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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十三章 野中の道 <第八節>遊説者の真贋
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野中の道 #56


 『紫の驢馬』の言った「反乱軍は、放っておいても、後ふた月かみ月で自滅する」というのは妥当な推察だろうと、ティオも分かっていた。

 最も効率的に、こちらに被害の少ない状態で内戦を終わらせたいと考えるなら……

 『月見の塔』に立てもこもっている反乱軍を取り囲む状態で遠巻きに監視しながら、彼らが砦内に備蓄した食料が尽きるのを待つに限る。

 もっとも、『月見の塔』のある『月見の丘』は、裏にあたる西側が、人の昇り降り不可能な断崖絶壁と流れの速い川に阻まれているため、国王軍が陣を敷いているのは、月見の丘の麓の南から東を経由して北まで、ぐるりと三方を囲むような形であるのだが。

 ともかく、現状維持で『月見の塔』を監視し、ネズミ一匹逃さない態勢でいれば、後は時間が解決してくれるだろう。

 さすがに、ろう城している反乱軍の兵士達も人間である以上、食料が尽きればこれ以上戦を続けるのは不可能となる筈だ。



 ティオも、最初はそう考えていた。

 ティオが目下最優先で手に入れようと躍起になっているとある財宝が、『月見の塔』と呼ばれる古代文明の遺跡にあるという手がかりを掴んで、はるばる中央大陸の田舎の小国である南東地方のナザール王国にまでやって来たものの……

 運の悪い事に、王国は内戦の真っ最中で、『月見の塔』はその反乱軍に占拠されてしまっていた。

 これではさすがに、『宝石怪盗ジェム』という本人的には不名誉なあだ名をつけられて巷を騒がせているティオでさえ、こっそりお邪魔してお宝を盗みだす訳にもいかない。

 数日王都で情報収集に励んでみたものの、『月見の塔』は今より技術の遥かに発達した古代文明が築いた建築物であり、構造的に忍び入る隙が見つけられなかった。

 ならば、もうしばらく放っておいて、どこか別の国を旅して回り、反乱軍が自滅した後にまたこの都に来ればいいだろうと、ティオはぼんやり考えはじめていた。

 そんな時に、サラに出会ってしまった。


 サラと共に傭兵団に入団し、その後作戦参謀となった事で、ナザール王国の内戦に対するティオの方針は大きく変わる事となった。

 そもそも傭兵団は、膠着状態にある内戦の戦況を一気に国王軍優勢な状態にもっていくための起爆剤として急遽掻き集められた軍隊だ。

 放っておいても、いずれ反乱軍は自滅し、国王軍は勝利するだろう。

 しかし、すぐにも鎮圧出来ると見られていた反乱軍を前に半年もの時間をうかうかと費やしてしまった国王の采配に、現在、貴族達の間で今にも爆発しそうな程不満が高まっていた。


 小競り合いによりジリジリと消耗する国王軍……その主戦力には、貴族の子息達も多く混じっていた。

 爵位を持ちナザール国内で様々な特権を許される代わりに、貴族は、国に大事が起こった時、何をおいても国王の元に馳せ参じる義務が課せられており、その盟約に従って、貴族達は自分の子供や財を戦場につぎ込む事になったのだが。

 今回の内戦は、これまでの戦争とは違い、同じ国内の勢力争いであるために、たとえ戦いに勝利したとしても、得るものがない。

 四十年前の大戦では、敗戦国から領土や賠償金、または、金の代わりとなる財宝や様々な物品を得る事が出来たため、戦で消耗した貴族達も、結果的には分配された富で豊かになった。

 しかし、今回は、敵も自国の民であるために、いくら必死に戦ったところで見返りはなく、それどころか、大切な自分達の子供が傷つき命を失う者も出て、また手弁当で参加している貴族達の財は減る一方だった。

 更には、内戦が長期化して経済が陰りだしたあたりで、運悪く王都に流行り病が蔓延した。

 王都に住む人々は経済状況の悪化と流行り病に苦しみ、同時に、戦に人員が割かれた事による警備兵の人手不足で、王都の治安もみるみる悪くなっていった。

 内戦の前線や王城の兵舎でも流行り病で倒れる兵士がボロボロと出はじめ、商売に手を出していた貴族達も不況に喘く事となり、ますます貴族達の国王を糾弾する声は大きくなっていった。


 気がついた時には、もはや、反乱軍が自滅するまでふた月もみ月も悠長に待っていられる状況ではなくなっていた。

 一刻も早く内戦を終わらせる必要があるのは当然として、ここまでの采配の失敗を挽回し、貴族達の信頼を回復するためには、ただ勝利するだけでは足りなかった。

 圧倒的な力を示しての華々しい勝利……それが現在国王に期待されているものであり、ティオが属する傭兵団は、まさにその目的のために集められ軍隊だった。

 とは言え、ここまで来て、まだ国王は『月見の塔』を強引に攻め落とす事を考えてはいないようだった。


 前線の状況にもよるが、傭兵団が投入されるまでもう一週間とないだろうと、ティオはこの時点で読んでいた。

 ティオとサラが入ったのは、傭兵団員が経歴や身分にこだわらず広く募集され始めてから半月程経った頃だった。

 そこから更に半月程の間に、ティオは今の傭兵団の体制を整え、団員達に適切な訓練を課すと共に、必要な武器防具から備品まで大急ぎで掻き集める事となった。

 『紫の驢馬』の本拠地でもある『黄金の穴蔵』に足を運んだのも、傭兵団の厳しい懐具合を一気に改善するための資金繰りの一環であった。


(……大筋で、傭兵団の戦力は予定通り整いつつある。もう、ここから先は、いつ前線から呼び出しがかかっても不思議はない。この短期間でやれる事はやった。後は実際に戦に出る時を待つだけだ。……まあ、出来れば、その時が少しでも遅いといいんだけどな。……)


 傭兵団は、総員三百二十名を越え、ならず者の寄せ集めと揶揄されようとも数だけ見れば充分な軍隊の規模となっていた。

 しかし、早急に内戦を終わらせたい筈の国王は、未だ傭兵団の実戦投入を踏みとどまっている様子だった。

 想定される理由は、主に二つ。

 一つ目の理由は、やはり国王が愛息子である第二王子を戦場で殺める事を避けようとしているという事。

 両軍総力を挙げた激しい合戦となれば、反乱軍の大将である第二王子は戦死する可能性が高くなってしまう。

 国王としては、出来れば生きたまま第二王子を捕らえ、自ら彼の処罰を決める事で、なんとか僻地での幽閉という形で王子の命を繋ぐ事を画策していると思われる。

 二つ目の理由は、いくら疲弊した戦力の補強とは言え、過去に犯罪を犯した者も居るような人員で構成された傭兵団を、国王軍の名で戦いに投入する事の体裁の悪さだろう。

 傭兵団は、取り急いで用意はしたものの、出来れば使いたくない力という位置づけだと思われる。


 国王としては、このまま正規の国王軍だけで決着を着けたいのだろうが、おそらくそれは無理だろうとティオは踏んでいた。

 無い袖は振れない、足りない戦力を補うために、やがてはどうしても傭兵団を出撃させる必要が出てくる。

 かと言って、国王とその側近達は、寄せ集めの傭兵団に、本格的な反乱軍攻略を期待している訳でもないだろう。

 全滅したところで、貴族も一般市民も国王に悪感情をいだく事のない、安い金で雇ったゴロツキまがいの軍団である。

 適当に敵陣に突撃させて、反乱軍の戦力をある程度削れれば御の字と言ったところか。

 要するに、使い捨ての生きた兵器のような扱いであり、投石機で投げ飛ばされる石つぶてぐらいにしか思われていないに違いない。


 しかし、今のティオには、傭兵団の団員達を無為に戦場で散らせる事態を最大限に回避する必要があった。

 「傭兵団の被害を出来る限り減らす」「戦いで勝利させる」……それが、ティオがサラと交わした約束だったからだ。

 その約束を果たすために、ティオは自ら作戦参謀となって、皆がてんでバラバラに好き勝手やっていた傭兵団に、即席ではあったが、一通り軍隊としての体系と規律を叩き込んだ。

 全体を八つの小隊に分けて、それぞれ特殊な役割を持たせた訓練をさせると共に、石弓や槍、大盾を始めとした武器防具を揃え、これで戦場ではある程度戦略的な行動が可能となった。

 また一方で、食事の内容を充実させ、服や靴、毛布などの生活必需品を行き渡らせて、団員達の日々の生活を向上させ、人間らしい健康的な精神と肉体を整える側面にも注力した。


(……それでも、傭兵団だけで、反乱軍が陣取ったあの『月見の塔』を攻め落とすのは不可能だ。……)


(……この先、傭兵団は遠からず前線に投入される事になるだろうが、その時国王側から期待されるのは、「反乱軍の戦力を出来る限り削ぐ事」だ。これは変わらない。……)


(……ただ、傭兵団の皆を、決して「使い捨て」にはさせない。こちらは被害を最小限に抑えつつ、敵の戦力だけを一方的に削る。それには、緻密な戦略と軍隊として一糸乱れぬ行動が必要になってくる。それを成し遂げるのが、作戦参謀となった俺の使命だ。……)

 

 ティオはサラに「傭兵団を勝たせる」と誓った時から、ブレる事なくこの目標を現実的に見据えていた。


(……国王が思い描いている理想的な状況は……反乱軍の戦力を大きく削り、ろう城を続けるのを不可能な状態に追い込んで、自主的に降伏させる事だろうな。そうすれば、確実に第二王子を無傷で捕らえられる。……)


(……今までも、反乱軍は、そんな国王の胸中を見透かしているかのように、戦況が不利になるたびに、降伏を見据えた休戦を訴えてきた。もっとも、休戦中に行われた使者を立てての両軍の話し合いは、全て最終的に決裂し、再び交戦状態に戻った訳だが。その休戦中に、反乱軍に自軍を立て直す時間を与えただけというお粗末な結果だったな。……)



「まあ、先程も申しましたが、私としては、万が一反乱軍側が勝利したしても、特に問題はありませんな。」


 『紫の驢馬』は、爽快感のある香りのお茶を優雅に口に運びながら、他人事のように語った。


「反乱軍側が勝利した場合、国王や第一王子をはじめとした現体制の中核を担っていた王族は全て排斥される事でしょう。それが原因で、王城内はしばらく混乱に陥るかも知れませんな。しかし、それも長くは続きますまい。一年も経てば、第二王子を新国王とした体制が整い、今までとほとんど変わらぬ政治が行われるようになる。そもそも、第一王子と第二王子の二人は、歳もさほど離れておらず、能力的にも優劣はない。まあ、どちらも平々凡々という意味ではありますがね。であるならば、我々王都の民としては、どちらが国王の座に就いたとしても、大きな違いはないのですよ。今の国王も、王子達と同じく、事なかれ主義の平凡な小物。小物から小物へ政治を引き継いだとて、特に代わり映えしないでしょうな。」


「ただ、さしたる違いのない王子二人が王座を争った事に起因して内戦が起こり、またその内戦が思いの外長引いた事で、王都とその周辺の経済が傾き、この地に住む人々は困窮する事になりました。その点については、王都を拠点としている私としても、特に下町の人々の暮らしぶりの酷さを見て、怒りを覚えないではありません。」


「表の偉い方々が権力争いをするのは勝手だが、その影響で、なんの非もない市民や貧しい者達が被害を被るのは、甚だ迷惑だ。とは言え、それでも、私は、表の方々の争いに手出しする気は更々ありませんよ。表の揉め事は表でさっさとかたをつけて欲しいものだと思いながら、静観するのみですよ。」


 ティオは終始表情を揺らす事なく『紫の驢馬』の話に耳を傾けていたが、落ち着いた口調で返した。


「では、ご老人としては、このナザール王国の内戦に関しては、あなたの領域の安寧を脅かすような事態が起こらない限り、今後も中立の立場を貫くという事ですね?」

「そうなりますな。……フフ、それとも、まさか、ティオ殿は、私とその組織を国王軍の味方に取り込もうと考えておられたのですかな?」

「いやいや、滅相もない。ご老人が有する力や財を期待するなど、そんな図々しい事は考えていませんよ。あなたに借りを作ったら、枕を高くして眠れる気がしません。国王軍にくみする俺としては、ご老人が積極的に自分の敵になる事はないと分かっただけで安堵していますよ。あなたを敵に回すような事態は、出来る限り避けたいですからねぇ。剣呑剣呑。」

「おや、ハハハ、それはこちらのセリフですよ。私としても、ティオ殿のような方と敵対したくはありませんな、ハハハ。」


 ティオは、『紫の驢馬』としばらく表面上和やかに笑い合ったのち、静かに切り出した。


「これまでうかがった、この内戦に対するご老人の所感を踏まえた上で、お尋ねしたい事があります。」


「ご老人は、『導きの賢者』と呼ばれる人物をご存知ですか?」


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