夢に浮かぶ鎖 #14
「うわっ、ビックリした! 何よー、ボロツー?」
サラはちょっと目を見開いただけだったが、不機嫌全開なボロツの威嚇の叫びに、チャッピーの方は、驚いて椅子から転げ落ちそうな勢いだった。
食堂の奥の一角に位置するサラ居るのテーブルを囲んでいた団員達だけでなく、食堂に居合わせたほぼ全員が、何事かと青い顔でこちらを見遣っていた。
そんな中、サラとチャッピーの間を遮るように、ダアン! とボロツの拳がテーブルに叩きつけられる。
いつしかシンと静まり返っていた団員達は、ビクッと体をこわばらせ、チャッピーに至っては、今度は本当にガタンと椅子からズリ落ちていた。
ボロツは、訳が分からないというようにキョトンとしているサラに、グイッと顔を近づけて、ギロリと睨みつけてきた。
「サラ! お前、やっぱり……」
「うん?」
「あのクソ野郎……ティオの事が好きなのかよ!?」
それを聞いて、同じテーブルに居た、特にボロツやサラと親交の深い傭兵団の主要メンバーは、(あ!)という顔をした。
なんとなく、サラがティオと特に親しげな雰囲気なのは感じていたが、そこはサラに惚れているボロツの手前、見て見ぬ振りをしてやり過ごしていたというのに。
まさか、痺れを切らしたボロツ本人が、自分から特大の地雷を踏みに行くとは想定外の事態だった。
しかし、サラ本人はというと、相変わらず、ボロツの真剣さが全く分かっていない様子だった。
「えー? ティオー?……別に、嫌いじゃないけどー? 特別好きでもないかなー?」
「いや! 絶対おかしいだろ!……傭兵団に入りに来た時も、二人で仲良く手を繋いでただろ? いつから、あの野郎とそういう関係だったんだよ?」
「手なんか繋いでないってばー!……だーかーらー、もう何度も言ったと思うけどー、ティオとは、傭兵になろうと思ってこの王都にやって来た、その日に初めて会ったんだってばー。ティオと会ってから傭兵団に入団するまで、半日も経ってないのー!……ティオが、街でがらの悪いヤツらに襲われててー、それを私が助けたのがきっかけでー。お礼にお昼ご飯を奢ってもらって、ちょっと話してる内に、なぜだかティオまで『傭兵になる!』って言い出してー。私は、嫌だったんだよー? ティオにも、絶対向いてないからやめなって何度も言ったしー。でも、ティオが勝手に、私にくっついてお城まで来ちゃったのー。……うーん。まさか、刃物恐怖症のティオが、入団試験に受かると思わなかったなぁー。まあ、ラッキーとどさくさ紛れだったけどねー。」
「……なるほどな。ティオの野郎は、サラに一目惚れして、しつこくつきまとってるって訳か。……よし! 今から俺が殴ってくる!」
「ちょっ!……な、なんでそうなるのよー! 今ティオは、疲れて眠ってるって話だから、やめなってばー!」
困ったような表情で慌てて止めるサラを、ボロツはジーッと見つめた後、ポツリと言った。
「……チッ! やっぱり、女ってのは、見た目のいい男が好きなんだな。……」
「サラは、サラだけは、他の女と違って、見た目じゃなく、『中身』で、男を見てくれてると思ってたんだがな。」
「ん?……んんー?」
サラは、ボロツの言葉をしっかりと正面から聞いていたが、どうにも理解出来ない部分があり、コテンと首をかしげた。
その、無意識に出たサラの動作の、まだ幼い少女のようなあどけない雰囲気と、キラキラ流れる金の髪の美しさに、ボロツは思わず頬を染めて、ほうっとため息をついたが……
慌ててブルブルと犬のように首を横に振って、再び厳しい表情を取り繕っていた。
「ねえ、ボロツー? 見た目のいい男って、何ー? 一体誰の事ー?」
「え?……そ、そりゃあ、ティオの野郎に決まってんだろう!」
「は?……はあぁ!?」
サラが、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で素っ頓狂な声を上げたのは、言うまでもなかった。
□
「ティオの野郎、アイツの事は心底気にくわねぇが、見た目がいいってのだけは認めるぜ! 女どもに良く『カッコいい!』ってキャーキャー騒がれるタイプだろ、ああいうのは!」
「ええぇぇー!? な、何言ってんのー、ボロツー?」
サラは驚いて、変な生き物を見るような目でボロツを見たが、テーブルを囲んでいた傭兵達も大体同じ反応だった。
「……なあ、ティオってカッコいいか?」
「まさか! アイツがカッコ良かったら、俺だってカッコいいだろ? 女にモテモテの筈だろ?」
「むしろ、カッコ悪いよな? ダサイっつーか、イモ臭いっつーか、ドン臭いつーか。」
サラをはじめ、一同の頭の中には、いつものティオの姿……
ボサボサの黒髪をボリボリ掻きながら、ヘラヘラしただらしない顔で笑っている様子が浮かんでいた。
分厚く大きな丸い眼鏡を掛け、引きずっているおかげで裾がボロボロにほつれた色あせた紺のマントを羽織っている姿。
一同は、「ティオはどう見てもカッコ良くない」という意見で一致し、ウンウンとうなずき合っていた。
「カーッ! それだから、テメェらは、ダメなんだよ! いつも物事のうわべだけ見て判断しやがる。」
そんなみんなの反応に、ボロツは、呆れたというジェスチャーを大袈裟に示し、ため息をついた。
「あ! サラはいいんだぜ。サラはまだ若いかなら。人生経験が足りてない部分があるんだろうぜ。」
そして、腕組みをして得々と語った。
「いいか、お前ら! 大事なのは、本質を見極める事だ!」
「戦いにおいても、恋においてもな!」
なんだかいい事を言っているような気がしないでもないボロツだったが、「恋においても」という辺りで、皆内心ガクッときた。
何しろ、全く脈なしのサラに盲目的にアタックし続けるボロツの様子は、とても「本質が見えている」ようには思えなかったからだ。
「ティオの、アイツの、パッと見の見た目に惑わされるんじゃねぇ。もっと良ーくアイツの元々の顔を観察してみろ。確かに、アイツは、吟遊詩人みてぇな典型的な優男って訳じゃねぇが、なんて言うか、こう、シュッとしてんだろーがよ。シュッとよぅ。」
ボロツは必死に説明しようとしていたが、肝心な所でどうも知性と語彙力が足りず、皆は「うーん?」と首をかしげるばかりだった。
「あ! 分かったぜ! ほら、ティオのヤツは背が高いから、カッコ良く見えるんだよ!」
「ああ、それはあるな! 背が高いと、なんかカッコ良く見えちまうとこあるよなぁ! ズルイよな、背が高いヤツは!」
団員達は、思いついた意見を言って、なんとなく納得しようとしていたが、「そうじゃねぇよ!」とボロツに怒鳴られていた。
そんな時、思いがけない所から、やや上ずった声が上がった。
「わ、わわ、分かります、僕! 確かに、ティオ君って、カッコいいですよね!」
ボロツはもちろん、サラも他の団員達も、一斉に、声を上げたチャッピーの方を振り向いていた。
□
「お! チャッピー、お前には分かるか! なかなか見る目があるな!」
「あ、い、いえ!……ただ、なんであんな格好をしてるのか分からないんですけど、ティオ君は、もっと服装に気を遣ったら、ガラッと印象が変わる思うんですよ。元はとてもいいので。」
「そう、それだ! 俺が言いたかったのは、つまり、そういう事なんだよ!……ティオの野郎は、とにかく奇天烈な格好をしてるからな。その印象が強烈で、騙されるヤツが多いんだよ。」
「そうですね。髪を短く整えて、あの大きな眼鏡を外すだけでも、元々の造形の良さがかなりはっきりすると思います。」
チャッピーが同意した事で、ボロツは、我が意を得たりとしばらく彼と夢中で語り合っていた。
「ぼ、僕、ティオ君が初めて眼鏡を外した所を見た時は、正直、凄く驚きました。ティオ君って、本当はこんなに綺麗な顔なんだなぁって。」
何気なくポロッと出たチャッピーの言葉に、サラも、他の団員達も「んん!?」と、目を見開いた。
サラにとっても、皆にとっても、ティオの眼鏡はもはやティオの顔の一部として認識されており、あの瓶底のような分厚い眼鏡を外した姿など、全く想像がつかなかった。
(……ええー? そ、そう言えば、ティオが眼鏡を外した所って、私も一度も見た事ないなー。……え? ど、どんな感じなのー? そんなに印象が違うのー?……すっごい気になるんだけどー!……)
チャッピーの話を聞いていた団員達も、サラと大体同じ事を思ったようで、中の一人がチャッピーに尋ねた。
「なあ、チャッピー。ティオはあれで本当は結構カッコいいって話だけどよ、実際、眼鏡を外すと、どんな感じなんだ? どうも想像がつかなくってさぁ。」
ウンウンと、サラを含め皆が同意する。
すると、チャッピーは、ぽっちゃりと肉のついたアゴに手を当て、しばらく真剣な表情で、自分の記憶を忠実に思い出そうとしている様子だった。
そして、ゆっくりと語り出した。
「……そうですね。ボロツ副団長の言う通り、いわゆる『美形』って感じではないです。端正な甘いマスクとロマンチックな声色で女性達を虜にする吟遊詩人のようなタイプじゃないですね。むしろ、その真逆というか。」
「確かに、顔の造りは整っていると思うんですけど、眉目秀麗で華やかっていうイメージじゃなくって、もっと、こう……」
「研ぎ澄まされた剣の刃のような……」
「白銀色の月の光のような……」
「そんな、冴え冴えとして、ピンと張りつめていて、透き通るような雰囲気でした。」
「えぇー? かえって全然分からなくなったんだけどー?」
とサラが思わず声を上げたが、周りの団員達も一様に、困惑した表情で首をひねったり、顔を見合わせたりしていた。
ボロツだけは、「そうだよ! 俺もおんなじ事を言おうとしてたんだよ!」と満足げにうなずいていたが。
「って言うかー、ティオと剣って、一番似合わないイメージじゃないのー?」
「え!……あ、ま、まあ、そうですね。ティオ君の刃物恐怖症はかなり重度のようですからね。……でも、僕の中でティオ君の印象は、『一点の曇りもなく磨き抜かれた名刀が、静かに鞘の中に収まっている。』って感じなんですよ。」
サラはやはり、「うーん」と唸って首をかしげるばかりだった。
チャッピーが自分の中にあるイメージを伝えようと選んだ言葉や表現は、サラの単純な構造の頭では、どうにもついていけないものだった。




