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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第四章 夢に浮かぶ鎖 <後編>鎖の行く先
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夢に浮かぶ鎖 #24


「ぐぼげはぁっ!!」


 ティオは悲鳴と共に見事に吹っ飛び、フックの備えつけられている壁に当たって、ドチャッと床に崩れ落ちた。

 しかし、「いってぇー!」と言いながらも、すぐにプルプルッと頭を左右に振って起き上がろうとし始めた。


(……ぶつかり方は派手だったけど、それ程手応えはなかった。見た所、ダメージも軽いみたいだし。……)


(……ティオのヤツ、私の攻撃を読んで、自分から横に飛んだなー?……弱っちいくせに、ホンットこういうとこ、小賢しいんだからー!……)



 サラは、この都に来てティオと初めて会った時の事を思い出していた。


 あの時、ティオは大通りを少し入った路地で、四人のゴロツキに囲まれて金品を要求されていた。

 ティオは一貫して「自分は無一文だから!」と主張するも、ゴロツキ達は、半分は弱い者をいじめて鬱憤を晴らそうとしていたようで、ティオを全く逃す気配がなかった。

 そこにサラが颯爽と現れ、「弱い者いじめはいけないよ!」といつもの調子でゴロツキ達に注意する。

 まだあどけなさの残る小柄な少女であるサラの外見から、案の定ゴロツキ達はサラを舐めてかかり、標的は、ボロボロの浮浪者のような青年から、生意気な美少女へと変わった。

 それを見て取ったティオが「早く逃げて!」と、とっさにサラの前に立ちふさがってかばったが……

 すぐさま、ゴロツキに蹴り飛ばされて、ゴロゴロと地面を転がり、道の端に積まれていた空の酒樽にぶつかって、バタンキューッと気を失ってしまった。

 サラは、そんなティオの弱さに呆れながらも、バッタバッタとゴロツキ達を倒したのだった。


 しかし、その後、「お礼をする」と言われてティオに昼食を奢ってもらった時、ティオはヘラヘラ笑いながら言っていた。

 「あれは、自分で後ろに飛んだんだよー。」と。

 どうやら、蹴り飛ばされるタイミングに合わせて自分から後ろに飛びさがり、ダメージを極力減らしていたという事だ。

 ああした輩に絡まれる事が多いので、やられた振りをして相手に心理的な隙を作り、その間に猛然とダッシュで逃げる、という技を編み出したらしかった。



 サラは、まさに今、そんなティオの巧妙な技を体験した。

 もっとも、サラは、有象無象の街のゴロツキ達とは違って、ティオが吹っ飛んだ瞬間に(浅い!)と、自分の攻撃の威力が巧みに逸らされた事に気づいたいたが。


「チッ!」


 サラは、舌打ちしながら、ティオが起き上がってくる前に、素早くベッドの上から布を取って裸の胸にグルグル巻きつけた。

 いつも着ている生成りのシャツとキュロットスカートよりも、ゆったりとしたワンピース型の寝間着の方が着るのが楽だったので、そちらを素早く頭から被る。

 寝巻きの生地は繊細な薄布のため下着と体のラインがうっすら透けてしまっていたが、今はそれは妥協する事にした。


「……もう! 裸でいる所に肩を掴まれて、ジーッと胸なんか見られたら、普通勘違いするでしょー? ビックリしたんだからねー! 私は年頃の乙女なんだから、ティオ、アンタ、もうちょっと気を遣いなさいよねー!」

「えー? だって、俺、サラの裸になんか、これっぽっちも興味ないからなぁ。だから、目の前にあっても全然目に入ってなかったんだよー。つまり、見てたけど、見てない。」

「……」

「って言うか、サラの裸なんか見て喜ぶのは、ボロツ副団長ぐらいだろー? 俺は全然そういう趣味ないから、安心してくれよなー。……って、痛っ!」


 サラは、壁を背にしてひょこっと起き上がりあぐらをかいて座ったティオに、ズカズカ近づいていき、気の済むまでゲシゲシ踏みつけてやった。


「……ちょっ! サラ、やめろって! 痛い! 痛い痛い!……だから、サラの裸は見てないって言ってるじゃないかよー! なんで怒ってんだよー?」

「うるっさい、バカティオ!」


 いやらしい目でジロジロ裸を見られるのはもっての外だったが、だからといって、「全く興味がない。」「目の前にあっても目に入ってないから、実質見てない。」などと平然と返されては、サラの女としてのプライドが傷つくのは当然だった。

 しかし、ティオは、不機嫌なサラにいくら蹴られても、そんな彼女の乙女心にはさっぱり気づいていない様子で、終始(訳が分からない!)といった表情を浮かべていた。



「サラ、ところで、さっきの話の続きなんだけどさ!」


 サラがひとしきりティオを踏んだり蹴ったりして落ち着いた後、待っていたかのようにティオが話しかけてきた。

 ボコボコにされたというのに、全く気にしていないらしく、期待に目をキラキラと輝かせて満面の笑みを浮かべる様子に、サラはもう一度ティオをボッコボコにしたい衝動に駆られたが、グッとこらえた。


「サラが持ってるその赤い石、俺に譲ってくれないか?」


 「あっ!」と、思わずサラは声を上げていた。


(……いろいろ慌てててすっかり忘れてたけどー、そう言えば、ティオって、私のこのペンダントの石に凄く興味を持ってるみたいだよねー?……って、事はー……)


 今は薄い寝巻きの布の下に身につけられていて、うっすらと透けているペンダントのくすんだ赤い石を、サラは、ギュッと布ごと握りしめて、ティオに向き合った。


「ねえ、ティオ? これって、この赤い石って……ただのガラスじゃないのー?」

「ん?」

「今までこの石をいろんな人に見せてきたけどー、みんな『古いガラス』か何かじゃないかって言ってたの。価値のありそうなものには見えないってー。」

「……」

「それなのに、どうしてティオは、この石をそんなに欲しがるのー?」


「ひょっとして、この石は、ただの『古いガラス』じゃないって事ー?」


「ティオは……この石がどんなものか、何か知ってるのー?」


 サラはティオから情報を引き出したくて、彼の目をジッと覗き込んだが……

 ティオは相変わらず、飄々とした態度を微塵も崩さなかった。

 そのふてぶてしい程の落ち着きに、短気なサラは思わずイラッとしてきた。

 それどころか、ティオの鮮やかな緑色の瞳を見つめると、かえって彼に心の奥を読まれているようで、言いようのない焦りを感じていた。


「物の価値ってのは、人によって変わるのが普通だろ?」


 ティオは、しばらく黙っていたのち、ゆっくりと口を開いた。


「サラのその赤い石は、世の中のほとんどの人間にとっては『ただの古いガラス』だ。それは間違ってないと思うぜ。……でも、俺にとっては特別なものなんだよ。」


「実は、俺はずっと『それ』を探してたんだ。そして、こうしてようやく見つける事が出来たんだよ。」


「ってな訳だから、その赤い石、俺にくれないか、サラ?……そいつは、サラが持ってたって、ただの『古いガラス』でしかないだろう?」


 ティオの言葉は、一見サラの問いに答えているかのようで、実際は、肝心な部分には全く触れていなかった。

 つまり、「この石は本当は何なのか?」と知りたがるサラにはなんの情報も与えず、自分がいかにその石を必死に欲しているか、という主張だけしてきた。

 相変わらず、のらりくらりと口先だけで誤魔化してくるティオのやり方に、サラは不快感からギリッと奥歯を噛み締めた。


「嫌よ!」


「確かに、私には、この赤い石の本当の価値は分からない。ティオには、それがちゃんと分かるみたいだけどね。……でも! そんな事、関係ない!」


「私にとってもこのペンダントは、この赤い石は、世界でたった一つの、とっても大切なものなの!」


「そんな大切なものを、アンタみたいに、重要な話をヘラヘラ笑って誤魔化すような信用ならないヤツには、絶対に渡さないんだらからー!」


 サラの言葉に嘘はなかった。

 ティオのように、本心を隠したまま、言葉巧みに相手から自分の欲しい情報を一方的に引き出そうとするような、そんな卑怯な真似はしない。

 それは、サラの正義に反する。

 けれど……自分がこのペンダントをとても大切にしているのは、ペンダントの、赤い石の、そのものの価値のためではなく……

 「失った過去の記憶への唯一の手がかりだから」という理由を、サラは一切口にしなかった。

 自分にとって重大な秘密である「記憶喪失」について、この時点で打ち明けられる程、ティオの事を信用出来なかった。


 ここで、普段のティオだったのなら、サラの真剣な態度から(なるほど、何か事情があって、ただの「古いガラス」だが、相当大事にしているんだな。)と彼女の感情を推察しただろう。

 しかし、この時ティオは……

 長い間探し求めていた自分にとってとても重要なお宝が見つかった事で、かなり浮かれている様子だった。

 その言動は酷く冷静さを欠いており、とにかく一刻も早くお宝を自分のものにしようと、強引にサラに迫ってきた。


「もちろん、タダで譲ってくれなんて、ケチな事は言わないぜ!」


「サラが納得する分のお宝と交換って事でどうだ? いいだろう? なあ?」


 そう言って、ティオはスックと立ち上がると、身にまとっていた足元まですっぽりと隠れる程長い黒のローブの懐から、何かが入った皮袋をスッと取り出した。



「いやぁ、サラちゃん、ついてるねー! 俺、今ちょうどいい物いっぱい持ってるんだよねー! さあさあ、この中のどれでも好きなものと交換するぜー! なんだったら、いくつでも持ってってくれていいからなー! 気になった物があったら、ジャンジャン言ってくれよなー!」


 そう言って、ティオは、スタスタと歩いてくると、「ちょっとここ借りるな。」と言って、サラのベッドの上に、懐から取り出した袋の中身を広げ出した。


「ジャジャーン! まずはこれ! 今日一番の目玉だぜー!……真紅のスピネル! 7ct以上の大きさのものなんて、そうそうお目にかかれない上に、色が深いのに透明感もある燃えるような見事な赤! インクルージョンもほぼゼロ! これはマジで価値のある逸品だぜー!」


 そう言って、まず最初にティオが皮袋の中から取り出したのは、木綿の布に包まれた……

 黄金の首飾りだった。

 そのあまりの豪華さに、サラは「ええ!?」と目を丸くする。

 サラの素人目にも、その細工の細かさと、贅沢に使われた黄金の量からして、相当価値のある品だと一目で分かった。

 まさに贅の限りを尽くした、というべき煌びやかな装飾品で、ちょっとした街の宝飾品店の目玉商品程度ではまず見ることの出来ないレベルの、特別な最高級品だった。


 サラはティオが布を開いてベッドの上の広げたそれをそうっと手に持ってみて、そのズシリとした重さから、確かに見た目通りの黄金で出来ている事を確認し、ますます、驚きであんぐりと口を開けた。


「……え? ちょっ、な、何、これ? こ、こんな凄い首飾り、私、見た事ないんだけどー! 黄金、重っ!……こ、こんな物貰っても困るよー!」

「ああ、ゴメンゴメンー! 確かに周りのこれ、邪魔だったよなー! ちょっと外してる時間がなくってさー。少し待ってくれたら、すぐに外すからさー。」

「え? は、外す?」


 サラはティオの言葉の意味が理解出来ず、キョトンとした。

 何しろ、サラには、ティオが取り出したそれは「見事な細工の中に宝石が散りばめられた豪華な金の首飾り」に見えていた。

 しかし、どうやらティオにとってはそうではなかった事を、サラはすぐに知る事になる。


 ティオはサラのベッドの端に長い足を組んで腰掛けると、再び黒いローブの懐から、スイッと一本の工具らしきものを取り出した。

 それは細い金属の棒で、先端がヘラのように平らになっていた。

 ティオは、サラの手から金の首飾りを一旦取り返すと、その首飾りのデザインの要に使われていた、一際大きく見事に煌めく宝石に狙いを定め……

 その宝石を首飾りに固定していた、金属の枠部分に工具のヘラを滑り込ませては、手慣れた手つきで、ひょいひょいと囲いを払っていった。

 程なく、ポロッと、四角い形をした真っ赤な宝石が一粒零れ落ち、それをすかさず手の平で受け止める。


「ほら、取れたぜ、サラ!」


 そう言って、ティオは、まるで無邪気な子供のようにニコッと笑うと、サラの手にコロンと真紅の宝石を渡してきた。


「うーん、他にもたくさんついてるが、こっちは小粒だなぁ。まあ、せっかくだから全部外すけど。時間がかかるし、今は後回しでいいよな!……で、サラは、こっちの小さい宝石も欲しいか? そっちの大きいのがスピネルで、他の透明で小さいのは、トパーズだな。サラが欲しいなら、トパーズも全部やるぜ。」


 芸術的な金の首飾りを前に、その繊細な細工や光り輝く黄金にはまったく目もくれず……

 むしろ「宝石を固定してる邪魔なもの」程度にしか思っていないらしいティオの扱いに……

 サラは、ただただ、言葉を失って呆然とするばかりだった。


読んで下さってありがとうございます。

ブクマ、評価、感想等貰えたら嬉しいです。

とても励みになります。



☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「サラの異能力」

一言で言うと、肉体が強化されている。

おかげで小柄で華奢な体でも、身体能力が異常に高く怪力。

強靭なため、ケガをしにくく毒にも強い。

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