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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第四章 夢に浮かぶ鎖 <前編>何もない夢
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夢に浮かぶ鎖 #3

 

「あ! そこ! あー、惜しい!……ちょっと踏み込みが足りなかったなぁ。」

 兵士二人の手合わせを指導係として見ていたサラは、一旦二人の動きを静止させて、片方の兵士に歩み寄った。


「相手の剣が向かってくるのが怖くて反射的に避けちゃうのは分かるけどー、その時も視線はギリギリまで残してー。ちゃんと相手の動きを見ないと、どこで攻めてどこで引いたらいいか、いつまで経っても掴めないからー。だからねー、まずは良く見てー……」

「……サラ団長!」


 サラが兵士に話している所に、誰かが呼んだ。

 なんだろう、と振り返って見ると、とある兵士が、視線である方向を指していた。


(……あ、今日も来たんだ。……)


 サラが目で追った方向に、例のドッヘルという軍師の姿があった。

 いつものように上等なローブを身にまとい、護衛に国王直属の近衛騎士団の騎士が二人付き添っているのも変わらなかった。


(……本当に、毎日来るなー。時間も大体いつもこの時間だしー。……)



 初めてドッヘルという軍師に会った後で、ハンスから「ほぼ毎日様子を見に来られる。」とは聞いていたが、実際その通りだった。

 最初の二、三日は、サラも気にしてチラチラとそちらを見ていたが……

 ドッヘルは毎日、特に何を言うでもなく、ただぼんやりと、傭兵団が訓練場で鍛錬に勤しんでいる様子を眺めるのみだった。


 いや、まともにこちらの様子を観察しているかも怪しかった。

 一応訓練場の方を向いて立ってはいるが、一歩も地面に降りる事はなく、渡り廊下から動こうとしない。

 こちらに視線を向けているのも五分程度で、残りの五分は、うつむいて、胸に下げた金の首飾りをいじっていた。

 正八面体の、表面に何か模様のようなものが刻まれた飾りを、握りしめたり、撫でたりしている。

 そして、時間が来ると、小声で後ろに並び控えている騎士を促して、元来た渡り廊下を戻っていくのだった。



 サラは、初日こそ、ハンスと共に呼ばれて、少し話をしたが……いや、話をしていたのは、護衛の近衛騎士の二人だったが……それ以降は呼ばれる事さえなかった。


 ハンスは、一応傭兵団の管理者であるので、ドッヘル達が来ると、必ず挨拶に行ってはいたものの……

「今日も特に異常ありません。団長であるサラ以下、皆、鋭意訓練に励んでいます。」

 といった簡単な報告を済ませると、すぐに戻ってきていた。


 決してハンスが自分の任務をおろそかにしている訳ではなく、ドッヘルと護衛の騎士達から、明らかに傭兵団に対して興味のなさそうな雰囲気が漂っていたためである。

 毎日欠かさず見回りには来てはいても、見るからに形式的なものであり、真面目に長々と状況を話されたり、相談されたりといったこちらの反応は、煩わしいだけのようだった。

 それを察して、ハンスは、手短に報告だけして終わりにしているらしかった。

 まあ、実際、今の所、特に傭兵団の中で揉め事や大きな問題はなく、順調に訓練が行われていたが。



(……傭兵団って、正規兵の人達からしたら、よっぽど関わりたくないものなのかな?……)

 サラも、傭兵団に入ってから、王城の中で自分達が厄介者のような扱いを受けているのを肌で感じていた。


 泥沼状態の内戦を終わらせるべく集められた傭兵達は、むしろ、もう少し期待の目で見られても良いように思われたが、実際は「ならず者、犯罪者の集まり」として煙たがられているのが現状だった。

 「兵士として国のために戦うとはいえ、あんなクズの寄せ集め集団と自分達由緒正しい正規兵が同じだとは思われたくない。」という気持ちが、彼らの態度から滲み出ていた。

 「アイツら、お高く止まりやがって、気にくわねぇ!」と、ボロツをはじめ傭兵達は良く愚痴っていた。

 正規兵の対応の悪さから、彼らに自分達がどのように思われているか感じ取っているのだろう。

 そういった事情もあって、サラが来るまでは、ハンスとの仲も険悪なものだった訳だ。


(……まあ、別にいいけどー。こっちはこっちで、勝手にやるだけだもんねー。……)


 毎日様子を見に来るものの、明らかに形式的なもので、特になんの言葉も掛けられない事に、サラももうすっかり慣れてしまっていた。

 期待されていない、という事なのだろうと傭兵団の誰もが思っていた。

 ならば、自分達は自分達の考えで、最善と思える事をするだけだ。

 むしろ、変に命令されたり干渉されない今の状況の方が、こちらもやりやすいというものだ。



 ドッヘル達がやって来ると、サラをはじめ傭兵達は、しばらくは少し気にしてチラとそちらを見たりもする。

 しかし、特に何をするでもなく、すぐにまた、いつも通り訓練が続いていく。

 ドッヘル達が時間が来て帰っていく時、またチラとそちらを見る事もあったが、訓練に夢中になっていて、気がついたら彼らが居なくなっていた、などという事もままあった。


 特に害のない虫が、しばらく訓練場の渡り廊下の柱に止まっている。

 ドッヘル達の存在は、サラや傭兵達にとって、そんな感覚に近かった。



 今日も、軍師ドッヘルが護衛の近衛騎士の二人に付き添われてそっと傭兵団の訓練場にやって来たのを、サラは見ていた。


 特に何も変わった様子はなかったが、ただ一点……

 その日初めて、ドッヘルは訓練場の地面に足を踏み出した。


 といっても、傭兵団に歩み寄って何か示唆に富んだ助言をしようとしていた訳ではない。

 ちょうどドッヘルが訓練場に現れた頃、雨が降り出したのだった。



 朝は晴れていた空が、正午を過ぎる辺りから少しずつ雲が増えてゆき、夕方頃には、どんよりと黒雲が低く垂れ込めている。

 そして、程なく、ポツポツと雨が降り出す。


(……この所、ずっとこんな感じだなぁ。雨が降り出すと訓練が出来なくなっちゃうから、困るんだよねー。……)


 サラは、金色の弧を描く眉を曇らせて、一面に雨雲が敷きつめられた空を見上げた。

 しかも、今日は雨が降り出すのが、昨日より一時間半程早かった。


 それでも、まだほんの小降りであったので、サラを含め傭兵団の兵士達は気にせず訓練を続けていた。

 荒くれ者の集まりに、少しばかり雨に濡れるのを嫌うような繊細な人間は居なかった。



 しかし、ドッヘルは自分の体に少しでも雨が降りかかると嫌なようだった。

 盛んに頭や肩を手で払っては、しかめっ面でお付きの騎士達に何か言っている。

 やがて、騎士達が、辺りを見回した後、訓練場の片隅にある大きな木の方へとドッヘルを導いた。

 まだ雨は降りだしたばかりの小雨であり、葉の生い茂った木の下に居れば濡れずにすむ。

 そこでドッヘルは、初めて訓練場の地面に足を踏み出したのだった。

 しかめっ面が余計酷くなったのを見ると、本当は渡り廊下から動きたくなかったが仕方なく、といった所だろう。


(……そんなに雨に濡れるのが嫌なら、帰ればいいのにー。どうせ、訓練なんか見もしないで、時間を潰してるだけなんだからさー。……)


 とサラは思ったが、世の中には、自分の一度決めた行動を状況に合わせて変化させる事にストレスを覚える者も居る。

 サラは、こだわりのない柔軟なタイプだったが、ドッヘルはその真逆で、予定にない計画の変更に強い不快感を感じてしまう几帳面で融通の効かないタイプだったようだ。



 訓練場の片隅には、大きな岩がいくつかあった。

 岩は、少し距離を置く形で点々と配置されていた。

 辺りには大小合わせて何本もの木々が植えられているのを見ると、元々ちょっとした憩いのスペースとして設えられたもののようだった。

 ちなみに、正規兵や近衛騎士団の訓練場には、きちんと屋根やベンチのついた休憩所が設けられている。

 傭兵団が使用している訓練場や兵舎といった施設は、元々正規兵見習い新兵用のものだったとの事なので、こんな所にも格差があるのだろう。


 渡り廊下に居ると雨に濡れてしまうと判断したドッヘルは、二人の騎士と共に、その岩と木々の場所へと向かった。

 一番大きな木の下にゆくと、もう雨に濡れる心配はなくなったらしい。

 しばらくそのまま佇んでいたが、ちょうど近くに手頃な岩があったため、軽く埃を払う動作をしてから、そっと腰を下ろした。

 全く筋肉のない薄い体の見た目通り、かなり体力がないようで、岩に腰をかけると、ホッと少しくつろいだ表情になっていた。


 後は、いつも通りだった。

 十分程時間が経つまで、そこでぼんやりとしていた。

 チラと傭兵達の訓練する様子に目をやる事もあったが、眉間にしわを寄せてすぐに逸らしてしまう。

 (そんなに、私達の事を見るのが嫌なのかな?)とサラは内心ちょっとムッとした。

 ドッヘルは、時間が流れるのを待っている間、いつものようにローブの胸に下がったペンダントの飾りを指でいじっていた。

 やがて、時間が来たのか、そばに立っていた二人の騎士の片方がドッヘルに何か話しかけ、ドッヘルは少し明るい表情になって、いそいそと腰掛けていた岩から立ち上がった。

 そして、いつもより足早に、小雨の降りつける渡り廊下を歩いて、二人の護衛の騎士共々、城の奥へと帰っていった。


(……結局今日もなんにも言ってこなかったなぁ。ホント、毎日何しに来てるんだろう?……)


 サラは、ドッヘル達の後ろ姿を黙って見送りながら少し考えたが……

 すぐに興味は薄れ、また仲間達との訓練に夢中になっていた。



「うひゃあ! こりゃあ、ヤバイぜ!」

「冷てぇ!」

「靴ん中までビショビショだぁ!」


 雨が本格的に降り始めたのは、ドッヘル達が戻って行ってから一時間程経った頃の事だった。

 ザアアッという音と共に、雨が、訓練場の地面に、兵舎の屋根に、一際強く降り出していた。

 さすがに傭兵達も、頭をかかえたてみたり、辺りを走り回ってみたりと大騒ぎになった。


「サラ団長、残念だが、今日はここまでにした方が良さそうだぜ!」

 雨を避けるためオレンジ色のコートのフードを頭に被ろうとしていたサラの元に、すかさずボロツが駆け寄ってきて、進言した。


「春といっても雨はまだ冷たい。あまり長い間雨に当たるのは体に良くないだろう。」

 ハンスもやって来て、顔を曇らせる。


「今日の訓練は中止にした方がいい。みな濡れた体を良く拭いて、寒がる者が居たら、体を温めるように。」

「そうだね。せっかく訓練を頑張ってても、風邪で体調を崩しちゃったら意味ないもんね。……うん、今日の訓練はこれで終わりにしよう! 少し早いけど、まあ、しょうがないよね。」


 サラは、二人の提案を受け入れて、コクリと頷いた。


「ハンスさん、今日も一日ありがとう。……じゃあ、ボロツ、みんなに部屋の中に移動するように言ってー。」

「ご苦労だったな、サラ。」

「了解だぜ、サラ団長。……よーし、お前ら! 今日の訓練はこれで終わりだ! とっとと片づけて、部屋の中に移動しろ!」


 ボロツは、雨に濡れてガキのように騒ぎ立てている傭兵達を、ドスの効いた声で一喝した。

 「このまま体を洗っちまおうぜ!」などと言って服を脱ぎ始めている一団にドスドス歩み寄り、パシパシと頭をひっぱたく。

「風邪ひかねぇように、ちゃんと体を拭けよ、お前ら! 寒いヤツは、食堂で沸かした湯でも飲んでこい!」


「サラ団長も、早く行ってくれ!」

「そうだ、サラ。君が風邪をひいたら大変だ。」


 ボロツもハンスも、ことさらサラの事を心配していた。

 まあ、サラは、剣の腕は大人の男を遥かに凌ぐが、見た目は小柄で華奢な少女であるので、二人ともつい過保護な思考になりがちのようだった。


「私は平気。私は傭兵団の団長だから、みんながちゃんと部屋に行くのを見届けてから行くよ。……ボロツは先に行って、みんなを誘導して。」

「さすがはサラだぜ! 団長としてしんがりを務めるってか?……いや、でも、こういう時は無理しなくたっていいんだぜ?」

「本当に大丈夫なのか、サラ? 私のマントを貸そうか?」

「もう、平気だってばぁ! 私、剣だけじゃなくって、体も強いんだよー? 今まで風邪なんて、一度もひいた事ないもん! 真冬に裸で歩いてた事もあるんだからねー!」


 サラの「真冬に裸で歩いていた」発言に、ボロツもハンスも驚いていたが……

 「なんでそんな事してんだ、サラ? どうして俺に見せてくれない?」「サラのようなうら若い乙女が、そんな事をしてはいかん!」などと騒ぐ二人を、サラはグイグイと背中を押してさっさと追い払った。


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