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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十三章 野中の道 <第十節>秘密の盟約
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野中の道 #67


「なるほど……『導きの賢者』は『野心家』……ですか。」


 ティオは『紫の驢馬』から聞いた『導きの賢者』の印象と人物評を自分の中で整理するように、目を伏せ軽く握った手を口元に当ててゆっくりと繰り返した。


「……『導きの賢者』の原動力となっているものは、現状への不満。……」


「……それは、自身が『多くの人々とは違う特別に優れた人間である』『選ばれた人間である』という過剰な自信、エリーティシズムから来ている。おそらく彼は、今現在、自分の持てる高い能力が世間に正当に評価されていないという不満をかかえている。あるいは過去長きに渡って、不遇な扱いを受けてきた。もちろんそれは、彼の勝手な思い込みで、実際どうであったのかは不明である。……」


「……高いプライドと、その裏返しの強いコンプレックスを常に心にいだいており、自分を賛美しない他者への排他的な攻撃性を持つ。自己顕示のための自己演出が巧みで、人身掌握にたけている。あながち全くの無能者という訳ではなく、むしろ能力はかなり高く、彼の自信に満ちた堂々たる態度は、見た者を引きつけるカリスマ性を有している。しかし、内心では他人を見下したり、自分の欲望のために他人を容赦なく犠牲にする倫理観の欠如が見受けられる。……」


「……そして、『導きの賢者』は、今現在、このナザール王国において、自身の不遇な状況を改善しようと動いている。自分がもっと評価され、称賛される環境を得るのが、彼の真の目的である。……その手段としてナザール王家に取り入ろうとしており、反乱軍を率いる第二王子に同行して『月見の塔』に立てこもっている。第二王子を説得し、降伏させる事を手柄として、国王に自分の価値を示す腹積もりだ。……」


 ティオは、パッと伏せていた目を上げて、白いクロスの敷かれたテーブルの向かいに座った質素な身なりの小柄な老人、『紫の驢馬』を見つめた。

 伸ばしっぱなしの黒髪がバサバサと目元に掛かっている上に、細かい傷で白く曇った分厚い眼鏡のレンズ越しではあったが、ティオのその独特な深い緑色の瞳は、少年のごとくに真っ直ぐだった。

 そこには、微塵も恐れは感じられない。

 しかしそれは、無知故の蛮勇ではなかった。

 むしろ、その真逆の、全てを見通し悟っているからこその、泰然とした余裕であるのだが……

 普通は堂々たる貫録として表れるものが、ティオの場合、どこまでも軽やかで飄々とした印象だった。

 若干十八歳というティオの年齢を考えれば納得のいく所ではあるものの、おそらくそれだけではなく、元々の彼の持っている気質によるものが大きいのだろうと『紫の驢馬』は考えていた。


「……と言うのが、ご老人が『導きの賢者』についての考察ですね?」

「ええ、その通りです。……どうですかな? この老いぼれの目は、ティオ殿のお役に立てましたかな?」

「とても参考になりました。……老いぼれだなんて、とんでもない。あなたの眼力による観察は、俺にとって非常に価値のある情報です。」


「おかげで、確信が持てました。」


 ティオは満足げな微笑をたたえて、スッと目の前に置かれていたカップの取っ手を指で摘んで持ち上げた。

 逆に、『紫の驢馬』はティオの考えが読めず、不思議そうに老いた目をしかめる。


「……確信、ですか?」

「ええ。……俺も独自に『導きの賢者』については調査していましたが、その結果想像していたヤツの人物像は、ご老人とほぼ同じだったのです。でも、俺と同様な感想を持つ人間が居なかったので、見立て違いがあったらと少し心配していました。しかし、ご老人がそう言うのなら、間違いないでしょう。」


「やはり、国王軍側の傭兵団の作戦参謀である俺の最終目的は、『導きの賢者』を捕らえる事になりそうです。」


 淡々と発せられたティオの衝撃的な言葉に思わず「……え?」と『紫の驢馬』は目を見開き、対照的にティオはニコッとイタズラ好きな子供のような笑顔を返した。


「ああ、俺の『導きの賢者』に対する人物評自体は、ご老人とほぼ同じなのですが……今、ヤツがやろうとしている事への推察はちょっと違うんですよ。ヤツの行動の根っこにある願望は、『自分の能力を広く人々に知らしめ、あがめ奉られる事』で間違いないと俺も思っています。しかし、俺がヤツの情報から予測した、その『手段』は、もっと邪悪で暴力的なものです。」


「つまり、今回の内戦の真の首謀者は『導きの賢者』であり、ヤツの本当のねらいは、この国の乗っ取りだと考えています。」


「前提として、まずこの内戦に勝利する事が、絶対必要条件ですがね。その上で、現在この国の頂点で政治を動かしている国王をはじめとした王家の人々を全て排除する。その後、第二王子を形式的に国王に据えての、傀儡政治を行おうとしているのだと推理しています。」


「第二王子がどこまで『導きの賢者』の野心に気づいているのかは分かりませんが、まあ、実際第二王子が国王になった所で、今まで周りで補佐してくれていた身内や重臣がことごとく刷新されていたら、彼の器ではとても一人で政は出来ないでしょうからね。そばに居る『導きの賢者』に助けを求めて、自然と彼の言いなりになるのが目に見えています。元々小心で優柔不断な第二王子なら、『導きの賢者』にとっては、自分の言う通りに動く操り人形として最適でしょう。」


「『導きの賢者』に、この国を乗っ取った後どんな構想があるのかは、俺にも想像がつきません。……ナザール王国は、世界的に見れば、辺境の小国でしかない。農業と畜産が盛んで平和で穏やかだが、文化的にはあまり発達しておらず、世界における、いや、中央大陸だけで考えても、政治的影響力はほぼ皆無。……果たして、『野心家』で『自己顕示欲』の強い『導きの賢者』が、この国を手中に収めるだけで満足出来るとは、俺は正直思いません。この国を足掛かりに、アベラルド皇国並の軍事強国を目指し次々と他国を侵略していこう、などという野望を描いている可能性もありますね。それが実際に実現可能かはともかくとして。」


 立板に水でティオが語った内容を、『紫の驢馬』は、しばらく信じられないといったように呆然と聞いていたが……

 その頭の回転の速さから、すぐに、質素な麻の帽子のつばの影になっている目をしかめて考えはじめている様子だった。


「……あの男が、今回の内戦の首謀者? 実際に反乱軍の指揮を執っているのは、第二王子ではなく、彼奴だと?」

「あくまでも推論ですが、今回の内戦に関して集めた様々な情報から導き出した俺の答えはそうですね。」


「まず、ご老人も違和感を感じていたようですが、第二王子は、現在の国王に輪をかけたような凡庸な人物です。……小心で、事なかれ主義で、怠惰な性格だ。権力欲や野心はない人間ではあったものの、彼はそもそも、自分の人生や周囲の人間への興味関心が薄く、何をやるにも向上心や意欲が見られなかった。厭世的と言うより、いっそ無気力と言った方がいい程だった。当然、政治にも関わりたがらず、今まで父王の政治の補佐は王太子である兄の第一王子にずっと任せきりで、国の威信を示すべき国王が主催する国の年中行事の式典さえも、ほとんど姿を見せなかった。プライベートにおいても、非社交的で、内向的で、引きこもりがち。親しい友人はおらず、臣下との交流もほぼなく、妻や娘達と食事をするぐらいで、後は自分の部屋に閉じこもって趣味の鳥の羽集めに没頭していた。……そんなふうに聞いています。」


「こんな人物が、ある時期を境にして突然人が変わったように、『この国は今のままでは早晩滅んでしまう! この私が国王になって改革すべきだ!』などと大それた事を言い出すのは、あまりにも不自然です。」


「そもそも、そんな彼が打倒現政権を掲げて蜂起したとして、ついていく者が居るでしょうか? 臣下も民衆も、彼の主義主張どころか、彼の存在自体忘れていたようですよ。実際、王都で王家の人々の印象を聞いて回っていた時、『ベーン・ナザール』という第二王子の名前を正確に言えた者は一割にも満たなかったです。あまりに印象が薄くて、顔もろくに覚えていない人間が大半でした。……まあ、現国王バーン、第一王子ボーンも、皆薄い顔立ちと人柄で、名前共々ほとんど人々の印象に残っていなかったんですけれどもね。民衆は、国が平和である程満足のいく生活が出来てさえいれば、政治にも執政者にもあまり興味を持たないものですから、その状況も至極当然と言えますが。内戦が起こるまでのこの国は、長く平穏そのものでしたしね。」


 『紫の驢馬』は、話を聞く内にティオの言わんとする事を理解してきたようで、深刻な表情で問うた。


「……では、この内戦は、はじめから『導きの賢者』が仕組んだものだったと? 第二王子は、奴に利用されただけ。つまり、奴に操られていると?」

「洗脳と言っていいのかは分かりません。『導きの賢者』に対する第二王子の信頼がどこまで深いかは計りかねますが、奴にそそのかされて反乱軍を立ち上げる程度には、言いなりになっていると推察されます。」


「思い返してみて下さい。そもそも、第二王子が急に性格が変わったように積極的に政治に口を出すようになったのは、『導きの賢者』と出会ってからの事でした。」


「先程ご老人も話していましたが、『導きの賢者』は、このナザール王都にやって来ると、しばらく街頭で従者を引き連れて演説をしていました。そこで、光の女神教の教義に似た道徳観を説いて民衆の好感度を高め、また『未来予知』が出来るとして注目を浴びました。その結果、長い平穏で危機感が薄れ退屈していた国王や王族、高官の貴族達が興味を示し、奴を王城に呼ぶ事になった訳です。……しかし、王城で繰り広げられた『導きの賢者』の説法は、ご老人も知っての通り、あまり受けが良くなかったようですね。ところが、唯一第二王子だけは、奴の話に真剣に耳を傾けていたと聞きます。そこから、第二王子と『導きの賢者』の交流が始まり、王子は頻繁に個人的に奴を王城に招いては、熱心に会話を交わしていました。はじめの頃は、『導きの賢者』に触発され、政治に意欲を示すようになった第二王子に、父王や兄王子をはじめ、周囲の人々は喜んでいたようですね。しかし、次第に第二王子は立場を超えて激しく意見してくるようになり、その主張も『この国には抜本的な改革が必要だ! さもなくば、近々国は滅んでしまう!』という過激なものになっていきました。そして、国王らが、そんな彼を持てあますようになった頃、第二王子は、自分に賛同する者達を連れて反乱軍を率い、王都郊外の『月見の塔』に立てこもってしまった。こうして内戦が始まった訳です。そして、今現在も第二王子は、反乱軍と共に立てこもった『月見の塔』の内から、この国の政治改革を訴え、『今国政に関わっている王族や貴族高官をことごとく追放し、自分が王位に就く』事を要求しています。」

「……つまり、第二王子は『導きの賢者』と交流を重ね、奴と話し込む内に、次第に奴の考えに感化されていったのではないか、と。そして、遂には反乱を起こすに至ってしまった、と言う訳ですか。」

「俺はそう考えています。」


「もちろん、『導きの賢者』が言葉巧みにそそのかした所で、耳を傾けない者の方が多い事でしょう。奴の考えに賛同し内戦まで始めるには、第二王子自身にも、奴の言葉の同調する要因があったと思われます。……例えば、王家における自身の立ち位置や扱いとか。元々、王太子である兄の第一王子と弟の第二王子は、歳もほとんど変わらず、能力的にも大差がなかった。しかし、年功序列の伝統により王太子となったのは兄である第一王子で、第二王子は兄に何かあった時の保険のような存在だった。そのため、国王をはじめとした周囲の者達の第二王子への扱いは、王太子である第一王子へのものとは自然と異なっていた事でしょう。それを見て、『父王や周りの臣下達に大事にされている兄と比べて、自分はないがしろにされている』という不満をずっと心の内にかかえてきたのかも知れません。まあ、第二王子の大人しい内向的な性格から言って、その不満を口にする事も態度に出す事もなかったのではないかと思いますが。」

「『導きの賢者』は、第二王子の疎外感や心の奥にかかえた『自分は不遇である』という感情に敏感に気づいて、そこに訴えかけたという訳ですか。そして、『あなたこそがこの国の王に相応しい』と囁き、第二王子の秘めた欲望を呼び起こした。言わば思考的劇薬を盛ったのですな。奴自身が、常に『自分の能力は正当に評価されていない』と世間に不満を持っていたからこそ、同様に第二王子の陰った思考に気づく事が出来たのやも知れませんな。また、だからこそ、上手い具合に王子に同調し、刺激し、信頼を得ていく事も出来た。」

「ええ、おそらくそんな所ではないかと。」


 ティオは『紫の驢馬』の言葉に力強くうなずいた。


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