肩に掛けてはだけると、黒い上着の襟元から、ズルッと銀色の鎖を引きづり出した。

 鎖の先には、小さな花で囲うようなデザインの枠に止められた赤い石がさがっていた。

 サラの首のペンダントの赤い石とそっくり同じように、あたたかな赤い光が、鼓動のごとくゆっくりと瞬いている。


 サラは、「ああ!」と妙に納得した気持ちになったが……

「そっかー! ティオの持ってる赤い石に会いたかったんだー!」


「……って、ちょっと待ってよー! なんかそれじゃあ、『石』に『気持ち』があるみたいじゃないー!」

「あるさ。『鉱石との高い親和性』の異能力を持つ俺からすれば、すべての石には、気持ち、いや、『意思』がある。そう感じる。」

「ええー? 石に意思なんて、本当にあるのー?」

「まあ、石は人間とは存在がかけ離れてるからな。普通の人間が石の意思を感じるのは、難しいだろうな。でも、もっと存在の近いものなら、『意思』『感情』『気持ち』を感じる事はあるだろう? 例えば、動物とか。犬、猫、鳥、などなど。」

「あー、確かにー。言葉とか通じないけどー、なんか、怒ってるとか、喜んでるとか、分かるー。」

「そんな感じで、俺には石の気持ちが分かるんだよ。俺にとって石は、心を持った生き物なんだよ。」

「へ、へー。」


 ごく当たり前のように語るティオを前に、サラはさすがに理解出来ず、頰を引きつらせていた。

(……やっぱり、ティオって……超変なヤツー!……)



「サラの持つ赤い石が、俺の持つ赤い石に会いたくて、精神世界のサラを動かしてここまで来た。ってさっき俺は言ったが、真相はもっと深い所にあるのかもしれないな。」


 最後に、ティオは、考えにふけるように、鮮やかな独特の緑色の目を細めて、ポツリと言った。


「どういう事?」

「つまり、俺もサラも、それぞれ目的があって、このナザールの王都に来た。そして、たまたま出会った。……と思っていたんだが……」


「本当は、この赤い石達が、一枚噛んでいたのかもしれないって事だ。」


「この赤い石達は、遠く離れていてもお互いのありかが分かっていたのかもしれない。石に関する異能力を持つ俺さえも察知出来ないレベルの事も、感知していた可能性がある。」


「そして、二つが一同に会するために、俺とサラの精神に、無意識下で気づかれないように少しずつ影響を与えて、このナザールの王都に呼び寄せた。その後は、俺とサラが実際に出会うと、さっき言ったように、精神世界において俺の精神領域に積極的に接触しだした。」


 ティオの言っている事が、すぐには理解出来ず、ポカンとするサラに向かって……

 ティオは、ボサボサの黒髪を掻きながら、苦笑して言った。


「要するに……俺とサラが出会ったのは、偶然じゃなかったのかもしれないって事だよ。」


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「月見の塔」

ナザール王都近郊にある古代文明の遺跡。

元は観光名所として王都にやって来る人々が気軽に立ち寄っていた。

現在は反乱軍が立てこもっていて中に入れない。

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