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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第四章 夢に浮かぶ鎖 <後編>鎖の行く先
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夢に浮かぶ鎖 #18


「さて、と。明日も朝から訓練だから、しっかり眠らなくっちゃね。」


 サラは、ボロツにはっきりと自分の気持ちを伝えた事で、すっきりした部分もあり、また、(やっぱり、ボロツに悪い事をしちゃったなぁ……)という罪悪感を感じている部分もあった。


 そんな、珍しくもやが掛かっている気持ちを晴らすように、サラは、ボロツから貰った白木のペンダントを、窓際の机の引き出しに大切にしまうと、ベッドの上に腰かけて、金色の髪を編んだ。

 湯浴みの時に綺麗に洗って濡れていた髪も、いつしかすっかり乾いていた。

 サラはあまり手先が器用な方ではなかったが、自分の長い髪を三つ編みに編むのは、苦もなく出来た。

 まるでずっとそうしてきたかのように。

 あるいは、三ヶ月前、記憶を失った状態で一人森の奥で目覚める前のサラは、本当に、こうして毎日自分の長い髪を編んでいたのかもしれなかった。


 スイスイと慣れた手つきで髪を編み終えて紐で縛り、ポンと放るように背中に回すと、サラは、もうすっかりいつもの自分に戻った気がした。


(……コートは、乾いたかな?……)


 ベッドから降りて、向かいの壁に備えつけられたフックに掛けてあるオレンジ色のコートを確認する。

 触れるとまだ少し湿っていたが、翌朝には問題なく着られそうでホッとした。

 空いていた隣のフックには、片刃の短剣が鞘に収まった状態で、革紐のベルトごと吊るしてあった。

 そこにサラは、今日鍛冶屋から戻ってきた長剣を、同じように提げた。

 今までは、長剣の方はベルトだけ掛かっていたのだったが、ようやく本体が帰ってきて落ち着いた気分になった。


(……そう言えば……)


 ふと、サラの目が止まったのは、壁のフックに、サラのオレンジ色のコートと並んで掛けてあった、一本の青いリボンだった。

 ティオがシャツの首に飾っていたもので、サラが雨に濡れているのを見て、ハンカチ代わりに貸してくれたのだった。

 改めて見ると、夜明けの空のような美しい青色に染められた、柔かな光沢のある布で作られていた。

 おそらく絹だろう。

 染め色の鮮やかさやむらのない染色技術を鑑みるに、小さなリボンとはいえ、上等な一品だと分かる。

 サラは、そうっと指先で撫でて、それがちゃんと乾いている事を確かめた。


(……ティオが「大事なもの」って言ってたから、ちゃんと返さないとね。乾いたみたいで良かった。……)


 サラの心に、またみるみるティオの事が湧き出してきた。


(……ティオ、やっぱり食堂に顔を出さなかったなぁ。チャッピーの言うように、ぐっすり寝てるんだよね。……)


(……風邪とか引いてないといいなぁ。私の事かばって、結構濡れちゃってたからなぁ。ティオは、背だけはムダに高いけど、軟弱そうだから、心配。……)


(……そうだ! ティオとチャッピーって、みんなより早く起きて訓練場の整備をしてるって言ってたよねー。私も明日はちょっと早く起きて、行ってみようっと。ティオに会えるかなー? そしたら、このリボンも返せるよねー。……)


 サラは、明日の朝が待ち遠しい気持ちになって、いそいそとベッドに戻った。

 


「着替え着替えっと。」


 サラは、ベッドの枕元に掛けてあった寝巻きに手を伸ばした。

 まさか、この薄布に繊細にプリーツを寄せて縫われた可愛らしい寝間着が、ボロツの手縫いだったとは思いもよらなかった。

 改めてちょっと驚きつつ、サラは、グイッと、着ていた生成りのキュロットスカートを一息に脱いだ。

 続いて、共布で作られた、四角く襟ぐりの開いたシャツも脱ぎ去る。

 後は、左右を紐で結んで止めている小さなショーツと、胸を押さえる布という、下着だけの姿になった。

 もっとも、胸を押さえるための布は、ほぼ真っ平らなサラの胸には、透けないようにする以外の必要性はなかったが。


 サラは寝巻きを着る時は、胸を押さえる用の下着は脱いでいた。

 寝巻きの布は薄く、肌が透けるので、当然胸も透けるのだが、自分の部屋の中でしか着ないため、誰が見る訳でもなく、特に問題はなかった。

 寝る時まで胸を押さえているのが窮屈な気がするのと、ボロツが作ってくれた寝間着がとても可愛かったため、下着が邪魔に感じられた。

 さすがに、下半身まで脱ぐのはためらわれて、胸の方だけ布を解いて、ベッドの縁に掛け、代わりに寝巻きを羽織る。


 その時、サラの視界に、鈍い赤色が揺れた。


 それは、いつもサラがしているペンダントだった。

 どこにでもある皮の紐を結んで輪を作り、それを首に掛けるという、とても原始的な構造をしており、先端には、鉄と思われる金属でごくシンプルに枠留めされた、古びた見た目のくすんだ赤い石がついていた。

 森の中で一人目覚めてからずっと身につけているのと、普段は服の下に大事にしまっているために、こういう時でもないと、その存在を改めて意識しなくなっていた。


(……あ! そう言えば、昨日の夜、このペンダントが夢の中で出てきたんだっけ!……)


 サラはペンダントを手に取り、探るようにしげしげと見つめた。

 やはり、いつも通りの濁った赤色で、古ぼけたガラスにしか見えなかった。


(……夢の中では、綺麗に光ってたんだけどなぁ。もっと透き通ってピカピカだった気がする。……)


 (やっぱり夢の中だから、不思議な事が起こるのかな?)とも考えたが……

 あたたかな赤い光を発していた光景があまりにも鮮明に頭の中に残っていて、(夢だから)と、簡単に片づけられない気持ちがあった。


(……また、あの夢が見られるかな?……)


(……あの夢の続きが、見れたらいいのになぁ。……)


 今は、(ナザール王国の内戦を早く終わらせて、困っている人達を助けたい!)という思いで、サラは動いている。

 けれど、サラの旅の元々の目的は、『失った記憶を取り戻す事』だ。

 毎日傭兵団の訓練で慌ただしい日々ではあるが、もし、自分の過去の何かにつながる手がかりが掴めるなら、積極的に探っていきたかった。


「よし! 張り切って寝るぞー!」


 否が応でも高まる期待に胸を高鳴らせ……

 サラは、くすんだ赤い石のついたペンダントを、いつもの癖で寝間着の中に垂らし入れた。

 パタパタと部屋を足早に歩き回って、眠る前にもう一度、部屋のドアと窓に鍵がちゃんと掛かっているか確認する。

 猛者とはいえ、小柄な少女であるので、眠る時はしっかり戸締りするよう、ボロツにうるさく言われていた。


 最後にサラは、フッと口を尖らせて息を吐き、窓際の机の上に置かれた燭台の灯りを吹き消した。



 ……サラは、気がつくと、闇の中に居た。


 周りには何もない。

 本来は光も闇さえもないのだが、サラが「何もない」という状況を上手く認識出来ないために、「無」は「果てのない闇」として表現されているらしかった。


 そんな「何もない」世界の中に、サラの存在だけがあった。

 体も、声も、感覚もない。

 けれど、確かに自分は「存在している」と感じていた。


(……いつもの「何もない夢」だ!……)


 それまでは、時々見るこの「何もない夢」は、サラにとってとても退屈で、いつも(早く終わらないかなぁ……)と思いながらぼーっとするだけのものだった。

 けれど、今は違う。

 昨日、この夢の中で大きな変化があった。

 「何もない夢」の中に「何かがあった」のだ。

 そして、それは、サラが記憶を失った後唯一持っていた、あのくすんだ赤い石のついたペンダントと何か関わりがある様子だった。

 つまり……


(……私のなくした記憶について、何か分かるかも!……)


 サラは、つい興奮しそうになる気持ちを必死に落ち着かせて、昨日の夢の内容を、もう一度頭の中で辿ってみた。


(……確か……「何もない夢」の中に「何かがある」事に、初めて気づいたんだよね。……)


(……それは……たぶん「鎖」で……)


(……それから、私のペンダントが光ってた。……)


 サラは、いつもペンダンを身につけている胸の辺りに手を置いてみた。

 実際は、サラの体はなく、手ももちろんないのだが、そう「イメージする」事は出来た。


 果たして、そこにはあのペンダントがあった。

 しかも、いつものくすんだ姿ではなく、ゆっくりと脈を打つように、ほんのりとあたたかい赤い光を発しているイメージがサラの頭に伝わってくる。


(……やったぁ! 昨日見た夢とおんなじだ!……)


(……という事は、確か、この世界のどこかに「鎖」みたいなものが……うーん……)


 サラは、どこまでも続いているような何もない闇の中で、キョロキョロと必死に辺りを見回した。

 けれど、なかなか昨日の夢の中で感じ取った「鎖」のようなものの存在が見つからなかった。


(……あれー? どこにあるんだろうー?……ど、どうしよう? えーっと……)


 サラは、困り果てたのち、ハッと名案を思いついた。

 胸の辺りで握りしめていた、あのペンダントの赤い石を、腕を伸ばしてかざしてみる。


(……赤い石、教えて! あの鎖はどこにあるの?……)


 石に答えを求めるという非現実的な行為だったが、ここは夢の中であり、また、サラは、他に頼るものを持っていなかった。


(……あっ!……)


 すると……

 まるでサラの願いに応えるように、赤い石は、鼓動のような瞬きを続けながら、みるみる輝きを増していった。


 そして、果てのない闇の中に、昨日夢の中で見たものと同じ「鎖」の存在が、ゆっくりと浮かび上がってきた。



(……「鎖」だ! やっぱり「鎖」があるー!……)


 サラは、どこまでも続く闇の中に「鎖」の存在を感じ取って、大興奮だった。

 体があるなら、ピョンピョン跳ねたり、走り回ったりしたいぐらいだった。


 そして、ひとしきり喜んだ後、気持ちを落ち着かせて、更にもっと良く調べてみる事にした。

 何しろ、この不思議な「何もない夢」の中には、自分の失った過去の記憶に繋がる何かがあるかもしれないのだ。


 サラは、「鎖」の存在を感じる場所に向かって、先程したように、手にしたペンダントの赤い石をかざしてみた。

 そのあたたかな優しい光をランプに見立てて、闇を照らす。


(……あ!……)


 闇の中に、何かがキラリと光った。


 今までは「そこにある」としか感じ取れなかった「鎖」の姿が、目で見たように、闇の中にぼんやりと現れる。

 いや、正確には、現実のように見えている訳ではない。

 新たに視覚のイメージが加わった事で、その存在が少しだけはっきりしたようだった。


 サラは、手にペンダントの赤い石をしっかりと握りしめて、その鎖のある場所に夢中で走り寄っていった。

 実際は、「もっと良く見たい!」と強く思う事で、サラの存在が、鎖に向かってスーッと近づいていった感じだった。


(……やっぱり、これは「鎖」だ!……)


 闇の中に、一筋、鎖が浮いていた。

 そちらに意識を向けていると、「何かを縛るもの、拘束するもの」というイメージが、サラの中に伝わってくる。

 その存在意義からも、まさに「鎖」だった。


(……でもー……なんで私の夢の中に「鎖」があるのかなぁ?……)


 一つ何かが明らかになると、また一つ謎が生まれる……

 サラは果てのない迷路に迷い込んだような気持ちになった。


(……とにかく、この「鎖」を調べてみよう! これしか、今は手掛かりがないもんね。……)


 サラは、ペンダントの赤い石を手に、更に鎖に意識を集中させていった。


 闇の中に浮かぶ鎖は、どこからか続いており……

 サラの前を通過して……

 また、どこかへと続いていっている。


(……この鎖、どこから続いて来てるんだろう?……)


(……そして、どこに続いていってるんだろう?……)


 サラは、ペンダントの赤い石の光によって照らされ、目の前に浮かんでいる様子がぼんやりと感じられる鎖の「始まり」と「終わり」について想いを馳せた。

 鎖は、どこからか遠くからやって来て、そしてまた、どこか遠くへと去っていっている。

 サラが感じ取れる限界を超えると、後は闇の中に消えて見えなくなってしまっていた。


(……この鎖がどこに続いているのか、調べてみようかな。……)


 そう思いついたが、一つ問題があった。


(……これ、どっちに行ったらいいんだろう? 前かな? 後ろかな?……って言うか……)


(……どっちが前で、どっちが後ろなのー?……)


 サラの目の前には、確かに、闇の中に鎖が一筋浮かんでいる。

 そして、闇の中をどこからか伸びてきて、またどこかへと伸びて闇の中に消えていっている。

 そのどちらが始点から来たもので、どちらが終点へ向かうものか、サラには全く判別がつかなった。


(……うーん……)


 サラはしばらくペンダントの赤い石を握りしめて考え込んだ。

 手の平に、トクリ、トクリ、と心臓の鼓動のような赤い石のぬくもりと優しい光が伝わってくる。


(……違う。……)


 サラの頭の中に、ふと、あるイメージが浮かんだ。


(……これ、たぶん、どっちに向かっても、行き着く先はおんなじだ。……そんな気がする。……)


 全く逆方向に向かって伸びているように見える鎖だが……

 ここは「夢の中」だ。

 しかも、明らかに普通の夢ではない。

 何も存在しない空間に、サラの意識と存在だけがポツンと浮かんでいるかのような、「何もない夢」の世界だ。

 ならば……

 真っ直ぐに一筋伸びている鎖の、やって来た元と行き着く先が同じ、という非現実な事も、また、ありえるのかもしれない。


(……よし! この鎖を辿って、行ける所まで行ってみよう!……)


 サラは、決心を固めると、鎖の伸びている方向に、鎖に沿って歩くような意識を持って、進み始めた。

 果てなく続く「何もない」闇の中に、一歩一歩、足を踏み出していった。


☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「何もない夢」

サラが時々見る不思議な夢。

本当に何もない。

果てのない虚無の闇の中に、ただサラの存在と意識だけがある。

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