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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第一章 王都での出会い
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王都での出会い #1


「王都が見えたよ、お客さん!」


 街道沿いの町を辿りながらナザール王国の都へと向かう馬車の旅を続けて五日目の朝、御者の声に、馬車の荷台の隅っこで座ったまま眠りこけていたサラは、ハッと目を覚ました。


 ほろ馬車には積み込まれた荷物に混じって、王都へ向かう人達もチラホラと乗っていた。

 彼らの会話から、平素ならもっと都へゆく人も物資もずっと多いのだとサラは聞きかじっていた。

「……今の都は、ほら、あんなだからねぇ。誰も行きたがらないわよ。……」

 どこかの中年女性がしゃべっている言葉が、サラの耳に入って残っていた。


 サラは、バッと立ち上がると「危ないよ!」と居合わせた乗客が止めるのも聞かず、積まれていた酒樽に手をついて体を支え、馬車の前方まで移動して、一本道が伸びる街道の先を見つめた。

 サラが最初に馬車に乗った町を出たばかりの頃は山ばかりだった風景が、二、三日もゆくとところどころ林の盛り上がった緩やかな丘陵の田園風景に変わり、今はそこにじわじわと人家が増えていっていた。

 空は、まだ夜の闇色を残しながらも、東の方は透き通りように青かった。

 そこに、彼方の地平線から、金色の光がみるみる溢れ広がってきた。いよいよ夜が開けようとしている。

 その、昇ったばかりの太陽の光の中に、かつて見た事もない大きな街が、王都が、静かにその姿を現しはじめていた。


「わあぁ!」


 サラは、御者が止めるのも聞かず、馬車から身を乗り出して、大きな水色の目をキラキラと輝かせながら、その光景を夢中で見つめたのだった。



(……って、なんか思ってたのと違うんだけどー?……)

 その半日後、サラは、王都の城門を入ってすぐの所で、呆然と立ち尽くしていた。



 サラを乗せたほろ馬車は、王都の城壁の前で止まった。

 王都は、その周囲をぐるりと水堀が取り囲んでおり、更にその堀の向こうには石造りの堅固な城壁があった。

 城壁の中に入るには堀に架かった橋を渡らなければならず、その橋のたもとで兵士による審査が行われていた。

 と言っても、都に入るための審査はそれ程厳しくなかった。

 兵士達は、馬車に積まれた荷をザッと見て回り、怪しい物がないのを確認したのち、御者に門を通るように言った。

 通行を望む者達も、よほど怪しげな風体の者でなければ、兵士達はさっさと通していた。

 サラはコートの下に二振りの剣を隠していたが、特に気づかれなかった。

 サラの見た目が小柄な少女である事から、兵士達はなんの不信感も抱かずに門の中へと入れてくれた。

 そうして、すんなりと王都の中に入ったサラだったのだが……。



(……うわぁ……)

 サラは、王都の想像以上の荒廃ぶりを目の当たりにして、顔を引きつらせていた。


 そもそも、小国とはいえ一国の首都であるのに、出歩いている人の数が極端に少なかった。

 城壁の中には、大小石造りの立派な建物が肩を寄せあうように多く立ち並んでいるものの、石畳を敷いた広い大通りには、ポツリポツリとしか人の姿が見られない。

 広場の噴水は止まって乾いており、道の端には生ゴミが所々落ちていて、黒いネズミが齧っていた。

 街自体も、全体的に埃が溜まったように薄黒く汚れ、くすんで見える。せっかくの立派な石造りの街並みが、どこか廃墟のような雰囲気を醸し出していた。

 大通りには、数える程しか露店が出ていなかった。

 道に面して店を構えている家も、半数以上が窓を閉め切って店を閉じてしまっている。

 僅かに開いている店の軒先にも、並べられている品物が少なく、客もほとんどおらず、全く活気が感じられない有様だった。

 チラホラと買い物などの用事で外出している者の姿もあったが、皆暗い表情を浮かべては、うつむきがちに足早で通り過ぎていった。

 そんな一般市民の少なさに反比例するように、街角には見るからにガラの悪そうな男達がたむろしている様子が見られた。


(……関わるの面倒だから、顔隠しとこう。……)


 サラは、パサリと羽織っていたコートのフードを頭に被った。

 今までの旅の中で、治安の良くない町の裏通りを通った事が何度かあったが、サラの見た目で一人きりでウロウロしていると、怪しい雰囲気の男が絡んでくる事が良くあった。

 そんな経験から、サラはこういう場所ではなるべく顔を隠すようにしていた。



 と、その時、大通りに交わる横道の方から、何か揉めているらしい声が聞こえてきた。

 サラが視線を送ると、そこにはいかにもならず者といった感じの男達が数名、誰かを囲んで責めているようだった。

 「金を出せ!」といった内容の怒鳴り声が聞き取れた。

 こういう雰囲気の悪い街では良く見かける光景だった。


 サラは、気づいたからには放っておけず、門の所まで駆け戻って、出入りを監視している兵士の一人にその事を告げた。


「兵士さん、兵士さん! あそこで誰かが襲われてるよ! 助けてあげて!」

「え? 何?……あー、あれかぁ。」


 ところが兵士は、サラの指差した方向にチラと視線を走らせただけで、その場を全く動く気配がなかった。


「私は城門の警備で忙しいので、そんな暇はない。我々は任務中にここを離れる訳にはいかないのだ。」

「ええー!? 今、すぐそこで人が襲われてるのにー?」

「ほら、忙しいと言っているだろう! さっさと向こうに行くんだ!……君も自分の身が大事なら、ああいう輩には近づかない方がいいぞ。」


 兵士は、サラが小柄な少女であるのを見て一応心配はしてくれているようだったが、極力ならず者達には関わらない姿勢を見せていた。

 王国正規兵の紋章の入った服に鉄の胸当てを身につけているものの、痩せてひょろりとしたどこか頼りない雰囲気のうら若い兵士は、すぐに何事もなかったように、自分の持ち場に戻って槍を手に姿勢を正していた。

 サラはそれ以上食い下がってもムダな様子だったので、トボトボと門を離れた。


(……私だって、ああいうヤツら好きじゃないけどさー、見つけちゃったんなら、放っておく訳にはいかないでしょー!……)


 サラは仕方なく、大きなため息を一つつくと、意を決して大通りに交わる横道の方へと足早に向かっていった。



 現場に近づくにつれ、だんだん状況が分かってきた。

 揉め事を起こしているのは、ならず者らしき風体の男が四人。

 皆服をだらしなく着崩し、見せつけるように腕まくりした太い腕には、トカゲやヘビなどの刺青を入れていた。

 おそらく、こうやって街中で日中堂々と通りがかった者から金品を巻き上げては相当荒稼ぎしているらしく、首や指には趣味の悪い首飾りや指輪が光っていた。

 中でも、リーダー格の男が指にはめていたドクロの口に赤く光る石を入れた大きな金の指輪が、あまりに趣味が悪くてサラの目に焼きつく事になった。


 さて、ここで注目すべきは、ならず者達に絡まれて金品を不当に要求されている最中の被害者だったが……


(……えー……何、アイツ?……)

 サラは、その人物を見た瞬間、思わずフウッとやる気が抜けかけた。


 その人物は、ならず者達とはまた別方向に、見るからに怪しげな外見をしていた。

 歳はまだ二十歳前、おそらく十七、八歳ぐらいの青年だろう。

 身長は高そうだったが、痩せ型で弱々しい印象だった。

 ガタイのいい男達に囲まれて小突かれているため、背中を丸めてうずくまり、頭を抱えてブルブル震えている。

 その様子が、ますます小者っぽい雰囲気を醸し出していた。

 黒い髪は長い間伸ばしっぱなしなのか、首の後ろで適当に一つに縛っているものの、見事なまでにボサボサである。

 丈の長い上着の上に紺のマントを羽織っているが、これも一張羅で使い続けているらしく、すっかり色あせ、裾はギザギザにほつれながら地面をこすっている。


(……どう見てもお金とか持ってなさそうなんだけどー? 何でわざわざこんなヤツからカツアゲしようとしてるのー?……いやまあ、なんか、思わず殴りたくなる気持ちは、分からないでもないんだけどさー。……)


 サラは、その青年が全身から漂わせている、まさにダメ人間といった情けない気配を感じとって、思わず自分まで意味もなく一発彼に拳を叩き込みたい衝動に駆られていた。

 が、そこはグッとこらえ、自分の中の滾る正義の血に従って、ズカズカと歩み寄っていった。



「おらぁ! さっさと金出せって言ってんだろうが!」

「……だ、だからぁ、俺、金持ってないんですぅ……い、一文無しなんですぅ……」

「そんな訳あるか! いくらなんでも少しは持ってんだろう? 残らず出しやがれ!」

「ほ、本当の本当に、何も持ってないんですってばぁ! 許して下さぁい!」

「ねえ、ソイツ……じゃなくって、その人いじめるの、もうやめてあげなよ。お金持ってないって言ってるじゃん。」


 サラが近づきながら声をかけると、青年を取り囲んでいたならず者達が一斉に振り向いた。

 あまりに場違いな、鈴を振るような可憐な声に驚いた様子だった。

 と、同時に、今までへたり込んで額を地面にこすりつける勢いだった青年が、ハッと顔を上げてこちらを見た。


(……う、うわぁ……)

 青年の顔をようやくはっきりと見たサラは、これまで以上にげんなりしていた。


 青年は、大きな眼鏡をかけていた。

 眼鏡自体かけている人間は稀だったが、更に、その眼鏡が悪い意味で特徴的過ぎた。

 大きく分厚く丸いレンズは強烈に歪み、顔の輪郭が狂って見える程だった。

 それ以前に、相当古いものなのか、レンズの表面にびっしりと細かい傷がついていて、ガラスがほとんど白濁した状態だった。


(……どんだけ目が悪いのー?っていうか、それで本当に前が見えてるのー?……)


 その見た目のあまりのインパクトに、一瞬意識が全部そちらに行きかけたが、慌ててかぶりを振って、カツアゲを制止する目的を思い出したサラだった。


 サラは、腰に両手を当ててならず者達に真っ直ぐに対峙した。

 その態度からは、こわもての彼らの見た目に怯えている様子は全く感じられなかった。


「えっとー、まあ、その人を見てると思わずイラッとして殴りたくなる気持ちは分かるけどー、でも、弱い者いじめは、やっぱりダメだよ! それに、いくら脅したって、お金持ってないんじゃ意味ないんじゃないのー? それとも、何もする事がないから、いかにも弱そうな人間に絡んで、暇つぶしでもしてるのー?」

「はあ? なんだ、お前は?……ひょっとして、コイツの仲間か?」

「いや、それは絶対にないから! そんな変な人、私知らない! 今初めて会った赤の他人だってば!」

「じゃあ、なんで口出ししてくるんだ? 関係ないヤツはどっか行ってろ! 邪魔だ!」


 ならず者達のリーダーらしき、一際がたいのいい凶悪な顔立ちの男が、苛だたしそうに腕を振るってサラを追い払おうとしたが……


「……いや、ちょっと待て! このガキ、なかなかの美人だぞ!」


 仲間の一人が、サラの非凡な容姿に気づいたらしく、ドカドカ近寄ってきては、乱暴な手つきで、目深に被っていたサラのフードを跳ね上げた。

 バッとオレンジ色のフードが払いのけられ、一つに結った金色の長い三つ編みがパサリと零れ出る。

 透き通るような白い肌に、宝石のような水色の瞳、愛くるしく整った美貌。

 あらわになったサラの容姿に、男達は皆思わず息を飲み、目を見開いて驚いていた。


「コ、コイツはスゲェ! こんな綺麗な女は初めて見たぜ!」

「お、おう!……いや、でも、惜しいな。まだガキじゃねぇか。後何年かしたら、いい女になるだろうに。」

「バーカ、お前ら! これから俺達でたっぷり仕込んでやれば、数年後にとびきりの金づるに育ってくれるだろうがよ!」


 リーダーらしき男の発案に「さすが兄貴だぜ!」と仲間達から賛辞の声が相次いだ。


「じゃあ、お嬢ちゃん。俺達のアジトに行こうか。そこで、これからの事をゆっくり話し合おうぜぇ。」


 サラが可憐な美少女だと気づいたならず者達は、もはや暇つぶしにカツアゲしていたボロボロの見た目の青年の事など忘れ去った様子で、ゾロゾロとサラの周りに集まってきた。

 が、リーダーらしき男の粗野な手がサラの細い肩を掴もうとした、その瞬間……

 男は「おっと!」と発して、一瞬バランスを崩していた。

 何かが、ドンと男の足にぶつかってきたのだった。


「君! 早く逃げて!」


 その声は、男の足元から響いた。

 皆の視線が一斉にその一点に集まる。

 なんと、そこには……一番がたいのいいこわもてのリーダー格の男の足にしがみついて止めようと奮闘している、例のメガネの青年の姿があった。


「コイツらに関わっちゃダメだ! 俺の事は大丈夫だから、早く逃げろ!」


 今まで蚊の泣くような弱々しい声で震えていた青年の思いがけない勇猛果敢な行動に、サラをはじめ、その場の全員が驚いて、しばし固まった。


(……えー、意外ー! 眼鏡君、勇気あるんじゃん! 本当は、結構見所あったりして……)


 チラッと彼の事を見直そうとしたサラの目の前で、次の瞬間、眼鏡の青年は、リーダー格の男に思い切り腹を蹴り上げられていた。


「うるせぇ! お前は邪魔だ! あっち行ってろ!」

「ぎゃっふん!」


 その一撃で、青年は面白いように吹っ飛び、ゴロゴロ地面を転がったのち、壁際に乱雑に積まれていた空の木樽にドンガラガッシャンとぶつかる。

 どうやら気を失ったらしく、そのままバッタリ倒れこんで動かなくなってしまった。


(……あっさりやられてるー!……チエッ。眼鏡君は、所詮ヘナチョコだったかぁ。……)


 サラは、フウッと大きく息を吐いて、ガックリと肩を落とした。


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