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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第四章 夢に浮かぶ鎖 <後編>鎖の行く先
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夢に浮かぶ鎖 #20


「ええ!? 宝物庫に泥棒が入ったぁ?」


 サラは、思わず大きな声を出してしまい、慌てて、細く開けたドアの隙間から首だけ廊下に出し、キョロキョロと辺りを見回した。

 サラの部屋は他の傭兵団の団員達の部屋から離れているとはいえ、深夜に大声を出すのはさすがにはばかられる。

 幸い、深夜の暗い廊下はシンと静まり返ったままだった。


「えー? ほ、宝物庫って、アレでしょー? なんかこう、凄いお宝とか、ほら、あるんでしょー?」

「おうよ。何しろ、賊が入ったってのは、王宮の一番奥にある宝物庫らしいからなぁ。……そりゃあ、アレだよ、アレ。この国に代々伝わる、なんかスゲーお宝とか、あったんじゃねぇのか?」


 サラとボロツは、つい先程この王城内で起きたという大事件について興奮気味に話し合ったが……

 何しろ二人とも「国宝級の凄いお宝」なるものにさっぱり縁のない人間なので、どこかフワーッとした会話になっていた。


「それで、近衛兵はもちろん、城に寝泊まりしてた一般の兵士も叩き起こされて、今全力をあげて犯人を探してる真っ最中って訳なんだよ。」

「そうだよねー。国の大事なお宝が盗まれちゃったら、確かに一大事だもんねー。……それで、まだ犯人は捕まってないのー?」

「ああ。宝物庫から出てくる所を見回り中の兵士に目撃されたらしいんだが、あっという間に追っ手を振り切ってどこかへ逃げちまったらしくってよ。でも、上級兵の話じゃ、王城の出入り口はどこも夜は完全に閉まる事になってて、誰も出入りした様子はないんだと。だから、まだ、王城の外へは逃げてないらしいぜ。『袋の鼠だ』とかなんとか言ってたな。」

「そっかー、大勢の兵士が城中探し回ってるなら、きっとその内見つかるよねー。……じゃあ、私達傭兵団は、特に助けなくっていいかなー?」

「いいっていいって! 上級兵も『傭兵団は捜査の邪魔になるから、一歩も自分の宿舎から出るな!』って言ってんだからよ。」


「それでな。俺はこの後、みんなの部屋を一通り回って、朝まで外に出ないように言ってこようと思うんだ。……まあ、こんな夜中に起きてるヤツはまず居ねぇだろうが、下手にウロウロして正規兵と揉めても面倒くせぇからな。」

「あ! じゃあ、私も一緒に行くよ!」

「いや、サラは寝てていいぜ。本当はサラを起こす程の事でもなかったんだが、一応報告しといた方がいいかと思ってよ。サラは団長だからな。……後は俺がやっとくから、サラは寝ててくれ。起こしちまって悪かったな。」

「えー、ボロツ一人に任せるのは悪いよー。」


 サラは、パタパタと窓際の机の所に行って自分の部屋の燭台を持ってくると、ボロツの手にしている燭台から火を移してもらった。

 もちろん、今度はしっかり寝巻きの胸の前は腕で押さえて隠していた。


「私は、この格好じゃうろつけないから、着替えてから行くねー。先に行っててー。」

「別にいいってのに、サラも真面目だなぁ。じゃあ、チャッチャと回ってくるわ。」

「うん。後で合流するー。」


 と、暗い廊下を去っていこうというボロツを見送ろうとしたサラだったが、ハッと気がついて呼び止めた。


「ちょ、ちょっと待って、ボロツ!」

「うん? どうした、サラ?」

「……あのう……まさか、今回の泥棒ってー……」


「うちの傭兵団の人間だったりしないよねー?」



「え?」

「あ、えっとー……うちの団員達って、今は真面目に訓練してるけどー、傭兵になる前は、そのー……いろいろ悪い事をしてた人間も多いじゃないー?……泥棒、とかも。……」


「ピピン兄弟が、ずっと泥棒してお金を稼いでたって言ってたよねー?」


「ああ、まあ。確かにな。傭兵団のヤツらは、ゴロツキ、チンピラ、コソ泥、俺を含めてろくでもねぇヤツばっかりだ。」

 と、ボロツは、サラの心配ももっともだと言うように腕組みをしてうなずいたが、その後キッパリと言った。


「俺は、今回の事件にうちのヤツらは関わってないと思うぜ。」


「ピピン兄弟は、まあ、あれは、泥棒稼業で生きてたっつっても、個人商店や一般の民家を狙うセコイしのぎばっかりしてたからなぁ。誰でもやる気になりゃあ出来るレベルのチンケな盗みだ。それに儲けも薄い。俺達みたいな無法者の間でさえバカにされるような、底辺のコソ泥だ。」


「まあ、傭兵団の中には、アイツらよりいくらかマシな泥棒も居るだろうぜ。それでも、別に特別凄腕って訳じゃねぇ。その辺にゴロゴロ居るような、平凡な泥棒だ。」


「だが、俺の見立てじゃあ、今回の犯人は、そういう『並』の泥棒とは、明らかに違う気がする。」


 ボロツの蛇のような小さな三白眼に、世間の裏街道を生きてきた者特有の鋭さが宿っていた。


「まず、王宮の一番奥にある宝物庫から財宝を盗み出すなんて、普通の人間には不可能だぜ。」


「まあ、犯人も、盗み出した所で警備の兵士に発見されちまったらしいがな。それでも、警備の目を盗んで王宮の奥に辿り着き、見事お宝を手に入れている訳だからな。相当場数を踏んだ手練れと見て間違いないだろうぜ。」


 「サラも、王宮の警備の厳重さは知ってるだろう?」とボロツに問われ、サラは思わず「うっ!」と気まずい顔をした。

 サラは、特に規則を破るつもりも、煌びやかな王宮の建物ややんごとなき王族に対しての興味もなかったが……

 元来の極度の方向音痴のせいで、「一般兵士立ち入り禁止!」と厳しく言われている区域にフラフラ迷い込みそうになった事が何度もあった。

 もちろん、警備の人間がすぐにすっ飛んできて、兵舎の区域に戻るように言われた。

 あまりにサラが何度も間違えて入ってくるので「またお前か!」と呆れられる始末だった。

 そして、いくら説明してもさっぱり地形を覚えないサラを、「見張る」という名目で兵士が付き添って、兵舎まで送ってきていた。



 王宮は、この国の最重要人物である国王をはじめとした王族や、臣下の中でも重鎮と呼ばれるような大臣達が、日々政を行う場所である。

 その警備の厳しさは、同じ王城の中と言っても、サラ達傭兵団の居る下級兵用の兵舎のある辺りとは、天と地程も差があった。

 特に、王宮の奥に当たる区域は、王族が寝起きしたり、プライベートな生活を送っている場所であり、貴族でさえも立ち入りが制限されているという話だった。

 その王宮の中で最も警備の厳しい一角に、宝物庫はあるらしい。

 何がそこに保管されているのかは知らないが、ナザール王国中から集められた、価値の高い宝物の数々があるのだろう。

 国王の権威を知らしめるために、最高の技術と素材を使って作り上げられた儀式用の宝飾品……王冠、王笏、ティアラ、首飾り、指輪、ブローチなども収められている筈だ。

 また、中には、ナザール王国の歴史上重要な宝物もあった事だろう。

 それらが盗まれるという事は、物質的、歴史的な損失だけでなく、ナザール国王や王族、ひいては王国そのものの威信に関わる問題だった。

 なんとしても盗んだ犯人を捕まえようと、兵士達が血なまこになって城中を駆けずり回っているのも、納得がいくというものだ。



「しかも、これだけ大騒ぎになって、あちこち大量の兵士が探してるってのに、まだ肝心の犯人が見つかってねぇ。」


「俺が会った上級兵は『この城からは決して出られない! 捕まえたも同然だ!』なんつってたが、犯人は宝物庫を出た時に目撃されただけで、その後に姿を見た者は誰も居ねぇようだったぜ。つまり、『手がかりなし』ってこった。こりゃあ、ひょっとすると、正規兵さん達の方が旗色が悪いかもな。ま、俺の知ったこっちゃねぇが。」


「要するに、犯人は、泥棒の中でも相当な実力者ってこった。」


「俺は今まで裏の世界でいろんな盗人を見てきたが、ここまで見事な仕事をするには、才能がないとダメだな。泥棒にも才能ってのはあるんだぜ。」


「そんでもって、そんな『才能』のある人間は、うちの傭兵団には居ねぇんだよなぁ。」


 サラは、ボロツの話を聞いて、納得してうなずいた。

「そっかー。それでボロツは、うちの団員には、犯人は居ないって思ったんだねー。なるほどー。」

「つーか、むしろあれだな。そんな才能のあるヤツが居たら、こっちから頼んで傭兵団に来てもらいてぇぐらいだぜ。」


「どうもうちのヤツらは、『いいヤツら』ではあるんだが、こう、絶対的な何かを持ってるような『ツワモノ』は居ねぇからなぁ。ちと、戦力的に心配があるんだよなぁ。……ああ、もちろん、サラは別だぜ。」

「あー、うーん、分かる気がするー。みんな一生懸命頑張ってくれてはいるんだけどー、兵士として何か大事なものが足りないようなー、そんな気がするんだよねー。時々頼りなくって、心配になるー。」


「確かに。そんな凄い事が出来る泥棒が居たら、傭兵団にスカウトしたいかもー。」


「もちろん、傭兵団に入ったら、泥棒はやめてもらうけどねー。」

「サラの目の黒い内は、悪い事は出来ねぇなぁ、こりゃ。」

 サラとボロツは、顔を見合わせて苦笑いした。



 去り際、最後にボロツは、ポロリと口にした。


「そうだなぁ。俺の知ってる、って言うか、聞いた事のある泥棒の中で、王宮の一番奥の宝物庫からお宝を盗み出せそうなのは、一人だけだな。」


「『宝石怪盗ジェム』……アイツなら、出来る気がするぜ。」


「まさか、今回の盗みは『宝石怪盗ジェム』が?……なんて、まさかなぁ。」


 ボロツは、ハハッと笑って、サラに軽く手を振ると、夜の廊下を去っていった。



「早く着替えなきゃ!」


 サラは、パタリとドアを閉めると、燭台を窓際の机の上に置いた。

 ちょうど窓が視界に入り、眠る時と同様に、簡易な造りの鍵ではあるが、しっかりと掛かった状態であるのが目に入った。


 サラは両手で寝巻きの裾を掴むと、ガバッと大きく捲り上げて、頭からすっぽりと脱いだ。

 つい先程まで眠っていた、少し毛布やシーツの乱れたベッドの上にふわっと放り投げる。

 その時に、サラの視界を鈍い赤い色がチラとかすめた。


 王宮の宝物庫に泥棒が入った一件に驚いてすっかり忘れていたが、首から下げたペンダントを見て、サラは、ボロツに起こされるまで見ていた例の不思議な夢の事を思い出した。

 寝巻きを脱ぎ捨てて、小さなショーツだけの姿になったサラの薄い胸の上で揺れるペンダントの赤い石を、思わずハッと掴んでいた。


(……あーあ。せっかく大事な夢を見てたのになぁ。途中で起こされるなんて思ってもみなかったよー。まあ、しょうがないんだけどー。……)


 サラは小さくため息をつきながら、ドサッと体を投げ出すように、ペンダントを握りしめたままベッドに腰をおろす。

 足先をピンと伸ばし、ベットの端に掛けてあった胸を押さえる布を、ついっと指に挟んで引き寄せた。

 野生動物のように自由自在に足の指も動くサラだったが、行儀の良し悪しの概念はなかった。


(……また、あの「場所」に行けるかな? 鎖の先の、誰か私以外の人間の気配を感じた場所。……)


(……うん、きっと行ける! だって、一度は行けたもん!……)


(……「鎖」だって、ちゃんとまた見つけられた。一度見つけたものは、次に夢を見た時にも見つけられるようになってるんじゃないかなぁ?……たぶん、あの夢は「そういう場所」なんだ。そんな気がする。……)


 サラは、あの不思議な「何もない夢」にしばし想いを馳せた。



 サラは、ただ自分という意識と存在が、何もない空間にぼんやり浮かんでいるような夢の事を、ずっと「何もない夢」だと思っていた。

 けれど、本当はそうではなかったのかもしれない。

 あの夢の中で、サラはずっと、自分という意識でしか存在していなかった。

 それは、今思うと、何もない闇の中で、サラが認識出来るものが「自分自身」以外に何もなかったせいだ。


 しかし、つい、昨日の夜に見た夢の中で、サラは「鎖」の存在に気づいた。

 「鎖」が「そこにある」事を認識した。

 すると、今まで何もなかった闇の中から忽然と「鎖」が現れた。


 そして、今日見た夢でも「鎖」が現れた。

 サラがもう「そこにある」事を知っていたために、今度はほとんど苦労する事なく見つかった。


 という事は、おそらく……

 「そこにある」事をサラが一度「感じ」取り、「認識」し、「知った」ものは、次に見た夢の中でも出現するようになる、と推察される。

 「気づき」「感じ」「知る」事が出来れば、それはあの夢の中で「存在するもの」となる。


(……問題は、あの夢をまた見られるかって事なんだよねー。あの夢を見られさえすれば、きっと、あの「誰か」が居る場所に行けると思うんだけどー。……)


 先程の夢では、サラは、自我が消滅しかけるような危うい感覚の状態で延々と闇の中をさまよって……

 そして、ようやく鎖の伸びていく先に「人」の気配を微かに感じ取る事が出来た。

 となると、次にあの不思議な夢を見る時には、もう、危険を冒してさまよう必要はないだろう。

 おそらく、歩き回ってようやく「誰か」を見つけた、あの地点まで一気に行ける、そうサラは確信していた。


(……ホント、夢の中では、この赤い石が大活躍してたんだよねー。今は、元の古ぼけたガラスみたいな見た目だけどー。……)


 サラは自分の手の平に収まっている、ペンダントのくすんだ赤い石を、目を凝らしてジイッと見つめたが……

 やはり、何の変化も見つからなかった。


 夢の中では、まるで生き物のようにあたたかく光り輝き、サラを導くかのように闇を照らしてくれた赤い石。


 サラは、フッとある疑問を覚えた。


(……この石、やっぱりどこにでもあるような普通のガラスじゃないのかなー? ひょっとして、何か特殊なものだったりしてー?……)


(……うーん、でも、私、石の事って全然詳しくないしー……あ!……)


 サラの脳裏に、ある人物の言葉が閃くように浮かんでいた。


『……俺、岩とか石とか……いわゆる『鉱石』に残った記憶を読めるんだよ。……』


サラは、思わずガバッとベッドから立ち上がっていた。


「そうだ! ティオだよ! ティオに聞いてみればいいんじゃん! なんで今まで思いつかなかったんだろうー!」


読んで下さってありがとうございます。

ブクマ、評価、感想等貰えたら嬉しいです。

とても励みになります。



☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「宝石怪盗ジェム」

巷で有名な凄腕の泥棒。

宝石しか盗まない事からこの名がついた。

その正体は謎に包まれている。

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