夢に浮かぶ鎖 #13
「コイツはな、チャッピーは、ハンスの旦那に入団試験の時、落とされそうになってたんだよ。」
ボロツは、背を丸めて小さくなっているチャッピーの肩をガッシリと抱きながら、サラに語った。
「それを見て、俺が『コイツの面倒は俺が見る!』って言って、強引に入団させたんだ。」
「ええ! 嘘ぉ! 意外ー!……本当なの、チャッピー?」
「あ! ほほ、本当、です! ボロツ副団長が、僕の事を買ってくれて、ハンスさんに交渉してくれたん、です。」
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ボロツの話によると、ハンスはチャッピーの入団試験において、彼の剣の腕を見て、首を横に振ったらしい。
「申し訳ないが、君の実力では傭兵として雇う事は出来ないな。」
「そ、そこをなんとかお願いします! も、もう僕には、ここしか行く場所がないんです!」
必死に嘆願するチャッピーに、腕組みをしたハンスは、不合格の理由を淡々と述べた。
「確かに、剣を習っていたのは分かる。基本の型はしっかりと出来ている。……しかし、それだけだ。君の剣は、初歩を型通りになぞった所で終わっている。それでも、一般人にとっては、護身術として十分だろう。剣を腰に提げて持ち歩き、ある程度の扱いが出来る者を、ゴロツキ程度の輩が襲ってくる事はまずない。……だが、我々が今必要としているのは、今すぐにでも戦場に出て戦える確かな戦力だ。君は、残念ながら、そのレベルには至っていない。」
「このまま傭兵になったとしても、戦場で命を落とすのがオチだ。悪い事は言わない。諦めて帰りなさい。」
ハンスとしても、内戦の前線へ送るべくなるべく多くの傭兵を求めていたが、それでも、戦闘に参加したのなら確実に死んでしまうと思われる人間を採用するのはためらわれたのだろう。
そんな所にも、実直で、厳しくも優しい、ハンスの人柄が感じられた。
しかし、育ちの良さそうな上等な衣服を身にまとい、童顔で大人しい雰囲気の青年は、思いがけず強く食い下がってきた。
「ぼ、僕が、戦場で命を落とすと言うのなら、それは仕方のない事です! それならば、僕は、戦に出て、戦って死にます! 僕は、なんとても、この国の役に立ちたいんです!」
「お願いします! どうかお願いします!」と、額を地面にこすりつける勢いで土下座をして懇願する青年を前に、ハンスは困り果ててしまった。
「ハンスの旦那ぁ。一人の男が、そこまで言ってんだ。傭兵にしてやれよ。」
そこへ、傭兵団の団員達を引き連れてボロツがやって来た。
まだ不仲だったハンスは、ボロツを見て嫌そうに顔をしかめたが、ゾロゾロとボロツの後ろにつき従う傭兵達の数の圧力と、何よりボロツ自身の威圧を受けて、ググッと言葉を飲み込む。
「コイツは、死ぬ覚悟が出来てる人間だぜ。喧嘩に明け暮れてるゴロツキ連中だって、死ぬ覚悟の出来てる人間なんて、そうそう居ねぇよ。……俺は、コイツの覚悟を買ったぜ!」
そう言って、ボロツがハンスの反対を強引に押しのけ、チャッピーを傭兵団に加えたのだった。
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「傭兵団に入ってから、コイツは、誰よりも真面目に訓練してたぜ。」
ボロツは、肩を組んだチャッピーを横目で見ながら、誇らしげに言った。
チャッピーも、嬉しそうに「あ、ありがとうございます。」と色白の頰を赤く染めていたが……
「まあ、しかし……まーったく強くならなかったよなぁ、お前。ハンスの旦那に言われた通り、本当に剣の才能ねぇよなぁ。」
「……す、すすす、すみません!」
「ああ、いいって事よ! その代わり、宿舎の部屋の掃除をしたり、ゴミを捨てたり、洗濯をしたり、スゲー役に立ってくれてっからよー。」
「結局パシリにしてるんじゃない!」
と、サラは思わず叫んでいた。
「い、いえ、いいんです、ぼ、僕は、これで!」
しかし、チェッピー自身がすぐにサラに訴えてきた。
「こ、この傭兵団に、こうして置いてもらっているだけで、本当にありがたく思っています。み、みなさんも、こんな僕に親切にしてくれるし。ぼ、僕は、掃除でも洗濯でも、なんでも、少しでも皆さんの役に立てる事が、嬉しいんです。」
「……そうなの? まあ、チャッピーがそう言うなら、それでいいんだけどー。」
「は、はい。今は、毎日がとても充実していて、し、幸せ、です。」
サラは、荒くれ者揃いの傭兵団の団員達が、本当にチャッピーに「親切」にしているのか疑問はあったが、チャッピー本人がそう言うので、とりあえずほこを収める事にした。
「そうそう、チャッピーのヤツ、最近は訓練場の地面をならしてくれてるんスよ。」
と、テーブルを囲んでいた団員の一人が言った。
「え! そうだったのー?」
サラも知らなかったが、ボロツや他の団員達も知らなかったらしく、彼の話に注目した。
「朝、みんなより早く起きだして、砂利を運んできたり、石ころを拾ったり、固くなった地面を掘り起こしたりって、いろいろしてるんだよな、チャッピー?」
「あー、それで、最近、訓練場で誰かが転んでもケガとかしなくなってたんだー。知らなかったー、ありがとうねー、チャッピー!」
サラをはじめ、皆チャッピーに関心と感謝の目を向けたのだったが……
チャッピーは恥ずかしそうに、ふっくらした頰を真っ赤にして言った。
「そ、それはぁ……ティオ君がやろうって言い出したんです。一人じゃ大変だから、手伝って欲しいって。ぼ、僕は、だから、ティオ君を手伝っているだけで、そ、そんな大した事は……」
「……へぇ。ティオの野郎がなぁ。……」
その話を聞いて、ボロツの握っていた木で出来たジョッキがメキメキと音を立てた事に、その場に居たほとんどの者が気づき、サアッと青ざめた。
しかし、若干二名、サラとチャッピーだけは全く気づかず、にこやかに会話していた。
「そうなんだー! ティオってば、意外と気がきくんだねー。」
「そ、そうなんです! ティオ君は、凄くいろんな事に気づくんですよ! 普通の人より、視野が広いって言うか、観察力があるって言うか!」
「……あ、あー、チャッピー、そう言えば、お前、訓練用の道具の手入れもしてたよなぁ?」
ボロツの機嫌がみるみる悪くなっていくのを察して、話を変えようと、他の団員が話題を振ったのだったが……
「あ、はいっ! それも、ティオ君がやろうって言い出したんです!」
「あ! それ、私、さっき気づいたよー! みんなが訓練に使ってる木の剣が凄く綺麗になってたのー! それに、用具入れの倉庫の中も、整頓されて掃除されてたー! あれも、チャッピーがやってくれてたんだー!」
「は、はい! ティオ君と一緒に! 使えるものは、修理と手入れをして、使いないものは、片づけました!」
「へー! それもティオと一緒にやったんだー。ティオって、刃物恐怖症で剣が持てないのに傭兵団で何してるんだろーって思ってたけどー、結構役に立ってるんだねー。へーへーへー!」
「あ、あの、サラ団長! チャッピーとティオの二人は、剣の訓練をしても意味がないからって、ボロツ副団長の判断で、午後は訓練から外れて作業をさせてたんスよ!」
必死にボロツの手柄をフォローする団員だったが、サラはチラッと彼の方を見て、「ふーん。」と言っただけで、またかぶりつきでチャッピーに話しかけていた。
「ねえねえ、チャッピーって、結構ティオと一緒に居るみたいだけどー、仲がいいのー?」
□
「……」
ボロツが筋骨隆々とした太い腕を組み、凶悪な表情でギリギリ歯ぎしりしている横で、サラとチャッピーの二人は、ティオの話で盛り上がっていた。
「へー! チャッピーはティオと同じ部屋なんだねー!」
「はい! 僕がベッドの下で、ティオ君が上なんです!」
サラは、団長という立場と、傭兵団で紅一点だった事もあり、ボロツが気を遣って、上官用の一人部屋を勧めてくれたのだったが……
他の団員達は、ボロツや、幹部的な目立った存在の兵士が二人部屋を使い、残りは、四人部屋や六人部屋にギュウギュウに押し込まれている状態だった。
チャッピーの話によると、どうやらティオはチャッピーと同じ部屋に配置されたらしい。
廊下の突き当たりにあたる六人部屋という、最も人口密度の高い場所だった。
ティオは、その部屋に置かれた三つの二段ベッドの一つをチャッピーを使う事になり、それが良く話をするきっかけになったようだった。
「朝は、一時間早く起きて、訓練場の地面を整備するんです。ティオ君が、どこかから砂利の入った袋を持ってきてくれたので、それを、窪んでいたりぬかるんでいたりする場所に撒いて、鋤で地面を梳いて、大きな石を取り除くんです。」
「訓練の時は、体力づくりや基礎練習は参加しているんですけど、実戦形式のものになると、僕もティオ君もあまりお役に立てないので。そこで、ティオ君が、せっかくだから、その時間は用具の手入れをしようって言い出して、ボロツ副団長に話を通してくれて。それで、二人でこの何日か、用具の手入れや用具倉庫の掃除をしてたんです。」
目をキラキラと輝かせて話すチャッピーに、サラは少し気になった事を聞いてみた。
「ねえ、チャッピー。本当はティオにいいように使われてたりしないのー? さっきもティオの代わりにお茶を配って歩いてたじゃないー?」
「い、いいえ! 全然! そんな事ないです!」
チャッピーは手と首をブルブルと横に振って、強く否定した。
「ティオ君は、とっても優しいですよ! 僕の話をいろいろ聞いてくれて!……そ、それに! ティオ君は、本当に頭がいいんです! 僕は、あんなに頭のいい人に初めて会いました! 政治の話、経済の話、今ナザール王国が直面している内戦の話、とにかく凄く広くいろんな事を知っていて、しかも詳しいんです。深謀遠慮って言うんですか、何事も深い所まで洞察していて、視点が鋭いんですよね。……ティオ君の話は、いつもとても興味深くて、つい夢中になって聞いちゃうんです。」
夢中で語るチャッピーに、サラはウンウンと大きくうなずいて同意した。
先程訓練場の片隅で話していた時もそうだったが、ティオの話は、サラにとって理解するのが難しい部分も多々あるものの、なぜかつい耳を傾けてしまう、不思議な魅力に満ちていた。
ティオの、低めだが良く通る穏やかな響きの声も、まるで音楽のように心地良く、すんなり言葉が頭に入ってくる要因に思えた。
(……ま、まあ、ティオって、確かに喋るのは上手いよねぇ。ティオの話って、嘘か本当か良く分からないうさんくさい所もいっぱいあるんだけどさー。……)
「そっかー。チャッピーはティオと仲がいいんだねー。」
「え? あ、そ、そうなの、かな?……い、いやいや! 僕なんかは、とてもティオ君に釣り合わないですよ! ティオ君は本当に凄い人ですから! ティオ君が僕にいろいろ気を使って、親切にしてくれてるって感じで!」
「お前ら本当に仲良いよなぁ。」「いっつも一緒に居るじゃん。」「実は付き合ってるんじゃねーの?」などと、テーブルを囲んでいた団員達から、ヒューヒューという口笛と共に囃し立てられ……
チャッピーは、真っ赤な顔になりつつも、珍しく眉を吊り上げて少し怒った様子で訴えていた。
「そ、そんな事、ないです! ぼ、僕は、ティオ君の事を、人として尊敬しているだけです! そ、そういう事を言うのは、ティ、ティオ君に悪いので、やめて下さい!」
「あ! ねえ、それで、ティオは、今どうしてるのー? さっき、もう寝ちゃったって言ってたけどー……どこか具合でも悪いのー?」
サラは、ずっと気になっていた事をチャッピーに尋ねた。
小柄なサラをかばって雨に濡れていたティオの姿が、サラの脳裏に浮かんでいた。
シャツの首に飾っていた青いリボンタイを抜いて、サラの頰についた雨を拭うように手渡してくれたティオの穏やかな笑顔を思い出す。
「え、あ、具合?……ど、どうだろう? 随分疲れてはいるみたいでしたよ。足取りがフラフラしていて、『もう限界だ!』って言ってました。」
「え? そ、そんなにー? 顔色とか、どうだった? 他に何か変わった様子とかなかったー?」
「……え、えーと、すぐベッドに入って、毛布を頭から被って眠っちゃったので、僕もあまり良く見ていなくって。……あ! そう言えば、『禁断症状』がどうのこうのって、ブツブツ言っていたような? うーん。……と、とにかく『明日の朝までは、絶対に起こさないでほしい。』って事でした。だから、僕も、邪魔しないようにって、それ以降は声を掛けてません。」
「ティオ、大丈夫かなー? やっぱりどっか具合が悪いのかなー?」
「おいっ!!」
サラとチャッピーが、ティオの事を心配して話している所に、突然、食堂に響き渡る大きな声が耳をつんざいた。
二人がビックリして振り向くと、そこには……
今までにない程恐ろしい顔をしたボロツが、血管の浮き出たこめかみをピクピク震わせながら立っていた。




