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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第五章 参謀の戦術 <前編>参謀の誕生
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参謀の戦術 #7


 サラは、現実でもティオに散々ペンダントの赤い石の事を聞いていたが、一貫してティオは黙秘していた。


「私、今夜ティオの事、見逃してあげたじゃない!」


「別に、感謝して欲しいとか、お礼を言って欲しいとか、恩を売るつもりはないけどさー……ちょっとは私のお願いを聞いてくれてもいいんじゃないのー?」


「このペンダントの赤い石の事、教えてよー! ティオー! 絶対なんか知ってるんでしょー?」


 サラは、ティオが「宝石怪盗ジェム」である事実に目をつぶると約束した直後、ティオを猛然と問い詰めた。

 すっかり夜はふけていたが、肩に財宝の詰まった袋を担いだ寝間着姿のサラと、床にあぐらをかいて座り込んでいるティオのやり取りは、依然真っ只中だった。


「サラには感謝してるぜ。心の底からありがとうな。」


「でも! それとこれとは話が別だ。俺は、絶対に、この石の情報は他人に話さない。」


 「ムウゥ……」とサラは低く唸って、そっと体に力を込めかけた。

 こうなったら力づくで、ティオの刃物恐怖症を利用し剣で脅して吐かせる事も念頭に入れて、サラは身構えようとした。

 相手の弱点を突くのは、正義感の強いサラにとって罪悪感を感じる行為だったが……

 ずっと何も分からないままだった自分の失った過去へ、酷く細い糸ではあるものの、ようやく手がかりとなるものを見つけたせいで、ついつい強引になってしまっていた。

 しかし、そんなサラの心の動きを見越したように、ティオがヘラリと皮肉な笑みを浮かべて言った。


「おっと! 脅してもムダだぜ。」


「俺は喋らないと決めたら、一切喋らないからな。いくら痛めつけても、口を割らないぜ。」


「後、剣を突きつけた所で、またバッタリ気を失うだけだから、やめた方がいいな。気を失った俺を一々叩き起こすのは、サラだって面倒だろう?」


 その言葉や態度から、ティオが全く喋る気がないのを察して、サラは、ハァーッと大きなため息をついた。

(……ううー……せっかく、初めての手がかりを掴んだと思ったのにぃー……結局何も分からないままなんてぇー……)


 そんな、あまりにガッカリしてしょげているサラの姿を見て、さすがに可哀想に思ったのか、ティオは、僅かに片方の眉を持ち上げて話しかけてきた。


「……分かったよ。じゃあ、サラに教えてもいい所だけな。」

「え! ホ、ホント、ティオ!?」

「ああ。」


「まず、俺が持ってる良く似た赤い石は、俺がまだ子供の頃に、山の中の古い洞窟で見つけたものなんだ。」

「そ、そうなの? へー!……ああ、えっと、ティオが子供の頃住んでた所ってー……」

「北の大陸エルファナだよ。ほとんどの土地が、一年の大半を雪と氷に閉ざされているという非常に自然の厳しい場所だ。それだけじゃなく、常にどこかで戦争が続いている物騒な場所でもある。……ここは中央大陸の南東部だから、ここからエルファナは相当遠いな。中央大陸を縦断して、更に北の海を船で渡らなきゃならない。徒歩で大陸の端まで歩くつもりなら、サラの足でもおそらく半年はかかるな。その上、エルファナへ渡るために通らなきゃならない海は、案の定雪と氷に閉ざされていて、一年の内でも船が出せるの期間は、僅か三ヶ月程度だ。まあ、船が出せたとしても、あの嵐の多い荒海を超える危険を冒してまで、わざわざ貧しいエルファナ大陸に渡ろうなんて酔狂な船主は、まず見つからないだろうけどな。」

「……そ、それって……凄く行くのが大変な場所って事ー?」

「その通り。って言うか、俺だってたまたまそこで見つけただけだから、たとえあの山の洞窟に行った所で、その石については何も分からないと思うぜ。」

「……ううっ……」


 サラは、ティオの生まれ故郷だと言う「北の大陸エルファナ」にゆく事も考えたが、その道のりは、聞くだに厳しそうだった。

(……私、地図が全然読めないしー、おまけにちょーっとだけ方向音痴だからなー。そんな遠い場所、辿り着ける自信がないよー。……それに、もし行っても、何も分からないかもしれないってー。……ハァー……)



 サラは、腕組みをして考え込んだ。

(……うーん、ティオは口を割らなそうだしー……このペンダントの石について知ってる他の人を探して聞いた方が早いのかなー?……)

 しかし、そんなサラの考えを読んでいたのように、ティオが言った。


「そうそう、それから、もう一つヒント。」

「ヒント?」

「その赤い石が何かを知っている人間は、おそらくこの世界中探しても、十人居るか居ないかだろうな。」

「え、ええぇぇー!?」

「俺は、その十人の内の一人ってこった。俺以外の残りの人間をこの広い世界中から探すのは、至難の業だぜ。」

「……う、嘘ぉ!……」

「残念ながら、事実だ。」


「更に言うと、一目でその赤い石の正体を見抜けるのは、たぶん……世界中で俺だけだ。」


「その石が何かを知っている人間は、まあ、居るには居るが、その正体を知るためには、石をいろいろ調べ回す必要があるだろうな。」


「つまり、サラが、その石をペンダントとして首からさげて目の前に立っているぐらいじゃ、誰もそれが何か分からないってこった。」


「俺がほとんど直感でその石が何か分かるのは……俺の『石に残った情報を読み取る』異能力のおかげってのと、後は、まあ、子供の頃に偶然これを見つけてから、ずっと身につけてたってのもあるだろうな。」


「……」

 サラは、ティオ以外にこの赤い石を解明出来る人間を見つける可能性がほぼ皆無に近い事を知り、ググッと唇を噛んで黙り込んだ。

 いや、むしろ、ここでティオに出会えた事が奇跡だったのかも知れない。

 しかも、ティオの話が本当ならば、石の正体を知る他の人間は、チラと見ただけでそれとは分からないらしい。

 つまり……たとえサラが、幸運にも、ティオ以外の石の正体を知る人間に出会えたとしても、その人間に頼み込んで詳しく調べてもらわなければいけないという事だった。

 サラには、誰が石に詳しいかなど分かる筈もないので、出会った人間に一人一人「分かりますか? 調べて下さい!」と言って回る他なかった。

 そういった状況も考えると……ますます、ティオ以外で石の正体を知る人間と接触し交流を持つのは不可能に思えた。


(……でも! 今のティオの話から、一つ分かった事がある!……)


 サラは、その点に気づくと、うつむいていた顔をあげ、ジッと真っ直ぐにティオを見つめた。


「……つまり、この赤い石は、やっぱり……相当珍しい特別な石って事だよね? これが何か知っている人が、世界にほんのちょっとしか居ないんだから。」

「正解! いいヒントだっただろー?」

「……ヒントってー……まあ、『宝石怪盗ジェム』であるティオがすんごく欲しがってる時点で、ただの古ぼけたガラスじゃないってのは、なんとなく分かったけどー……」

「んげっ! サラちゃん、その呼び方やめてよー! 俺、嫌いなんだよねー、それー!」

「呼び方って、『宝石怪盗ジェム』の事ー?」

「ダサイ! カッコ悪い! 最悪ー!……それ、俺が言い出したんじゃなくって、いつの間にか広まった通称なんだよー。いろいろ宝石盗んでたら、勝手につけられちゃってさー、もー。」

「あー、そうなんだー。」


 サラは、そういえば、ピピン兄弟が「宝石怪盗ジェム」について話していた時、ティオが心底げんなりした顔をしていたのを思い出した。

 あの時は、みんながジェムの事を無法者達のスターのようにあがめているのに、ティオだけはそういう気持ちがないのだと思っていたのだったが。


「へー、ほー、ふーん。……『宝石怪盗ジェム』『宝石怪盗ジェム』『宝石怪盗ジェム』!」

「ちょっ! やめ、やめろよ! やめてぇー、サラちゃーん! イジメ良くなーい!」


 サラは、ティオがあからさまに嫌がるのを見て、憂さ晴らしも込め、しばらく面白がって連呼した。



「そして、これが、その赤い石について、今俺が出せる最後の情報だ。」


 そう言って、ティオが最後に語ったのは……


「サラの持っている赤い石と、俺の持っている赤い石は……」


「……『同じであって、同じじゃない』……」


「以上! 終わり!」

「ええー! 何それー!……『同じだけど、同じじゃない』?……何かのなぞなぞなのー?」

「さあな。とにかく、俺はもう、話せる事は話した。」


「これ以上俺からその石の情報を引き出したいなら、対価を払ってもらわないとなー。」

「対価ー?」

「そう!……俺から一方的に情報を貰うんじゃ、サラだけが得してる事になるだろー? そうじゃなくって、サラが得する分、ちゃんと俺も得するようにしてほしいって事ー。何かを買う時、お金を払うだろー? それと一緒さ。お互い得をする、同等の価値の取引じゃなくっちゃなぁ。」

「た、たとえば、どんな事をすれば教えてくれるのよー?」

「そうだなー……」


「サラちゃんが、その赤い石を俺にくれるって言うなら、知ってる事ぜーんぶ話してもいいぜー!」


「ダ、ダメー! それだけは、絶対絶対絶対、ダメェー!」

 サラは、真っ赤な顔で叫んでいた。



「まあ、じゃあ、改めて……」

 と、夢の中で出会ったティオはサラに言った。


「俺の精神領域へようこそ、サラ。」


「って、本当はあんまりここには来てほしくないんだけどなぁ。」

 そう言うティオに、サラは聞きたい事がいっぱいだったが、真っ先に口をついて出たのは……

「どうして?」


「どうして、私にここに来てほしくなかったの?」

「サラにって言うか、誰にでも、だよ。ここには誰も立ち入ってほしくなかった。」

「だから、どうして誰にも来てほしくなかったのよー?」

「それは……」


「危険だから。」


 冷静で穏やかな、けれど真剣な面持ちで、ティオはそう言った。


「ここって危険なのー? どうして危険なのー? そんな危険な場所に居て、ティオは平気なのー? それとも危険なのは、他所から入ってきた私だけー?」

「あー、ストップストップ! それ以上は考えるをやめてくれ、サラ!」

「えー? そんなー! 考えるのをやめろって言われてもー!……なんで考えちゃいけないのよー?」


 サラは、次から次へとティオに疑問を言葉にしてぶつけていた。


 先程、ティオから「ここでは嘘がつけない」という話を聞いた。

 サラは元より嘘をつく気は更々なかったが、確かに、いつもより思った事がすぐに言葉になって出ている気がした。


「『それ』について考える事は、『それ』に近づこうとする行為だからだ。」


「特にここでは……『精神世界』では、『現実世界』よりも、考える事によって距離が近づきやすい。」


 ティオは、不満そうな顔をしているサラに、噛んで含めるように言った。


「だから、『危険』だと感じたものには、『意識』を向けないようにするんだ。」


「『それ』について、極力考えないようにする。考えるのを避ける。考えそうになったら、すぐに考えるのやめる。」


「たとえば、『現実世界』で、10m先の地面が急に見えなくなっていたとする。おそらく崖があるんだろう、と推察出来るよな。そんな『危険』な場所には、近づかないのが一番だ。下手に近づいて、崖の下をのぞこうなんてすると、いきなり崖の突端が崩れて奈落の底まで真っ逆さま、なんて事もあるかもしれないだろう?」


「まあ、現実だったら、崖があると気づいた時点で、それ以上近づかないように遠回りしてやり過ごせばいい訳なんだが……ここ『精神世界』は『現実世界』とは法則が違う。」


「『精神世界』で『危険』から逃れるには……」


「『危険』だと感じたものの事を、極力考えない事だ。それしか方法がない。」


「俺は、この場所を『危険』だと、さっきサラに言ったよな?」


「だから、サラは、これ以上、この場所について考えるな。いろいろ調べようとしたり、目を凝らそうとしたり、とにかく、『知りたい』という気持ちを持つのがダメだ。それが、この場所で安全に居られる唯一の方法だ。」


 「分かったか、サラ?」とティオに問われて、サラは、眉間にシワを寄せながら、「うーん……」と歯切れの悪い返事を返した。

 「サラには難しかったかー。」とティオはつぶやいて、長い息を吐いた後、こう言い直した。


「俺が危険だと言ったものについては、考えないようにするんだ、サラ。」


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「ティオの赤い石」

サラのペンダントについている赤い石と瓜二つの見た目である。

ティオによると、子供の頃に山の洞窟で見つけたらしい。

サラの赤い石とは「同じであって、同じでない」ものだとの事。

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