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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第四章 夢に浮かぶ鎖 <中編>雨宿りの秘密
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夢に浮かぶ鎖 #7


 気がつくと、雨脚が少し弱まったかわりに辺りはすっかり夕暮れの青い闇に包まれていた。

 兵舎の窓に次々と灯りが点り、屋根の向こうにそびえる王城の宮殿からも、人工の光が漏れ出していた。

 しかし、サラはまだ夢中で、ティオに質問を続けていた。


「ねえ、ティオ。私みたいに力や体が強い人が、世界には他にも居るの? 異能力を持ってる人って、ティオの他にも居るんでしょ?」

「ああ、もちろん居るけど、サラみたいな異能力は俺も初めて見たな。」


 サラはフッと、ティオと初めて会った日、昼食を奢ってもらった時、ティオが腕を見たいと言い出したのを思い出した。

 服の袖をまくってティオに見せると、ティオは、サラの全く筋肉のついていないか細い腕を、しばらく難しい顔で見つめていた。

 おそらく、あの時には既に、サラが異能力を持っている事に気づいていたのだろう。


「怪力だけなら、以前に一人見た事があるけど……その人は大人の男で、見るからにムキムキの筋肉ダルマだったからなぁ。」

「えー! そんな人居るんだぁ! 私も会ってみたーい!」

「……俺は、もう二度とあの人には会いたくない。……」

 ティオは、話題を変えようとコホンと軽く咳をしてから、言った。


「サラの異能力は……俺の見た所、身体能力全般に渡ってる感じだな。どういう訳か、一般的な人間のザッと百倍は能力が上だ。」


「つまり、同じ筋肉の量でも、百倍の力が出せるって事だ。体が小柄で骨が細くても、百倍頑丈でもある。」


「魔法を使う事に体が特化していた古代人に比べて、現代人は、魔法が使えない代わりに、肉体そのものの力を使う事に特化した体を持っている。」


「サラは、そんな現代人の中でも、特にすば抜けて、肉体の力や能力が高い。」


「『力の時代』を生きる現代人を、更に強力に強化したみたいな、そんな印象を受けるな。」


「現代の、『力の時代』の、申し子って所か。」


 サラは、そんなティオの話を聞いて、分からない部分も多かったが、「へー! へー! へー!」と目を輝かせた。


「私、凄ーい! やっぱり、私、超強いんだー! やったー! エヘヘへー!」


「最初はねー、異能力って聞いて、ちょっと嫌だなって思ったりもしたんだけどー……でも、強いのは嬉しいなー! 私、もっともっと強くなりたいもんー!」


「異能力でも、ティオみたいな『岩の記憶が読める』とかー、そんな良く分かんない、役に立たなそうな能力じゃなくって良かったぁー!」

「おい、サラ! お前、どさくさ紛れに、なんか酷い事言ってないか?」


「俺の能力、いろいろ応用が利くし、結構便利なんだけどなぁ。自分で言うのもなんだけどさぁ。」



「ねえねえ! 他にどんな異能力があるのー? 私、今まで異能力なんて聞いた事なかったから、全然知らなかったよー!」

「まあ、『異能力』って言われるレベルの能力を持ってる人間は、かなり珍しいからなぁ。普通に生活してれば、『異能力持ち』になんて一生会わない事も多いんじゃないか?」

「でも、ティオは他の『異能力持ち』の人にも会った事があるんでしょー? いいなー! いいなー!……ねえ、どんな人が居たのか教えてよー!」

「えー、そんなにいいかー? 俺はたまたま、そういう人間に会う機会が多かったってだけでー。……うーん、『異能力持ち』には、マジであんまいい記憶がないんだよなぁ。そうだなぁ……」


「『嘘をついているか本当の事を言っているか分かる』って能力の人が居たな。その能力を活かして、司法の仕事をしてたな。」

「しほう?」

「ええと、正確には、警察所と裁判所が一緒になったみたいな組織だったな。そこの長官をしてたぜ。」

「へー、凄いー!」

「他には、『見ただけで、その人間の本質が分かる』って能力の人にも会ったな。」

「ほ、本質って、何ー?」

「いや、それは俺も詳しくは分からない。なんか凄く感覚的なものらしくってさ。……その人曰く、人間の周りにいろんな色とか光が見えるんだとさ。それを見れば、どんな性格でどんな資質の持ち主か、大体判断がつくんだと。」

「へえぇー! それでそれで、その人も、その能力を活かした仕事をしてたのー?」

「いや、全然関係ない仕事だったな。国の財務を取り仕切る部署のお偉いさんだった。その人は、経済的な方面の算段に凄く長けてたんだよ。ああ、そっちは異能力じゃなくな。普通に頭の回転の恐ろしく早い人だった。」

「ふうん。異能力を持ってても、その異能力を全然使わない仕事をしてる事もあるんだねー。……ね、ね! 他にはないのー? 異能力ー!」

「だから、かなり珍しいものだから、持ってる人間にそんなしょっちゅう出会える訳じゃないんだって。……そうだなー、後は……」


「『先見』とか。」

 そう言った後に、すぐティオは眉間にシワを寄せて、苦虫を噛み潰したような表情になっていた。


「『サキミ』って、何ー? どんな能力なのー?」

「ああ、えっと……簡単に言うと、未来の事が分かる……っぽい。」

「ぽい?」

「……いや、その……正直俺は、あの爺さん、いや、『先見の能力者』の言う事はあんまり信じてなくってさ。」

「えー? でも、未来が分かるんでしょー? それって、相当凄いんじゃないのー!」

「まあ、あのクソジジイ……あの人の言った事が全部本当の事だったらな。なんか、どうも、うさんくさいんだよなぁ。」

「うさんくささの塊みたいなティオに、うさんくさいって言われるなんて、どんな人なのよー?」

「うーん、とにかく腹黒くて、狡猾で、煮ても焼いても食えない人物で……そうそう、先見の能力で未来が分かるって言ってもな……」


「『夢の中で未来の光景を見る』……って話なんだよ。」


「しかも、どんな夢を見るかは自分の意思で選べないらしくってさー。つまり、どれぐらい先の、どんな未来を見るかは、あくまで運任せって感じでさー。」

「へー。夢で未来を見るんだー。……それを、みんなに聞かせてくれるのー?」

「まあ、そうだな。後は、見た光景を絵に描いて見せたり。……いや、でも、その人は、絵がメチャクチャ下手なんだよ。本人は、時間があれば絵の練習をしてるって言ってたけどー、あれは全然上手くなってる気がしなかったなぁ。」


「あんな、子供の落書きの方が百倍はマシなヘッタクソな絵を見せられて、『これがお前の未来の姿だ!』とか、言われても、信じられるかっつーの。」


「あ! ティオ、アンタ! なんかさっきからやけに先見の異能力者さんを嫌ってると思ったら……」


「さては、その人に、なんか嫌な未来を予言されたんでしょ!」


「……うぐっ!……」

 どうやらサラの推察は当たっていたらしく、ティオは酷いしかめっ面になった。


 ティオとの付き合いはまだ長いとは言えないサラだったが、ここまで露骨に嫌そうな顔をしたティオを見たのは初めてだった。

 いつもは全て人ごとのように飄々とした態度の彼が、珍しく感情をあらわにしたのがなんだか面白くて、サラは思わず笑ってしまった。

「ププ! 自分の思い通りにいかないと不機嫌になるなんてー、ティオってば、子供っぽーい!」

「なっ!」

 自分より軽く頭一つ分は小柄なサラに横目でクスクス笑われて、ティオはショックを受けていた。


「いや、だって、そんな……『夢で見た』とか、そんなあやふやな情報で『これは必ず起こる未来だ』とか主張されても、信じられる訳ないだろー? 絶対怪しいってー!」

「へー。ふーん。そうなんだー。」

「くそう、サラ、お前、全然聞いてないだろー?」

 ティオは、必死に弁解していたが、サラはティオをからかうのが楽しくて、全く取り合わなかった。



(……ティオ……)


 サラは、食堂の椅子に腰掛け、両手で包むようにお茶のカップを持って……

 少しうつむき、夕方のティオとの会話を思い出していた。

 乾き出した金色の長い髪が、サラが頭を下げると、それに合わせてサラサラと細い肩の上を流れた。


(……ティオと話すの……楽しかったなぁ……)


(……ティオはいろんな事を知ってるから、それで楽しいのかな? 私の知らない事、たくさん教えてくれるし。……)


 ティオから、初めて知る「異能力」と呼ばれる力について、話を聞いた。

 しかも、その異能力なるものを、自分も持っていると知った。


 今まで何も知らずに過ごしていた時とは、自分を包む世界が全く別のものに変わってしまったかのような不思議な感覚が、サラの胸の中にはあった。

 今も、まだ少し、ドキドキしている。

 このドキドキが、緊張なのか、不安なのか、驚きなのか、それともなんなのか、サラ自身にも分からなかった。

 けれど……


(……ティオも異能力持ちで良かったー。異能力持ちの人って、滅多に居ないって言ってたもんねー。身近に同じ境遇の人が居ると、なんか安心するー。……まあ、ティオの持ってる異能力は、私のとは全然違ったけどー。……)


 能力の形は違えど、同じ「異能力持ち」の人間がそばに居るという事実は……

 自分の能力を自覚したばかりの、不安定な気持ちのサラにとって、とても頼もしいものだった。


(……ティオに、もっといろいろ聞きたかったなぁ……)


(……ティオと、もっと話したかった……)


 サラは、フッと顔を上げて、キョロキョロと辺りを見回した。


 まだ夕食を終えたばかりの食堂には、傭兵達がいつものようにたむろしていた。

 ここから就寝までの数時間、一日の内の貴重な自由なひとときを、大体皆そのまま食堂で過ごす。

 はした金を賭けてゲームをしたり、酒を飲んだり、下らない事を喋りあったり。


 けれど、その中に、皆と共に居る筈のティオの姿がどこにも見つからなかった。


「どうした、サラ? 何か探してんのか?」

 キョロキョロしているサラの様子に気づいて、隣に座っていたボロツが、すかさず声を掛けてきた。


 今日は、湯浴みを済まして食堂に姿を現した時から、サラは何やらずっとボーッとしていて様子がおかしかった。

 しかし、ボロツを含め、周りの傭兵達は、皆心配しつつも、どんなふうに対応していいのか分からず、そっと様子を見守っていたのだった。

 ようやく、サラに話し掛けるきっかけをつかんだボロツが、ここぞとばかりにジッと顔をのぞき込んできた。


「……えっと……ティオ、知らない? 姿が見えないんだけどー。」

「ティオ?……チッ! アイツの事かよ!……」

「ボロツ?」

 サラが熱心に探していたのがティオだと知り、ボロツは思わず嫉妬からチッと舌打ちした。

 しかし、そんな彼の内心など全く気づいていない様子のサラに、澄んだ空色のつぶらな瞳でジイッと見つめられて、慌てて笑顔を取り繕った。

「確かに居ないなぁ。どこに行ったんだ、あの野郎?……おい、ちょっと、そこのお前!」


 ボロツは、お茶の入った大きな鍋を腕に提げて食堂のあちこちに配って回っていた若い男を、手招いて呼びつけた。


 確かに、いつもは食後にお茶を配って歩いているのはティオだった。

 それが、なぜかその日は、若い丸顔の青年が代わりに配っていた。


 「はい。」と言って、青年は大きな鍋を重たそうに持って、揺らさないように気をつけながら、こちらにやって来た。

 「ティオのヤツはどうしたんだ?」というボロツの問いに、青年は、緊張しているのか、少しどもりながら答えた。


「あ、はい。え、ええと……ティオ君は、『もうダメだ!』って言って、今日はもう寝てしまいました。あ、明日の朝まで絶対起こさないでほしいって、言ってました。」


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