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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第四章 夢に浮かぶ鎖 <後編>鎖の行く先
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夢に浮かぶ鎖 #22


(……うーん……この石をティオに調べてもらうのは、やっぱり、やめた方がいいのかなぁー?……)


 サラは、ティオの異能力の微妙な効能を思い出し、ペンダントの赤い石をギュッと握りしめたまま、しかめっ面をして考え込んだ。


(……それにー、ティオが調べたら、私の今までの行動とか考えてた事とか、全部筒抜けになっちゃうかもだしー。それは、ちょっと困るー……んー?『困る』ー?……)


(……いや、別に何も困らないかなー。私、人に知られたらマズイ事って、特にないよねー?……)


 さすが、「正義の味方」を自称して清廉潔白を信条に生きているサラだけあって、何も後ろ暗い過去はなかった。

 自分の取ってきた行動に、ここまで、後悔も恥ずかしさも罪悪感も、微塵も持っていない人間はそうそう居ないだろう。

 サラの言動は、彼女の心のごとく、どこまでもまっさらで純粋だった。


(……あ! でも、待ってよ!……ティオって、確か、ドッヘル軍師様の身長とか体重についても細かく言ってたよねー? という事はー……)


 サラは、今は薄布で出来た寝巻きを脱ぎ去って、小さなショーツだけになった自分の裸をしみじみと見つめた。

 胸に巻こうと思っていた布もまだベットの上に投げ出したまま身につけていないので、余計に自分の体の未成熟で貧相な有様を思い知らされる。

 サラのイメージの中では、「ピチピチの花咲く十七歳の乙女」で「初々しくも女性らしい魅力的な体つき」となっている自分だが、目に映る現実は、残酷にも、そんな理想からは遠く隔たっていた。

 思わず、サラは、シュンとしょげて、ハアッとため息をついた。


(……ティオに、私の体型を細かく知られるのは、絶対ヤダ!……)


 それは、(バカにされそうだから嫌!)という反抗心だったのか、それとも……

 (は、恥ずかしいから、ダメ!)という、野生児のようなサラの中にある、なけなしの恥じらいだったのか。


(……あ! それに……この赤い石に残った私に関する記憶を読んだら、当然……)


(……私が記憶喪失だって……ティオにバレちゃう、よね?……)



 サラは、ティオやボロツ、ハンスなど、傭兵団の仲間達を信用していない訳ではなかったが、未だに誰にも、自分が三ヶ月より前の記憶を持っていない事を話していなかった。


 記憶喪失である事にコンプレックスを感じていて、そのために黙っていた、という訳ではない。

 むしろ、普段はほとんど気にしていないせいで、周りの人間に説明し忘れている場合の方が多かった。

 もちろん、知り合ったばかりの人間や、サラが信用出来ないと感じた人間に打ち明ける事はなかったが。


 ボロツをはじめとする傭兵団の団員達は、皆どこか脛に傷を持つ身である。

 そのため、本人が話したがらなければ、過去の話を聞かないというのが、傭兵団の中では暗黙のルールのようになったいた。

 おかげで、一見、十三、四歳に見える可憐な美少女であるサラが、一人でフラリと傭兵団に入りに来た経緯について、サラに強い興味を示すボロツでさえ、しつこく探ってくる様子はまるでなかった。


 そんな「お互いに過去は問わない」傭兵団の風潮は、サラにとってありがたくもあったのだが……

 逆に言えば、サラから話題を切り出さない限り、自分の失くした過去の記憶への捜索が一向に進展しないという事でもあった。


(……うーん……)


 傭兵団に入ってから慌しく毎日が過ぎていき、サラ自身さえも、「自分の失くした過去の記憶に繋がる何かを探し出す」という目的をうっかり忘れていた所もあった。

 今は、とにかく、傭兵団を強くして内戦において勝利を収める事が重要であり、皆一丸となって毎日訓練に励んでいる所に、個人的な問題を持ち込んで皆の心を乱したくない、迷惑を掛けたくない、という気持ちもサラにはあった。

 また、サラ自身、二つの事をいっぺんに考えられない性格だというのも、問題の一つだった。

 

(……今は、戦の事に集中したい。……)


(……あの不思議な夢の事は、もちろん気になるけどー……でも、団長の私が、自分の事ばっかり考えてちゃ、ダメだよねー。……)


 サラは、フッと息を切るように吐いて、気分を切り替えようとした。


(……よし! 今は傭兵団第一!……)


(……あの夢の事は、また見る機会があったら、当然いろいろ調べてみるけどー……でも、それは、当分私一人でやろう。誰かに協力してもらうのは、傭兵団のみんなにもっと余裕が出来てからでいいやー。……)


(……ティオに相談するかどうかも、もうちょっと考えてからにしよーっと。……)


 サラは、そこで、今までギュッと握りしめていたペンダントの赤い石をパッと放した。

 サラの小さな手の平から解放されたくすんだ赤い石は、首に掛かったペンダントの革紐の動きに合わせて、ゆらりと宙に揺れる。


「いっけない! 早くボロツに合流しなきゃー!」


 サラが、宮殿の宝物庫に泥棒が入った事件を思い出し、ベッドの上に置いてある胸を押さえる布を拾い上げようとした時の事だった。


「……あっ!……ああああぁぁぁーー!!」


 聞き覚えのある声が、すっとんきょうに裏返って、どこかとても近くから響いてきたのだった。



「え? な、なになに? 何ー!?」


 どこから声が聞こえたのかと、サラがキョロキョロしていると……

 ズザザザザーッと、巨大な黒い何かが、サラのベッドの下から物凄い勢いで這い出してきた。


「キ、キャアアァァァー!! 嫌あぁぁーー!!」


 さすがのサラも、思わず悲鳴を上げるも、その巨大な黒い生き物は、そんなサラにあっという間に迫り、ガシッと両肩を掴んでくる。


「サラ!!」

「うあぁぁーん! ヤダアァー!」

「落ち着け、サラ! 俺だよ、俺!」

「キャアァ、ァ……あ、あれ?……」


 サラは、恐怖から反射的に目を逸らしていた目の前の黒いものに、ゆっくりと視線を向けていった。


「……ティ、オ?……」


 サラがパッと見で彼と気づけなかったのも無理はなかった。

 ティオは、いつも身につけている、大きなボロ布を適当に巻きつけたような色あせた紺色のマントをまとっていなかった。

 サラはティオがいつもの服以外を着ている姿を見た事がなく、ティオと言えばボロボロの服装ごと認識されている状態だった。


 しかし、その時目の前に忽然と現れたティオは、足元まで隠れる黒いローブを身につけ、おまけに目深にフードを被っている状態だった。

 サラに自分だと分かってもらうために、ティオは、パサリとそのフードを脱いで背中に落とした。

 見慣れた伸ばしっぱなしのボサボサの黒髪が、同時に肩に零れる。

 フードの下には、いつも通り分厚い大きな丸眼鏡を掛けた、ティオの顔があった。


「ええ!? ティ、ティオー!? な、なな、なんでこんな所に居るのー?」

「今はそんな事はどうでもいい!」

「えー!?」


 深夜にサラの自室のベッドの下からいきなり這い出してきたのは……

 どう考えても「どうでもいい」事ではないように思えたが、ティオは真剣な顔でキッパリと言い切った。


「サラ、俺は……」

「……ちょっ、ちょっと待ってよ、ティオ! は、放して!」


 神妙な顔つきで、何か言いかけるティオを、サラは慌てて止めた。

 ティオが、まるで逃すまいとするかのように両肩を掴んで、しかもジーッと胸の辺りを見つめてくるのに気づき、サラは、身をよじって後ろにさがろうとした。


「バ、バカァー! わ、私、今着替え中で、ふ、服着てないんだから、そ、そんなジロジロ見ないでよぅー!」

「なんでだよ!? もっとちゃんと見たいんだ! 見せてくれ、サラ!」

「ええっ!? も、もっと、見たいって、な、何、バカな事言ってるのよー、ティオー!?」

「素晴らしい! ずっとずっと探してたんだ! こんな所で見つかるなんて、奇跡って本当にあるんだな!」

「あ、う……うううぅー……」


 いつものサラなら、肩を掴まれていようがなんだろうが、自慢の怪力で簡単に振り払えただろう。

 振り払って、ドンと突き飛ばしてしまえば済む話だった。

 突き飛ばす前に、おまけでみぞおちにパンチの一つも入れるのが、普段のサラだった。


 しかし、今のサラは、酷く混乱してしまっていた。

 あまりにも衝撃と動揺が大きいと体が硬直して動かなくなる、というのはサラにとって初めての体験だった。


 自分の事を「絶世の美少女」と思っているサラは、容姿を褒めらるのは大好きだったが……

 こんなに遠慮なく至近距離でジロジロ裸の胸を見つめられては……

 さすがに、嬉しさよりも恥ずかしさが勝るというものだ。


 真っ赤な顔になってオロオロうろたえるばかりのサラとは対照的に……

 ティオは、いつになく迫力のある真剣な表情で、サラの胸をジイッと見つめ続けた。


「サラ、欲しい! 俺にくれないか?」

「へあっ!? ほ、ほほ、欲しいって、な、ななな、なん……」

「サラの、この、胸に……」

「ヤ、ヤダヤダヤダ! ちょ、ちょっと待って、ちょっと待ってぇー! そ、そんな事、突然言われてもぉー!」


「あー! もー、ヤダァー! ティオの、バァカアァーー!!」


 混乱し過ぎて、思わず涙目になりながら、ブンブン必死に首を横に振るサラの耳に……

 更に彼女を窮地に追いやる物音が、その時聞こえてきた。


「サラー? サラ、どうかしたのかー? なんだか悲鳴のような声が聞こえてきたんだがー?」


(……ぎゃあぁぁー!! ボロツが帰ってきたあぁー!!……)


 サラが上げた悲鳴を聞きつけたボロツが、大股でドカドカと廊下を足早に歩いて近づいてくる。


(……あ、ちょっと待って! 私、ドアに鍵掛けたっけ?……キャアァァー! 掛けてないー!……)


 着替える時には自室のドアには鍵を掛けるべきだとつくづく思い知ったサラだったが、その教訓が生かされるには、今は時間が足りなかった。


(……私、まだ、服着てないんだってばぁー! ボロツのバカァー! 勝手に人の部屋のドアを開けないでよー? 絶対開けちゃダメなんだからねー!……)


 心の中で必死に祈るも、サラの悲鳴を聞いて心配しているらしいボロツの声が、もうドアのすぐ外で聞こえた。


「サラ! サラ! 何かあったのか? おい、サラ! 返事してくれ!……開けるぞ!」


(……だから、今開けないでってばあぁぁー!!……)


 サラがティオに肩を掴まれて硬直している内に、ボロツは案の定、輪型のドアノブを掴み、鍵が掛かっていない事を知ると、グイッとノブを引いて扉を開け放った。


(……ヤダアアァァー! 見ないでよー!……)


 混乱しているサラは、とっさに、自分の裸を隠すものにしがみついた。

 都合良く、と言うべきか、「それ」はちょうどサラの目の前にあった。


 足元まで隠れる長さの黒いローブを羽織った長身のティオの体は、小柄で華奢なサラの体をその後ろに隠すには、充分な大きさの障害物だった。


 サラは、ティオの体に腕を回して、胸に顔をうずめる勢いで、思い切りギューッと抱きついていた。


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「ティオのマント」

ティオがいつも身につけている一張羅のマント。

色あせた紺色で、裾は引きずる程長い。

おかげで、裾がボロボロにほつれている。

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