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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十三章 野中の道 <第九節>最後の茶会
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野中の道 #64


『俺、三日前の会食で、そんな立派な事を言った記憶ないですよ。』


『とにかく面倒臭くて早く部屋に帰りたかったから、むしろ、あの場に居る人達が眉をひそめるような内容をズバズバ言ってました。確かに嘘はついてなかったですけど、嫌われても疎まれてもどうでも良かったんで、普段は言わない耳障りな事も敢えて無神経に口にしました。失礼で、やる気のない、非生産的な人間だと思われた筈です。あれでなんで受かったんですか?』


 いぶかしそうにしかめっ面をするティオの言葉に、エリオットはアゴに手を当て「フウム」と少し考えたのち……

 ピッと人差し指を一本立て、ニッコリと笑って言った。


『ジェード、例えば、会食の時、こんな質問をされなかったか? もちろん、試験の時のような口調ではなくて、あくまで世間話のていで軽く意見交換をするような感じでさ。この質問は、受験者には絶対に聞く決まりになっているものなんだが……』


『「我が国は、これまでは、政策により、他国と距離を置いてきた。しかし、我が国には、他国にはない独自の知識と技術と力がある。これを、自国内だけにとどめておくのではなく、多くの国々、ひいては世界のために役立てようという意見がある。我が国が持てる力は、世界の人々の生活や文化の発展向上に大いに貢献出来る筈だという主旨なのだが……さて、君はどう思うかね? 是非忌憚のない意見を聞かせてもらいたい。」って、大体こんな感じかな。新しく入ってきた人間に、今までにない新鮮な視点での考えを求めているって雰囲気で聞かれたと思うけど。』

『ああ、確かに。そんな内容の話をしましたね。』

『それで、ジェードはなんて答えたんだ?』

『俺ですか? そこは迷わず「現状維持」です。外交に関しては今の状態が最良なので、変革は特に必要ないと答えました。』

『フム。その理由を詳しく聞きたいな。』


 ティオは、ごく当たり前の事を淡々と並べるように、ティーカップの茶を時折口に運びながら、自分の考えを述べていった。


『この国は、確かに、この世界において、他国にはない力を有しています。そして、建国より今現在に至るまで、一切他国との国交を断つ事によって、その力を秘匿すると共に、この国独自の知識や力が他国への流出する事態を防いできました。その結果、この国は、世界において特殊な優位性を確立する事になった訳です。』


『まあ、完全な鎖国状態にあるというのは、あくまで表向きで、お二人も知っての通り、実際は有事の際の保険として、秘密裏に、世界情勢に大きな影響力を持つ二つの勢力と、この国は協力関係にあります。一つは、この中央大陸の覇者アベラルド皇国。そしてもう一つは、光の女神大正教会。万が一、この国が他国に攻め入られるなどの危機にさらされた場合には、アベラルド皇国が中央大陸一の巨大な軍事力をもってそれを防ぐという密約が交わされています。その見返りとして、こちらも、アベラルド皇国が酷い飢饉や災害などに見舞われた際は、出来る限り助力するという事を誓っていますよね。……まあ、外交はこの二大勢力と水面下で密かに続けるだけで充分だと思います。』

『ジェード、それでは君は、我が国は、この世界の発展に積極的に貢献してゆくべきではないという意見なのだな?』


 それまで腕組みをしてティオとエリオットのやり取りを黙って聞いていたジャックが、真剣な面持ちで会話に参加してきた。

 ティオは、そんなジャックの問いかけに、皮肉な笑みを浮かべて答えた。


『この国の知識や技術が、世界の人々の文化や生活の向上に貢献出来るって……それはまた、随分な思い上がりなんじゃないでしょうかね?』


『確かにこの国には、他国にない知識と技術があり、それ由来の独自の力を有していますが……それは、この国以外の国々で、広く世界において、一般的に通用するものではないでしょう?』


『なぜなら、この国の有する力は、この国の人間にしか扱えないものだから。もっと言えば、この国の中でもごく一部の人間しかまともに使えない。それなのに、その力の元となっている知識や技術を世界に発信して、一体なんの意味があるんですか? 元々さして有用でない上に、この世界のほとんど全ての人間にとって使用不可である力など、絵に描いた餅でしかない。』


『実際、この国は建国より今に至るまで長期間他国との国交を断ってきましたが、その間何か世界的に問題がありましたか? 世界大崩壊によってそれまで栄えていた古代文明が壊滅した後、新世界の人々は、自分達が今持っている力だけで、ゆっくりと、だが確実に、新しい文明をここまで発展させてきたじゃないですか。』


『確かに、自然の驚異にさらされる厳しい環境に住む人々や、戦争や悪政など人為的な被害に苦しむ人々は、その日の食べ物も無く、命を永らえるのさえ難しいという切迫した状況にある場合もあります。この世界の隅々まで、平和と豊かさが行き届いているとは言いがたい状態です。……しかし、だからと言って、世界に散らばる無数の問題……貧困、戦争、疫病、災害、それら全てを夢のように解決する力など、この国にはありませんよね?』


『それどころか、この国が、鎖国を解き、ずっと秘匿し続けてきたこの国独自の力を世界の国々に開示したのなら、もれなく世界に混乱と争いが起こる事でしょう。』


『実際には、この国が有する独自の技術や力は、そこまで驚異的なものではないのですが、それでも、今の世界にとっては未知のものである事は間違いない。そうした、他の国が有していない未知の力を欲する国や人間は多い。たちまち、この国は他国から攻め込まれますよ。この国が侵略されるだけではなく、この国が有する力を巡って、いくつもの国が争う構図となる事も予想されます。その紛争に伴い、国内外で多くの血が流れ、巻き込まれた無辜の民の命が失われる事にもなるでしょう。』


『この国の力を広く開示するしたところで、世界がかかえる問題を解決する糸口にもならないどころか、無駄に新たな紛争の火種を撒き散らすだけでしょう。何一ついい事はありませんよ。』


『この国が、国の方針として、「世界貢献」などという大言壮語を唱えるなら、世界のためになりたいと言うのなら……「何もしない」のが一番でしょう。「世界平和」のためには、このまま鎖国を続け、この国独自の力を他国に秘匿し続けるのが最適解です。』


 ティオは、相変わらず無気力な表情のまま、小さなピッチャーに用意されていたミルクを自分のカップに注ぎ入れた。

 澄んだ赤橙色の茶の中に唐突に流れ込んだ全くの異物の白いミルクを、ティオは銀のスプーンでクルクルと無造作に混ぜた。

 やがてそれは均一の白濁した液体になったが、元の澄んだ赤橙色と不透明な乳白色の二つに分かれる事は二度となかった。

 ティオは、それを口に運び、一口二口飲んだのちに、再び言葉を発した。


『そもそも、この国の有するこの特殊な力自体が、本当に世界の命運を左右する程の強力なものであると言うのなら、わざわざ秘密裏にアベラルド皇国、光の女神大正教会の二大勢力と協力関係を結ぶ必要もないでしょう? もし、どこかの国がとち狂ってこの国に攻め入ろうとした時、この国の力だけでは防ぎ切れない可能性があるからこそ、巨大な軍事力を持つアベラルド皇国の助力を仰いだ訳です。』


『「いざ他国との全面戦争になったら、この国のみでは苦戦必須である」……それが、この国が有する特殊な力についての新世界における正確な評価でしょう。確かに、他国にない唯一無二という際立った特徴はあるものの、結局のところ、ただそれだけです。』


『純粋に軍事的な威力で考えれば、鍛え上げられ統率のとれた大軍隊を持つアベラルド皇国の方が遥かに上だ。正直、アベラルド皇国が相互不可侵を誓った平和条約を破棄して本格的に攻め込んできたならば、この国はひとたまりもない事でしょう。……まあ、中央大平原南部に位置するアベラルド皇国が、大陸の北西の端まで大軍を動かすという多大な労力をはたいてまで、この国に攻め入るような無駄で愚かな事をするとは思いませんけれどもね。実際に全面戦争となれば、こちらには地の利もありますし、向こうにもかなりの犠牲は出る事でしょうから、大陸の覇者として周囲の国々に睨みを利かせておくべき力が削がれる事を考えれば、この国とは争わず、水面下で友好関係を維持した方が得策と考えるのが普通です。この国が、今まで通りに、自国に閉じこもったままでいるのなら、遠く距離の離れたアベラルド皇国としては、放っておいても害はない。確かに、この国が有する独自の力に興味はあるのでしょうが、様々な犠牲を払ってまで強引に手に入れる程の価値はない、というのが、巨大な軍隊という強力な力を既に充分有しているアベラルド皇国の本音でしょう。ただ、この国特有の力が他国に渡るのは少々厄介なので、ならば、自国が後ろ盾となって囲い込んでおこうといったところですかね。』


 ティオは、また、少し茶を飲み下してから、話を続けた。


『この国の人間は、この特有の力に相当な矜持があるようですね。力を行使出来る者の中には、自分が何か特別な選ばれた人間であるという意識が強い者も多い。』


『しかし、現実的には、この国の有する特殊な力は、大国アベラルド皇国の軍事力の足元にも及ばない、その程度のものです。』


『俺に言わせれば、時代遅れなんですよ、この力は。本来なら、三千年も前に消滅していた筈のものであって、世界大崩壊以降の新世界には、全く必要のないものだ。もはや、時代遅れどころの騒ぎじゃない。……どういう理由かは不明ですが、ほんの僅かに残ってしまった旧時代の遺物。かつ、かつてあった筈の威光は、そのほとんどが失われ、残存しているのは、その影も影、小さな壁の染みにも等しいものだ。もはや輝かしい過去の雄姿とは全くの別物と言っていい。』


『だと言うのに、この国の多くの人間が、その自覚を持たず、自分達の有する力は、未だ、三千年前の高度に発達した古代文明と同等だと信じ込んでいる様は、滑稽でさえもある。』


 ティオは、グイッと自分のカップに残っていた茶を飲み干すと、カチリとソーサーに戻して手を放した。


『それに、いいんですか? 鎖国状態を解いて他国との交流を始めれば、今まで頑なに隠していたこの国の実情が世界に知れ渡ってしまいますよ?』


『この国が、世界の国々から一目置かれているのは、「かつて世界に隆盛を極めていた高度に発達した古代文明と同じだけの力を有している」と他国の人々が「思い込んでくれている」おかげでしょう?』


『この国が、建国当初から一貫して、中央大陸の北西の端にある険しい山脈によって隔てられた半島に閉じこもったまま一切外に出てこないために、世界の国々は、この国の現在の本当の有り様を知りようがない訳です。何やら思惑があって長らく鎖国を続けているのだろうとは推察出来ても、その思惑がなんであるかは具体的に分からない。』


『「古代文明から受け継いだ希少な知識と技術の独占と保持のため」というのが、一般的に流布している通説でしょうかね。後は、せいぜい「何かこの国特有の倫理観や因習があって、それにより他国との交流が禁じられている」ぐらいですか。「古代人の血を引いている自国の人間と、純粋な新世界の人間である他国の人間と血が混ざって、古代人の血が薄まっていくのを忌避している」とかね。』


『「この国だけが有する知識、技術、そこからもたらされる特殊な力を自国で独占的に保持するため」あるいは「この国の特異な人間の血が薄まる事を禁じているため」……確かに、どちらも間違ってはいませんね。ただ、前提としての実情が違い過ぎる。』


『実際は……建国当初からこの国には、かつての古代文明が有していたような高度な知識や技術も強力な力はない。もはや、客観的に計ったその国力は、中央大陸に存在する凡百の小国の一つに過ぎない。そして、それをひた隠すために、建国当初から頑なに他国との国交を断ってきた。』


『そう、「自国の虚弱さを隠すため」というのが、この国が鎖国政策を延々と続けている、もう一つの大きな理由です。』


『そうとは知らない世界の国々は、大陸の北西の端に閉じこもったままのこの国を、「古代文明の特殊にして強力な力を受け継いだ唯一無二の国」と勝手に思い込み、恐れ敬ってくれている。おかげで、本当はただの小国並の力しか持たないこの国が、侵略してくる国が一つもないままに、この三千年もの長きに渡って平和を保ってこれた訳です。』


『それをなんですか?「世界の発展に貢献」? そんな実を伴わない薄っぺらい理想論だけで、今まで必死に築き上げてきた安寧を全て捨て去ってしまおうと? 頑なに秘密を守り続けたこの国の過去の人々の努力を無にして、この国の、ひいては世界の平和をいたずらに壊し、要らぬ混乱と争いの火種を撒き散らそうと?』


『愚策としか言いようがない。俺は反対です。』


『この国の対外政策は、現状維持が最適解、それが俺の出した答えです。』


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