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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第四章 夢に浮かぶ鎖 <後編>鎖の行く先
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夢に浮かぶ鎖 #23


「サラ!……え?」

「キャッ!」


 ギイッとサラの部屋のドアを開いて中を覗き込んだボロツが見たものは……

 ほぼ全裸で、ティオに思い切りギュウッと抱きついているサラの姿だった。


 ボロツははじめ、部屋の中央に立ち尽くしている二人の姿を真横から見た形だったが、すぐにサラが悲鳴を上げて、抱きついたティオの体ごとグルッと動かし回転し、自分の体を隠したので……

 長身のティオの背中に、白く華奢なサラの腕がしがみついている光景を見る事になった。


「……え?……な、なんでティオの野郎が、ここに?……サ、サラは、ティオと何、を?……」


 全く想像していなかった光景……

 というだけでなく、「惚れている女が裸で他の男と抱き合っている」という状況に、ボロツは完全に思考がついていっていなかった。

 実際には、サラはショーツだけは身につけており、ティオはサラに一方的にしがみつかれているだけで、ボーッと突っ立っていたのだが……

 もはや、動揺するボロツの目には、強烈な思い込み補正により、二人が抱き合っているようにしか見えなくなっていた。


 パカッと口を開けたまま言葉を失い、石像のように固まっているボロツに、最初に話しかけたのは……

 なんとティオだった。


「ボロツ副団長。すみませんが、今いい所なので、後にしてもらえますか?」

「んがっ!?……い、いい所!?」


 サラにギュッと抱きつかれて体を拘束されているため、ティオは首だけ後ろにひねって、ドアの隙間から顔をのぞかせているボロツに短く要求を伝えた。

 普段のティオは、傭兵団の副団長であるボロツに対してもっと腰が低い、というか、ヘラヘラ掴み所のない笑みを浮かべつつへりくだった言動をとるのだが……

 この時は、あからさまに憮然とした態度だった。

 邪魔をするなと言わんばかりに、鬱陶しそうな目でボロツを軽く睨み、声にも冷ややかな気配が漂っている。

 その気迫に、思わずボロツが、ズズッと後ろにさがった程だった。


「……た、確かに、見るからに『いい所』だが、ティ、ティオ、お前……」

「ボ、ボロツ! あ、あのね! ゴメン、今ちょっと取り込んでてね!」


 サラに抱きつかれたまま、牽制するかのごとく冷たくこちらを見やるティオの大きな体の向こうから、サラがピョッと顔だけのぞかせた。

 サラとしては、裸の体をボロツに見られまいと必死に隠しての対応だった。


「え、えっとー、ボロツと一緒に見回りに行けそうにないんだよねー。そ、それで、あのー……」

「……あ、ああ! いいっていいって! みんなへの声掛けは、俺が一人でやっとくからよ!」

「ホ、ホントにゴメンねー、ボロツー!」

「い、いや、俺の方こそ、その……いい感じのとこ、邪魔して悪かった、よ……」


 サラは一緒に見回りに行くというボロツとの約束を守らなかった事に対して「ゴメン!」と言っていたのだったが……

 動揺と混乱に歪んだボロツの認識では……

 『私、他にいい人が居るからー、やっぱりボロツの気持ちには答えられないやー、ゴメーン!』

 といった、事実に反する内容にバッチリ変換されていた。


 「じゃ、じゃあ……」と、震える声と引きつった笑顔でサラの部屋のドアを閉めたボロツは、しばらく呆然と廊下で立ち尽くした後……


「うおおぉぉぉーー!!」

 と、雄叫びをあげながら、ドドドドドという猛牛のような足音と共に走り去っていったのだった。



(……もう、うるさいなぁ、ボロツー。何を叫んでるのよー? 夜中に迷惑じゃないー。……)

 全くボロツの心情に気づいていないサラは、相変わらずギュウッとティオの体に抱きついたまま、そんな事を思っていた。



(……あー、良かったー! 危ない所だったけどー、ギリギリセーフ、だよねー?……)


 ボロツが去った事で、サラはホッとした。

 実際は、非常事態はまだまだ解消されていないのだが、あまりに混乱するポイントが多過ぎて、なかなか頭がついていかない。

 おかげで、小さな一難が去っただけで、大きな問題が解決したかのような、不思議な安堵感に浸ってしまっていた。


(……ん?……)


 そんな、異常とも言える精神状態のせいか、サラはこの状況には全く関係のない要素に意識を向けていた。


(……なんだか、不思議な匂い……)


(……これ、ティオの匂いかな?……)


 ほぼ全裸の自分の体を、突然部屋にやって来たボロツから隠すため、とっさに目の前のティオに抱きついたサラだったが……

 胸に顔を埋めるようにしているせいで、フッと、ティオの発する匂いに気づいた。

 今までもティオに近づいた事はあったものの、ここまで接近した経験はなく、彼の匂いを感じる事もなかった。


 フンフン、と鼻を鳴らして匂いを探ると、服ではなく、やはりティオの体そものもから漂ってくる気がする。

 体臭としては、決して強い方ではなく、むしろ薄い。


 ボロツや傭兵団関係の人間は、訓練の後に、水をかぶって汗を流したり、体を濡れた布で拭いたりしているらしかったが、それでもやはり粗野な臭いがしていた。

 ハンスも、武人らしい男くさい臭いに、そろそろ年齢的な加齢臭がうっすらと混ざって感じられた。


 若い女性が、そういったいわゆる「むさくるしい」印象を受ける成人男性の臭いをあまり好きではないらしい事は、サラも今まで旅をしてきた中で何度か見聞きして知っていた。

 しかし、サラ自身は、特に嫌いな臭いではなかった。

 よほど強烈な体臭でもない限り、不快感や嫌悪感を感じるような事もなく、おかげで、荒々しい男達が煮こごっている傭兵団での生活でも、彼らに平然と混じって、毎日元気に過ごしていた。


 ティオからする匂い……

 それは、確かに、男性の体から発せられる体臭だとサラは判別した。

 ただ、今まで嗅いだ事のない、不思議な匂いに感じられた。


(……なんだろう?……うーん、初めて嗅ぐ匂いの筈なんだけどー……)


 サラは、自分の記憶の中に刻まれている匂いのサンプルをいろいろと思い浮かべてみたが、一致するものは全く見つけられなかった。

 けれど、なぜか、ティオの匂いを嗅ぐと、胸の奥の方がキュウッと締めつけられるような、とても不可思議な感覚を覚える。


(……懐かしい、感じ?……ううん、違う。私は、この匂いを知らない。……)


(……でも、なんか……なんか、凄く、気になるんだよねー。……心に引っかかるって言うかー。……)


 夢中でフンフンとしばらくティオの匂いを嗅いでいたサラだったが……

 「サラ」とティオに呼ばれて、ハッと我に返った。


「そろそろ離れてくれないか?」

「あっ!……ゴ、ゴメン! ゴメンね!」


 片眉をしかめて不審そうな表情を浮かべるティオから、サラは大慌てで腕を放し、パッと飛びのいた。



(……あっ! 待って! 私、まだ服着てないんだったー!……)


 ボロツに裸の体を見られるという危機が、サラの苦しまぎれの機転で去ったのは良かったのだが……

 今も堂々とサラの部屋の真ん中に居座っているティオには、思い切り見られている状態だった。


(……と、とと、とにかく、早く服を着ないと!……)


 サラは慌てて、ベッドの上に脱ぎ散らしてある胸に巻く布や寝巻きに、なんでもいいからとにかく身につけようと手を伸ばした。

 しかし、それよりも素早く、ティオがパッとサラの腕を掴んで止めていた。

 もう片手も、気がついた時には、再びしっかりとサラの細い肩を捉えていた。


「サラ! もう一度ちゃんと見せてくれ!」

「ええ!? も、もう、充分見たでしょー?」

「もっとしっかりじっくり細部まで見たいんだ! いいだろう?」

「ま、まだ見るのぉー? わ、私、ふ、服をぉ……」


 サラの動きを止めたティオは、また食い入るようにジーッとサラの胸を見つめていた。

 そんなティオの、いつになく真剣で気迫のこもった眼差しにさらされて……

 サラの頭の中に、またもや、みるみる熱を帯びたモヤが広がっていった。

 恥ずかしさと混乱と動揺で、カアッと顔も全身も赤くなり、新雪のように白い肌がうっすらと染まっていく。


 いつもなら、即決断、即行動の筈のサラが、どうしていいか分からなくなり、細かくブルブル震えるばかりで、何も考えられず、何も動けなくなる。


「……ティ、ティオ……あ、あ、の、あの……」

「触っていいか?」

「ヒエッ!?……え? さ、さわ? 触るって、な、ななな、なん、で……」

「ちゃんと手に取って、触って、確かめてみたいんだよ。もっと詳しく調べたい。」

「え? え? さ、触って、調べ……ヤ、ヤダァ! 恥ずかしいよぅ!」

「大丈夫! 俺はこういうものの扱いには慣れてるから! 絶対に傷つけるような事はしない! 安心して俺に任せてくれ、サラ!」

「……あ……あうっ……うううぅぅー……」


 いつものティオとは打って変わって、堂々とした表情で、強引な程積極的に迫ってくる態度に……

 サラは、頭の中がグラグラと揺れているかのようだった。

 あるいは、脳みそが限界を超えて、フツフツと沸騰しているようにも感じられた。


「……ヤダァ……恥ずかしいからダメェ……触んないでぇ……」

 と、かろうじて口にしたものの、それは蚊の泣くような小さな声で、おそらく、のめり込むように夢中になっているティオの耳には届いていなかったに違いない。


(……え、えー? ティオって、なんとなくだけどー、女の人と付き合ったりとか、そういう経験なさそうだと思ってたんだけどー? えー? 慣れてるのー? こういう事いっぱいしてるのー? えー? えーえーえー?……)


 サラが、グルグル回転するばかりで全く収拾のつかない思考で、そんな事をぼんやり考えている内にも……

 ティオの手は、真っ直ぐにサラの胸に伸びてきていた。

 少しもためらいや遠慮を感じさせないその勢いに、サラは思わずギュッと両目をつぶっていた。



「……凄い、やっぱり本物だ。……」


 緊迫した沈黙の時間が流れた後、ティオが、ため息と共にしみじみと口にした。


(……ん?……んんん?……なんか、触られてる気が、しないんだけどー?……)


 一瞬、ツッとティオの指先が胸の辺りに触れたような感覚があったが、すぐに遠ざかったように思えた。

 代わりに、なぜか、首の周りに軽く引っ張られるような感触がある。

 それは、サラがいつも首から下げているペンダントの革紐の感触だった。


「……ここ最近、ずっとザワザワした妙な感じがしてたんだよなぁ。『近くにある』気はしてたが、俺、人工のものは感知しづらいからなぁ。……」


「……まさか、サラが持ってたなんて。灯台下暗しってヤツだな。……」


 ギュッと目をつぶってジッとしているサラには御構いなしに、ティオは、何か一人でブツブツつぶやき続けていた。


(……え? はぁ?……なんの話ー? さっきから何を言ってるのよ、ティオはー?……)


 サラは、まだガチガチに緊張したまま、そうっとそうっと、閉じていた目を開いていった。

 すると、そこには……


「とにかく、大金星だぜ! こんな大物に巡り会えるなんて、マジでついてるな、俺!」


 サラのペンダントについた、あのくすんだ赤い石を手に取ってしげしげと見つめながら、嬉しそうにニコニコ笑っているティオの姿があった。


「……あ、あのー、ティオー?」

「ああ、サラ! お前が首から下げてるこの赤い石、俺に譲ってくれないか?」

「……」


 サラは、ビキッと石のように固まった。


(……ええっと……とにかく、落ち着いて、状況を整理しないとー……)


(……うーん?……ひょっとして、もしかして、まさかまさか、ティオはー……)


 スウッと、サラの中で渦巻いていた熱が引いてく。

 混乱と動揺と恥ずかしさが収まり、みるみる冷静さを取り戻しつつあるサラの頭に……

 代わりに、怒涛のような怒りの感情が込み上げてきていた。


 サラは、ピクピク唇の端を引きつらせながらも、敢えて笑顔を作って、ティオに尋ねた。


「……ねえ、ティオ。」

「うん?」


「さっきからずっと、ティオが『見たい』とか『触りたい』とか言ってたのって、ひょっとして……」


「私が首からさげてる、この赤い石の事だったの?」


 ティオは、そんなサラの問いに、いっときキョトンとした表情をしたが……

 すぐに、ニコッと、これ以上ない程晴れやかに、まるで無邪気な少年のように、極上の嬉しそうな笑顔を浮かべて、キッパリと言った。


「ああ、そうだぜ!」


「って言うか、他に何を見たがったり触りたがったりするって言うんだよ? そんなもの、他に何もないだろう?」


 サラは、グッと足を開いて床を踏みしめ、脇に腕を構えた姿勢でスウッと深く息を吸った。


 そして、次の瞬間、ドン! と力一杯ティオの体を突き飛ばして自分から離すと、ドスッとみぞおちにパンチを食らわせ、ついでに回し蹴りで、横っ面を思いっきり蹴り飛ばしていた。


「紛らわしいのよぉ、アンタはぁ!! ティオの、バカアァァーー!!」


読んで下さってありがとうございます。

ブクマ、評価、感想等貰えたら嬉しいです。

とても励みになります。



☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「ティオのメガネ」

ティオが常時身につけている、分厚い丸いレンズの眼鏡。

顔の半分を覆ってしまう程の大きさがある。

レンズの表面には細かい傷がびっしりついている。

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