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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第四章 夢に浮かぶ鎖 <中編>雨宿りの秘密
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夢に浮かぶ鎖 #15


「まあ、いいや! 今度ティオに会ったら、眼鏡取った顔、じーっくり見よーっと!」

「うわあぁぁー!!」


 サラが気を取り直して、お茶をひとくち口に含んだ所で、耳をつんざくような、悲鳴というには野太過ぎる声が響き渡った。

 思わず手で耳を覆ったサラは、眉をひそめてボロツを睨んだ。


「もう! 何よ、ボロツー! うるっさいなー!」

「あ、あのあの、あれだ、サラ! ソイツは、やめといた方がいいと思うぜ! うん! ティオの素顔なんか、絶対じっくり見ない方が身のためだぜ!」

「えー? だってー、ボロツが言い出したんじゃないー。ティオは本当は結構カッコいいってー。」

「うっ! そ、そうだったな!……い、いやいや、だがしかしだ! 改めて良く考えてみたんだがな、実は、それ程大したものじゃなかったような気がすると思ってよ。うむ、ティオのヤツは、大してカッコ良くなかった!……そうそう! わざわざ見ようとする程のものじゃないぜ! むしろ絶対見ない方がいい!」


 ボロツは、かなり慌てふためいていた。

 うっかりティオの外見が本当はかなり良いという事を主張してしまったが、良く考えるまでもなく、それは恋敵に塩を送っているようなものだった。

 もっとも、恋敵と思っているのは、ボロツ一人なのだが。

 幸い、と言うべきか、サラは全くティオの見た目の良さに気づいていなかった。

 わざわざここでティオの外見への興味を掻き立てては、墓穴を掘ってしまうと思ったのだった。


 そんなボロツの内心に気づいたらしい取り巻き達が、口々にフォローを入れてきた。


「そうだな! ボロツさんの言う通りだぜ! たとえ、背が高くて、ちょっとばっかし顔が良かったとしても、ティオなんて、大した事ないって!」

「ボロツさんの方がずっといい男だぜ! やっぱり、男は顔より中身だよな! おまけに、ボロツさんは、剣の腕もめっぽう強いしな!」

「まったくだぜ! ボロツの旦那は、確かに、見るからに悪人面だけどよぅ、情に厚くて度胸もある、最高の漢だせ! サラ団長とスゲーお似合いだと、俺は思うぜ!」

 うっかり余計な事を口走って「誰が悪人面だってぇ!?」とボロツに頭を叩かれる不憫な者も居たが。


「つーかよぅ、ティオは、あれは、男としてダメだろう。まず剣が持てないとか、話にならないぜ。」

「だよなぁ。……アイツ、訓練の時、いつも叫んでるもんなぁ。『刃物怖いよぅー!』って。」

「体力もゼンッゼンねぇしなぁ。『腰が痛いー!』『腕が上がらないー!』って言って、すぐ訓練サボろうとするんだよなぁ。」


 やがて、団員達は、ボロツを褒める方向から、なぜかティオをけなす流れになっていた。

 と言っても、彼ら達は、特にティオの事を嫌っている訳ではない様子だった。

 ティオに関して、面白いエピソードや印象に残る場面が多いらしく、自然と会話が盛り上がっていた。


「俺は一度、ティオに稽古をつけてやろうとした事があったんだけどよぅ。ギャーギャー言って逃げ回るばっかりで、まるで訓練にならなかったぜ。」

「アイツ、なんでか逃げ足だけは人一倍早いよなぁ。一度走り出すと、もう絶対掴まらねぇんだよ。」

「あ! そう言えば、ティオのヤツ、この前、厨房で派手にすっ転んで、調理中の大きな鍋をぶちまけちまった事があったぜ! 料理人にしこたま叱られてたっけ!」

「叱られてたって言えば、あれだろ! 食堂の裏にある井戸の中に、なぜか頭から落っこちたってヤツ! 井戸の水が汚れて、当分料理に使えなくなったって、料理人どもがカンカンだったぜ!」

「ワハハ! バカじゃねーの、ティオのヤツ! 何やってんだよー!」


 団員達のティオの認識は「変人」「役立たず」「困ったヤツ」「どうしようもないヤツ」といった所だった。

 ティオは、外見が奇抜なのも相まって、傭兵団の中では明らかに浮いており、かなり目立っていた。

 ティオの顔と名前は、良くも悪くも、この何日かの短い間に広まって、団員達の中で知らない者は居ない程だった。



(……ティオって、あんなだから、傭兵団に入ったらいじめられるんじゃないかって、ちょっと心配してたんだけどー……これが、意外と上手くやってるんだよねー、不思議ー。……)

 サラは、ティオのエピソードでゲラゲラ笑い合っている団員達をそっと見やりながら、一人お茶を飲みつつ思っていた。



 実際、ティオは、傭兵団に入ってから、酷い扱いを受けたり白い目で見られたりしているといった様子は特になかった。

 あんなどさくさまぎれの入団だったので、明らかに傭兵として力不足で、毎日の訓練にもついていけていないのはサラも知っていた。

 特に木の剣を使っての練習になると、悲鳴を上げて逃げ回るばかりで、全く役に立たない。

 「力こそ全て」という暗黙のルールのあるここ傭兵団において、ティオのような人間は、最も価値が低く、バカにされる対象の筈だった。

 しかし、実際は、ティオはなぜか団員達とはそれなりに上手くやっているようだった。

 ティオの事を嫌っている者はおらず、誰とも気軽に喋っている。

 かといって、特別誰かと親しくしている風でもなく、一定の距離を保って付き合っているようにも見えた。

 今日初めて、チャッピーと個人的に良く話をすると知って、サラも驚いたぐらいだ。



 サラは、この王都にやって来た時、ティオがガラの悪い男達に絡まれて金品を巻き上げられそうになっている所にたまたま出くわして、彼を助けた。

 それが、ティオと知り合ったきっかけだった。

 あの時サラは、ティオを見て(思わず殴りたくなるのも分かる)と思った。

 ボサボサの髪にボロボロの服を着て、おどおど怯えた様子をしていては、チンピラ達の格好の餌食だろうとすんなり納得出来た。

 けれど……


(……ティオは、本当に、ただそれだけの人間なのかな?……)


 今現在、サラの中で、ティオという人間に対する印象が、あの時とかなり変わっていた。

 まあ、この傭兵団でいじめにあわずに済んでいるのは、その身に危険が迫ると、自他共認める逃げ足の速さでのらりくらりと逃げ回っているおかげ、とも考えられた。

 もっとも、仮にいじめや差別があったのなら、団長であるサラが許さなかったに違いない。


 団員達が、ティオがやらかした失敗談を次々持ち出して、ゲラゲラ笑っているのを見ていると……

 サラは、何か胸の中がもやもやするような感覚を覚えていた。


(……なんか、ヤダな。……)


(……確かに、ティオは、変な格好してるし、剣も持てない落ちこぼれのダメ兵士で凄く弱っちいし、いつもヘラヘラしてる訳の分かんない所のあるヤツだけど……)


(……でも……ティオにはティオのいい所だってある……と思う……)


 雨の降りしきる中で、濡れないように大きな木の真下にサラを立たせ、自分は黙って雨に打たれていたティオの姿を、サラは思い出していた。

 穏やかで優しい雰囲気を持った独特の鮮やかな緑色の瞳が、細かい傷が無数について曇った眼鏡のレンズの奥から、ジッとこちらを見つめていた。


(……みんなは、本当のティオの事を、どれぐらい知ってるの?……ううん……)


(……私は、本当のティオの事を、どれぐらい知ってるんだろう?……)



 サラが思いにふけって、いつの間にかうつむき言葉少なになっているのを見て……

 ボロツや団員達はホッとした様子だった。

 ティオの素顔に興味津々で盛り上がっていたサラの気持ちが、自分達の必死のフォローで無事消えたのだろうと推察したのだった。


「あ、あの、サラ団長! ぼ、僕は、ティオ君は、とっても凄い人だと思います、よ……ムグッ!」


 空気を読まず、ティオを擁護しようとしたチャッピーは、周りの団員達によって慌てて口を押さえられていた。



「ところで、サラ、話は変わるんだがよう……俺は、前々からお前に聞きたい事があったんだよ。」

 サラが大人しくなったのを見て取って、ボロツは、椅子を引き寄せてサラのすぐ隣にドッカと腰をおろした。


 ボロツ自ら話題を変えようという行動に、テーブルを囲んでいた取り巻き達も、ようやくホッとした表情になる。

 何しろ、ボロツがずっと熱心に求愛しているのにも関わらず、サラが完全に無反応のままである現状、恋愛がらみの話では、ボロツの地雷を踏み抜きやすく、周りの人間も気を遣わなければならない。

 やっとそんな面倒な状況が終わったと、皆の緊張が緩みかけていた。


「サラは、その……どんな男が好きなんだ?」


 ジイッと食い入るようにサラを見つめ、ぐいぐいサラに顔を近づけながら発したボロツの言葉に、団員の中には、飲みかけていたビールをダラリと口から零した者も居た。

 (まだ続くのか、この話題!)と、といったげんなりした空気が漂ったが、当のボロツはサラがなんと答えるか真剣に耳を傾けており、サラはサラでいつも通り一ミリも興味のなさそうな顔のままであった。

 取り巻きの団員達が意気消沈した様子で黙ってビールを口に運ぶ中、チャッピーだけが空気を読まず、ニコニコ微笑んでいた。


「どんな男って……私、みんなの事好きだよ。」


 あどけなさの残るサラの無垢な答えに、思わずボロツは手で口を押さえて、「ンッグ!」というヒキガエルのような声を漏らしていた。

 そばで聞いていた団員達も、愛くるしい美少女から向けられる純粋な好意の感情に、ついほんわかと嬉しい気持ちになる。

 しかし、そんな回答でボロツが満足する筈もなかった。


「いや、まあ、サラがみんなの事を好きなのは、俺も良ーく知ってるけどよ。今話してんのは、そういう事じゃなくってだなぁ……」


「ほ、ほら、サラは前に、俺の事はタイプじゃないって言ってただろう?……ううっ!……」

 ボロツは自分で言っておいてダメージを食らったらしく、ググッと拳で胸を押さえていた。


「じゃ、じゃあ、サラは一体どういう男がタイプなのかって、気になって仕方なくってよう。」


「私のタイプー?……あ! とりあえず、ボロツは絶対違うからねー。なんかね、こう、パッと見て『ダメだなー!』って思うもん。」

 サラのムダに正直な答えに、ボロツは再び「うぐぐっ!」っと、苦しそうに胸を押さえてこらえていた。


「そうだなぁー。うんとねー、実は私、男の人を『いいなー』って思った事が一度もなくってー。」

「そ、そうなのかぁ!」

「うん。女の子達って、『誰がカッコイイ!』とか『誰それの事が好きかも!』みたいな話題で良く盛り上がっててねー。私、そういう話にいっつもついていけなくってー、ちょっと寂しかったんだー。私ってどこか変なのかなーって、思ったりもしてー。」

「い、いやいや! 全然そんな事はないぜ! そういう事は、人それぞれだからな。サラはサラのペースでいいんじゃないか? 周りに合わせようとして、焦って変な男と付き合う必要なんかないぜ!」

「そうかな? ありがとう、ボロツー。」

「ヘヘヘ。どういたしましてだぜ。」


 サラがまだ異性との恋愛にまるで興味がない、というか、そもそも男を好きになるというのがどんなものか全く知らない様子を見て……

 ボロツは、あからさまに嬉しそうな顔をしていた。

 黙ってボーッとしているだけでたまたま目が合った子供が大泣きする程の凶悪な面構えの大男が、まるで周囲に花でも咲いているかのようなホワホワした笑顔を浮かべる様は、別の意味で恐ろしい絵面ではあった。


「うーん、でもねぇ、そうだなぁー……」


 サラは、眉間にシワを寄せ腕組みをして、しばらく真剣に考え込んでいた。

 それは、全くもって、恋に恋する乙女の表情とは縁遠いものだった。

 やがて、サラは、何か思いついたのか、パッと顔を上げた。


「優しい人が好き、かな?」


 そんなサラの出した答えに、固唾を飲んで見守っていた団員達がヒソヒソと囁き合った。

「……出た! 女の良く言う『優しい人が好き』だ!……」

「……『優しい人』って基準が、俺はイマイチ良く分かんねぇんだよなぁ。あれは、どういう男の事を言ってるんだろうな?……」

「……バーカ、お前、それは、『いろいろ高いものを買ってくれる男』って事だろ。俺が前付き合ってた女は、そう言ってたぜ。……」


「あ! それからねぇ……」

 サラは、また何か思いついた様子で、ニコニコ無邪気に笑いながら言った。


「私より強い人!」


 この答えには、真っ先にボロツが、ガン! とテーブルに額をぶつける程ショックを受けていた。

 取り巻きの団員達も、次々に、呆れた果てたような諦めきったようなため息を漏らした。


「……サラ団長より強い男なんて、この世に居るのかよ?……」

「……ぜってぇ居る訳ないってぇ。……」



「……つ、つまり、サラは、自分より強い男に、こう……守ってもらいたとか、助けてもらいたいとか、そういう願望があるって事か?」

 なんとかショックから立ち直ったボロツが、しどろもどろにサラに尋ねる。


 サラは、少し首をかしげて考えたのち、キッパリ答えた。


「ううん、違う。」


「もし、その人が困ってたら、私が助けてあげるの! その人のピンチを、私が颯爽と現れて救うんだー! そういうのがいいなー!」

「……え? サラより強い男がピンチになるって、それを助けたいって……なんだか、俺には訳が分からねぇんだが。矛盾してねぇか、それ?」

「え?……うーん、そう言われてみれば、そうかもー。……でも、私、力になりたいんだもん!」


「いくら強い人だって、万が一って事はあるでしょー? そんな時、私が助けるの! だからね……」


「私、もっともっともーっと、強くなりたいなぁ!」


「どんなに強い人でも助けてあげられるぐらい、守ってあげられるぐらい、強くなりたい!」


 サラは、両手の指を組み合わせ、空色の澄んだ瞳をキラキラ輝かせていた。

 「恋する乙女」とは、やはり何か違っていたが、サラにはサラなりの独特な憧れのようなものがある事を、ボロツをはじめ周りに居た団員達はぼんやりと理解した。


「あ! 出来たらねぇ、その人と思いっきり戦ってみたいなぁー! 私より強い男の人だったら、全力で戦っても平気だよねー? いいなー! すっごい楽しそうー!」


 遊びたくて仕方ない子供のように、そんな言葉をワクワクと口にするサラを見て、そこに居た誰もが……

 (……やっぱり、恋愛はまだ早いんだろうなぁ。……)

 と思っていた。

 決して口には出さなかったが。


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