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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十三章 野中の道 <第九節>最後の茶会
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野中の道 #65


『……』

『……』


 ティオの答えを受け、エリオットとジャックはしばらく真顔で沈黙していた。

 が、やがて、どちらからともなく目を見合わすと……

 同時にニカッと笑う。

 ジャックは満足げに腕組みをし、エリオットはビシッとティオを指差して高らかに宣言した。


『ハイ、ジェード君、大ー正ー解ー! 素晴らしい!』

『見事な模範解答だな、ジェード。』


 そんな二人の反応に、ティオは口に含んでいた茶を半ば零しそうな勢いで硬直していた。

 「え?」と「ゲ!」が混じり合った声を漏らすと、なんとも言えない嫌そうな表情を浮かべ、しかめた目でエリオットとジャックの二人を見つめる。


『……は? 今の話のどこが素晴らしいんですか?』


『俺、結構辛辣な事言いましたよね? 特に「本当は、この国の力もこの国の人間の力も、大した事ない」なんて辺りは、選民意識の強いこの国の人間なら嫌がりそうな内容だったと思いますけど?』


『そもそも「この国の力を世界に広めるべきでは?」って、聞かれて「反対です」「駄目だと思います」って、真っ向から否定したんですよ?』


 いぶかしげ、と言うよりはもはや不快そうな様子で尋ねるティオの前で、エリオットは優雅に茶の香りを楽しんだ後、一口飲んでから答えた。


『うん。だから、それが「正解」なんだって。』


『試験後の食事会で……まあ、正確にはその食事会がこの試験の本番なんだが……参加しているお偉いさんに乗せられて「その通りですね! 自分も前からずっとそう思ってました!」なんて、ただただ迎合するのは、まずダメ。一発アウトで、試験に落とされる。』


『じゃあ、「こんなふうにしたら、もっともっとこの国の力を世界に広める事が出来ますよ!」って感じで、ここぞとばかりに意欲的かつ革新的に自分の意見を披露したらいいのかって言うと、それもまた違う。』


『そもそも……「長く鎖国を続けてきた現状を打破して、広く他国と交流するべきでは?」……というこの質問、この試験の後の食事会では必ず聞かれる問題だって最初に言っただろ? つまり、それだけこの国にとって重要な内容って事だ。』


『この質問に「はい」と賛同した人間は、必ず落とされる事が決まっているんだよ。』


 エリオットの言葉を聞いたティオは、納得はしたものの、相変わらずの仏頂面でハーッと長い溜め息を吐いていた。


『……要するに、「踏み絵」だった訳ですね。』


『はじめからこの国は、現行体制を変える気は更々ない。つまり「鎖国」を解く気はない。』


『そこで、わざと「開国」に意欲的な態度を臭わせる発言をして試験者を誘い、それに乗って「開国」に賛成した者は、この国の絶対不可侵な方針に逆らう望ましくない思想の持ち主として、排除する。』


『それ以外にも、他者に迎合するだけで自分の考えを持たない意志薄弱な者も失格になる。逆に、自信過剰だったり自己顕示欲が強かったりと、自分の意見を得々と披露するような者も不適格。』


 そんなティオのぶっきらぼうながらも的確な言葉に、エリオットは、手に持っていたティーカップを掲げて称賛の意を示すと共に、会心の笑みを浮かべた。


『さすがは、ジェード、話が早いねぇ。』


『この試験は、今までの昇級試験とは根本的に性質が違う。技術も知識も能力も、この国でトップレベルに優れているのは当然で、その上に、この国の最高権力者として国民を導く執政者の資質が問われている訳だ。』


『だから、頭が良くなくっちゃいけない。ああ、頭がいいってのは、座学で満点取るとか、そういうんじゃないのは言うまでもないよな?』


『ジェードが言ったように、自分自身で考えられない、はっきりとした自分の意見を持たない人間はまずダメだ。かと言って、自分の考えに凝り固まって周りが見えていなかったり、自分の考えが必ず正しいと思い込んでいるような自信過剰で盲信的な人間もダメだ。』


『特に、自己顕示欲や功名心が強いタイプ……「とにかく自分の偉業を後世に残したい」「自分はもっともっと多くの人間に褒め称えられるべきだ」みたいな人間は、絶対落とさなきゃならない。そういう人間は、口先ではいろいろ綺麗事を言うが、結局の所、この国やこの国の国民の事は二の次という思考の持ち主だからな。本質的には「自分が! 自分が! 自分が!」って感じの奴だ。』


『まあ、人間、自分が一番可愛いくて、他人よりも自分が大事だってのは、ごく普通の事だ。生きていく上で、自分の事は自分で守らなきゃならないからな。自己保全、自己防衛本能は無いといけない。……だが、過剰に自己愛が強くて、自分のためなら、あるいは自分の目的のためなら、他人を犠牲にしても構わない、という発想にまで至ると、周囲にいろいろとトラブルを撒き散らすようになる。中でも、「自分は特別な存在だ」「選ばれた優秀な人間だ」とか思い込んでる奴は、特に注意が必要だ。その認識から発展して「自分より劣った存在である他人には、何をしてもいい」という行動原理を持ってしまうと、人々に害を及ぼす危険人物となる。』


『そういう、野心が強く、倫理観の欠如や選民意識から他者への思いやりの気持ちを失っている人間を国のトップに据えると、自己の利益のために権力を振るって国家をメチャクチャにしかねない。だから、必ず、そういう本性の持ち主は、試験に落とす。絶対に、その手のタイプの人間には、権力を握らせる訳にはいかない。』


『それが、「洞察」の異能力を持つ俺と、「真偽」の異能力を持つジャックの仕事って訳だ。』


『人は、自分の本心を隠して嘘をつく事がままあるからな。しかし、俺とジャックにかかれば、嘘も見破れるし、その人間の本質も浮き彫りにする事が出来る。だから、俺達二人は、準一級の身でありながら、毎回この試験の食事会に特別参加してるって訳だ。一応、普段から特に親しくさせてもらっているラウム様に呼ばれてるって形になってるが、本当は、あの食事会に参加しているお偉いさん達全員の意向なんだよ。』


 エリオットはチラとジャックに視線を投げ、ジャックは黙ったまま同意するようにうなずいてみせた。


『そして、「鎖国を続け、他国には可能な限り関わらない」というのは、この国が建国した時からの絶対的な政治方針だ。余程の事が無い限り、この方針が覆る事はない。だから、この方針に反対の意見を持つ者、あるいは現在の鎖国政策に潜在的に不満をかかえている者、これらの人間は、不穏分子であり、執政者の資格なしと見なされて、失格となる。』


 エリオットは、一旦右手のカップを左手のソーサーに戻しテーブルに置くと、指を組んだ腕を頭の上に「うーん」と伸ばし、問答が長くなってきた事で固まっていた身体をほぐした。


『と言うか、普通に分析すれば、この国に、かつて滅んだ古代文明と同等かそれに匹敵するような力が無いのは、明白な事実だろう?』


『そして、この国が鎖国政策を続ける理由は、さっきジェードがまとめた通りだ。……第一に、この国独自の知識や技術や、何よりも人材の流出を防ぐ事。第二に、この国が秘匿し続けた知識や技術を狙って世界の国々が争うような事態を回避する事。第三に、この国の実情が世界に広く知られる事で、現在他国に対して維持しているこの国の優位性が失われないようにする事。……つまり、国益、国防の面から「鎖国体制を解くべきではない」という結論になるよな、常識的に考えて。俺もジャックもそう考えてる。当然、ラウム様をはじめとした上層部の意見も「現状の鎖国体制を維持」で一致している。』


『これらの事が、自分の頭で分からない時点で、この国の執政者となる資格が無いんだよ。』


『この国や国民や、あるいは自分自身に、古代人と同じだけの力があると思っているようなら、それは客観性も分析力も足りていない。要するに「頭が悪い」んだ。』


『この試験を受けるような人間は、昇級と共に下級の人間には知らされていない情報も開示されてきているのだから、他国の状況なんかもある程度入ってきている筈だ。それなのに、我が国がもし「開国」したのなら、アベラルド皇国のような強力な軍事大国と同等に張り合っていけると考えているのは、視野が狭く思慮が浅いとしか言いようがない。』


『まあ、研究者気質の人間は、政治や国外の情勢に興味が薄いというのはあるんだろうが、それにしても、常識として、我が国と他国との力関係や、世界における我が国の立ち位置なんかは、自主的にある程度正確に把握出来ていないと困るんだよ。確かに、論文を書いたり各種研究の分野で一流の人間は居るが、そういう政治的な関心と情報分析能力が欠けている場合は、今回の試験には受からない。わざわざ最高権力者集団に名を連ねなくても、学術研究だけなら充分に出来る制度と環境がこの国には整ってるんだから、この試験では落としても問題はないんだよな。さっきも言ったように、この試験で計るのは、「執政者しての資質」だからな。』


 エリオットは、ピッと三本の指を立てて示した。

 こういう時に片目を閉じるのは彼の癖らしく、しかし、そんなキザな仕草が嫌味なく似合っているのがまた彼らしかった。


『ついでにつけ加えておくと……我が国の理念は「平等」「平和」「秩序」だ。国章に描かれている三つの輪が重なり合った図形は、この三つの理念を表している。まあ、ジェード、お前なら当然知ってると思うけどな。』

『え?……あの三つの円が重なっている図形って、「物質世界」「精神世界」「魂源世界」が重なり合っているこの世界の理を表しているんじゃないんですか? 確かどこかでそう聞いたような?』

『ハハ、違う違う。誰だよ、そんな事言ってたの?……まあ、ともかく、「平和」はこの国の理念の重要な一柱だ。我が国は、不要な争いは望まない。具体的には、国策として、出来る限り他国との紛争は避けるっていう方針をとるという事だな。』


『だから、「時代遅れで不要になった因習を捨て、今の時代に合った新しい制度を模索する」という改革や革新はいいが……「開国して、どんどん他国に戦争を仕掛け、侵略していこう。なんなら世界を征服しよう」みたいな過激な思想の持ち主は、お断りって訳だ。……この辺りも、試験後の食事会の時にさり気ない会話で探りを入れて、危険因子が感じられれば、落とすようにしてる。』


 そこまで言ったのち、エリオットは姿勢を正し、ティオに向かってパチパチと手を叩いた。

 今までは、説明をエリオットに投げて一人茶を飲んでいたジャックも、いかつい面に笑顔を浮かべて拍手に加わった。


『つまり、ジェード、試験に受かったって事は、お前にこの国の執政者としての資質が認められたって事だ。改めておめでとう。』

『全会一致でお前の合格は決まった。反対意見は全くなく、全員すんなりと合意した。……元々この試験に受かるのは、試験官全員と、私達二人の賛成が必要になるのだが、私とエリオットが食事会に参加するようになってから、今回が一番スムーズに合格が決まったな。』

『それだけ、ジェード、お前の適性が高かったって事さ。』


『知識と技術、才能と実力、全てがこの国最高レベルなのはもちろんの事、頭の良さ、状況判断の的確さ、冷静沈着で論理的な思考……そして、何よりも、ジェード、お前の不要な争いを好まない性質は、この国の理念に合致していたんだよ。』


『結局、ラウム様の見立てと「先見」は正しかったって事だな。……個人的に俺は、あんまりあの腹黒い爺さんを褒めたくないんだが、こればっかりは認めざるを得ないよな。まあ、実際、俺の知る限り、なんだかんだ言って、あの爺さんの「先見」が外れた事って一度もないんだよな。』

『それはそうだろう。「先見」の能力とはそういうものだ。「先見」で見たものは必中だと聞いている。……と言うか、エリオット、お前の物言いはいい加減ラウム様に不敬だぞ。』


 エリオットとジャックの二人から拍手を送られて……

 元々眉間にシワを寄せていたティオの表情は、いっそう渋いものとなっていた。

 ティオは、二人から視線を逸らしてうつむき、テーブルの上に置いていた手を無意識の内にグッと握りしめていた。


『……自分がこの国の最高権力者の一団に加入するのが適切な人間だとは、俺はとても思えません。……』

『そうか? 俺はお前を初めて見た時から、お前は絶対こうなると確信してたよ。』

『私にはエリオットの「洞察」のような能力はないからな、はじめは君のようなまだほんの子供にこの国の未来を託す事に不安を感じていた。しかし、それも、君と接する内に消失していったな。今は、君の非凡さをただただ実感している。ジェード、君は、程なくおとずれる就任式に胸を張って臨むべきだ。』

『ハハ、無口な上に自分にも他人にも厳し過ぎるジャックにここまで喋らせるなんて、お前凄いな、ジェード。……まあ、でも、俺もジャックと同じ感想だよ。今回の試験の合格に関しては、必然だったと思ってる。お前は受かるべくして受かった。お前は、まさに、この国の執政を担うに理想的な人物だよ。』


『そう、ジェード、お前は、この国にとって、なくてはならない人間だ。そして、この国におけるお前の重要性は、この先ますます大きくなっていく事だろう。』


 エリオットとジャックの二人に手放しで称賛されてなお、曇ったティオの表情はついぞ晴れる事はなかった。


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