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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第四章 夢に浮かぶ鎖 <前編>何もない夢
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夢に浮かぶ鎖 #5


「……」

「……」


 しばらくの間、サラとティオの間に沈黙が流れた。

 ただ、人気のない訓練場に雨の降り注ぐ静かな音だけが、辺りに満ちていた。


 が、サラは、ポンと手を叩くと、クルッとティオに背中を向けた。


「さあ! 早く部屋の中に戻ろうーっと! 今日の晩ご飯は何かなー?」

「あー! ちょ、ちょっと待て、サラ! お前、俺の話、聞かなかった事にしようとしてないか?」


 慌てて呼び止めるティオにグルンと向き直ったサラは、ギッと歯をむき出しにして嫌悪感をあらわにした。


「あのねぇ!『俺、岩に残った記憶が読めるんだ。』なんて、そんなバカげた話、いくら私がバカだからって、信じる訳ないでしょ!」

「ああ、サラ、自分がバカだって自覚はあったんだな。……じゃなくって、俺が鉱石の記憶を読めるってのは本当だって!」


「……まあ、確かに、普通の人間には出来ない事かもしれないけど。」

「ほらぁ! 絶対おかしいもん! そんなの出来る人見た事ないもん!……ティオ、こんな事言うのもなんだけど……頭、大丈夫?」

「おい!」

「正直、アンタの事は、出会った時からちょっと、ううん、凄く変なヤツだと思ってたわよ。……でも! ここまで変だとは思わなかったぁ! 石の記憶がどうのこうのって……それ、絶対アンタの思い込みだから! ただの勘違い! そんな事、ある訳ないわよー!」

「だーかーらー! にわかには信じがたいのは分かるけどー、俺には本当にそういう能力があるんだってー!」


「いわゆる『異能力』って呼ばれてるヤツだよ!」


「はあぁ?『イノウリョク』って何よー? そんなの、私、聞いた事ないもんねー!……っていうか、石の記憶が読めるって、どんな能力よー!」


「なんだよ、さっきから人の事、頭のおかしい人間みたいに!」

「だって、そうとしか思えないじゃんー!」

「サラだって……」


「『異能力』の持ち主だろう?」


「……」

 サラは、ティオの言葉にポカンと口を開けたまま、しばらく停止していた。


 そして、一分以上経った後、もっと大きく口を開けて言った。


「……は?」



「……な、何言ってるのー、ティオー? 私が、そのなんちゃら能力の持ち主とかー、ある訳ないじゃーん! 私、岩の記憶とか読めないしー。全然普通の、ただの凄く可愛い女の子なだけだしー。」

「サラ。」


 ティオの話が全く理解出来ず、引きつった顔をしているサラに……

 ティオは、その辺に落ちていた、ちょうど手の平に乗る大きさの石ころを拾い上げて、ヒュッと投げてきた。

 サラは、パシッと受け取って、不思議そうな顔をする。


「何?」

「それ、力一杯握りしめてみろよ。」

「え?……い、いいけど。」


 サラは、少し戸惑ったものの、言われるままに手にした小石をグッと握りしめた。


 「力一杯」とティオには言われたが……

 その小石は、サラが全力をかけるまでもなく、白い華奢な手の中で粉々に砕けてしまった。

 更にもう少しググッと力を込めて、小さな塊が砂状になるまで潰すと、パッと手を開いた。

 少し前まで小石だったものは、今は砂となって、パラパラとサラの細い指の間から落ちていった。

 サラは、そんな様子をしばらくジッと見つめたのち、顔を上げてティオを見た。


「これがどうかしたのー? 別に普通の石だけどー? やっぱり私には、石の記憶とか、全然分かんないしー。」


「サラ、普通の人間は、そんなに簡単に石を砕いたりしない。」

「え?」


 ポカンとしているサラに、ティオはもう一度、噛んで含めるように繰り返した。


「サラは今、いとも簡単に手で石を砕いたよな? しかも、割ったんじゃなくって、細かい粒になるまで粉々にした。……そんな事をするのには、当然物凄い力が必要になる。」


「少なくとも、俺には絶対出来ないし……そうだな、サラの知ってる人間で一番力が強そうなボロツ副団長だって、必死に頑張ってもヒビを入れられるかどうかだろうな。」


「え、ええー!? う、嘘だぁー!」

「嘘じゃない。って言うか、お前、今までおかしいと全く思わなかったのかよ? まあ、サラなら、それもありうるか。……じゃあ、改めて良く考えてみろよ。お前の力の強さは、普通の人間と明らかに違うだろう?」

「そ、それはー……た、確かに私は、他の人に比べて、ちょと、ほんのちょっとだけ!……力は強いかなって思ってたよー。で、でもそれは、私が『強い人間だから』でー。ほら、私『世界最強の美少女剣士』だしー。」


「サラの怪力が普通の人間と違う所はそれだけじゃない。」


 ティオは自分の手を上げて、手の平をサラに向け、広げた指を指し示した。


「いいか、サラ。……大体、人間の力の強さは、筋肉の量と質に由来するんだ。サラだって、今までいろんな人間を見てきて、ボロツ副団長のように筋骨隆々とした体つきの人間の方が、大体力が強いって知ってるだろう?」


「でも、サラの体は、その法則から大きく外れてる。……自分の手をもう一度良く見てみろよ。どこに筋肉がある? そんな今にも折れそうなか弱い細い指で、どうやってあの石を粉々に出来るんだよ?」


「手だけじゃない。腕も、足も、体全体がそうだ。……小柄で、骨は細くて、筋肉なんてほとんどない。」


「そんな状態で、ボロツ副団長が重そうに持ち上げてる大剣を、まるで小枝で遊ぶように軽々と振り回したり……人の頭を超える程高く飛び上がったり……優れた瞬発力で矢のように素早く走り出して、その後ずっと走り続けても息一つ切らさない驚異的な持続力を発揮したり……」


「そんな事、普通は出来る筈がないんだよ。」


 ティオは、ようやく自分の異常さに気づき始めて、少し青ざめた顔をしているサラに、きっぱりと言い放った。


「サラ、お前の体は、はっきり言っておかしい。まったくもって普通じゃない。」



 サラは、うつむいて口元に手を当て、真剣な顔でしばらく考え込んでいた。


「……え? じゃ、じゃあ、みんながクルミの殻を、道具とか石とか使って割ってたのって……手で割れなかったからなの?」

「それ以外に理由ないだろ? 一体なんだと思ってたんだよ?」

「えっと、礼儀作法とか、風習とか?……だって、面倒くさいなぁと思って、私が親指と人差し指で挟んでパンパン割ってたら、みんなビックリしたような顔でこっち見るしー。」

「それは、お前の怪力に驚いてたんだよ!」


 サラは、またしばらく考え込んだのち、ハッとなって、ティオに詰め寄ってきた。


「で、でも! 私、今まで一度もおかしいなんて言われた事ないもん! そんな事私に言ったの、ティオが初めてだよ!」


「そ、そうだよ! ティオの感覚の方がおかしいんだよー! 私は全然おかしくないもん!『見た目によらず力が強いね。』って言われた事はあるけど、そのぐらいだもん!」


「それは……お前を怒らせるのが怖くて、誰も正直に言えなかっただけだと思うぜ。」


「そ、そんな事……」

「まあ、普通怖いよな。小柄な少女が、ガタイのいい大人の男を軽々と放り投げたりなんかしたらな。……実際、サラが魔獣を倒した山奥の村では、お前の事を怖がってすぐに村から追い出したんだろう?『あれは、少女の姿をした化け物だった。』とか、村人が言ってたって噂で聞いたぜ。」

「……うぐっ!……」


「サラ、もっと良く思い出せ。……今まで、周りの人間に怯えた目で見られた事、あるんだろう? 一度や二度じゃない筈だぜ?」

「……」


 ティオに改めてそう問われると、サラの脳裏に次々と怪しい場面の記憶が浮かんできた。


 凶悪な婦女暴行犯をコテンパンにのして、役人の所に引きずって連れて行った時、「ありがとう! 助かったよ!」と言っていたが、彼らの目は全く笑っていなかった。

 嵐の後、街道が崖崩れで埋まっていたので、辺りに転がっていた大きな岩を拳で砕いたり、ひょいひょいと取り除いて片づけたのだったが、周りで立ち往生していた筈の旅人達は、いつの間にかどこかに消えていた。

 若い女性がいかつい男数人に絡まれていた所に出くわし、男達を掴み上げて片っ端からそばの川にドボンドボン投げ捨てたら、なぜか女性が「キャアーッ!」と悲鳴をあげ、泣きながら逃げていってしまった。


(……そう言えば、三ヶ月前、私が山の中で目が覚めたばっかりの頃、初めて会った猟師のお爺さんが居たけど……)


 古びたペンダント以外何も持っていなかったサラが、一糸まとわぬ姿で巨大なクマと格闘し、そして程なくクマを圧倒して倒したのを目撃した猟師は、しばらく呆然と口を開けたまま突っ立っていた。

 その後、自分の山小屋にサラを招き、お下がりの服を与えたり、狩りについて教えたりと、麓の町で別れるまで、とても親切にしてくれた良い人だったが……

 その深いシワに埋もれた優しい瞳がサラを映す時……見てはいけないものを見ているかのような、戸惑い怯えている感情が、チラチラと見え隠れしていた。

 サラに「行く所がないなら、このまま一緒に狩りをして暮らそう。」と言ってくれはしたが、サラが首を振って「私はもっといろんな所に行ってみたい。」と断ると、どこかホッとしたようにそっと息を吐いていた。


(……ほ、本当は私だって、自分が怖がられてる事ぐらい、ちょっとは気づいてたよ。……で、でも! そんなの、信じたくなかったんだもん!……)


 どんなに肉体的に強くとも、驚異的な怪力の持ち主であろうとも……

 サラの心は、まだあどけなさの残る少女そのものだった。

 自己認識では「可憐で可愛い絶世の美少女」である自分が、他人に「化け物」呼ばわりされる程に怖がられる存在であるとは、思いたくなかったのだ。

 そんなサラの心理も、周りの人間の反応に対する認識にフィルターを掛けてしまっていた。


 しかし、今、ティオに現実を堂々と正面から突きつけられて、ようやく、サラも認めざるを得なくなっていた。

 自分の力が、普通の人間のそれとは大きくかけ離れた、異常とも言えるものである事を。


「……ヤダ……私、普通がいい……『イノウリョク』とか、そんな変なもの要らない!……」


 サラの、いつもはキラキラと元気一杯に輝いている明るい水色の瞳に、ジワリと涙が滲んでいた。



「サラ。濡れるから、もっとこっち。」


 ザアッと、またいっとき強い降りになったのを見てとって、ティオは少し離れていたサラを、再び木のそばに呼び寄せた。


「結構濡れちまったなぁ。ええっと……」

 木の幹に背中を預ける格好で雨を避けているサラをかばうように外側に立ち、ガサゴソと自分の色あせた長いマントの中を探る。


「俺、ハンカチとか、そういう上等なもの持ってないんだよなぁ。」

「ええ? そんなにゴチャゴチャいろいろ提げてるのに? アンタ、どっかのお金持ちのお坊ちゃんじゃなかったっけ?」

「お金持ち?……ああ、確かに、サラにはそんな話したっけなぁ。うーん。……」


 ティオは、コートの片側を肩にかけるように跳ね上げ、比翼仕立てになっている上着のボタンを外して、その中まで探り出した。



 ティオはいつも、引きずるような長さの、実際引きずられているせいで裾がボロボロになった、色あせた紺のマントを、体をすっぽり隠すように羽織っているため、その中がどうなっているのか見る機会は少なかった。

 思わずサラが注目していると、マントの下には、まず斜めに大きな布のカバンが掛かっていた。

 更に、腰には、ベルトに通したりくくりつけたりする格好で、ポーチやら小袋やらがいつくも提げられている。

 サラがボロツと傭兵団の団長の座を掛けて戦った際、ケガをしたボロツにティオが手際よく応急処置を施した事があったが、その時に使った、皮の水筒をはじめ、包帯、塗り薬等の入っているポーチもそこに並んでいた。


 マントの下には、ティオは黒い上着を着ていた。

 しっかりとした布地で、こちらも足首に届く程長い。

 高めの襟の首元に一つボタンが見えており、その他のボタンは比翼仕立てのため奥に隠れているようだった。

 その上着の首元をはだけると、下に襟つきの白いシャツを着ていた。

 こちらも、ザッと見た感じ、良い布を使ってきちんと本人の体に合わせて仕立てられたもののようだった。

 一番外に羽織っているマントのせいでボロ布をまとっているかのように見えるが、「どこぞの金持ちのボンボン」というのもうなずけるなかなか立派な服装だった。

 ただ(こんなに着込んで暑くないのかな?)と、ちょっと思ったサラだった。



「ほら。これしかないから、とりあえずこれで拭いとけよ。」


 ティオが渡してきたのは、美しい群青色をしたリボンだった。

 それは、白いシャツの首に結ばれていたのをシュルッと外したものだった。

 185cmを超える長身のティオの服としては、まるで少年のような可愛らしい装飾だったが、妙に似合ってもいた。


 ティオがサラの頰に近づけるように渡してきたので、受け取って、雨に濡れていた顔を少しぬぐってみたが……


「……いいの? 使っちゃって?」

「しょがないだろ。今俺が持ってる中で、一番綺麗な布はそれなんだから。……あ、でも、それ、大事なもんだから、後でちゃんと返せよ?」

「分かった。……ありがとう。」

「うん。」


「でも、ティオはいいの? 私なんかより濡れてない?」

「ああ、俺はいいんだよ。このぐらい濡れても、どうって事ないからな。」

「そ、そんな事言うなら、私だって、全然平気だしー。」

「いいから、サラは出来るだけ雨を避けて、体を冷やさないようにしてろって。……いくら怪力で剣の腕が強いって言っても、一応女の子なんだからな。」

「い、一応って何よ、一応って! 私は、どっからどう見ても、メチャクチャ可愛い女の子でしょー! 世界最強だけどねー!」

「ハハ。そうだな。」


 ティオは、サラのもたれている大樹の枝葉から溢れて零れてくる雨に濡れながら、穏やかに笑った。


(……そう言えば、ティオって、私の事、全然怖がらないなぁ。……)



 サラはフッと、ティオに初めて会った日の事を思い出していた。


『……ティオは、私の事、怖くないの?……』


 山奥の小村を襲っていた狼型の魔獣を倒したものの、村人に恐れられて早々に村を立ち去る事になったサラ。

 その上、助けた筈の村人達に「魔獣よりももっと恐ろしい、化け物のような少女だった!」などと噂されていた事を知って、ショックを受けた。

 その時、なんとなく発したサラの言葉に、ティオは、何も気負う事なく、さらりと答えた。


『別に。怖くないぜ。』


 どうやら、自分には普通の人間にはない強力な力があるという。

 そのおかげでここまで、過去の記憶をなくしたままでも、なんとか一人で生きてこれた。

 けれど、そのせいで、人から恐れられ疎まれもした。


 そんな自分に、ティオは、初めて会った時から、ごく普通に接してくれていた。

 いや、今も、一人のか弱い少女として扱ってくれている。


(……あ……ありがとう……)


 恥ずかしくて声には出せなかったが、サラはそんなティオの存在を、心の中でとても嬉しく感じていた。



「悪かったな。さっきは俺の言い方が良くなかった。」


 サラが少し落ち着いた様子を見てとって、ティオはゆっくりと息を吐くと、慎重に話し出した。


「今度はもっとちゃんと、『異能力』について説明するよ。」


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