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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第四章 夢に浮かぶ鎖 <後編>鎖の行く先
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夢に浮かぶ鎖 #29


「ティ、ティオ、ねえ、教えてよ! これ、この赤い石、本当は何なの?」


「ただの古いガラスじゃないんでしょう? ただのガラスなら、宝石ばっかり集めてるアンタが、こんなに欲しがったりする筈ないもんね?」


「わ、私、最近、この赤い石で、凄く不思議な事があって、それで……」

「サラ。」


 ティオは、必死に訴えようとするサラの言葉を遮るように呼んだ。

 いつの間にか、ティオの顔から、いつものヘラヘラしたふざけたような笑みは消えていたが……

 やはり、その無表情には、何かの感情を読み取れるような隙はなかった。


「一つ、俺からお前に注告していいか?」

「ちゅ、注告? 何よ?」

「部屋の鍵はちゃんと掛けた方がいいぞ。」

「あっ!」


 サラは、ティオに言われて、この時ようやくハッと気づいた。


(……そう言えば、また鍵掛け忘れてるー!……え、えっと、さっき私の悲鳴を聞いてボロツが駆けつけてきた時、鍵が開けっ放しでー、だから、ボロツがドアを開けちゃって、大変な事になってー、それでー、その後、ええとー……)


 ほとんど全裸の状態で居た所にボロツがやって来たため、思わず、目の前に居たティオに抱きついて自分の体を隠したのを、たまらない恥ずかしさと共に思い出したサラだったが……

 その後、すぐにティオとゴタゴタが続いて、部屋のドアに鍵を掛けるのをすっかり忘れていた。


 ちょうどその時、部屋の外に人の足音が聞こえた。

 本当は、しばらく前から聞こえていたのだろうが、サラは目の前のティオの事で頭がいっぱいで全く気づいていなかった。

 兵舎の廊下の床板の軋む音の重さからして、おそらくボロツだろう。

 時間から察するに、一回り傭兵団の団員達の部屋に声掛けをして、戻ってきた所か。


(……ボロツ!? なんでまた来たのー?……あ、報告に来たのかな? そういうとこ、ほんと真面目だよね、アイツー。……って、今はそんな真面目じゃなくてもいいのにぃー!……)


 もし、ボロツが巡回の報告に来たのだとしたら、ドアに鍵が掛かっていない事に気づけば、きっと開けて中をのぞくに違いない。

 実際、先程も同じパターンで、裸を見られかけたサラだった。


(……嫌あぁー!……って、待って待って! 今は、一応服は着てるしー。下着が透けちゃってるけど、これならうっかりボロツに見られても……)


 そんなサラの目に、ふてぶてしくも堂々とベッドの上で横になっているティオの姿が飛び込んできた。

 当然、その周囲には、所狭しと高価な金銀財宝が散らばっている。

 サラ自身が、つい先程まで、身体検査と称してティオの身ぐるみを剥ぎながら、見つけ出しては取り上げた宝飾品の数々だった。

 おそらく、ティオは、サラより先にボロツの足音を聞きつけていてあの忠告をしたのだろうが、その割には、まるで他人事のようにのんびりサラのベッドでくつろいでいた。


(……あああぁぁーー!! やっぱり、ダメぇー! こんなの絶対ボロツに見せられないよぅー!……)


 と、サラが目の前の状況に混乱して頭を抱えている間にも、コンコンと部屋のドアがノックされた。


(……ンキャアァァーー!! ど、どど、どうしようぅー!?……)


 こと戦いに関しては、突然どんな窮地に放り出されようと、自分の絶対的な強さへの自信から、落ち着いて臨機応変に対応出来るサラだったが……

 こういう場面では、混乱するばかりで全く頭が働かないという事実を、しみじみと痛感する事になった。


「……サラ? サラ、起きてるか?……」

「……え? あ、う、うん! 起きてるよー!」

「良かった! 一応報告しとこうと思ってよ。」


 ドア越しに呼びかけられて、思わず返答してしまってから、サラは……

(……なんで、返事しちゃったのぉー? 眠った振りしとけば良かったのにぃー! 私のバカバカバカー!……)

 酷く後悔したが、後の祭りだった。


「ちょっと邪魔するぜ。」


 ボロツはドアに鍵が掛かっていないのに気づいたらしく、ノブを引き、さっそくギイッと開けようとしてきた。

 女性の部屋にいきなり入るのはマナー違反であるが、この場合サラが先程返事をしているので、失礼には当たらないだろう。


 サラは、「ドアを開けないで!」「部屋に入らないで!」「部屋の中を見ないで!」と言えば良かっただけなのだが……

 その事に気づくのはずっと後になってからで、この時は、ただただ頭の中が混乱と焦りでグルグル回るばかりだった。


(……見られたらマズイ! ヤバイヤバイヤバイ! は、早く隠さなくっちゃ!……)


 その時サラがとっさにとった行動は、ボロツに絶対知られたくない目の前の状況を必死に誤魔化す事だった。

 

 ドアがもう開こうとしているこの時点で、ベッドのあちこちに散らばった金銀財宝を全て搔き集めるのは時間的に無理だった。

 とりあえず、ティオの頭の上の方向に散らばっていたものだけを、ザザッと手で寄せ集め……

 それとほぼ同時に、足の指で器用に毛布を掴んで引っ張った。

 サラの使っていた毛布は、しばらく前、ボロツが最初にやって来た時、目を覚ましてベッドから起き上がった際に、パッとはねのけたまま、ベッドの片隅に押しやられている状態だった。

 それを、ババッと自分の体の上に、覆い被せる。

 ちょうど、仰向けに横たわっているティオの上に馬乗りになっている体勢だったので、サラが毛布を体に被る事で、同時にティオの体も毛布に覆われる事になった。

 サラにとって、ティオ本人は眼中になく、彼の周りのシーツに散らばった、目に染みる程ギラギラした光を放つ高価な宝飾品の数々を隠したかっただけだったので、毛布からは、サラとティオの顔がひょこっとのぞく格好になった。


「ああ、サラ、見回りの方は特に異常はなくってだな……んぐうっ!?」


 ギイッとドアを開いて部屋の中をのぞき込んだボロツが、その瞬間、潰れたカエルような声を出して、ビキキッと固まったのは言うまでもなかった。


「あ! ボ、ボロツ、見回りありがとうー! 結局全然手伝えなくて、ゴメンねー!」

「ボロツ副団長、再びこんばんはー。」


 サラとティオは、一見ごく当たり前の会話を返しているように思えたが……

 問題は、二人が、ベッドの上でピッタリと体を寄せ合っているという事だった。



「……あ、え?……サ、サラ、は、今、ティオの野郎と、何を……」


 サラが必死に隠したおかげで、ティオから取り上げたおびただしい数の金銀財宝はボロツの目には映っていない様子だった。

 サラは、それを知ってホウッと胸を撫で下していたが……

 お宝が隠されているせいで、ボロツには、今のサラとティオの状況がとんでもないものに見えている事には、全く気づいていなかった。


 ボロツには……

 ティオがサラのベッドに仰向けに横たわり、その上にサラが覆い被さるように乗って、二人で一枚の毛布に入っている姿が見えていた。

 しかも、ティオは、サラが隠しているお宝を探すために、上半身裸に剥いた状態だった。

 サラの方も、下着の透ける薄布の寝間着という、見ようによってはかなりセクシーな身なりである。

 そんな男女が、同じベッドでピッタリ体を密着させているという事は、つまり……。

 毛布が掛かっている事で、見えない部分が、不幸にもボロツの想像を加速させていた。


「……え、えっとー、ボロツ、それで、見回りはどうだったのー?」

「……ええ!?……あ、ああ、み、見回りは、特に異常はなくって、だな。み、みんな深夜だから、良く眠ってた、ぜ。……」

「王宮の宝物庫に忍び込んだ泥棒の方は、見つかったのー?」

「あ、ど、どうだろうな? で、でも、まだ兵士がバタバタ走り回ってるみたいだったから、たぶん見つかってねぇんじゃねぇかなぁ?」

「あー、やっぱりそうだよねー。」


 サラは、毛布の中でティオに覆い被さるような体勢のまま、なるべく何事もなかったかのように、笑顔でボロツに対応していた。

 ボロツの方は、二人の姿を前にかなり混乱している様子だったが、サラに問われるままに、カクカクぎこちなく口を動かして答えていた。

 そんなボロツの動揺ぶりを見かねたらしく、ティオが口を挟んできた。


「ボロツ副団長。申し訳ないんですが……今ちょっと取り込み中なので、特に問題がなければ、席を外してもらえると助かるんですけれども。」

「お、おお!? と、取り込み中?……あ、う、うんうん! 確かに取り込み中だな、これは!」


 ボロツは、ティオの言葉にハッとなると、見てはいけない場面を見てしまっている、という意識がはっきりと芽生えたらしく、真っ赤な顔でサッと視線を逸らし、更に片手で顔を覆って、極力二人を見ないようにしていた。


「わ、悪かったな、お楽しみの所を邪魔しちまってよ。……じゃ、じゃあ、俺は、もう用事は済んだから、自分の部屋に戻るぜ。」

「ボロツ、ありがとうねー。おやすみー。」

「ボロツ副団長、いろいろ気を遣わせてしまってすみません。」

「い、いいって事よ!……二人とも、その、あれだ。あんまり夢中になり過ぎて、明日の訓練に響くような事のないように、な。そ、そこそこにして、早く寝ろよ。って、余計なお節介だったか。ハハ、アハハハ、ハ……」


 ボロツは、引きつった顔でぎこちない笑い声を漏らすと、バッと逃げるようにドアから飛び出していった。


「……チクショウ! チクショウ! チクショウ!……サラのバカ野郎ぅー!! ウオオォォォーー!!……」


 喉の奥から絞り出すような叫び声と共にバタバタと廊下を走り去っていくボロツの騒々しい物音を聞きながら、サラはしばらくポカンとした顔をしていた。


「……ボロツってば、私が一緒に見回りに行かなかったからって、あんなに怒らなくてもいいのにー。まあ、でも、悪い事しちゃったなぁ。明日謝っとこうっと。」


 ボロツの気持ちを全く理解していないサラの様子を見て、ティオは小さくため息をついていた。

「……副団長も、いろいろ大変だなぁ。……」



「さて。さすがに、もう、邪魔は入らないわよね。」


 ボロツが立ち去ってから、サラは改めてティオに対峙した。


 その前に、ベッドの上に散らばっていたティオが隠し持っていたお宝の数々は、ひとまとめにして、とりあえず自分の荷物袋に詰め込んでおいた。

 サラが旅の間、着替えや食料、貨幣など最低限の必需品を入れていた簡素な袋だが、ティオのせいですっかりパンパンになってしまった。

 その袋の紐を自分の肩に掛けてしっかり持ち、ササッと素早くドアの鍵を掛けに行って戻ってきた。

 二回も連続してボロツにいきなりドアを開けられたので、さすがのサラもちょっとだけ用心深くなっていた。


 ティオはサラが財宝をまとめたりドアを閉めにいったりしている間、全く逃げる様子はなかった。

 ただ、馬乗りになっていたサラがどいたので、「よっこらしょっと」と言って、ベッドの上に起き上がり、縁に腰掛ける態勢に変えていた。

 「なあ、もう、服は着ていいだろう?」と言われたので、サラが「分かった。いいわよ。」と許可を出すと、いそいそと、サラに脱がされたシャツを身にまといボタンを留めていた。

 途中、サラが回収し忘れていた布に包まれた首飾りを、ササッと胸ポケットにしまおうとしていたので、サラがポカッと頭を叩いて、慌てて奪い取る一幕があった。


「あ、これ、俺のだろー? 返してもらっていいよなー?」

「え?……あ、うん。」

 

 ティオは、ベッドの寄せてある壁とは反対側の壁に備えつけられたフックに自分の群青色のリボンタイが掛かっているのに気づくと、サラに断った上で取り外して、自分の首に巻いた。

 慣れた手つきで、キュッとバランス良く、白い衿つきのシャツの首元に締めていた。

 その後、ティオは、再びドッカと、全く怯えも焦りも緊張も感じさせない態度で、ベッドの縁に長い足を組んで腰をおろし、腕を組んだ。


「じゃあ、改めて聞くけど、正直に答えなさいよね、ティオ。」


 サラは、ティオから回収したお宝をしまった袋を肩に担いで真っ直ぐに彼と向き合った。

 宝石が散りばめられた金銀細工の宝飾品がたんまりと入った袋はかなりの重量で、サラが身じろぎすると、中からはジャラリと重い音が響いていた。


「ちゃんと本当の事を言わないと……この袋の中身は、王宮の宝物庫に入った泥棒を探して今も城中を走り回ってる近衛兵の所に、即刻持っていくからね!」

「ええー! そんなぁー! あんまりだよぅ、サラちーゃん! サラちゃんには慈悲の心ってものがないのかなぁー!」


 ティオは当然ブーブーと不満の声を上げたが、サラは無表情で無視した。


「このお宝は、今夜、王宮の宝物庫からアンタが盗み出したものって事でいいのよね?」

「……」

「ティオ、アンタが巷を騒がせてる『宝石怪盗ジェム』なのよね?」

「……」

「分かった。この袋の中身は、今すぐ近衛兵に渡してくるから!」

「ああぁぁー! ゴメンゴメンゴメンー! ちゃんと話すからー! それだけは、やめてぇー!」


 最初は黙秘を決め込んでいたティオだったが、サラに畳み掛けられて、しぶしぶ口を開いた。

 口元に軽く握った拳を当て、真剣な表情で語り出す。


「いいか、サラ。宝石っていうのはな、途方もなく長い年月存在しているものなんだ。俺達がこの世に生まれそして生きてきた時間の、何千倍、何万倍、いや、何億倍という時間を大地の中で過ごしながら、ゆっくりと形成されてきたんだ。そして、その結果、こうして美しい宝石となって人間の目に止まる事になったんだよ。遥か昔から、人間は、そんな宝石の美しさと希少性に惹かれてきた。そうして、多くの人々の間を転々としながら、宝石はずっとその高貴な姿を保ち続けてきた。要するにだ、今こうして俺達の目の前にある宝石も、見知らぬたくさんの人の手を渡ってきたものであって、と言うか、そもそも、宝石というものは、大地の、この世界の宝なのであって、人間が所有しているというのは錯覚で、宝石が存在してきた長い長い年月からすれば、宝石をその時手にしている人間など、小さな点のような一過性の事象に過ぎず……」


 さっそくベラベラと自身の哲学やらうんちくやら価値観やらを語り出したティオに、サラはピシャリと言い放った。


「もっと短く! 分かりやすく! 簡潔に!」


「とりあえずなんかもっともらしい事をしゃべり倒して誤魔化そうとしても、一切ムダだからね! さっさとさっきの私の質問に答えて!」

「う、ぐっ!」


 ティオは、お宝を入れた袋を肩に掛けて仁王立ちするサラを前に、言葉を失った。

 元々サラは、自分の知能や知識をほとんどあてにしていない人間だった。

 代わりに、直感と本能と感性を頼りに生きている。

 ティオが、口先だけの屁理屈で説得するのに、最も適していないタイプの人間だった。

 それの事実を、聡いティオが知らない筈がなかった。


 ティオは、苦虫を噛み潰したような顔でうつむき、しばらく黙り込んでいたが……

 やがて、全てを悟り、諦めきったような、長いため息をハーッと吐き出した。


 そして、ババッと腰掛けていたベッドから降りると、そのまま、流れるような動作で、サラの前に土下座した。

 床に額をつける勢いで低く頭を下げて、ティオは言った。


「……すみません。全部俺がやりました。『宝石怪盗ジェム』は俺です。」


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「ボロツの特技」

いかつい見た目に反して、美的感覚に優れ器用である。

それを活かして、サラのために木を彫って可愛らしいブローチを作った。

サラの寝間着もボロツのお手製である。

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