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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十三章 野中の道 <第十節>秘密の盟約
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野中の道 #68


「今回の内戦が長引いている原因の一つは、かつての救国の英雄、バッゾー将軍が反乱軍側についた事です。」


 ティオは、やや雲行きの怪しくなってきた天候と同時に強く吹きつけはじめた風に、時折黒髪を乱されながらも、相変わらず冷静な口調で語った。


「『月見の塔』にほぼ立てこもっているとは言え、寄せ集めの反乱軍が、日常的に訓練を受けている正規兵で組織された国王軍とまともにやりあえている、という状況を作り出しているのは、かの『十年戦争』でナザール王国の勝利に最も貢献した武勇の誉れ高いバッゾー将軍が反乱軍に味方した事が大きいと思います。」


「第二王子には、戦の経験どころか知識もほぼ皆無でしょう。『導きの賢者』も、その文官らしき体格から言って、武の道に明るいとは思えません。その事から、実質的に戦において反乱軍の指揮を執っているのは、バッゾー将軍だと考えられます。」


「もちろんご老人もご存知の事かと思いますが、バッゾー将軍は、四十年前の『十年戦争』でこのナザール王国を勝利に導いた立役者であり、一騎当千のつわものです。さすがに、寄る年波には勝てず、御歳七十近い老体となった今は、全盛期の勢いは衰えているでしょうが、それでも、反乱軍に加わるまでは、未だ北部の国境地帯で他国に睨みを利かせていた現役の戦士です。そんなバッゾー将軍と、その部下である国境の砦詰めの兵士達が反乱軍にくみした事で、当初あっさり終わると考えられていた『月見の塔』の攻略は、思いがけず長引く結果となりました。」


「バッゾー将軍自身が恐ろしく強いと言うだけでなく、国境という緊張感のある場所で将軍に日々厳しく鍛えられていた兵士達の強靭さは、おそらくナザール王国一でしょう。王城でも、近衛騎士団をはじめとして国王軍の兵士の訓練は行われていますが、やはり、四十年余の太平が満ちる王都の空気の中では、兵士達の意識は低下し、訓練も形式的なものになってしまっています。戦術も、実戦での強さも、精神的な面でも、バッゾー将軍配下の精鋭達には到底及びません。しかし、国境の砦に常駐していた兵士の全てがバッゾー将軍について反乱軍に加わった訳ではないのは、こちらにとって不幸中の幸いでした。せいぜい五百人程度。数の上だけなら、国王軍はその三倍はゆうに居ます。しかし、数で上回っているとは言え、戦慣れしたバッゾー将軍の指揮の下、鍛えられた兵士達が堅固な古代文明の遺跡に立てこもってしまっていては、国王軍が攻めあぐねるのも仕方のない状況だと思います。……まあ、その辺は、戦場で考えるべき問題として……」


「問題は、『なぜバッゾー将軍が反乱軍側についたのか?』という事でしょうね。」


 細かい傷がついて白くくすんだ状態になっている分厚い眼鏡のレンズの奥で、ティオの深い緑色の瞳は、その感情が読めない程に静かだった。


「バッゾー将軍が第二王子と親交があったという話は全く聞きません。『十年戦争』が終わってこのナザール王国に平和が訪れてからも、バッゾー将軍は旧敵国らを北に押し込めた国境地帯の砦を時折視察していたようですが、特にこの二十年程はほとんど砦に行っていて、王都には重要な式典の時に戻ってくる程度だったと聞きます。まさに軍人の中の軍人といった性格と生き様の、とても武骨な人物のようですね。対する第二王子は、先に言った通り、非常に内向的でほとんど王城の片隅にある自分の部屋に閉じこもって過ごしていました。俺も手を尽くして調べましたが、正反対の性質を持つ二人の接点がどうにも見つかりませでした。」


「そんな、ほとんど話した事もなく、助ける義理もない第二王子の反乱軍の蜂起に、なぜバッゾー将軍が味方として参戦したのか?」


 『紫の驢馬』はティオの問題提起に対して、真剣な表情で答えた。


「なるほど。バッゾー将軍を口説き落としたのは、『導きの賢者』なのではないかと、ティオ殿は考えているのですね?」


 ティオは、コクリとうなずいて続けた。


「『導きの賢者』がバッゾー将軍とどんなふうに接触したのかは分かっていません。半年以上前の事だというのもありますが、北部の国境地帯は王都から馬車で一週間はかかる場所です。さすがに俺が傭兵団の作戦参謀となってから情報を収集するのは、物理的に無理でした。」


「しかし、どう考えても、あの第二王子ではバッゾー将軍を説得するのは難しいでしょう。誰か他の人間が二人の間を取り持ったと考えるのが妥当です。そして、その候補として上がるのは、第二王子周りの少ない交友関係では『導きの賢者』以外考えられません。」


「かつての救国の英雄が、『導きの賢者』のようなどこの誰とも知れない怪しい人物をなぜここまで信じてしまったのか? その理由は俺にも分かりません。バッゾー将軍は、かの『十年戦争』以降、国王の信頼も厚く、王都をはじめ国内の多くの人々に英雄として讃えられてきました。さすがに、先の戦争から四十年余の月日が流れ、当時のような熱狂的な信仰は薄れていますが、それでも、この国にこの人ありと言われる偉大な人物です。『十年戦争』の一番の功労者として爵位と褒賞金を賜って、王都に屋敷を構え、美しい妻と子供達に囲まれて、人も羨む豊かな暮らしぶりだったようですね。今では孫も何人も成人して立派に王城に務めているとか。社会的にも私生活でも、成功者として申し分のない幸福な生活を送っていたように思えるのですが。」


「そんなバッゾー将軍ですが、この二十年程はほとんど北の国境地帯の砦に行ったままで王都に帰ってきていないというのは、少し気になる所ですね。今の国王は『十年戦争』当時の国王からは代替わりしていますが、それでもバッゾー将軍に対しては最上級の敬意をもって接していたようですし、関係は良好だったように聞いています。とても、第二王子にくみして反乱軍の主戦力となり、国王に敵対する程の不満があったようには思えません。……まあ、人の心の中は分かりませんからね。親しい友人にも家族にも言えないわだかまりが何かあったのかも知れません。そこを、第二王子のように『導きの賢者』につけ込まれた可能性はあります。……とは言え、今回の戦においてはあまり重要な事ではないので、俺はこれ以上バッゾー将軍の内心を追求するつもりはありません。」


「傭兵団の作戦参謀たる俺が考えるべきは、戦場でいかにあの猛将とその配下の精鋭を押さえ込むかという実践的な事でしょうからね。」

 と、ティオは「やれやれ大変だ」といった様子で、肩を竦めて話を終えた。



『紫の驢馬』は、深刻な表情でゆっくりと息を吐きながらカップに手を伸ばし、気持ちを落ち着かせるように一口二口茶を飲み込んだ。


「……ティオ殿の話を聞けば聞く程、私にも、今回の内戦の首謀者は『導きの賢者』に思えてきました。」

「あくまで俺の推論です。今回の内戦についていろんな人間に話を聞いてきましたが、他に俺のような考えの人間は居ませんでした。」

「い、いや……おそらく、ティオ殿の読みは正しいでしょう。」


「……私は、この都に住みながら、ティオ殿に指摘されるまで、『導きの賢者』が第二王子を操っている可能性に全く気がつきませんでした。時世や人を見る目はあるつもりでしたが、お恥ずかしい限りです。少々自己嫌悪に陥りそうです。」

「いや、ご老人は、今までずっとこの王都の社会の均衡を保つため、『表の事は表の人間がすべきであり、裏社会の人間は出来る限り表の出来事には関わらない』という理念で動かれていたのですよね? だから、今回の内戦が始まった時も、一通り話を聞いたのみで、少し引っ掛かり感じる部分があっても、特に積極的に調べる事はしなかったのではないですか?……一方、俺は、傭兵団の作戦参謀という立場ですから、敵の事は出来る限り、それこそこの王都に散らばっていた情報を根こそぎさらう勢いで情報収集に励みました。ただその違いですよ。ご老人の目が曇っていたという訳では、決してありませんよ。」


 『紫の驢馬』は、穏やかな笑みで十八歳の青年らしからぬ気遣いの言葉を送ってくるティオに、麻の帽子を直すていでつばに手を掛け顔を隠しては、そっと苦笑いを浮かべた。


「……しかし、『導きの賢者』が今回の内戦の真の首謀者とは……これは、厄介な状況になりましたな。……」


「いや、しかし、この状況で万が一にも反乱軍に勝ち目はありますまいよ。いかな老英雄をもってしても、ひたすら篭城を決め込むばかりで、そろそろ持ち込んだ備蓄も尽きかけているというこの期の及んで、まさか形勢が逆転するとも思えません。『導きの賢者』が、ティオ殿の言うように、この国を乗っ取る事を最終的な目的としているのなら、この内戦には絶対に勝たねばならない筈ですよね? そして、国王をはじめとして、現在この国の政治を動かしている王族や貴族達をことごとく排斥し、第二王子を新しい国王に据える。その後、第二王子を傀儡として、裏で自分が国の政治を好きに動かせるような新体制を築く、と。……ところが、反乱軍の奴らは、ただただ『月見の塔』に閉じこもるばかりで、積極的にこの内戦での勝利をもぎ取ろうという意欲がまるで見えません。『月見の塔』は、現代より遥かに文明の発達していたという古代文明の遺跡とあって、篭城にはもってこいの堅固さのため、難攻不落を誇っているようですが、こんな消極的なやり方では、とても国王の喉元に刃が届くとは思えませんな。」


「それに、こうしてティオ殿も、傭兵団とはいえ国王軍側の立場で動いている訳ですから、天地が引っ繰り返っても、反乱軍側に勝ち目はないと予想しておりますよ。……もちろん、ティオ殿も、傭兵団のついている国王軍の勝利を確信しているのでしょう?」

「……」

「……ティオ殿?」


 『紫の驢馬』は、予想外にティオが即答しなかった事で、目をしかめて彼の表情を探るように見つめたが……

 ティオは、すぐにフッと、いつものような飄々とした雰囲気で微笑んだ。

 会話の内容は緊張をはらんでいるのだが、ティオの口調も態度も、まるで今日の天気の事でも話すように軽やかだった。


「当然、俺は傭兵団を勝利に導くつもりでいます。」


「大言壮語に感じられるかも知れませんが、俺にはそれが可能だという自信があります。また、その自信を裏づけるだけの策も考えています。」


「先程もお話ししましたが……俺が今傭兵団で、名ばかりの役職ではありますが、作戦参謀を自称しているのは、この内戦で傭兵団を勝利させ、内戦を終結させる、という誓約をある人物と交わしているためです。今俺は、その約束を果たすために動いています。俺の持てる力を尽くして、その誓いに殉ずると心を決めています。」


「……まあ、正直な話をすると、俺が重視しているのは、『戦において傭兵団に勝利させ、団員達の犠牲を最小限にする』という部分なんですけれどもね。要するに、俺としては、結果的に国王軍が勝利しなくとも問題はないんですよ。俺が交わした約束は『内戦を終わらせる』ですからね。別に、国王軍を勝たせなくてもいいんですよね。最悪、国王軍が負けたとしても、内戦は終わる訳ですからね。」


 そんなどこか他人事のようなティオの冷めた口振りに、『紫の驢馬』が驚いて目を見張る一方で、ティオはおどけるように肩を竦めて、悪びれた様子もなく言った。


「俺もはじめ、今回のナザール王国の内戦には、ご老人のようにあまり興味がなかったんですよ。」


「ああ、『月見の塔』に関しては、現在もほぼ無傷で残存する貴重な古代文明の遺跡なので、かねてより一度内部までじっくり見てみたいと考えていて、そのために、不毛な内戦は早く終えてほしいと思っていました。まったく、反乱軍のヤツらも、あんな重要な世界遺産に篭城するなんて、いい迷惑ですよ。」


「フフ、俺、何か変な事を言っていますか? だって、俺は、たまたまこの国にやって来ただけの、完全なよそ者ですよ? 国王軍が勝とうが、反乱軍が勝とうが、興味なんて更々ないのが普通でしょう? ああ、そういう意味では、俺はご老人とは異なりますね。ご老人は、この内戦に不干渉を貫いているとは言え、ナザール王国の王都に根を下ろして長く人生を送ってきた訳ですから、この国の行く末には少なからず関心がある事でしょう。むしろ、この街とその下町に暮らす人々にひとかたならないと愛着を持っていて、この国の未来に暗雲が立ちこめるような事態は望ましくないと考えておられる。……裏社会の人間という立場から、戦に介入する気はない。しかし、どちらの陣営が勝つかは気に掛けていて、良くない結果を迎える事を案じている。……でも、俺は違う。俺にとって、この国はなん思い入れもない、たまたま立ち寄っただけの、通り過ぎたらすぐ忘れてしまう、そんな場所です。だから、国王軍と反乱軍、どちらに軍配が上がろうと、その後この国が荒れ果てようと、興味は全くない。……そもそも、国なんてものは、人類の歴史が始まって以来、無数に興っては滅び興っては滅びしている訳ですから、このナザール王国も、そんな生まれては消えるのが必定の泡の一つという感慨しかありません。」

「……ティオ殿……」

「おっと、失礼。口が過ぎました。この王都の裏側半分はあなたの庭でもある。俺の物言いをご老人が不快に思われたのなら謝罪します。」

「……い、いえ。異邦人であるティオ殿にとっては、それが正直な心境でしょう。」

「安心して下さい、ご老人。」


「俺は、確かに、『はじめは』内戦の結果に興味はありませんでした。たとえこの国がこの先滅んだとしても、どうでも良かった。」


「でも、今は違います。」


「俺は、傭兵団を戦で勝たせ、団員達を守るだけでなく……国王軍を勝利させるために、精一杯尽力するつもりでいます。浅学非才の不肖の身ではありますが。」


 ティオは、ニッコリと微笑んだ。

 『紫の驢馬』との会話は、戦争や国の興亡といった重い内容であったが、対照的に緊張感のない明るい笑みを浮かべるティオは、少々軽薄なきらいはあれど、一貫して爽やかな好青年然とした雰囲気を漂わせていた。

 その掴み所がない程に飄々とした若く自由な姿は、『紫の驢馬』には酷くまばゆく感じられ、思わず細めた老人の目をしばし焼いた。


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