夢に浮かぶ鎖 #16
「よーし、じゃあ、サラ、さっそく俺と勝負だぜ!」
そう言って、ボロツは、ドン! と勢い良くテーブルに肘をついた。
刺青や刀傷だらけの筋肉隆々たる腕を見せつけるように、肩まで袖を大きくめくりあげる。
「勝負?」
すぐにサラがキラリを目を輝かせる。
「ああ、そうだぜ! 腕相撲で力比べだ!」
「腕相撲ー! わー、楽しそう! やるやるー!」
サラは、ウキウキとボロツと向かい合うように体の位置を直して、自分のか細い腕をテーブルの上に伸ばす。
そんな、見事に乗ってきたサラの様子を見て、ボロツは嬉しそうに言い出した。
「サラは、自分より強い男が好きなんだよな? ヘヘ、じゃあ、俺が勝ったら……」
「付き合わないよ!」
「まだ言ってなかったのに!」
「負けても付き合わない!……まあ、私が勝つけどね! でも、もし万が一負けるような事があっても、絶対付き合わないわよー!」
「わ、分かったって。……とにかく、俺は、サラに勝ってみせるぜ! そして、俺が強い男だって事を、サラに見せてやるぜ!」
「本気でやってよー、ボロツー! ちょっとでも手を抜いたら、怒るからねー!」
「望む所よ!」
サラとボロツがやる気満々で向かい合うのを見て、同じテーブルを囲んでいた団員達が沸き立つ。
「サラ団長と、ボロツ副団長が力比べかよ! スゲー!」
「コイツは見ものだぜ!」
中には「お前どっちに賭ける?」とさっそく賭博のタネにしようと周りの人間に話しかける者も居た。
異様な盛り上がりを見せるサラとボロツの周りの雰囲気に気づき、波紋が広がるように、食堂の中に居た団員達が次々こちらを向く。
席を立って近づいてくる者、椅子の上に立ちあがり伸びをしてこちらを眺める者。
「俺が審判をやるぜ!」と立候補した取り巻きの一人が、バチバチと火花を散らす勢いで睨み合う二人の間に入った。
「じゃあ、二人とも、手を握って! 俺が合図したら始めてくれよ!」
サラとボロツは、テーブルの上でガッチリとお互いの手を握った。
その上に審判役の団員が自分の手を置いて、開始の合図のタイミングをはかる。
小柄で華奢なサラの白魚のような手を、大男のゴツゴツしたいかつい手が飲み込むように握りしめる様子は、サラの実力を知らない者が見たのなら、「可哀想に!」「虐待だ!」と思われそうな光景だった。
「……フッ!……ヘヘヘ、ヘヘ……」
「ボロツ? 何よ、やけに余裕じゃないー?」
サラは、ボロツがニヤニヤしているのを見て、ムッと片眉を吊り上げたが……
「……いやぁ、ヘヘヘ。……こうして握ってると、サラの手はちっちゃくて柔らかくて、スゲー可愛いなぁと思ってよ。このままずっと握りしめて……ぐぎゃっ!」
「……」
次の瞬間に、サラが、握っていたボロツの手を、無言でダアン! とテーブルに思い切り叩きつけたのは言うまでもなかった。
□
「ちょ、ちょっと、サラ団長! まだ合図してないぜ!」
「あっ!……ゴメンゴメン! あまりに気持ち悪くって、つい!」
サラは、審判役の団員に注意を受け、再びボロツと手を握り合った。
そして、今度は確かに「始め!」の合図と共に、ダダァン! とボロツの手を先程より勢いよくテーブルに叩きつけたのだった。
「ぐわぁっ! 痛ぇっ!」
「あ、ゴメン! ボロツ、大丈夫ー?」
「……フ、フフ……大丈夫かって?……フハハハハ! 大丈夫に決まってんだろぉ、サラァ! サラに痛めつけられた手の甲が、ジンジン痺れて、超気持ちいいぜぇ! ウハハハハハハー!」
「……」
「サラの手が柔らかくて気持ち良くってぇ、おまけにサラに痛めつけられて気持ちいいなんてぇ……サイッコー、だぜぇ!!」
「……」
「サ、サラ! もう一度だ! もう一勝負、頼む!」
「……」
「ぐっぎゃあぁっ! 気持ちイイー!!」
その後、ボロツはしばらく、感情が消え失せたような顔をしているサラによって、立て続けに、ダン! ドダダン! ダァーン! と手の甲をテーブルに叩きつけられ続ける事になった。
もはや、全くもって力くらべや腕相撲のていをなしていなかった。
騒ぎを聞きつけて集まってきた傭兵団の団員達が呆然と見守る中、淡々と、ダダーァン! とボロツの手が叩きつけられる音が響き……
それと共に、「ウヒャヒャッ!」「いいぜいいぜぇー!」「ヒャッフゥーッ!」という、興奮で真っ赤な顔をしたボロツの酔っ払ったような叫びが上がっていた。
「……ボロツの旦那、そう言えば、ちっちゃい女が好きなだけじゃなくって、そういう趣味もあったけなぁ。……」
「……たまにポロッと、『サラに思いっきり踏まれたい。』とか、言ってたしなぁ。……」
結局、審判役の団員が「もう、そこまで! 二人ともやめれくれ!」と必死に叫んで二人を止めるまで、その狂乱は続いたのだった。
□
「なんだよ! 俺はまだまだ全然いけるぜ! 後百回だってやってやるぜ!」
「……いや、私はもういいかなぁ。なんか、ボロツの手、汗でベチョベチョして気持ち悪いー。……」
「いいか、良く聞けよ、みんなぁ! 勝つまで諦めなきゃあ、決して負けねぇんだよ!」
「いや、それ、屁理屈ですって。って言うか、もう、ただサラ団長の手を握りたいだけっスよね?」
「ボロツさん、スゲー手が真っ赤ですぜ。これ以上やったら剣が握れなくなっちまいますって。」
「テーブルの方も、ミシミシ言ってて、もう限界だぜ。」
様々な理由から上気した顔でハアハア息を切らしている興奮気味のボロツを、団員達が必死に説得して止める事になった。
サラは一応手加減したつもりだったが、実際、何度も勢いよく叩きつけらたボロツの手は真っ赤に腫れ上がっていた上に、テーブルの方までもう少しで壊れそうな程ガタがきていた。
審判役の団員以下周りに居た仲間達に、事実上続行不可能と判断され、二人の戦いは、いや、戦いかは良く分からない状況になってしまっていたが、とにかく、ようやく幕を降ろす事になったのだった。
サラは、ボロツの服の背中にギトギトになった自分の手をこすりつけて拭くと、クルッと振り返った。
気を取り直して、ジロジロと周りの団員達を物色し始める。
ちなみに、サラに服で手を拭かれても、ボロツは、火照った顔に満面の笑みを浮かべていた。
「じゃあ、次は誰が挑戦するー? 私に勝ったら、好きなだけビール奢ってあげるよー!」
サラが懸賞品をつけたものの……
「……団長に勝てる訳ないよな……」
「……ボロツの旦那があんなに簡単に負けてるのに、俺達ごときじゃあ……」
皆、サラの圧倒的な強さの前に尻込みするばかりだった。
しかし、サラは御構いなしに、適当に目についた団員の手をグイッと引っ張って、新しいテーブルに連れていった。
そして、審判役の団員を急かして、強引に勝負をしようとする。
たまたまサラに捕まって勝負相手となった団員は、真っ青な顔をしていたが、サラはニコッと可愛らしい笑顔で言った。
「だーいじょうぶ! ちゃんと手加減するからねー!」
「ヒ、ヒィッ!……は、はいぃ!」
そして、その数秒後に、またもや、ダァン! という音が兵舎の食堂に響き渡るのだった。
□
「せいっ!」
「うわぁっ!」
「えいっ!」
「ぐわあぁっ!」
「ほいっと!」
「ギャアァァーッ!」
サラは、次々と団員達を腕相撲に巻き込み、片っ端から倒していった。
ぼんやり突っ立っていたチャッピーまで気づかずにうっかり相手にしてしまい、普通の団員がしたたか手を叩きつけられて悲鳴を上げて終わる所が、チャッピーは椅子から転げ落ちただけでなく、そのままゴロゴロ転がって壁にドンとぶつかってようやく止まった。
さすがに「ごめん、チャッピー!」とサラも慌てて謝っていた。
「よおし! じゃあ、俺様ももう一度参戦だぁ! オラァ! 誰でもいいから掛かってきやがれ!」
やがて、まだ手は真っ赤なままだったが、復活したボロツも加わって、団員達と端から腕相撲の勝負をし始めた。
その流れは団員全員に広がり、食堂のあちこちでは、団員達同士で順位を決める勝負が行われだした。
食堂は、いつになく熱を帯びた空気に包まれ、勝った負けたの一喜一憂の声や、接戦の応援の声に満ちた。
そして、そのお祭り騒ぎは、消灯時間がいよいよ迫ってくるまで続いたのだった。




