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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十四章 月下の誓い <第一節>乙女と櫛
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月下の誓い #2


「サラ、馬に乗って、身体は痛くなってないか?」

「身体? 痛くないよー。なんでー?」

「いや、初めて馬に乗ったヤツは、大抵尻や股が痛いって騒ぐもんだからさ。」


 夜の幹部会議を終え、消灯時間の点呼の見回りまで自室のベッドでゴロゴロくつろぐ事にしたサラに付き合って、ティオはしばらく他愛ない話をしていた。

 ベッドの端に座ったティオの腰にサラが腕を回してへばりついているという、とても他の人間には見せられない状況だったが。

 本当は窓際の小机に向かって書類をしたためても良かったのだが、今日は傭兵団の幹部の面々が初めて乗馬の訓練をしており、類に漏れずサラも乗馬は初体験だったため、ティオは、その進捗と訓練に伴うサラの身体の疲労状況を確認しようと思ったのだった。

 実際、この時ボロツの居る部屋では、見事にケツを赤く腫らした幹部達がうつぶせになってうめいているという阿鼻叫喚な光景が広がっていて、それを見越してティオが用意していたシップをチェレンチーが持っていっている所だった。


 しかし、サラは、いつもと全く変わらずケロッとした顔でティオを見上げていた。

 今日も一日遊び回って満足、いや、まだまだ遊びたりないという元気いっぱいな様子に見える。

 サラであっても、お腹も空けば眠くもなるのだが、常に肉体が強化された状態という異能力持ちであるために、一見小柄で華奢な少女に見えて、その実身体はどこも強靭でケガをしにくいどころか、たとえケガを負ってもすぐに治ってしまうらしかった。

 致死性の毒を持つトリカブトをそうとは知らずムシャムシャ食べても、「お腹痛い」程度で数時間後にはシャキッと回復したという話にはさすがのティオも驚き、そして、知らないものをすぐ口に突っ込むサラの無謀さに呆れ果てたものだ。


「まあ、サラが大丈夫なら、それでいいさ。」


 ティオは、サラが元気な様子を確認すると、フッと口元に柔らかな笑みを浮かべた。

 サラはなぜかティオにすっかり懐いてしまっていて、特に二人きりになるとこうしてすぐベタベタくっついてくるのは困ったものだとティオは思っていたが……

 サラは女の子とは言っても、ティオから見て、「心も身体もまだまだ子供」という認識であり、(野生動物みたいなもんだと思えば、まあ)と無理矢理自分を納得させているティオだった。


「確かに、サラは、すぐに馬に乗れてたな。やっぱり運動神経がいいからな。」

「でしょでしょー!『世界最強の美少女剣士』の私に出来ない事なんてないもんねー! エッヘン!」

「でも、まだ、馬と仲良くなったとは言えないだろ? サラのあれは、運動神経と力で押さえ込んでただけだ。もっと馬と上手く付き合わないとダメだぞ。『シロ』に優しくしてやれよ。『シロ』のヤツ、メチャクチャなサラの相手をして、ヘトヘトになってたんだからな。明日も、チェレンチーさんの指導をちゃんと聞くんだぞ。」

「うっ!……むうぅ……分かったよー。」


 内戦の戦場である『月見の塔』を視察したのちに王城に戻ってきたティオは、自分の青鹿毛の馬を近衛騎士団の厩舎に置きにいった際に、サラの馬の様子も見ていた。

 サラが乗る事になった白馬の「シロ」と、ティオが使っている青鹿毛の「アオカゲ」は、どちらも良い馬だったが、非常に気性が荒く扱いが難しいので、二匹が心を全開にして懐いているティオ以外とても世話が出来ない状況だった。

 そのため、厩務員達の苦労を考えて、ティオは、二匹の管理は全て自分がすると宣言しており、今日の宵も二匹の馬房を掃除したり、餌を与えたり、ブラシを掛けたりと熱心に世話していた。

 ティオを乗せて『月見の塔』まで往復したアオカゲは、良い走り振りとタフさで期待通りだとティオは満足していた。

 アオカゲ自身も、久しぶりに存分に外を走って気持ちが良さそうだったし、ティオを乗せた事でどこか誇らしげでさえあった。

 傭兵団の作戦参謀としてあれこれと仕事の多いティオにとって、アオカゲは移動時間を短縮してくれるとてもありがたい乗り物であり、頼もしい相棒となったのだった。


 しかし、常識はまるでないが体力と運動神経だけは飛び抜けて優秀なサラの相手をしていたシロの方は、夕刻ティオがやって来た時には、しょぼくれたように馬房の中でうずくまっており、毛もボサボサだった。

 シロはティオの姿を見ると、パッと飛び起きて擦り寄ってきては、その後ティオが世話をする間中、「ヒヒン?」「ブルルゥ!」「ブフゥー!」と、何やらずっと文句を言っていた。

 さすがのティオも馬語は分からなかったが……

(あなたが乗ると思ったからついてきたのに、なんなの、あの失礼な小娘は? 話が違うじゃない!)

(もうお断りよ! 私にはあなたが乗ってちょうだいよ! 今すぐ待遇の改善を要求するわ!)

 とか、言っていそうだと、ぼんやり思った。

「いやー、ホントゴメンなぁ、シロ。でも、サラの相手はお前しか出来ないからさぁ。よろしく頼むよ。な!」

 と、ティオは、笑顔と巧みなブラッシングと良質な餌で、ひたすらシロをなだめすかす事になった。

 シロが不満タラタラだった件に関しては、サラが傷つく事を思って、何も言わずにおいたティオだった。


 サラのシロとティオのアオカゲ、そして、ボロツと重鎧隊の隊長が乗る事になった二匹の軍用馬は、実は王都の裏社会を仕切っている『紫の驢馬』の紹介で手に入った馬であり、(とてもドゥアルテ商会が持っていた馬とは思えない)とチェレンチーが疑っている様子だったが……

 その点も、ティオは、いつもの掴み所のない笑顔をニコニコ浮かべて、無言で誤魔化しきった。

 チェレンチーは空気の読める人間なので、ティオの態度から(触れてほしくない事なんだな)と察してくれたらしく、それ以上追求してくる事もなく、ティオは内心ホッと胸を撫で下ろしたのだった。


 

「そうだ、サラに渡す物があったんだった。」

「何?」

「ほら、これ。」


 ティオがそう言って、革のベルトに通して腰にズラリと提げている小袋やポシェット中の一つの小さな鞄からスッと取り出したのは、木で出来た半円形の櫛だった。

 ティオの腰に腕を回してへばりついていたサラも、ベッドの端にきちんと座り直して両手で受け取る。


「これって……」

「櫛だよ。サラ、持ってなかったみたいだからさ。」

「……クシ……」

「ああ。サラは毎日髪を編んでたけど、どうやってたんだ? 櫛がないと不便だろう?」

「あ……えっと、こうやってこうやって、指で梳かしてたよ。」

「そうか。」

「……え、ええと……貰っていいの? この、クシ? ティオ、私にくれるの? な、なんで?」

「前にサラが言ってただろ? 俺だけ城下町に行ってズルイって。まあ、俺は傭兵団の武具やら食料やら日用品やらを買い付けに行ってたんだけどな。でも、サラが、自分はずっとここで訓練してて街に行けなくてつまんないから、代わりに俺になんかお土産を買ってこいって言っただろ?」

「あ、えーと……そんな事、言った、かも?……ティオ、覚えててくれたんだ。」

「まあな。」

「……あ、ありがとう、ティオ。……」


 サラはティオから受け取った櫛を水を汲むように両手を揃えてその上に乗せて持ち、しばらくジイッと見つめていた。

 滑らかな白い頬がほんのりと色づき、形のいい小さな唇が、両端が持ち上がる形でキュッと結ばれる。

 大粒の水色の宝石のようなつぶらな瞳を縁取る長い金色の睫毛が、パチパチとせわしなく瞬いていた。

 サラは、改めてティオに視線を上げると、ニッコリと嬉しそうな笑顔を見せた。


「嬉しい! ホントにありがとう、ティオ!」


「なーんだ、ティオって、全然女の子の気持ちが分かんないヤツだと思ってたけど、こういう素敵なプレゼントも出来るんだねー!」


 「……」

 サラの一点の曇りもない花の咲いたような笑みを目の当たりにして、ティオは思わずグッと言葉に詰まっていた。

 ……そう、人身掌握や策謀に長けるティオだったが、実は、こと乙女心には疎かった。

 そんなティオが、サラが喜ぶようなサプライズプレゼントを贈れる筈もなかったのだ。

 今回ティオがサラに櫛を贈ったのは、ある人物達とのとあるやり取りがあったからだった。



「おい、ティオ、お前、サラになんかプレゼントしろよ。」

「あ、それはいいですね! ティオ君、是非そうしなよ。」


 賭博場『黄金の穴蔵』を出た後、夜が明けて王城の城門が開く時刻まで、下町の繁華街の外れにある酒場で時間を潰していた時、『黄金の穴蔵』に共に行っていたボロツとチェレンチーが、ティオにそう言ってきたのだった。

 この後、ボロツは勝利に酔って酒を飲み過ぎ潰れる事になるのだが、その前の出来事である。

 しかし、この時の二人の提案に、ティオはヤギのミルクの入ったジョッキを口に運びながら、うっすらと眉間にシワを寄せて、こう答えていた。


「はあ? なんで俺がサラにそんな事をしなきゃいけないんですか?」


「ティオ、お前なぁ!」と、ボロツは呆れと苛立ちで顔をしかめ……

「ティオ君……」と、チェレンチーはひたすら苦笑つつも「ティオ君らしいね」と小声で零していた。


「サラみたいな、あんな可愛い女と毎日一緒の部屋で暮らしてるんだろうが、ティオ、お前は! それは、もう、『ありがとう』だろう! 毎朝、起きたら同じ部屋にサラが居る、それだけで地にひれ伏して感謝しろってんだよ、テメェは! 当然、プレゼントもジャンジャン貢げ! 女ってのはなぁ、こっちの気持ちを言葉でハッキリ伝える事も大事だが、プレゼント、つまり物、金、そういう分かりやすい『形』で愛情を表現しねぇと、ダメな生き物なんだよ! 何も言わなくても、なんとなくこっちの態度で分かってくれてるだろう、なんて、そういう甘えは通じねぇぞ! 最大限気持ちを引き締めてかかれよ! 愛想尽かされるのなんて、一瞬だからな!……あ、ちなみに、プレゼントはマメに渡せよ。一回渡したらもうそれでいいなんて、生易しいもんじゃねぇぞ。なんでもいいから、こまめに渡せ。渡せるもんがあったら、すぐに渡せ。困った時は、最悪食いもんでもいいからよ。特にサラは食べる事が好きだからな、食いもんも悪くないだろうぜ。」

「やけに熱く語りますね、ボロツ副団長。それ、実体験なんですか? でも、副団長の経験則なんて、あんまり当てにならないような。」

「おい、ゴラ、ティオ! 俺様がせっかくお前の事を心配してアドバイスしてやってるっつーのに、なんつー言い草だ、この野郎!」

「と言うか、そもそも、俺がサラにプレゼントを渡す必要性なんて、全くないと思うんですけど。感謝? 感謝してほしいのは、こっちの方ですよ。ボロツ副団長は、サラの事を美少女という見た目だけでしか判断してないから分からないでしょうけど、アイツ、中身は全然美しくないですからね? 本性はただの野生動物ですからね? いや、物覚えがいいだけ、猿の方がよっぽどマシかも知れません。……サラのヤツ、脱いだ服は畳みもせずにその辺にほっぽり出すわ、使った毛布もグシャグシのままだわ、顔を洗った水をバシャバシャ床に零すわ。何度注意しても、ちっとも直らない! その後始末を毎日一体誰がしてると思ってるんですか? 俺ですよ、俺!……ったく、俺だって、好きでサラと同じ部屋で寝起きしてる訳じゃないってのに。ってか、俺は忙しいんですよ。正直忙し過ぎてちょいちょい飯も食えないぐらいなんですよ。なのに、その上、サラの身の回りの世話までしなきゃならないなんて! なんの罰ゲームですか、これ!……ともかく、俺は、サラに感謝されこそすれ、こっちが感謝してプレゼントを渡す理由なんて、全くないですね!」

「……お、お前もやけに語るじゃねぇか、ティオ。……愚痴か? いや、愚痴に見せかけた、ノロケか? ノロケなのか?……サラの身の回りの世話なんて、ただのご褒美じゃねぇか! 俺も、サラの脱いだばっかりの服に顔を埋めて、スーハースーハー胸いっぱい匂いを嗅いだ後、そっと綺麗に折り畳んでみてぇぞ、コラァ! サラのぬくもりの残った毛布をギュッと抱きしめたいし、サラが床に零した水を一滴残らず舐めとりたいぞ、ゴラアァ!」

「俺は、そんな変態行為はしてません! だらなしないサラの世話を仕方なくしてるだけです! ロリコンどMをこじらせた性犯罪者スレスレの副団長と一緒にしないで下さい!」

「んだと、ティオ、テメェ! 人が黙って聞いてりゃあ……」

「……ま、まあまあまあまあ! ボロツ副団長も、ティオ君も、落ち着いて!」


 ボロツがヒートアップして、ドオン! と手にしていたジョッキをテーブルに叩きつけたのを見て、慌ててチェレンチーが止めに入っていた。

 大きな物音と話し声に、店にチラホラ居た客が眉をしかめてこちらを見るのを、ペコペコ頭を下げて謝り、ボロツがテーブルに零したビールを濡れ布巾でせっせと拭いていた。


「まあ、ティオ君。サラ団長に感謝するかどうか、その必要性があるかないかは、とりあえず置いておいてもね……」


「プレゼントは、僕もいい案だと思うよ。」


「だって、今日、サラ団長に何も言わずに僕達三人だけで出掛けちゃった訳だからね。サラ団長を、繁華街のような場所に連れてこれないのは分かるけども。でも、今日の事は、サラ団長には絶対報告しなきゃいけない訳でしょう? 事後報告ってだけでも相当印象が悪いのに、サラ団長の事だから、『一人だけ仲間外れにされた!』って、怒りそうな気がするんだよね。だから……」


「プレゼントでもなんでもして、少しでも機嫌を取らないと。ね。」


 腰の低さといかにも人の良さそうな雰囲気ながらも、淡々と理詰めで語ってくる商人気質全開なチェレンチーを前に、さすがのティオも、「グウ……」と何も反論出来ずに、渋い顔で唇を噛みしめていた。


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