夢に浮かぶ鎖 #21
(……ティオは、「鉱石に残った記憶」を読み取る事が出来る「異能力」を持ってるんだよねー?……)
(……だったら、私が持ってるこの赤い石に残った記憶を、ティオに読み取ってもらえば……)
(……私の失くしちゃった記憶について、いろいろ分かるんじゃないのかなー?……)
そう思いついたサラは、思わず「凄い、凄ーい!」といいながらピョンピョン飛び跳ねて喜んだが……
ふと、一点疑問を持った。
「あ! ちょっと待って!……これって……『石』なのかなー?」
「ガラス……に見えるけどー、なんかただのガラスじゃないっぽいしー……」
「……うーん……石じゃなくっても、記憶って読み取れるのかなー?……」
ティオの異能力について、実はサラは、あまり詳しく聞いていなかった。
今日の夕刻、ティオから「異能力」というものについて、初めて説明を受けた際、サラは、自分の「異能力」やら、自分が「異能力持ち」であるという事実に大きな衝撃を受けていて……
ティオの持つ異能力についてまで、考えたり追求したりする精神的余裕があまりなかったのだった。
更に、いっときは希望でパアッと光り輝いていた顔を曇らせる要素を、サラは思い出していた。
(……あ、そうだ! そう言えばー……ティオの能力について、チラッと説明してもらったけどー……)
(……やっぱり、なーんか良く分かんない、ボヤーッとした感じだったんだよねー。……)
(……あんなんで、本当に頼りになるのかなー?……)
サラは、ペンダントの赤い石を手の平に握りしめたまま、難しい顔をして立ち尽くした。
□
「エヘヘー! 私の異能力は、やっぱり凄いよねー! 超強いもんねー!」
夕刻、雨を避け、訓練場の片隅の木の下でティオと話をした際、サラは、今まで薄々感じていた自分の力について、「異能力」という形で、改めてはっきりと認識した。
そして、少しはしゃいでいた。
「まあ、確かに、『魔法』の失われた今の世界では、『肉体による物理的な力の強さ』ってのは、最強と言えるかもな。」
ティオが同意したので、サラはますます調子に乗って、エッヘンと薄い胸を張って見せた。
「でしょー! やっぱり、私の持ってる異能力って、いいよねー!……最初は『異能力』って聞いて、ビックリしちゃったけどー、強くなれる異能力なら、嬉しいなー!」
「ティオみたいな、なんか『鉱石の記憶が読める』? とか、微妙な異能力じゃなくって、本当に良かったー!」
「おい、サラ! お前、俺の能力バカにしてるだろ?……自分で言うのもなんだけどな、この能力、かなり珍しいんだぞ! まあ、異能力持ちの人間自体、滅多にお目にかかれないけどな。特に俺のは、相当レアなんだかなら! 今まで、俺と同じ能力の持ち主に会った事ないし、過去に居たっていう話も聞いた事ないんだぞ!」
「ふーん。あー、そう。へー。」
「スゲー興味なさそうな返事だなぁ、おい。」
「そう言えば、ティオ、さっき、あのドッヘルって軍師様の事、調べてたんでしょー? その、あの人が座ってた岩の記憶を読んでたんだよねー?」
「ああ。」
「どんな事が分かったのか教えてよー。あの人なんか変な感じだから、前から私も怪しいと思ってたんだよねー。」
ティオ本人が「珍しい!」と主張する異能力の実力ついて、サラは少し興味が湧いたので尋ねてみた。
自分の異能力を受け入れた事で、ほんのちょっぴり心に余裕が出来たサラだった。
「で、どうだったのー? やっぱり、なんか凄くヤバイ事を企んでたりしたのー?」
「いや、全然。」
「ドッヘル軍師は心の鍵が緩いってさっき言ったろ? そういう人間は、だいたい外見の印象と中身があんまり変わらないんだ。ドッヘル軍師も例に漏れず、見たまんまの人だったよ。」
「って言うか、あの人、結構いい人だぞ。……まあ、神経質で、臆病で、口下手で、内向的で、コンプレックス拗らせてて、自己評価がメチャクチャ低いせいでいつも自分に自信がなくって、ついでに、優柔不断で流されやすい所もあるけど……根は、割といい人だぜ。」
「それのどこがいい人なのか、全然分かんない。」
ティオは口元に手を当てて、少しうつむいた。
ティオの特徴的な鮮やかな緑色の瞳がスウッと静まり返り……
彼の意識が、目の前の事象から、自分の記憶の中にある、岩から読み取った情報へと向かうのが感じられた。
「……ドッヘル・ベルヌール、本名も同じ。身長164cm、体重54kg。髪は灰色、目の色は暗灰色。現在36歳、独身。ナザール王国における役職は軍師。」
「それ、異能力使ってわざわざ調べなくても、見てたら大体分かる事だよねー?」
「好きな食べ物はキノコ類。苦手な食べ物は肉類、特に牛肉がダメ。後、牛乳を飲むと必ずお腹を壊すので避けている。好きな色は深緑と焦げ茶。趣味は、歴史書を収集して読みふける事。……うん、なかなかいい趣味だよな。」
「そんな情報要らなーい! お見合いじゃないんだからー!」
サラは、ティオの「鉱石に残った記憶を読める」という能力を疑う訳ではなかったが……
彼の口から出てくるのは、あまり重要とは思えない内容ばかりだった。
(……えー。ティオの能力って、本当に役に立つのかなー? ティオ本人は「便利だ」って言ってたけどー。全然そうは思えないよー。……)
サラは疑わしそうに目をしかめて、相変わらず涼しげな顔をしているティオをジーッと見つめた。
「ねえ、ティオー。もっとなんかないのー? こう、なんて言うのかなー。『異能力使ってますー!』って感じがするような、もっと深い所まで切り込んだ情報とかさー。」
「深い所かぁ。うーん。……」
ティオは、腕組みをして目をつむり、天を仰ぐように虚空に顔を向けると、ペラペラと立て板に水で話し出した。
「……ドッヘル軍師のここ最近の主な悩みは……」
「なかなか結婚相手が見つからない事だな。……自分もそろそろ見合い話の一つも持ち上がってもいい年齢の筈だが、周囲はまるで自分を無視するかのように、見合いの『み』の字も出てこない。ひょっとして、自分は地味に嫌がらせを受けているのでは? とも考えたが、いやいや、そもそも自分のような人間にそうそういい見合い話などある筈もない。出来れば、器量はそこそこでもいいから、優しい性格の女性と結婚したいものだ。気の強い女性は、どうも苦手だ。出来ればそういった女性は極力避けたい所だが、一度見合いの話が出たら、断る自信がない。今はただただ、天に祈るばかりだ。どうか、こんな自分も、いつかは無事に結婚して、ささやかながら穏やかな家庭を築く事が出来ますように。」
「ちょ、ちょっと、ティオ、待って待って! 何もそこまで心の中に切り込まなくてもいいんじゃないー? なんか可哀想になってきたんだけどー!」
「サラが、もっと深い情報を聞きたいって言ったんだろうが?」
「そうだけどー! それ、私が期待してたのと全然違ーう!」
「なんか、もっと、ほら……『実は、こんな悪い事を企んでましたー!』ババーン! とかー。……『実は、軍師は世を忍ぶ仮の姿で、本当はこの国を乗っ取ろうとしているのだー!』ガーッハッハ! とかー。……そういうの、ないのー?」
「だから、ドッヘル軍師は、ああ見えて、全然悪い人じゃないって言ってるだろー? 自己保身のために事なかれ主義を貫いてるだけなんだよ。……それに、あの人は、とんでもない悪だくみをするとか、この『ナザール王国』を乗っ取るとか、そんな大それた事が出来るタマじゃない。臆病で小心者なんだぜ? そんな度胸も野心も行動力もないってのー。」
「で、でも! 軍師って割には、あの人の行動、ちょっとおかしくないー? 軍師のくせに、なんで内戦の起こってる戦場に行かないでずっと城の中に居るのよー?」
「危ないのが嫌だから。万が一にも、流れ矢にでも当たってケガとかしたくないから。」
「ええ!? そ、そんな理由?……え、えーと、じゃあ、毎日、ちょこっとの間だけど、欠かさず傭兵団の訓練を見に来るのはなんでー?」
「それは……一応『軍師』の肩書にのっとって、それっぽい事をしておこうって感じかなー。いわゆる『仕事してる感』を出してるんだろうぜ。ちなみに、傭兵団だけじゃなく、正規軍の他の部隊も、毎日きちんと見回ってる。生真面目な人なんだよ。……まあ、戦闘の事とか、軍隊の指揮とか、軍事的な作戦とか、そういうのは全く分からないから、アドバイスらしきものは出来ないんだけどな。だから、なんとなく様子を見て回ってるだけー。」
「戦闘の事が全然分からないって……あの人、一体なんのために『軍師』やってるのよー?」
「サラ……」と、フッとティオは大人びた笑みを浮かべて言った。
「大人には、いろいろ複雑な事情ってものがあるんだよ。」
「どんな事情よー! そんな上っ面の言葉に、私は騙されないんだからねー!」
「世の中、理不尽な事ってのはあるもんなんだぜ、サラ。」
「ちょっといい事言った風な雰囲気出すのやめてよー! 私、そういうの嫌ーい! 都合の悪い事を、なんだかんだ理屈をつけて誤魔化してるだけじゃないー!」
「うん、まあ、ぶっちゃけそうだな。」
「もうー! バカー! バカバカバカー!」
サラは、のらりくらりとしたティオの答弁にイラッとして、ポカポカ彼の胸を叩いたが……
ティオは相変わらず、ヘラヘラと掴みどころのない笑みを浮かべるばかりだった。
□
「軍師様の趣味とか食べ物の好みとかー、結婚出来ない事で悩んでるとかー……」
「ティオって、異能力を使って、いっつもそんな他人のパライバシーをコソコソ調べてたのー? そういうの、あんまり良くないと思うよー。」
サラは汚いものでも見るような目でティオをはすに見つめ、「私も、うかつに岩とか石に近づかないようにしよーっと。」と、呟いた。
そんなサラの反応に、ティオは「心外だ!」という表情で、当然反論してきた。
「俺だって、そんなしょっちゅうしょっちゅう石に残った記憶を読んでる訳じゃないってー! たまにだよ、たまに! 気になった事があった時だけ、調べるようにしてるっての! 俺も、あんまり人の秘密に踏み込むのは良くないって思ってるよ! 人の事、ゴシップ大好きなおばさんみたいに言うなよなー!」
「それになぁ、石に残ってる記憶が読めるって言ったって、自分の知りたい記憶だけが頭の中に入ってくる訳じゃないんだぞ! そんな都合良く、必要な記憶だけ残ってる訳ないだろう?」
ティオは、先程手の平を乗せて記憶を読んでいた岩を、ペンペンと軽く叩いて主張した。
「例えば、この岩だったら……」
「雨粒が降ってきたとか、溜まった水滴が伝って落ちていったとか、吹いてきた風にさらされたとか……イモムシが這っていったとか、蜂が止まったとか、小鳥のフンがついたとか……そういう、物凄く雑多で細かい情報も残ってるんだよ。」
「そういう、ほぼ無限とも言える様々な情報の中から、自分が必要としている情報だけを探して、見つけて、読み取るのは、『異能力』っつても、結構大変な作業なんだぜ。……土の中に混じった麦の粒を探すみたいなもんなんだよ。」
「まあ、俺は、まだこれが『異能力』だって自覚がなかった子供の頃から自然にやってたから、今はコツを掴んでるけどな。」
「それでも、見たくない、知りたくない情報も、うっかり読み取っちまうって事は良くあるんだよ。それで、思わぬ精神的ダメージを負う危険もあるから、必要がある時以外は、読まないようにしてるんだよ。」
「知りたくない情報って、どんなものー?」
サラが不思議そうにコテンと首をかしげると、ティオは珍しく眉間にしわを寄せた渋い表情になり……
堰を切ったようにペラペラと早口に喋り出した。
「例えば……」
「ハンスさんが、最近後頭部の髪が薄くなってきた事を密かに気にしていて、毎朝毎晩『育毛に効く』というふれこみの薬を熱心に塗り込んでる事とか。……ちなみに、薬の成分からして、たぶん効果はほぼゼロだな。」
「それから、近衛兵団の大隊長が、傭兵団の食堂でまかない料理を作ってくれている女の子といい仲になっている事とか。……ちなみに近衛兵団の大隊長は、現在56歳、当然妻子持ちで、去年二人目の孫が生まれたと大喜びしていた、表向きは理想的な家庭人だ。」
「そうそう、ボロツ副団長のトレードマークとも言える、あの身の丈を超える頑強な大剣『牛おろし』だが、その名前の由来は、向かってきた暴れ牛をあの大剣で一刀両断したという、超人的なエピソードからついた、という事になっている。……しかし、本当は、農家から盗んできた牛をアジトへと移動させている時に、牛の一頭が山道で足を滑らせて死んでしまったんだ。このままだと腐らせてしまうだけだから、さばいて焼いて食べようという話になったが、仲間の盗賊は皆小さなナイフしか持っていなかった。そこで、ボロツさんの大剣で死んだ牛をさばいて食べたんだよな。つまり『牛を三枚におろして食べた』訳だ。……そこからついた『牛おろし』という名前だったんだが、ボロツさんの強さが裏社会で広まるにつれて、勝手に話に尾ひれがついて、大袈裟になって、最終的に原型をとどめない状態にまで変化しちまったんだ。これがかの剛剣『牛おろし』の真実だったりする。……な、ちょっとガッカリだろ? まあ、『牛おろし』って名前自体、元々あんまりカッコ良くはないけどな。」
「他にもいろいろ、話し出せばキリがないんだが……要するに、こういう『知りたくなかった』事実まで、知る羽目になるんだよ。」
「って、アンタ、ずいぶんいろいろ知ってるじゃないのよー! 必要な時以外は記憶を読まないようにしてたんじゃなかったのー? ただのゴシップ大好き人間じゃないー!」
サラは思わず、ペッペッと唾を飛ばして叫んでいた。
□
「うわぁ、怖ーい! ティオと一緒に居ると、隠し事とか全然出来ないじゃないー!」
サラは、自分を守るように腕を体に巻きつける大袈裟なジェスチャーを見せ、ティオからススッと距離をとった。
「ひょっとしてー、私の事も、もういろいろ情報読み取っちゃってたりするんじゃないのー? 乙女の秘密をこっそり盗み見るなんてー! イヤラシイー! ヘンターイ!」
「いや、サラの事は全く調べてない。」
ところが、サラの過剰反応に対して、ティオは真顔でサラッと答えた。
サラは、ガクッと拍子抜けしたが、まだしばらく怪しんでいた。
「ホントかなぁー? そんな事言ってー、ホントは私の知らない所であれこれ調べてたんじゃないのー?」
「本当だって。俺は、サラに対しては、マジで一切探りを入れた事ないぜ。」
「うーん、なんでだろうなぁ? まあ、サラは裏表のない性格だから、特に秘密とかなさそうで、調べる気が起きなかったっていうのもあるんだろうけどー、まあ、一言で言うとー……」
「全く興味が湧かなかった。……いてっ!」
ティオはサラに、ゲシッと脛を蹴られて、思わず声をあげていた。
「え? な、なんで怒ってんだよー? サラの事は何も読んでないって言ってんだろー?」
「……フンだ!……」
脛を撫でながら不審そうな顔をするティオに、サラはぷうっと頬を膨らませプイとそっぽを向いた。
その直後、いつまでも屋内に戻ってこないサラを心配してボロツが探しに来た事で、サラとティオ、二人の会話は終わりを告げた。
そのため、サラがティオの「鉱物に残った記憶を読み取る」という異能力について知っているのは、ここまでだった。
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「異能力」
特別な力ではなく、誰もが持っている感覚や能力が、特に際立って秀でたものである。
「普通ではない」「異常だ」と感じられる程、一般人からかけ離れてしまった力を持つ場合の呼び名。
世間では異能力と異能力を持つ者の存在はほとんど知られていない。




