参謀の戦術 #2
「ねえ! もっと本気で投げていいよー! もしぶつかっても、私、全然平気だしー。遠慮しないで、ジャンジャン投げてー!」
サラは、石を投げる係の兵士に詰め寄って真剣な表情で訴えた。
しかし、兵士はサラの勢いにタジタジになりながら、申し訳なさそうに言った。
「……あ、あの、俺は、精一杯投げてます。」
「えー? だってー、全然当たらないよー? ティオが投げてた時は、バシバシ当たってたのにー!……うー! 思い出したらムカついてきたー! 猛特訓して、次は全部ビシッと弾き返してやるんだからねー!……だから、あなたも頑張って投げてよー!」
「ああ、それは、たぶん……」
「何ー?」
兵士はこれを言ったらますますサラの機嫌が悪くなるんじゃないかと心配しているらしく、キョトキョトと落ち着きなく視線をさ迷わせながら口にした。
「……ティオのヤツが凄いんだと思います。」
「俺は正直、サラ団長に石を命中させる自信はないです。すみません。」
□
サラの特訓は順調に続き……
サラは同時に襲いかかってくる剣を持った兵士の攻撃をさばきつつ、隙を見て投げつけられる石をかわしたり剣で叩き落としたりを繰り返していた。
しかし、兵士達との訓練では見事に全て対処出来るサラだったが、たまにやって来たティオが石を投げる係を引き受けると……
ティオの投げてきた石は、いつも全弾サラの体に命中した。
やはり、ティオには、サラの意識の行き届いていない目に見えない穴が、「隙」が、手に取るように見えているかのようだった。
加えて、ピンピンと指先で弾いて飛ばしてくる小石のコントロールが驚く程的確だった。
一ミリのズレもなく、サラのあばらに、手の甲に、膝頭にと的中していた。
一向にティオの投げてくる小石をかわせない事に業を煮やしたサラは、他の人間に助言を求める事にした。
「確かに、飛び道具への対策はしておくべきだな。本物の矢を使う訳にはいかないから、小石を投げるというのはいいやり方だと思う。」
「ティオのヤツ、思ったよりずっと出来るじゃねぇか。今まで猫被ってやがったな、あの野郎。これで刃物恐怖症じゃなく剣が持てれば、かなりいい所までいけただろうによ。」
「ちょっとー! ハンスさんもボロツも、感心してないで、なんかいいアイデア出してよー!」
サラは、傭兵団の中で最も剣の扱いに長けた監視役の王国正規兵であるハンスと副団長のボロツに相談してみたが、二人とも困った顔で唸るばかりだった。
「うーむ、そうは言われてもなぁ。正直、私の腕では到底サラに敵わない状態だからなぁ。」
「俺もだぜ。そんなサラがどうしても上手くいかないって言ってるものに、俺がいいアドバイスが出来ると思えねぇんだよなぁ。」
二人の出した結論を聞いて、サラは、可憐な美少女が台無しな仏頂面を浮かべた。
ハンスが、そんなサラを気遣って、苦し紛れに提案してきた。
「そうだ、ティオ本人に聞いてみるというのはどうだろうか? 何しろこの特訓の発案者は彼なのだからな。ならば、効果的な訓練方法も知っているのではないか?」
「いや、でも、ハンスの旦那、ティオ本人に聞くってのは、サラのプライドがよぅ……」
「あ、そっか! それいいね! 私、ティオに聞いてみる!……あ! ちょうどティオが居た!……ティオー!」
訓練場を囲む渡り廊下を歩いていたティオの姿を見つけて、サラは真っ直ぐに駆け寄っていった。
「って、いいのかよ、サラ!」
「ハハ、サラらしいと言えば、サラらしいな。……屈託がないと言うべきか、それとも、強くなる事に対してどこまでも貪欲で真剣と言うべきか。」
「まあ、俺も、サラのそういう所は好きだけどな。」
ハンスとボロツの二人は、サラがティオとどんな事を話すのか気になったので、ついていって、二人の邪魔にならないように少し離れた所から耳を傾ける事にした。
□
「あの特訓の攻略法かぁ。」
ティオはサラに「教えて! 教えて!」とピョンピョン周りを飛び回りながらせがまれて、すんなりと口を開いた。
「分かった分かった。教えるから、ちょっと落ち着けよ、サラ。」
「わーい、やったぁー! ありがとうー、ティオー!」
(って、お前もあっさり教えるのかよ!)(仲の良い事だなぁ。)とボロツとハンスが心の中で思いながら、様子を見守っていると……
ティオは、バサッと、いつも羽織っている色あせた紺のマントから腕を出して、サラに示した。
「一言で言うなら、『自己領域を広げる』事だな。」
「……じ、『自己領域を広げる』って、何ー?」
「例えば、自分の肉体、体に、何かが触ると、気がつくだろう? それは、自分以外の異物が自分の領域に侵入してきた事で、反射的に拒絶反応が起こっているから、とも言える。……まあ、要するに、『自分の体に何かが触ったら、気がつく』これがポイントだ。」
「ふむふむー。」
「で、だ。……『自己領域』つまり、『自分の体だと感じている範囲』は、実は、自分の体と全く同じじゃないんだ。」
ティオは、真剣な表情で食い入るように見つめているサラの前で、自分の腕を指で触ってみせ……
次に、腕には触れないように、腕のすぐそばの空間を同様に指でなぞった。
「普通の状態でも、この辺までは、『自分の体の一部』みたいに感じてるだろう? 誰かが、このぐらいの近さに寄ってきたら、すぐ分かるよな?」
「あ! 確かにそうだね! 触ってないのに、なんかあるなって感じるねー!」
「そう、つまり……体の周りを、目に見えない透明な膜みたいなものが取り巻いていて、その膜に自分以外のもの、異物が触れると、察知する事が出来る、そんな感覚だな。一般的には、自分の肉体部分だけが『自己領域』だと思われがちだが、実際は、自分の体の周りまで、うっすらと『自己領域』なんだよ。」
「そして、ここからが大事な所だから良く聞けよ。……この『自己領域』は、訓練によって広げる事が出来る。」
「そうだな、今の状態のサラだったら、たぶん、もう、自分の周囲2mぐらいの所まで感知出来るんじゃないか?……ちょっと目を閉じて、自分の周りに意識を集中してみてみろよ。」
ティオに促され、サラは素直に言われた通り目を閉じた。
「その状態で、今、俺がここに居るのを、ちゃんと感じ取れるだろう?」
「あ! うん! ホントだ! ティオが居るって分かる!」
目を閉じた一面の闇の中で、自分のすぐ目の前にティオが立っているのが、サラにははっきりと感じられた。
息をして、心臓が規則正しく鼓動を刻み、体が熱を発しているのが伝わってくる。
「もう、目を開けていいぜ。」とティオに言われて、サラは目を開きパチパチと長い金のまつ毛をしばたたいた。
「今の感覚を忘れるなよ。」
「うん!」
「それで、さっきの話の続きだけど……今のサラの『自己領域』が自分を中心に2mぐらいだと仮定して……この周囲2mの範囲の中に、剣を持った兵士が斬りかかろうと侵入してくると、サラは感覚的にそれを捉えて反応する事が出来る訳だ。……もちろん、兵士の姿を目で追ったり、足音を耳で聞いたり、そういう、視覚、聴覚、いわゆる『五感』も使っているんだけどな。それだけじゃなくて、さっき言った『自己領域に他者が侵入してきた違和感』でも、敵の攻撃を感じとってるんだ。」
「で、この『自己領域』を意識して、さっきの訓練を続けていくと、だんだんと、もっと広い範囲の事が、自分の体の一部のように把握出来るようになる。……これが、俺が最初に言った『自己領域を広げる』って事だ。」
「まあ、成長度合いや把握出来る範囲の限界には個人差はあるが、サラはそういう勘は相当いい方だからな。短い期間で飛躍的に『自己領域』を広げる事が出来るようになると思うぜ。」
「エヘヘ、そうかなぁー。じゃあ、もっと頑張ろうーっと。」
と、サラはティオに褒められて嬉しいやら少し恥ずかしいやらで、ニコニコ笑いつつ肩に掛かっていた金の三つ編みの先を指でいじっていた。
「おお、頑張れよ! 俺も時々見に行くからさ。」
と、ティオも屈託のない笑顔で爽やかに返していた。
「ああ、サラ。それから、これは出来たらでいいんだけどな……」
ティオは思い出したように、最後につけ加えた。
「余裕があれば、『自己領域』を意識する事を、訓練をしていない時もなるべく続けた方がいいぜ。」
「訓練をしていない時もー?」
「そう。休んでる時も、飯を食ってる時も、こうやって誰かと話をしている時も、『自己領域』を常に頭のどこかで意識し続けるんだよ。そうすると、その内、呼吸をするように自然に『自己領域』内で何が起こっているのか感じ取る事が出来るようになる。」
「へぇー、凄ーい!」
「まあ、慣れるまでちょっと時間がかかるかもしれないが、コツさえ掴めば後は楽だ。そして、これが出来るようになると、どんな時でも、思いがけない攻撃に対処出来るようになる。例えば、グッスリ寝ている時暴漢に襲われても、すぐに気づいて投げ飛ばせるし、ぼんやり歩いてる時に後ろから矢で狙われても、サッと避けられる。」
「わぁ! それ、いいなぁ! 出来るようになりたーい!」
「サラは、その外見だからいろいろ身の危険も多いだろ。『自己領域』の感覚が身につけば、護身術としても役に立つと思うぜ。」
「うんうん!」
サラは、ティオの話にいちいちとても感心して、コクコク真剣にうなずいていた。
そのかたわらで、ボロツとハンスは、終始狐につままれたような顔をして二人の話を立ち聞いていた。
「……えぇ……今の話、分かったか、ハンスの旦那? 俺はサッパリなんだがよぅ。なんだよ『自己領域』って。……」
「……ウ、ウム。私にも全く理解出来ない。しかし、サラは、ティオのあの説明で理解しているようだな。……どうやら、あの二人は、我々と次元が違うらしい。……」
「……サラが人間離れしてるのは知ってたが、ティオのヤツも、実は相当ぶっ飛んでやがるんだなぁ。マジかよ。……」
ボロツとハンスは、二人の話の内容に全くついていけず、呆然と見守るばかりだった。
□
やがて、二人の話が終わり、サラはティオと手を振って別れた。
「いろいろありがとねー、ティオー! なんか分かった感じがするー! じゃあ、また、特訓頑張るよー!」
「ああ。役に立てて良かったぜ。」
「あ! ねぇ、時間がある時は、ちゃんと見に来てよー? 約束だからねー?」
「分かってるって。サラ団長のご要望とあれば、たとえ火の中、水の中ってね。……おっと、じゃあ、俺はそろそろ行くな。」
ティオは訓練場の一角で、誰かが用事があるらしく「おーい、ティオー!」と、手を振りながら呼んでいるのに気づいて、サッと色あせた紺のマントをひるがえし歩き出した。
サラも、反対方向に向かって歩き出したが、ふと、振り返ってティオに尋ねた。
「あ、そうだ、ティオー。」
「ん?」
「さっき、私の今の『自己領域』って2mぐらいの範囲だって言ってたけどー……」
「ああ、サラを中心に大体半径2mで合ってるだろ?」
「うん。でさ、そう言うティオは、どれぐらいまで分かるのー? 大体なんメートルぐらいー?」
ティオは白い歯を見せて、いたずら好きの子供のように笑って言った。
「ハハ。内緒。」
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「傭兵団の兵舎」
ナザール王城の片隅にある。
元々は見習い兵士用のもので、元々粗末な上かなり老朽化進んでいる。
王国正規兵や近衛兵団の石造りの兵舎とは違い、全て木造である。




