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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第五章 参謀の戦術 <前編>参謀の誕生
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参謀の戦術 #5


「サラ!」

「ただし、条件があるわよ!」


 一旦は喜んでパアッと明るい表情になったティオだったが、サラにビシッと指差されて、思わず「うえぇ……」と唸っていた。


「まず、第一に、今夜盗んだものは、きちんと全部返す事!」

「ええぇぇー!……あの、さ。サラちゃん、俺、すごーく気に入ってる宝石があるんだよねー。それ一個だけでもダメかなぁー? あ、出来たら、もう二、三個……」

「ダメ!! 耳を揃えてそっくり全部返しなさい!……あ、そう言えば、ティオ、アンタ、街で襲ってきたならず者達から盗んだお金はどうしたのー? 結構あったわよねー、あれ。」

「んなもん、とっくに全部使っちまったよー。んははははー!」

「……ぬうぅっ!……」


 出来ればそれらも返したい所だったが、もうあのならず者達に会う機会はなさそうであり、かつティオが使ってしまっていてはどうにもならないと、サラも諦めた。

 おそらくティオの事なので、街の宝飾品店で宝石のついたアクセサリーなどを買い込み、全て宝石だけ外した後に、土台の金銀装飾部分を売り払ったのだろうと想像した。


「と、とにかく、今私が預かってるこれは、全部返す事! 兵士さん達が一個でも足りないって言ってるのを聞いたら、思いっきりぶっ飛ばすわよ! いい? 分かった?」

「……わ、分かったよー。全部そっくり返すよー。……」


 財宝がいっぱいに詰まった袋を肩に掛けたサラにガミガミ言われて、ティオは、塩を掛けたナメクジのようにしおれていた。



「第二に!」

 そう言って、サラはビッと二本目の指を立てた。


「今後一切、盗みはやめる事!」

「ええ!?」

「分かった?」

「……う、うーん、ちょっと、それはぁ……あ、あの、サラ、俺さ、実は、いろいろと複雑な事情があってねー……」

「盗みはやめる事!」

「……」

「盗みはぁ、やめる事ぉ!!」

「……う、うぐっ!……分かった! 分かったよ! な、なるべく努力はするからさぁ!……」

「努力じゃなくって、これを機会にキッパリ悪事からは足を洗いなさいって言ってるのー!」

「……うっ!……は、はい……」


 ティオはサラの勢いに押されて渋々うなずいてはいたが、どうも歯切れが悪かった。

 まあ、今まで、息をするように人の財布をスり、いとも簡単に厳重な警備の敷かれた屋敷の宝物庫を荒らしまくっていた人間が、今日を限りとあっさり盗みをやめられるとは、サラも思ってはいなかった。

 もはや、ティオにとって宝石を盗む事は、猫がネズミを追うごとく、すっかり習性のようになってしまっているらしかった。

 こうなると、更生は難しく、出来たとしても相当時間がかかりそうだった。

 そこで、サラは、あくまでティオの前では「泥棒は絶対ダメ!」と厳しい態度を取りながらも、少しだけ譲歩した。


「少なくとも、私の目の届く所では、アンタに『泥棒』はさせないからねー!」


「まあ、傭兵団には、ここに来るまでいろいろ犯罪を犯してきた者も居るみたいだしー、泥棒経験者も、特に珍しくはないのかもだけどー。……でも! 今は、この国の傭兵になって、私が団長の傭兵団の一員なんだから、どんな犯罪も、絶対に絶対に許さないわよー!」

「内戦が終わって、傭兵団が解散になったら、その時はどうするんだ?」

「うっ!……ま、まあ、そうなったら、私はもう、団長としてあれこれみんなに命令出来ないもんね。その時は、それぞれの意思に任せるしかないけどー……個人的には、傭兵団のみんなには、これを機会に、犯罪に関わる事はやめてほしいと思ってる。……あ! もちろん、ティオ、アンタもよ!」


(……そう、出来れば、戦が終わって傭兵団が解散する時には、みんなすっかり更生していて欲しいんだけどー……正直、今は傭兵団を強くする事で精一杯で、とても一人一人とじっくり話し合う余裕なんてないんだよねー。……)

 サラは、内心複雑な気持ちで、フウッとため息をついていた。


 「二兎を追う者一兎をも得ず」という諺があるが、今優先されるのは団員達の素行を直す事ではなく、とにかく戦で勝てる強さを得る事だと、サラは考えていた。

 サラは、自分の事を、あまり賢い人間だと思っていない。

 そのため、自分は一度に二つの事をこなすのは無理だと確信していた。

 むしろ、その自覚が、サラに一番重要な目的に一点集中で全力投球させる事になっており……

 サラの、そんな目標設定の明確さは、彼女のリーダーシップを更に強める効果があった。


「なるほどるほどー。つまり……」

 と、ティオは、サラの話をウンウンうなずきながら神妙な顔つきで聞いていたが、「良く理解した!」といった表情で言った。


「サラに見つからないように、こっそりやる分にはいいって事だな?」

「違ーう! バカー! 何聞いてたのよぅ! 犯罪はダメだって言ってるでしょー!」

「あ、じゃあ、戦が終わって傭兵団を抜けたら、また宝石を盗んでいい訳だな?」

「いい訳なーい! だ・か・ら! 泥棒自体をやめなさいって言ってるのー!」


 容易に想像出来た事だったが、宝石を盗む事に全く罪の意識を持っていないらしいティオ相手に社会道徳を説くのは非常に困難で……

 サラは深刻に頭をかかえる事となった。



「そして、第三の条件!」


 サラが三つ目の指をビッと立てて宣言すると、ティオは「まだあるのぉ?」と、あからさまにげんなりした顔をした。

「一応これが最後だから、ちゃんと聞きなさいってばー!」

 と補足してから、サラは、一旦深呼吸して、気持ちを落ち着けてから言った。


「もう二度と……『死ぬ』なんて、簡単に言わないで。」

「……サラ?」

「泥棒として捕まったら確実に死んじゃうって分かってて、それでも、『捕まっていい』なんて……『死んでもいい』なんて……もう、絶対言わないで!」

「……」

「ティオは、自分の事を『いつ死んでもいい人間だから』なんて言ってたけど……私は、そんなふうに、全然思わない!」


「この世界に、『死んでもいい人間』なんて、誰一人居ないんだからねー!」


「ティオは、確かに、今まで悪い事をいっぱいしてきたのかもしれないけどー……でも! だからって、そんな簡単に『死んでもいい』筈ないでしょー!」


「お役人が許さない? 王国の名誉が傷つけられたから、死刑にする?……そんなの、私には、これっぽっちも理解出来ないよー! だから、私には、そんな理屈どうだっていいのー!」


「私は、ティオを死なせない!」


「たとえアンタが、どんなに悪いヤツだって……私は、絶対絶対、アンタを死なせないんだからねー!」


 サラは、ポカンとしているティオにダッと歩み寄り、その胸ぐらをガッと掴んでは、叫ぶように言った。


「私の周りで、誰かが死ぬなんて、そんなの、ダメ! 嫌よ!……私の知ってる人が死ぬなんて、絶対嫌なのー!」

「……サラ……」


 サラの、思い詰めた表情と……

 ギリッとこちらを精一杯睨んでいる、その澄んだ水色の瞳に、じわりと熱い涙が滲むのを間近で見て……

 ティオは、ようやく、サラの心情にハッと気づいた様子だった。


「ティオ、アンタは、もっと自分自身を大切にしなさいよねー!」


「アンタの性格がどうとか、やってる事がどうとかはともかく……」


「命は、大事なの! とってもとっても大事なものなの! みんな一つずつしかないものなの!」


「そんな命を、自分自身を、大事にしないなんて……バカよ! 大バカよ! この、バカティオ!」


 「サラ……」と、ティオは、分厚い曇った眼鏡のレンズの奥で、すまなそうに緑色の目を細めた。


「……悪い、俺、さっきはちょっとヤケになってたよ。」


「……なんて言ったらいいのか……その、今までの俺の人生、まあ、確かに凄くいい事もあったけどな、それ以上に、いろいろ辛い事もあってさ……」


「……特に、今は、こう、パッと幸せな未来が思いつかないって言うか、このまま生きててもろくな事がはなさそうだなって思ってたって言うか。要するに、『何がなんでも生きたい』って気持ちが、いつの間にか、かなり薄くなってた。」


「これからの人生、特に嬉しい事もなくて、生きていく目的も見つからずに、いつもぼんやり苦しいままで……だったら、まあ、この際、潔く死んで、何もかも終わりにするのも悪くないんじゃないかって、思ったりしてさ。」


 「ティオ!」と、サラは、訴えるように、非難するように……

 ……祈るように……彼の名前を叫んでいた。

 そんなサラの目の前で、胸ぐらを強く掴まれたままのティオは、静かに微笑んでいた。

 その笑みは、酷く穏やかで優しかったが、同時に、今にも搔き消えてしまいそうな脆さがあった。

 自分の存在価値を見失う程に全てを諦めきっている、そんな空虚さがひっそりと潜んでいた。


「まるで、出口の見えない長い長い迷路に迷い込んだみたいな、そんな気持ちになってたよ。」



 サラが不安そうな顔でジッと見つめていると……

 ティオは、フッと笑って、一転カラリと明るい表情を浮かべた。

 まるで何事もなかったかのようにケロリとして、いたずら好きの少年を思わせる顔に戻っていた。


「サラは、思った事がぜーんぶ顔に出るよなぁ。ハハハ。」

「なっ!……しょ、しょうがないでしょー! 私は、アンタと違って正直者なのー! 嘘なんかつきたくないもん! 嘘なんて、大っ嫌い!……ティオ、アンタは、ホント、嘘が上手いわよねーっだ!」

「なんだよ、子供みたいに素直でいいよなって褒めてんだぜー?」

「だ、誰が子供よー! 私は立派なレディーで、ちゃんと大人なんだからねー!」


 ティオは、少しサラをからかうように話した後、少し間を置いてから……

 真面目な口調で語った。

「悪かったよ。心配かけちまったみたいでさ。」


「べ、別に、ティオの事なんか心配してないって言ってるでしょー! 私は、誰であろうと命は大事にするべきだって思ってるだけー!」

「えーと、なんて言うか、気の迷い?……ほら、時々、何もかも嫌になっちまう時ってあるだろー? いろいろ面倒くさくなる感じー?」

「私はこれっぽっちもないけどー? 全然分かんない!」

「ハハ、まあ、サラはそうかもな。」


「……俺は、ここんとこしばらく、ずっと一人で旅をしてたんだよ。それが、俺にとっても、誰にとっても、一番いい選択だと思ってたから。」


「でも、やっぱりダメだな。自分じゃ平気なつもりだったけどさ。ちょっとばかり、心が折れかけてたみたいだ。自分がダメになりかけてる事に、全く気づいてなかった。」


「だけど、サラに会って、なんかうっかり、がらにもなく傭兵とかやる事になっちまって、それで、傭兵団のみんなと接してる内にさ……忘れてた事を思い出したよ。こうやって、仲間とワイワイやるのが楽しかった時もあったなぁってさ。」


「まあ、だからって、この先、ずっとこうやって『仲間』と一緒に生きていこうとかは、思ってないけどな。」


「俺は、この内戦にかたがついて、傭兵団が解散になったら、また一人で旅を続けるつもりだ。」


「え?……ティオは、一人でどこかに行く気なのー? 傭兵団のみんなは、なんか『このままずっと一緒にやっていこうぜ!』みたいな事言ってたけどー。」

 サラが、離れていく未来をあっさりと口にしたティオに少し驚いて尋ねると……

「ああ、『流れの傭兵団』としてやっていくって事か。まあ、ボロツ副団長はリーダーシップがあって面倒見もいいからな。今はその下でみんな意気投合して上手くいってるし、このままの体制で何かするってのは、ありなんじゃないか。世の中、大なり小なり争い事は尽きないから、傭兵団としての活躍の場は、探せばいくらでもあるだろうしな。」

 と、まるで他人事のように分析した後、ティオはサラリと言った。

「どっちみち、俺は、この内戦が終わるまでだけどな。」


「そもそも、傭兵なんてがらじゃないってさっきも言ったろ? 俺ってば、戦うの好きじゃないしー、平和主義者ですからー。……今は、まあ、ちょっとした気まぐれだな。気の迷い、とも言うかもな。」


「サラは、このままみんなと一緒に傭兵団をやっていくつもりなのか?」

 と、逆にティオに問いかけられて、サラは……

「まだ、決めてないよ。今は戦争の事だけで頭がいっぱいだから。とりあえず、この内戦がちゃんと終わってから考える。」

 と答えた。

 ティオは、「そうか。」と言うだけで、肯定も否定もしなかった。



「ともかくだ、俺はそう簡単に死んだりしないから、安心していいぜ、サラ。」


 と、ティオは、ニカッと笑って断言した。

 その表情は、不敵と言いたくなる程不思議な自信に満ちていて……

 サラは、思わずイラっとすると共に、内心ホッと安心していた。

「だからー、別にティオの事なんか心配してないって言ってるでしょー!」


「本当は俺も、そうそう死ぬ訳にはいかないって、良く分かってるよ。この命を、大事にしなきゃいけない事もさ。……まあ、さっきのは、ちょっと弱音を吐いただけだから、忘れてくれ。」


「実は、俺、結構しぶといんだぜ!……もし、捕まって殺されそうになったら、そん時はとっとと逃げるから、大丈夫だ!」

「捕まっても逃げるってー……確かに、アンタは、逃げ足だけは早いけどー、グルグル巻きにされて牢屋に入れられたら、さすがにどうにもならないんじゃないのー?」

「ハハハハハー! 甘いな、サラちゃん! その程度なら、俺は、チョチョイのチョイで簡単に逃げられるってのー!」


「まあ、最悪、俺の『最終必殺奥義』を使えば、なんとかなるだろー。」


 軽い口調でそう語るティオの胡散臭さに、サラはげんなりした顔をした。


「何よ、その必殺何ちゃらってー。メチャクチャ嘘くさーい! 絶対嘘だー!」

「いやー、俺もさー、ホントは『最終必殺奥義』だけは使いたくないんだよー。でもなー、命が危ないとなったら、なりふり構っていられないからなー。うんうん。」


 ティオは、腕組みをして、一応神妙な顔つきで語っていた。


「ただ、この『奥義』を使うとなー、俺自身も結構危なかったりするしー、後、絶対いろいろ面倒な事になるからなー、とっととこの国からはおさらばしないといけないんだよなー。」

「……え? ティオ、アンタ、本当に奥義使えるのー?」

「だから、そう言ってるだろー?」

「……」


 胡散臭い事限りないのだが、何やらティオの話を聞いていると、サラはちょっと興味が湧いてきてしまった。

(……な、何よー!『最終必殺奥義』とかってー!……ちょっとカッコいいじゃん!……)


「わ、私も! ねえ、ティオ、私も奥義使いたいー!」

「ええ?」

「教えて! 教えて! どうやって使うのー?」

「うーん、それはだなー……」


 ティオは、しばし沈黙してサラを焦らした後、ニカッといたずらっぽく笑って言った。


「秘密!」

「ええー! 教えてよー! ティオのケチー!」

「ハハハハハ。バカだなぁ、サラちゃん。『最終必殺奥義』なんてものを、そんな簡単にペラペラ人に喋る訳ないだろー。」

「あー! やっぱり嘘だったんだー! 良くもだましたわねー!」

「ハハハハハハ!」


 サラにポカポカ殴られながら、ティオは、相変わらずのらりくらりと質問をかわしては、とても楽しげに笑っていた。


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「ティオのペンダント」

サラの持っているペンダントについている石とそっくりな赤い石がついている。

石は小花のデザインで飾られた金属の枠にはめ込まれている。

鎖は頑丈で武骨な印象のもの。

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