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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十三章 野中の道 <第七節>補佐の矜持
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野中の道 #50


「それでそれで、ティオは自分の馬はなんて名前にするのー?」

「俺?……そうだなぁ。……まあ、『アオカゲ』とか。」

「『アオカゲ』!? えー、なにそれー! なんかカッコイイねー!……うん、もう、ティオは頭がいいから、サラーッといい名前つけちゃってズルイよー。」

「ハハハ、まあな。こんな名前をつけるぐらい、俺にとっては朝飯前だぜ。」


 ティオの馬の名前を聞いて、わあっと頬を上気させて感動するサラに、後ろで様子を見守っていたボロツがすかさず口を挟んできた。


「騙されんな、サラ!『青鹿毛』って、ただの馬の毛色だぞ! サラの『シロ』と大差ないぞ!」

「えー? そうなのー?」


 そんなやり取りを少し離れた場所から生温かい目で見守りながら、チェレンチーは密かに思っていた。


(……うーん……ティオ君はネーミングセンスがあるとかないとか言う以前に、名前をつける事に興味がないって感じだよね。……)


 と、サラはグルンと首だけボロツの方に回して、目を爛々と輝かせながら聞いてきた。


「それでー? ボロツはなんて名前にするのー?」

「俺か? 俺は……そうだなぁ、俺様の馬なら……ううーん……馬だからな、やっぱり『号』ってのは、必須だろう? 強くてカッコイイ名前をつけるつもりだぜ。例えば『覇王号』とか……」

「私が! ハイハイ!私が私が! ボロツの馬の名前もつけてあげるよー!」

「え?……サ、サラが?」

「うんうん! 私、傭兵団の団長だもんねー! こういう時こそみんなの役に立たなくっちゃねー!……ボロツ、嬉しい? 嬉しい?」

「……あ、ああ、スゲー嬉しいぜ、サラ!」


 先程自分の白馬に『シロ』という名前をつけているのを見ていたボロツは、「馬に名前をつけてあげる!」というサラの提案に思わず顔を引きつらせていたが、サラに惚れている弱みで、つい受け入れてしまっていた。


(……うーん、どう見てもこれは、「みんなの役に立ちたい」って言うより、「馬に名前をつけたい」ってだけだよねぇ。ボロツ副団長も間の悪い時にサラ団長に話しかけるから。……)


 子供が新しい遊びを覚えてあれこれ試してみたい好奇心でいっぱい、といった雰囲気のサラの前で、青い顔でダラダラ冷や汗を垂らしている哀れなボロツの姿を、離れた場所からそっと見遣りながら……

 (キジも鳴かずば撃たれまいに)と、チェレンチーは、自分は今はサラの近くには寄らないようにしようとの思いを強くしていた。


「……えっとー……ボロツって、確かヘンテコな呼ばれ方されてたよねー? あのおっきな剣、なんて言うんだっけ?……うんと、確かー……そう、『牛おしり』!」

「『牛おろし』だってばよぅ、サラぁ! 俺様は、身の丈を超える大剣で牛をも一刀のもとにぶった切る『牛おろしのボロツ』って通り名で恐れられてるんだよ!」

「あ、そっか、『牛おろし』ねー! じゃあ、やっぱり、ボロツの乗る馬も、その『牛おろしのボロツ』と関係のある名前がいいよねー?……うーん、そうだなぁ……」

「頼む、サラ! お願いだから、俺の馬にいい名前をつけてくれぇ!」

「よーし! 決めたー!」


 サラは、パチーン! と指を慣らすと共にウィンクをし、とっても得意げな可愛らしい顔で宣言した。


「ボロツの馬の名前は『牛』! はい、決定ー!」

「馬なのに、『牛』!?」


 「うおおぉぉー!」とボロツは地面に崩れ落ちて、その巨体を丸めて地面を叩きながら号泣していた。


「ボロツに喜んでもらえて良かったぁー!……じゃあー、次はー……」

「ギャッ!……お、俺はいいっスよ、サラ団長! じ、自分でつけますんで!」

「ひぇっ!……お、俺も大丈夫っス!」


 サラがクルリと振り返り獲物を狙うような目つきでこちらを見つめてきたので、小隊長達は真っ青な顔になり、皆こぞってザザッと後ずさったが……

 その背中を、ムキムキに筋肉がついた太い二つの腕が大きく開いて、ガシイッと押しとどめていた。


「……お前ら、自分達だけ逃げようなんて、ズルイぞぉ! せっかくだから、お前らも、サラにいーい名前をつけてもらえ! 遠慮すんな!」

「ボ、ボロツさんっ! 酷ぇ!」

「か、勘弁して下さい、ボロツの旦那ぁ!」

「フハハハハ! こうなったら全員道連れだあぁ!……おーい、サラ! コイツらもサラに馬の名前をつけてほしいってよー!」

「わー! ホントー?……ウフフフフ、ちょっと待っててね、みんなー! すっごく可愛い名前をつけてあげるからー!」


 「あああぁぁーー!!」と小隊長達は悲鳴を上げたが、ボロツに容赦なく首根っこを掴まれて、順番にサラの前に差し出されてしまっていた。

 こうして、ボロツだけでなく、取り巻きの小隊長達も、サラによって自分の馬に珍妙な名前をつけられる事となった。


「うんうん! みんなの役に立てて、私もとっても嬉しいよー!」


 一応一生懸命頭を捻って名前を決めたらしいサラは、大仕事をやり遂げたような満足げな顔でフーッと息を吐きながら、額に浮かんだ汗をゴシゴシ手の甲でぬぐっていた。

 もう一度確認するために、一頭一頭馬を指差しながら名前を復唱するサラだったが……


「えっとー……確か、この子が『枯れ葉』で、こっちが『落ち葉』。それで、あっちの子達が『土』『泥』『地面』っと。」

「サラ、間違ってるぞ。……左から順に『落ち葉』『枯れ葉』『地面』『土』『泥』だろ? 一個も合ってないじゃないかよ。お前がつけたんだろ?」

「あ、ティオー。だってー、みんなの馬ってば、毛の色がおんなじで見分けがつかないんだもんー。後、名前たくさん覚えるの大変ー。」

「いやいや、区別しやすいように名前つけたんだろ? 本末転倒じゃねぇかよ。」


 どうしても鹿毛の馬が多いので、サラがつけた名前は「茶色っぽいもの」ばかりになっていた。

 もちろんセンスは皆無で、勝手に名前をつけられた小隊長達は、皆ボロツと同じく地面に崩れ落ち、中には腕で顔を覆って泣いている者も居た。

 おまけに、サラ自身も馬と名前が一致していないという地獄絵図が展開される結果となった。


 しかし、ボロツの取り巻き達の馬の名前も順調につけ終えたサラは、次なる獲物として、グリンと首を回し、ジラールを見つめた。

 普段はどこか厭世的な雰囲気を漂わせている寡黙なジラールも、さすがにギクリとして、慌ててブンブンと顔の前で両手を振っていた。


「ジラールさーん!」

「い、いや! 俺はもう自分の馬に名前はつけたのだ! だから名づけは必要ないぞ、サラ!」

「へー、どんな名前なのー?」

「ウ、ウム。よくぞ聞いてくれた。俺は自分の馬に『残雪丸』とつけてみた。」

「ザンセツって何ー?」

「残雪とは解け残った雪の事だ。」

「雪ー? 雪って白色だよねー? この子の毛は焦げ茶色だよー?」

「しかし、四肢の先は白色だろう? ほら。」

「あ! ホントだ! 足の先だけちょこっと白いんだねー。可愛いなぁー。」

「そう。まるで雪を踏みしめているかのようじゃないか。そんな様に、俺は懐かしい故郷の山々を思い出し……」

「分かったー! じゃあ、ジラールさんの馬の名前は『焦げパン』ねー!」

「えぇー!? こ、焦げ? え?」

「これからヨロシクねー、『焦げパン』ー!」


 ジラール自身によってつけた名前も、その名前の由来も、しっかりジラールはサラに話したが……

 サラは一刀両断して、なんの考慮もせず勝手に名前をつけていた。

 サラが人の話をろくすっぽ聞かない人間だという事をつくづくと思い知る事になったジラールは、「ぐおおぉぉ」とうめきつつ白髪混じりの頭をかかえて、やはり地面に膝から崩れ落ちていた。

 サラは傭兵団の団長ではあるが、それ以上に、子供のような純真無垢さと圧倒的な迫力により、周りに有無を言わせない雰囲気を醸し出していた。

 傭兵団で大きな影響力を持つ副団長のボロツさえ、サラに惚れているせいで不平不満を訴える事が出来ないため、サラに向かってズバズバものを言えるのは、もはやティオのみといった状況だった。


(……うーん……死屍累々だなぁ。……ジラール小隊長もサラ団長には敵わなかったかぁ。気難しそうに見えて、意外と押しに弱い所があるもんね、ジラール小隊長って。……根っからの軍人だから、戦場で共に戦う馬には思い入れがあるんだろうけど、まあ、「残雪丸」って、元々荷馬車を引いてた馬にはちょっと立派過ぎる気がしないでもないよね。それでも、「焦げパン」は酷いと思うけど。……)


(……さて、と。僕はどうしようかなぁ。……)


 ティオによってあてがわれた大人しい栗毛の馬の背を撫でながら、チェレンチーはしばし考えていたが、スッと手を上げてサラを呼んだ。


「サラ団長、僕の馬の名前もつけて下さい。」

「ええ!? 正気ですか、チェレンチーさん?」

「はいはーい! 任せてね、チャッピー!」


 ティオが目を見張って驚いていたが、サラは嬉しそうにさっそくパタパタ駆け寄ってきた。


(……ま、まあ、僕も、最初はなるべくサラ団長を避けようと思ってたんだけど……この流れで、一人だけ逃げるのは無理っぽいよね。……)


 実は、サラによって散々な名前をつけられた小隊長達が、先程からチェレンチーの方をジロジロ見ながら「誰だよ、サラ団長に、馬に名前をつけた方がいいって勧めた野郎は?」と不満を漏らしていたのである。

 このまま一人だけ被害を受けずに済ませると、後で自分への当たりがきつくなる事を想定して、自ら特攻したチェレンチーだった。

 そうして、無事サラから「どんぐり」というおちゃめな名前を栗毛の馬に授けられたのだった。


(……結局、サラ団長の「シロ」とティオ君の「アオカゲ」が、まともな部類の名前になっちゃったなぁ。アハハ。……)


 またもや、ふっくらとした頬が特徴的な柔和な面立ちの顔に苦笑いを浮かべるチェレンチーだった。



「じゃあ、名前の問題は一件落着って事で、俺も馬に乗りますか。」


 主にサラによって馬に名前がつけられると、ティオは『アオカゲ』と名づけた自分の馬のたずなを引いた。

 傭兵団の幹部達が集まっている場所から少し離れた所まで移動し、あぶみに足を掛けると、バッと一息に馬に跨がる。

 小隊長達という役職にあるとは言え、ほとんどの人間が今日はじめてまともに馬に乗った者であったため、ティオが昇降用の木の台も使わず鮮やかに馬に騎乗する様に、皆思わず目を奪われていた。

 ティオはそのまま、カッポカッポと常歩から、タッタッタッと速歩を経て、ドッドッドッと滑らかに駆足に加速し、最後には、ダカダッダカダッと襲歩で飛ぶように馬場を駆け抜けた。

 その後、グイッと手綱をさばいて方向転換すると共に速度を落とし、一旦皆の集まっている場所まで常歩で戻ってきた。


「……ヤベッ! うっかり見とれてた! ティオの野郎だってのに!」

「……ま、まあ、正直ちょっとカッコ良かったよなぁ。馬に乗れんのって、やっぱカッコいいなぁ。」

「ティオのヤツ、馬にも乗れんのかよー。一体どこで覚えたんだよー?」


 ティオの乗馬姿を見た小隊長達は、その見事さに驚く共に感嘆し、ザワザワと囁き合っていた。

 ボロツも腰に手を当てて眉間にシワを寄せながらも、思わず零した。


「ティオの野郎、アイツ、ホントに、剣を持って戦う事以外は、大体なんでも器用にこなしやがるよなぁ。」


 ティオが能力を発揮して目立ったり良く見えたりするのは、勝手に「サラを巡る恋のライバル」とティオを認定しているボロツにとって嬉しい事ではないのだが、さすがに認めざるを得ないといった様子だった。

 また、ティオはいつもは、裾がボロボロにほつれたマントに、ボサボサの黒髪、大きな丸い眼鏡という冴えない外見なのだが……

 こうして背筋を伸ばして馬を駆っている姿は、その長身が良く映え、風に靡く色あせた紺色のマントさえも颯爽と美しく見えていた。

 ティオが自分用に選んだ馬は、十二頭の中でもとりわけ見事な馬だったが、その馬に乗って巧みに手綱をさばくティオの姿は、決して馬に見劣りする事なく、雄々しく力強い印象を見る者に与えていた。

 また、まさに人馬一体となってティオの手足のごとくに動く青鹿毛の馬は、ティオを背中に乗せて、どこか満足げに、誇らしげに見えた。


「見事な馬術だな、ティオ。俺でもそこまで上手く馬を扱えないぞ。加えて、やはりいい馬だ。これ程の馬にはなかなかお目に掛かれないものだ。まさに名馬と言っていいだろう。これで性格の問題さえなければなぁ。」

「ジラールさんに褒めてもらえて嬉しいですよ。……ハハ、実は馬の方は、足の速さとタフさを優先したんです。傭兵団ではたぶん俺が一番馬に乗る機会が多いと思うので、いい馬を取らせてもらいました。人見知りが激しくて決して扱いやすいとは言えないかも知れませんが、とても賢い馬ですよ。……よしよし。……」


 騎乗したまま上半身をかがめて馬の首を撫でているティオに、ジラールに続いて、チェレンチーも頬を上気させて駆けつけていった。


「ティオ君! ティオ君は、本当に馬に乗るのが上手いね! それに元々見目がいいから、馬に乗って駆けている姿が凄く様になるよね! まるで英雄叙事詩の主人公みたいに格好良かったよ!」

「アハハ、いつも褒め過ぎですってば、チェレンチーさん。……では、俺は、そろそろ出掛けてきます。チェレンチーさん、ジラールさん、後の事を頼みました。」

「えー? ティオ、どっか行くのー?」


 ピョーンとあぶみも使わずに自分の白馬に跨がったサラが、カッポカッポと近づいてきたが、ティオはその時は既に手綱をさばいて傭兵団の皆に背を向けようとしていた。


「ああ、サラ、ちょっと『月見の塔』に偵察に行ってくる。」

「えっ?『月見の塔』って、確か……」

「反乱軍が立てこもってる古代文明の遺跡だよ。このナザール王都を出て南西にしばらく行った所にある。」


「もうすぐ俺達が戦う事になる内戦の戦場を、実際にこの目で見ておきたいってずっと思ってたんだが、『月見の塔』まで、徒歩だと片道半日もかかるからな。馬が手に入って本当に良かったぜ。……夕方までには帰ってくる。サラも乗馬訓練頑張れよ。あんまりチェレンチーさんやジラールさんに迷惑かけんなよ? まあ、ボロツ副団長にはかけてもいいや。……それじゃあ皆さん、お先に失礼しますー!」


 そう言って、ティオは、一旦振り返り、こちらを見ている傭兵団の面々に笑顔で大きく手を振ると……

 すぐにまた前に向き直って「はっ!」と馬の腹を蹴り、走り出していた。


「え? あ、ちょ、ちょっと、ティオ、待ってよー! アンタ、私の剣の特訓に付き合うって約束したじゃーん!」

「悪い、サラ! 今日は忙しいから、今度なー!」

「ああぁぁー! やっぱりまたそうやって逃げるー! 最初から逃げるつもりだったんでしょー! もう、嘘つきー! バカー! ティオのバカー!」


 サラも慌てて白馬を走らせたものの、ティオは既に、色あせた紺色のマントをひるがえし、勢いに乗ってあっという間に近衛騎士団の馬場から走り出していってしまった。

 後には、サラの子供のような語彙力の罵倒と、寂しげな白馬のいななきが響き渡るのみだった。


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