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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第五章 参謀の戦術 <前編>参謀の誕生
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参謀の戦術 #4


「お願い! サラちゃん、一生のお願いー!」


 床に正座したティオは、下げた頭の上でパンッと両手を合わせて、仁王立ちして睨んでいるサラを拝んだ。


 今より十日前の夜の出来事だった。

 王城内の王宮の宝物庫に盗みに入ったティオが、追っ手から逃げてたまたまサラの部屋に入り込んだ事から、彼の正体がかの有名な「宝石怪盗ジェム」だった事が発覚した。


 サラは、口先三寸で誤魔化そうとするティオをなんとか問い詰め、白状させた。

 ティオが隠し持っていた盗みたてほやほやの財宝は、サラが全て取り上げ、一つの袋に詰めた上で肩に掛けてしっかり保管してあった。

 中には、街で絡んできたチンピラからこっそりスった例の金のドクロの指輪も混じっていたが。


 (「一生のお願い!」とか、ほんっと嘘くさい!)などと思いながら、ゴミを見るような目でサラがティオを見下ろしていると、ティオはペロッと舌を出して言った。


「今夜の事は、見逃してー! どうか、俺とサラちゃんだけの秘密って事でー!」

「バカッ! バカティオ! こんなの見ちゃって、見逃せる訳ないでしょー!」

「じゃ、じゃあ、俺、この後すぐ、近衛兵に突き出されるって事ー?」

「そ、そりゃそうでしょー! あ、もちろん、この盗んできたお宝は全部返してもらうからねー!」


 実の所、サラは、自分の部屋に忍び込んできたティオを、とりあえず問い詰めて白状させただけだった。

 ティオに本当の事を吐かせて、その後どうするか、というこの先の事を全く考えていなかった。

 しかし、「兵士に突き出すのか?」と問われれば、それはイエスという答えしか、正義感の強いサラには、ないように思われた。


 ところが、である。

 そんなサラの答えを聞いて、ティオは、これまたわざとらしい程ガックリとうな垂れて言った。


「……そう、か。じゃあ、俺の命もここまでって事だな。……」

「え?……な、何、大げさな事言ってんのよ? 別に死んだりはしないでしょー?」

「チッチッチッ! 甘いな、サラちゃん!」


「俺が今夜盗んできたのは、なんとなんと、このナザール王国の国宝だぜ! 普段は王城の王宮の宝物庫に大事に大事に保管されていて、戴冠式などの一部の特別な行事や儀式でしか持ち出されないような超重要な宝石、いや、宝飾品も入ってるんだ!……そんな国家的に最も大切なお宝が盗み出されたとしたら、国としての威信に関わるんだよ。国宝のお宝は、もれなく、ナザール王国の権威と繁栄の象徴なんだからな。……まあ、後、サラも聞いて知ってると思うけど、俺、あっちこっちの国や街で今までも宝石盗みまくってきたからさー、その罪も当然加算されると思うんだー。」


「てな訳で、俺はどう足掻いても重罪人! 即刻死刑決定なんだよ!……ま、明日の今頃は、街の広場で公開処刑だな。ええっと、ここの国の一番重い処刑方法ってなんだったっけかな? 斬首? 絞首? 火あぶり?」


「まあ、とにかく、サラちゃんが俺を兵士に突き出したら、俺は確実に死にます!」

「ええー!?」


 ティオは小気味いい程キッパリと言い切ったが、一方サラは、思いがけない展開に困惑していた。

 サラにとっては、盗んだ量や価値に関わらず、泥棒そのものが「やってはいけない事」であり、それを行ったティオに対して怒ってはいたが……

 だからと言って、そんなティオに「死んでほしい!」とまでは、全く思っていなかった。

 正義感の強いサラには、犯罪を憎む気持ちもある一方で、「人の命は尊いものであり、それを奪うのは最もいけない事!」という考えがあったのだ。

 確かにティオがこの国にとって非常に大事なお宝を盗んだのは事実だが、だからと言って、その罪で殺されるのは、罰が重過ぎるんじゃないか、とサラは感じていた。


(……ええぇぇー……どうしよう、これー?……え、何? これ、私がティオを「コイツが泥棒です!」って兵士さんに引き渡したら、ティオが死刑になるってー……私がティオを殺しちゃうようなもんじゃない! そ、そんなぁー!……)


 もし、そんな事になれば、逆に、サラの方が罪悪感で押しつぶされてしまいそうだった。

 サラは、肩にずっしりと財宝の入った袋の重みを感じつつ、危機的状況だというのにどこか緊張感の薄いティオを前にして、ウンウンと悩む羽目になった。


「ね! サラちゃん、ここで俺が死んだりしたら、寝覚めが悪いだろー? 一生心の傷として残っちゃうよー! 超でっかいトラウマだよ、これはー!」


「という訳でー……ここは、俺を見逃した方が、サラちゃんにとってもいいと思うんだよねー!」

「……ティオ、アンタねぇ……私が、絶対アンタを殺せないと思って、そういう事言ってるんでしょうー!」

「うんうん! だって、サラちゃんは、人の命を奪うなんて酷い事は決して出来ない、正義感に満ち溢れた、清らかで優しい心の持ち主だもんねー! おまけに、絶世の美少女! よっ、サラちゃん、可愛いよー! 世界一ー!」

「……んぐぐぐぐぅ!……」


 サラは、「犯罪者であるティオを見過ごす訳にはいかない!」という正義感からくる義務感と、「それでも、やっぱり人の命を奪うのはダメ!」という、良心からくる忌避感で、激しく葛藤していた。

 花のような可憐な面をクシャクシャに歪めて真っ赤にし、頭のてっぺんから湯気が出そうな程酷く悩んでいた。


「……」

 そんなサラの様子を、ティオは、しばらく黙ってジッと見つめていたが……

 突然、パン! と手を叩いた。


 サラがビックリして、うつむいていた顔を上げると、その視線の先で、ティオはニカッと笑った。

 一点の曇りもない、明るく朗らかな笑みだった。


「なーんちゃって、ウッソー!」

「は、はああぁぁ!?」


 サラが、驚きで、思わず身を乗り出し素っ頓狂な声を上げたのは、無理もなかった。



「う、嘘!? ティオ、アンタ、また、私に嘘ついたのー!?」


「え、じゃあ、兵士さんに『コイツがさっき宝物庫に盗みに入った泥棒です!』って引き渡しても、別に死刑になったりしないのー?」

「いや、たぶん、死刑にはなるだろうな。」

「えええぇー!……え、じゃ、じゃあ、何が嘘なのよー?」

「サラに、見逃してくれって言ったのが、嘘。」


 ティオの顔からは、いつしか、ふざけているかのようなおどけた雰囲気が消えていた。

 今はただ、落ち着き払って、穏やかに微笑んでいるのみだった。

 そして、その冷静さを崩す事なく、まるで他人事のように淡々と語った。


「俺の事は、さっさと兵士に突き出してくれて構わないぜ。」

「え?」

「だってさー、泥棒を捕まえたらお役人に突き出すってのは、ごく普通の事だろー? 別にあれこれ悩むこっちゃない。サラは、ただ、一市民として当然の義務を果たせばいいんだよ。」

「……で、でもぅ……そ、そんな事したら、ティオは死刑になっちゃうんでしょう?」

「まあ、俺が今夜やった事や、これまでやってきた事を考えれば、捕まったら死刑になるのはごく当たり前だ。それは、ずっと前から覚悟してた。覚悟の上で、今までたくさんの盗みを働いてきたんだ。だから、俺は、後悔してない。それから……」


「俺を捕まえた人間を恨む気持ちも、一切ない。」


「悪いのは全部俺だし、捕まっちまったのも、俺がヘマをやらかしたせいだ。まあ、一言で言うと、『これが年貢の納め時』だな。俺の運もここまでってこった。」


「まあ、そんな訳だから、サラは、俺を役人に引き渡す事に対して、なんら罪の意識を感じる必要はないんだぜ。」


 ティオににっこりと笑ってそう言われて、サラは逆に酷く動揺した。


「べ、べべべ、別に、アンタがどうなろうと、私は罪の意識とか、これっぽっちも感じないわよー!」

「そうか、なら良かった。……じゃあ、面倒だから、さっさと兵士に引き渡してくれよ。」

「え!?……え? え?……い、今、すぐ? あ、朝になってからにしようかなーって……」

「いや、今すぐだな。……朝までなんて、待たなくてもいいだろう? 今も、王宮の宝物庫に盗みに入った泥棒を探して、城中の兵士が駆けずり回ってるんだぜ。早いとこ犯人を連れて行って、あの人達の仕事を終わらせた方がいいんじゃないか? そうすれば、みんなもうぐっすり眠れるだろうしな。」

「で、でもぅ……」

「俺は、特にこの世に未練はない。」


「元々俺は、いつ死んでもいいような人間だしなぁ。ただ『それが今だった』ってだけの事だ。むしろ、これで全部終わってスッキリするかもなぁ。」


「って事で、サラ、手間掛けて悪いが、兵士の所まで連れてってくれよ。」

「……」


 サラは、再び苦虫を噛み潰したような顔で黙り込み、考え込んでしまった。



 ティオは、はじめは「見逃してほしい!」と言っていた。

 あまりにも軽薄な態度ではあったが、たぶん本気で言っていたのだろうとサラは感じた。

 最初はサラも、そんなティオの頼みを断って、彼を兵士に突き出すつもりだった。

 けれど、兵士に「王宮の宝物庫荒らしの犯人」として突き出されたティオが、おそらく死罪は免れないと知ったサラに、大きな迷いが生じてしまった。

 平気で盗みを働くティオの道徳観の欠如に対して、確かにサラは大いに憤りを感じている。

 ティオを良く良く反省させ、二度と盗みなど働かないと心の底から誓わせたいとは思ってもいる。

 しかし……今晩王宮の宝物庫から国宝の数々を盗み、今までも何度となく貴重な財宝をあちこちの屋敷から盗み回っていたという罪は、世間的にはかなりの重罪に違いないが……

 だからといって、ティオを死罪にするのは……

 ティオを殺してしまうのは……

 サラには、どうしても出来ない選択だった。

 ティオが死ぬ事を考えると、サラは、ギュウッと心臓が締めつけられるような苦しさを感じて、その可愛らしい顔を思わず歪めた。


 すると、ティオは、突然今までの主張を翻し、「さっさと兵士に突き出してくれ!」と言い出した。

 「見逃しほしいというのは嘘。」「いつか捕まって殺されるだろう事は覚悟の上だった。」と、ティオは言った。

 「特にこの世に未練はない。」「俺は、どうせいつか死ぬような人間だった。」「ここで死んだら、むしろスッキリするかも。」と。

 そんなティオの言葉からは……

 嘘をついている気配は全くしなかった。

 おそらく、本心から言っているのだと、サラは直感していた。


(……な、何よ? 私が兵士に引き渡したら、ティオが死ぬ原因を私が作っちゃったみたいで辛いから……私が、そう思っている事に気づいたらか、わざと平気な振りしてるの?……わ、私に、気を遣ってるの?……)


(……ううん、今一番大事なのは、そこじゃない!……一番の問題は……)


(……ティオが、心のどこかで、「自分はいつ死んでもいい」って思ってる事……)


 それが、サラの心に最も引っかかった点だった。


 おそらく、「見逃してほしい」というのは、ティオの本当の気持ちだろう。

 けれど同時に、それが無理ならば、「別に処刑されて死んでも構わない」というのも、また、ティオが本心から思っている事なのだろう。


 サラは、自分の事をあまり勘のいい方だとは思っていなかった。

 どちらかというと、他人の心の動きには鈍い人間だ。

 それは、サラが過去の記憶を完全に失っているのが原因かもしれなかった。

 サラ自身、心のどこかが欠けているせいで、人の心の繊細な部分まで思いが及ばないのかもしれない。

 けれど、なぜかこの時サラは、ピリッと痛みが走るように、ティオの危うさに気づいた。


(……ティオは、自分自身の事を、心の奥の根っこの所で、大事にしてない。……)


(……自分はどうなってもいいって思ってる。自分は、そんな、どうなってもいいような人間だって、思ってる。……)


(……だから、自分から敢えて死んだりはしないけれど……もし何かあったら、その時は、死んでしまっても構わないって、そう考えてるんだ。……)


(……そんな……そんなのって……)


(……悲しいよ!……凄く……凄く、悲しいじゃないのよー! バカー!……)


 サラは、思わずジワっと目元に熱い涙が込み上げてきて……

 それを堪えるため、グッと眉間にシワを寄せ、険しい顔つきで、目の前のティオを睨んだ。


 そんなサラを、床にあぐらをかいて座っているティオは、どこか不思議そうに見上げていた。

 自分のせいでサラが泣きそうな程悲しんでいるなど、全く思いもよらないといった表情だった。

 ティオは、サラとは逆に、普段は他人の心の機微に敏感だが、こと自分自身の事に関しては、無意識下で自身を粗末に扱っているためか、酷く鈍い一面があった。


「分かった。」


 と、しばらく黙り込んだのち、思い切ったようにサラは言った。

 可愛らしい唇をギュッと噛み締め、拳でグイッと、うっすら涙の浮かんだ目元を拭ってから、サラはキッパリとした口調で続けた。


「今回の事は、なかった事にしてあげる。」


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「ティオのナザール王城での犯行」

王宮の宝物庫に忍び込み、ごっそり貴重なお宝を盗み出した。

欲しいかったのは宝石のみで、宝石を外したら他は売るつもりだった。

しばらく新しい宝石を手に入れていなかったせいで、禁断症状に陥り、衝動的に盗んだと主張している。

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