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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第五章 参謀の戦術 <前編>参謀の誕生
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参謀の戦術 #6


「まあ、俺が本気になったら、誰も俺を捕まえられないな!」


 ティオが自信満々でそう言うので、サラはタタッと歩み寄った。


「今までも、おっそろしく厳しい追跡から、ずっと逃げ切ってきたしなー! 俺ってスゲー! やっぱ逃走の天才だよなー! ハハハハハハー!」

「捕っかまえたー!」

「ん? なんだよ、サラ?」


 腰に手を当てのけ反る程胸を張って威張っているティオの腕を、サラはガシッと捕らえて、ニヤッと笑った。


「私は、ティオを捕まえたよー!」

「あー……」


 ティオは、自分の致命的な失態を思い出した様子で、急に渋い顔になり、ガリガリと頭を掻いていた。


「……くそう! なんで俺は、サラの前に自分から飛び出してっちまったのかなぁー。せっかく、気づかれずにベッドの下に隠れてたってのにー。いくらずっと探してた念願の石が見つかったからって、ここまでコロッと我を忘れるなんてー。……」


 ティオは、ハアーッと大袈裟過ぎるため息をついて、ガックリと肩を落としていた。


「どうもサラが相手だと、調子が狂うんだよなぁー。なんでなんだろうなー。もー、マジ勘弁してほしいよなー。」

「いや、それ、ホント、私のセリフだからねー! 私だって、いっつもティオのせいで、調子狂いまくりなんだからねー!」



「じゃ、ティオ、バイバイ!」

「ちょ、ちょっと、待て待て! 待てって、サラ、おい!」


 ティオがかなり慌てた様子で必死に呼び止めるので、サラは仕方なく歩みを止め、振り返った。


(……もう! 私の夢の中なのに、なんでティオが出てくるのよぅ! いつもみたいに勝手にベラベラ喋るしー!……)


 サラが、「何もない夢」の中で、ある日見つけた一本の鎖。

 その、虚空の闇にぼんやりと浮かぶ鎖を追っていった先で見つけたものは、無数の鎖に縛られた一人の人間だった。

 両手足を鎖に拘束され宙にはりつけになった状態で、深くうなだれ目を閉じていた。

 サラは、そんな「誰か」を助け出そうと慌てて駆け寄っていったが、そこで、思いもよらない事実に気づく事になった。


 なんと、サラが夢の中で、鎖に導かれて辿り着いた先に居たのは、見慣れた青年だった。

 ボサボサの黒髪も、ボロボロの色あせた服も、細かい傷が無数について曇りガラスのようになった大きなレンズの入った眼鏡も、何もかも、いつも通りの良く知る人物。


「何よー、ティオー?」


 サラが振り返って不機嫌そうな眼差しを向けると……

 ティオの四肢を引っ張って宙にはりつけにしていた鎖が、スウッと消えていった。

 他にも、首に頭に胴体にと、体中に巻きついていた、キラキラと絢爛豪華に輝く宝石で編まれた無数の鎖も、同時にみるみる見えなくなってゆく。

 ティオを中心として、この「無」の闇の中に、放射状に果てなく広がっていた、まるで巨大な蜘蛛の巣のような鎖の数々は、いつしか全てどこかへと掻き消えていた。


 そして、鎖が見えなくなっていくにつれて、ゆっくりとティオの体が下がってきたかと思うと……

 やがて、ティオは、スタッとサラの前に降り立った。

 同時に、パアァッと辺り一面が明るくなる。

 と言っても、そこに何もない事に変わりはなく、それまで「真っ暗な闇に満ちた果てのない空間」として表現されていた虚空が、「白い光に満ちた果てのない空間」に変わっただけだったが。


 そうして改めて見ると、やはりどこからどう見ても、いつも通りのティオだった。


「って! 自分であの鎖から抜け出せるんじゃん! 宙づりになってたから、助けようと思ったのにー!」

「ああ、だって、あれ、俺自身がやった事だし。」

「はあぁ?」

「ほら、あの鎖、みんな宝石で出来てただろー? 俺が全部作ったんだよー。いやー、あんだけの数の宝石を集めんの、スゲー大変だったんだぜー。」

「……ティオ、アンタ、宝石が好きなのは分かったけどー……宝石で鎖を作って、自分をグルグル巻きに縛るとかー……」


「変な趣味!」

「趣味じゃないってー!……いや、宝石を集めるのは趣味だけどなー。鎖にしてるのは、なんて言うか、趣味と実益を兼ねた……じゃなく!」


 ティオは、ハッと我に返って、改めてサラに詰め寄った。


「今はそんな事はどうでもいい!……サラ、お前、どうやってここに来た?」

「えー?」

「ここは、簡単に来れるような場所じゃないんだよ! 普通の人間がほいほい入ってこれる筈がない!」


「今まで誰も……あ、いや、ちょっと事情があって、何人か人を入れた事はあったけどな、それだっていろいろ複雑な手順を踏んで、ようやく出来た事だったんだ。あの時、自分以外の人間をここに呼ぶために、俺は相当苦労して、結構強引な方法を使ったんだよ。」


「それなのに、なんでサラは、俺が呼んでもいないのに、ここに居るんだよ?」


 サラは、かなり動揺した様子で問い詰めてくるティオを見て、キョトンと首を傾げた。

 普段はどこか余裕のある態度を崩さないティオがここまで慌てているのは珍しかった。

 自分の夢の中でティオにしつこく質問されるのもおかしな気分だったが、サラは素直に答えた。

 自分でも不思議な程、思っている事がスラリと口から出ていた。


「なんでここに居るのかって言われてもー……ここ、私の夢の中だしー。って言うか、ティオの方こそ、私の夢に勝手に出てこないでよねー。もう、アンタの顔は、起きてる時に見飽きる程見てるんだからー。」

「え?……夢?……」


「サラ、お前、ひょっとして、今眠ってるのか?」

「だから、そうだってばー。今は夜なんだから、普通眠るでしょー? 自分の部屋のベッドで眠って、夢を見てるのー。ティオも、今は眠ってるんじゃないのー?……あ、これは夢だから、本当のティオじゃないのかー。でも、ビックリするぐらい本物ソックリだよねー。夢の中でぐらい、もうちょっとカッコ良くなっててもいいのになー。ガッカリー。」


「……」

 ティオは、サラの答えを聞くと、あごに手を当ててうつむき、しばらく神妙な顔つきで考え込んでいた。

「……サラの夢と『この場所』が繋がった?……一体、なぜ?……」



「……サラ……お前、本物のサラだよな?」


 しばらくして、フッと何か思いついた様子で、顔を上げてジーッとこちらを見つめてきたティオに、サラはイーッと歯を見せた。


「当たり前でしょー! 私じゃない私って何よー?」

「だよなぁ。どう見ても本物のサラの『精神体』だ。」

「『セイシンタイ』? なんの事ー?……って言うかー、ティオも夢の中なのに、本物みたいだよねー。」


「あ、でも、なんかちょっと雰囲気が……うーん、微妙に、違うー?」

「そうか? どんな風に?」

「どんな風ってー……えーっと……」

 サラは、改めてジロジロと、目の前に佇んでいるティオの姿を観察した。


 見た目は全く変わっていない。

 いつも通りのボサボサの黒髪に分厚い丸眼鏡、ボロボロの色あせたマント。

 けれど、その立ち姿から匂いのように周囲に漂ってくる気配は、現実とは若干異なっているように思われた。


 ヘラヘラした情けなさが完全に消え、逆にどこか凛として感じられる。

 澄み渡る涼やかな水を思わせる、混じり気のない、ピンと張りつめた印象だった。


 そのムダなく研ぎ澄まされた透明感の中に、春の陽だまりのような暖かな光がゆらゆらと揺らめいている感覚。

 おそらく、このティオを包む暖かい光のような気配は、彼が元来持っている優しさによるものなのだろう。


 そして、そんな気配の更に奥に、底の見えない思慮深さが感じられた。

 恐ろしく頭脳明晰で、非常に頭の回転が速く、知識も驚く程豊富……

 まるで、世界の真理を知り得た人間のような、悟りきった空気があった。


 サラの三ヶ月しかない経験の中で、少し似たような気配を感じたのは、ニコニコと優しい笑みを浮かべていたある村の老翁だった。

 その人物は、村で一番長く生きているという話で、とても物知りでかつ思慮深く、争いが起これば皆が調停役として彼を頼っていた。

 老若男女、村人全てに慕われ尊敬される、まるで生き神のような人物だった。

 そんな、長い年月の果てに僅かな者だけが身につける事の出来る気配が、不思議な事に、弱冠十八歳のティオから感じられていた。


「なんか、いつもより頭良さそう!」

 残念ながら、サラには、自分の感じた印象の詳細を表現出来るだけの頭脳と語彙力がなかった。

「ハハハ。そっかー。」

 ティオはそれを聞いて、穏やかな笑顔で面白そうに笑っていた。



「さて、今ここに居るのが、サラ本人……サラの精神体で間違いないとして……」

「だから、セイシンタイって何ー? 私は私だよー! 本物だもんー!」

「眠っている時は、肉体の活動が低下する。つまり、肉体の支配が弱くなる。そして、その分、精神の影響を大きく受けるようになる。……言い換えると、物質世界の優位性が薄れた事で、自己の存在が、普段より精神世界寄りになる訳だ。と言っても、現代人はほぼほぼ物質世界で生きているからな。多少精神世界の影響が強まったからといって、大した事はない筈なんだが。せいぜい『夢』という、感情と記憶の入り混じった幻を見たりするぐらいで。」

「……あのー……ねぇ、ティオ。いつも以上に、何言ってるかサッパリ分かんないんだけどー。もうちょっと、私にも分かるように話してよー。」

「ああ、悪い。……簡単に言うと、サラがここに来るのは、普通はあり得ないって事だよ。」


「サラは、精神世界を認識出来ていないみたいだしなぁ。そんな人間が、精神世界に存在する自分の精神領域を飛び出して、他人の精神領域に入り込んでくるなんて、そんな離れ業をやれる道理がないんだよ。」

「……ゴメン、やっぱり全然意味が分かんない。」

「いいっていいって、気にすんな。今の世界に、精神世界を認識出来る人間なんて、まず居ないんだ。サラの感覚はごく普通だから、謝る必要なんかない。」


「問題は、そんなサラが、どうやってここに来たのかって事で、その方法を俺は知りたいんだよ。」

「えー? どうやってって言われてもー。私は、普通に眠って夢を見てたら、夢の中に鎖が出てきてー、それを辿ってきただけだよー。」

「サラの夢の中に、俺の『宝石の鎖』が出てきたって?……ん?」


 そこで、ティオは、ハッと重要な何かに気づいた様子で、顔色を変えた。

「んんんんん!?」

 ズズイッとサラに近づいて、ジッと胸の辺りを見つめてくる。


「お前かぁー!!」

「な、なな、何よぅ! あんまりジロジロ女の子の胸を見ないでよねー!」

「違う! そうじゃない!……俺が見てるのは、それだよ、それ! サラの胸なんか興味ないって、何度も言っただろ?……グハッ!」


 サラは反射的に、自分に顔を近づけていたティオの脇腹に回し蹴りを入れ、ティオはフラフラッとよろけた。

(……夢の中でも殴ったり蹴ったり出来るんだー。でも、感触はかなり薄いなぁ。……)

 実際、ティオはすぐにスッと姿勢を正して立ち直ったので、ダメージは現実よりずっと軽かったようだ。


「あっ!……ひょっとして、ティオが言ってるのって、これ?」

「そう! それそれ!」


 遅まきながら、サラが、自分が胸にさげていたペンダントの赤い石に気づくと、ティオはコクコクうなずいた。

 ペンダントの赤い石は、今も、現実とは違って、宝石のごとくキラキラと美しく輝いた姿で、内側からあたたかな光を発していた。

 ゆっくりと光が大きくなったり小さくなったりする様は、呼吸や鼓動を思わせる。

 まるで、赤い石が、生きているかのようだった。


 ティオは、苦虫を噛み潰したような表情で、サラのそのペンダントの赤い石を見つめて言った。


「お前か、犯人は!」


「サラが眠って、肉体の支配が薄れた所を見計らって、サラの意識をここまで連れてきたんだな?」


「ったく! 壊れてるくせに、とんでもない芸当しやがって! 腐っても鯛ってヤツか。さすがは、古……」

「ええ!? こ、この石、壊れてるのー!?」

「あ、しまった! 精神世界だと、嘘がつけないんだった!」


 ティオは慌ててバッとサラから顔を反らし、口元を手で覆っていた。



「え!? ここって、嘘がつけないのー? ティオ、今、嘘つけないのー? ホントにホントー?」

「……」

「やったー!」


 サラは、口を手で押さえて視線を逸らしているティオの前でピョンピョン飛び上がって喜んだ。

 そして、ティオの服を掴んで、ガックンガックン揺さぶる。


「ねぇねぇ、この、私の持ってる赤い石って何ー? 一体どんなものなのー? ティオは知ってるんでしょうー?」

「……」

「後ねぇ、それからそれから、ティオの持ってる赤い石のついたペンダントは、私の持ってるペンダントと何か関係があるのー?」

「……」

「教えて教えて教えて! 教えてよー! ねー! ねーってばー、ティオー!」

「……」


 しかし、ティオは、珍しく眉間にシワを寄せ、口を一文字に引き結んだまま、かたくなに言葉を発しようとしなかった。

 あまりに無反応なので、サラはぶうっとふくれっ面になり、彼を問い詰めるのを一旦やめた。

 それを待っていたかのように、ティオはゆっくりと口を開いた。


「悪いな、サラ。ここでは確かに嘘はつけないが……」


「『言いたくない事は、黙っている。』という事は可能なんだよ。」


「と言う訳で、サラのペンダントの赤い石についての情報は、俺は一切喋らないぜ。」


「ええぇー!?」

 サラは、大きな声を上げて嘆いた後、「ズルイー!」「ケチー!」「バカバカー!」と散々ティオを罵ったが……

 ティオは、どこ吹く風で、明後日の方を向いて沈黙するばかりだった。


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「宝石の鎖」

サラの「何もない夢」の中に忽然と現れた。

サラが追っていくと、なぜかティオの居る場所に辿り着いた。

色とりどりの美しい宝石で出来ているが、「鎖」である事に変わりはない。

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