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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第四章 夢に浮かぶ鎖 <後編>鎖の行く先
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夢に浮かぶ鎖 #30


(……はぁー……なんだか、今日は、ほんっとーにいろんな事があったなぁ。……)


 サラは、深いため息を、どこまでも続く果てのない闇の中で、何度も何度もついた。


 雨に降られて訓練が途中で切り上げられた夕刻、訓練場の片隅で会ったティオに、「異能力」について話を聞いた。

 自分がその「異能力」なるものを持っているという事実に驚いただけでも大変な一日だったというのに……

 深夜、王宮の宝物庫に泥棒が入った事件がきっかけで、サラは、ティオの思いがけない一面を、知りたくなかったもう一つの顔を、知る事になってしまった。


(……とにかく、ティオ! あんのバカッ! アイツの事は、もう、しばらく考えたくない!……)



「……えっと、じゃあ……どこかの大金持ちのボンボンだっていうのも、嘘だったのー?」

「うん。まあねー。」


 自分が、今夜王宮の宝物庫に忍び込んだ泥棒であり、かの有名な「宝石怪盗ジェム」であった事を認めたティオは……

 特に反省する様子も、悪びれるふうもなく、実に軽い口調で答えた。

 「よっこいせ」と言いながら、土下座の態勢をとき、そのまま床にあぐらを組んで座った。


「ハハハ。この俺が、いいとこのおぼっちゃんとかー、ある訳ないだろー。金も物もあって何不自由なく暮らしてきたヤツが、こんなスレた人間に育つ訳ないってのー。」

「うぐっ!……確かに、アンタは、やけに冷めてるっていうか皮肉っぽいっていうかー、そういう所があるとは思ってたけどー。」

「現実的だって言って欲しいねー。俺は、ムダな夢は見ない主義なんだよ。夢とか希望とか理想とか、そんなもの、いくら持った所で、一文の得にもならねぇだろー? 腹がふくれる訳でもないしなー。」

「じゃあ、ティオ、アンタは本当は、どういう境遇で生まれ育って、どうして今ここに居るのよー?」

「俺の生まれは、北の大陸エルファナってとこだ。」


 ティオは自分の生い立ちを、淡々と、平然と、特に何の感傷もなさげに語った。

 そうしていると、どこか心の奥底で、全てを諦め、捨て切ってきたかのような、ティオの達観した人生観が滲み出て感じられた。

 それは、彼の過ごしてきたこれまでの人生によって培われてきたものなのだろう。

 ヘラヘラした笑みを浮かべて被っているいつもの仮面とは違い、短い言葉の一つ一つが、ひりつくような真実味を帯びていた。


「あー、サラは知らないか。……ここ、中央大陸から北西の位置にあって、面積は中央大陸の十分の一もない。土地のほとんどが一年の大半を雪に包まれる、厳しい自然環境でさ。そのくせ、僅かな資源や食物を巡って、ずっと諸国が戦争を続けてる。あの大陸に生まれついた人間以外は、到底行きたくないと思うような殺伐とした場所だよ。」


「俺は戦災孤児で、家族が居ないんだ。ああ、別にエルファナ大陸じゃあ、孤児なんて珍しくもなんともないからな、同情はしなくていいぜ。……まあ、そんな訳で、子供の頃から、戦争に巻き込まれてあちこち逃げ回ったり、生きていくために盗みを覚えたり、同じような境遇の子供達で出来た盗賊団に入ったりした事もあったなぁ。それこそ、話し出したら夜が明けちまうぐらい、ここに来るまでいろいろな事があったよ。」


「要するに、俺は、『いいとこのおぼっちゃん』とは真逆の、社会の最底辺を這いずり回りながらたくましく生きてきた人間って事さ。」


「このナザール王国に来たのは、『なんとくなく』だな。特に深い意味はない。まあ、でも、寒さと戦争でろくに食う物もなかった俺の生まれ故郷に比べると、気候は温暖だし、美味い物もいっぱいあって、おまけに平和で、実にいい所だよなぁ。おっと、残念ながら今は内戦中だったな。」


 サラはティオの話に真剣に耳を傾けた。

 ティオがこれまで経験してきた過酷な人生は、サラの今までの少ない見聞ではとても想像が追いつかない所があったが、彼の言動や態度、世の中への見方を考えると、なんとなく納得出来る気がした。

 ティオの半生に少なからず興味はあったものの、今はあまり深く追求せずにおいた。


 サラは、話題を変えた。


「それじゃあ、やっぱり、あの街の食堂で見せたお財布は……その前に絡まれてたならず者達から盗んだものだったのね?」

「そ! サラに初めて会った時、俺は本当に一文無しだった。……いつもは、絡まれてる時にさりげなく懐からスって、その後一目散に逃げるんだけどー、あの時は、サラがアイツらを倒してくれたからなー。おかげで、盗むのが楽チンだったぜ。サンキュー、サラ!」

「うぐぐっ!……知らない内に悪の片棒を担いでたなんて、最悪ー! アンタのお金だと思ってたから、食堂で思いっきり食べちゃったじゃないのよー!」

「ハハハ! 別にサラは何も悪い事はしてないしー、俺のやってる事を全く知らなかった訳だからー、罪悪感を感じる必要はないだろー?」

「逆に、アンタは、もっと罪悪感を感じなさいよねー!」

「はあ? なんでだよー?……アイツらは、俺から金を巻き上げようとしてたんだぜ? まあ、俺はあの時、マジでなんにも金を持ってなかったんだけどなー。そんなヤツらから金を取って何が悪いんだよ? カツアゲしようなんてするヤツは、自分がカツアゲされても文句言えねぇだろー?」

「へ、へえ、そう。そういう理屈で、アイツらの持ってた指輪も、ついでに盗んだって訳ねー?」

「指輪? 俺、そんなの盗んだっけー?」

「盗んだじゃない! アンタの持ってたこのお宝の山! これに、バッチリ混じってたわよ! さっき見たんだからね! あのドクロの指輪ー!」

「ああ! さっきサラがジーッと見つめてた、あのガーネットかぁ!」

「……アンタ、本当に宝石以外まるで目に入ってないのねー。……」


 ポンと手を叩いてようやく気がついたらしいティオに、サラは呆れてため息を吐いた。

 ティオは、そんなサラを、顔に掛けた眼鏡の、曇った分厚いレンズの奥で、少し目を細めて見つめていた。


「なるほどね。サラは視覚の記憶が強いんだな。あの時見たのを覚えてたのか。……ハァ。気づかないと思って見せちまったよ。失敗したなぁ。」


 そう言って、ティオはボサボサの黒髪をボリボリ掻きながら苦笑した。

 しかし、その言葉とは裏腹に、焦っている気配は全くなかった。



(……あっ!……ヤダ、もう! 私、何やってんのー? あんなバカティオの事なんかボーッと考えてる場合じゃないのにー!……)


(……ここ! あの夢の中だ!……)


 サラは、キョロキョロと辺りを見回して、そこが果てない空虚の闇に包まれた、例の「何もない夢」の中である事を確認した。

 正確には、いつものようにサラの体はなく、サラの存在と意識だけがポツンと「何もない」空間に浮いており、サラは「辺りを見回す」ように、自分の「感覚」を集中させて、周囲の様子を探ったのだった。


 サラは、慌てて、ブンブンと首を横に振る気持ちで、今日の出来事、主にティオに関した記憶を頭の中から追い出した。

 ティオの事については、ただでさえ新たに得た情報が多過ぎて、サラの頭も心も、とても追いついていっていない状態だった。

 まだまだじっくり考えなければ、とても消化出来そうにない。

 そんな時間のかかる面倒な作業を、こんな大事な場面でノロノロやっている余裕はなかった。


 サラは、パンパン! と自分の頰を叩くイメージをして気持ちを切り替えると、胸元にある自分のペンダントを握りしめた。

 やはり、ペンダントの赤い石は、現実と違って、この夢の中では美しく輝いていた。

 まるで、生きているかのように、ゆっくりと強弱をつけながら、あたたかな赤い光を発している。


(……そうだ、鎖! 鎖はどこだろう?……)


 ペンダントの光を頼りに、果てのない闇の中で一筋の見えない鎖を探す。

 サラは、以前夢の中で辿った過程をしっかりと繰り返した。

 そのおかげか、以前よりも簡単に、短時間で、それは見つかった。


(……あっ! あったー! 鎖だー!……)


 何もなかった闇の中に「存在」が感じられると共に、スウッと音もなく「鎖」の姿が浮かび上がってくる。

 ここまでも、前に見た夢の中と同じ……と思われたが……

 サラは、小さな変化に気づいた。


(……あれ? なんか、前より鎖がハッキリ見えるような?……)


 それまでは、「何かを縛る」といったイメージの紐状のものが、闇の中に浮いているのをぼんやりと感じていただけだった。

 けれど、今は、もっとくっきりと「鎖」の姿の詳細が伝わってくる気がした。

 「鎖」がハッキリ見えるという事は、それだけ自分が「鎖」の「存在」を、強く、しっかりと感じ取れているのだ、という確信がサラにはあった。


(……前の夢の中でも見てたから、慣れて見えやすくなったって事なのかなー?……うーん……)


(……それにしても、この鎖……)


(……やけにキラキラしてるなぁー!……)


 映像が明確になったおかげで、サラはその鎖が、一般的な鎖の形状とはかなり異なるものだという事に初めて気がついた。

 鎖から伝わるイメージは、相変わらず「縛るもの、拘束するもの」であるので、それが「鎖」という性質のものであるのは間違いないのだけれども。


 今、サラの目の前に浮かぶ鎖は、燦然とまばゆい光をまとっていた。

 それも白や透明といった一色ではない。

 赤、橙、黄色、黄緑、緑、青緑、青、藍、紺、青紫、紫、菫、赤紫、薄紅、などなど、七色どころか、多種多様の色合いを帯びた光だった。

 色とりどりの煌びやかな光で編まれた鎖を、サラはしばらく呆然と見つめていた。


(……こ、こんな豪華な鎖だったんだー! ビックリー!……)


(……ま、まあ、でも、鎖は鎖、だよね。……)


(……早くこの鎖を辿って、人の気配がした場所まで行かなくっちゃ!……)


 サラは、気合いを入れ直すと、前回と同じように、手に握りしめたペンダントの赤い石の光で闇の中に鎖を照らし出しつつ、鎖の伸びてゆく方へと歩き始めた。

 ゆっくりと慎重に、けれど、確実に、一歩一歩、鎖に沿って進んでいった。


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「北の大陸エルファナ」

ティオの生まれ育った土地。

ほとんどの土地が一年を通してほぼ雪と氷に覆われている。

人々は残ったわずかな土地に住んでいるものの、戦が絶えず、生活は厳しい。

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