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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十三章 野中の道 <第七節>補佐の矜持
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野中の道 #49


「あー! それがティオの馬ー? わー、可愛い可愛いー!」


 ジラールの次にやって来たのは、なんとサラだった。

 すっかり馬に乗るのに慣れた様子で、白馬を駆ってタッタカタッタカと上機嫌で馬場を走っていたが、ティオが青鹿毛の馬を引いて厩舎から出てきたのを見ると、さっそくたずなをさばいて一直線にこちらにやって来た。

 余程気がはやっていたのか、止まりもせず馬を走らせたまま、ググッと馬の頭を両手で押さえたかと思うと、ポーンと足を開いた格好で思い切り飛び越して、スターン! と、手を高く挙げ足を揃えた綺麗な姿勢で地面に着地していた。

 白馬はそんなサラの無茶苦茶な行動に驚いて、「ヒヒーン!」といななき、前脚を宙に挙げて暴れかけたが、慌ててティオが駆けつけ、たずなを掴んでいた。


「コラー! サラー! ちゃんと止まってから降りろー! 横から降りろー! 馬の頭を飛び越えるヤツがあるか、バカ野郎ー!」

「ねーねー、ティオー、これ、ティオのお馬さんー? 可愛いねー可愛いねー! 触っていいー?」

「ダメだ! 絶対ダメー! お前みたいなガサツなヤツは、俺の馬に触るんじゃないー!」


 ティオは当然必死に止めたが、サラは全く聞こうとせず、サラが変な飛び降り方をしたせいで動揺している白馬をティオが「どうどう!」となだめている隙に、サッと横をすり抜けていってしまった。

 そして、サラは、ティオが連れてきた青鹿毛の馬の真正面に飛び出ると、バーン! と前に向かって腕を伸ばして構えた。

「危ない! サラぁ!」

 と、サラを追ってきたボロツが自分の馬から飛び降りながら思わず叫び、チェレンチーやジラールをはじめとしてその場に居合わせた団員達はこぞって顔を真っ青にしていた。


「アハハ! アハハハハ! ティオの馬、凄くじゃれてくるよー! 可愛いねー! 私の事好きなのかなー?」


 急に近づいていきただけでなく、今にも飛びかかりそうな勢いで腕を広げ、意図せず威嚇のポーズを取ったサラに……

 青鹿毛の馬は敵意と警戒心剥き出しで、ガチッ、ブルル、ガチ、ガチン! と、荒い息を吐いて唸りつつ、立て続けにサラに噛みつこうとしてきたが……

 サラは、ヒョイヒョイヒョイ、と金の三つ編みを揺らしながら、上半身だけを前後左右に振って軽く馬の攻撃をかわしては、ケタケタ楽しそうに笑っていた。


「それはじゃれてるんじゃない! お前の事を嫌がってるんだよ!」

「えー、そうかなー?……はい、つーかまえたーっと!」


 そして、サラは、ティオの言葉に構わず、シュバッと素早く踏み込み馬との距離を詰めると、ガシイッと馬の首にぶら下がる勢いで飛びついた。

 青鹿毛の馬は、「ブルルッ!」と鼻を鳴らして驚いたものの、白馬にように激しく混乱する事はなく済んでいた。

 おそらく、それは、馬の個性に由来するものなのだろう。

 プライドが高くエキセントリックな性格の白馬に比べ、青鹿毛の馬は非常に頭の良い冷静沈着な性格の馬のようだった。

 しかし、それはそれとして、気に入らない人間であるサラに、いきなり無遠慮に体に触られるのはやはり嫌な様子で、必死に左右に首を振ってサラを振り払おうとしていた。

 だが、その程度で、巨漢のボロツさえもポーイと放り投げる程のバカ力のサラが離れる筈もなかった。

 サラは、ダン! と地面を蹴り、たてがみごと馬の首の上部を掴むと、グルッと下半身を胸に引き寄せる格好で回転させて、ガッチリと両足で馬の首を挟み込んで押さえつけていた。

 そして、足の力だけで馬にぶら下がり、空いた手で、ワシャワシャと思う存分馬の顔やらたてがみやらを撫で回した。


「わーい! 可愛い可愛いー! キャーキャー!」

「サ、サラ、やめろバカ! 馬が嫌がってるって言ってるだろうが! 今すぐ放せ、この筋肉小猿ー!」


 なんとか白馬の方を落ち着かせて駆けつけてきたティオに、ググッとオレンジ色のコートのフードを引っ張られて引き剥がされるまで、サラは青鹿毛の馬の首にぶら下がったまま、キャッキャとはしゃいで馬に頬をすり寄せていたのだった。


(……ハ、ハハハ……「可愛い!」って騒いでる所だけなら、サラ団長も普通の女の子っぽく見えるんだけどなぁ。……)


 チェレンチーは、サラにも動物を前にして「可愛い」と喜ぶ女の子らしい一面があるのを知ったが……

 残念ながら、サラが満面の笑みで飛びついて頬ずりしているのは、サラの十五倍以上もの重量がある大きな馬だった。

 しかも、今回傭兵団が仕入れた中でも一番気性が荒い青鹿毛の馬であり、サラが小柄なせいで、いっそう馬が大きく見えていた。

 実際、目の前をチョロチョロ落ちつきなく動き、キンキン大きな声で騒ぎ、おまけにいきなり飛びついてきたサラを嫌って、青鹿毛の馬は何度も噛みつこうとしてきていたが、サラはほぼ無意識に全てかわしており、全く気にしていない様子だった。

 その場に居合わせたチェレンチー以外の者達も、はじめこそサラがケガをしないかと心配していたが、次第に、空気を読まないサラにまとわりつかれる馬の方が哀れに思えてきて、今はもはや、こぞって複雑な表情を浮かべていた。

 とは言え、サラも馬も、自分達の手には負えないため、被害をこうむらないよう遠巻きにして、ただただ生温かい目で見守っているのみだったが。

 幸い、ティオが、ショックで暴れていた白馬をなだめたのち、無邪気故の乱暴さで好き勝手しているサラを取り押さえて、青鹿毛の馬から引き離してくれた。

 その後、ティオは、サラに目茶苦茶にいじられて困惑してる様子の青鹿毛の馬にも、乱れたたてがみの毛を優しく撫でつけながら、労るように話しかけていた。


「ゴメン! ホント、ゴメンなぁ! アイツ、バカで考えなしのくせに力だけは強いから、すぐ無茶しやがるんだよ。あれでも悪気はないんだぜ、お前なら分かるだろう? これからは、アイツをお前に近づけないよう気をつけるから、許してくれよ。な!」


 ティオが撫でていると、それまでフーッフーッと荒い気を吐いていた青鹿毛の馬が、あっという間に静まっていった。

 人間で言うと背筋を正すようにピシッと綺麗な姿勢で佇み、一方で顔だけはジッとティオの方に向けて彼の言動に注視している様子だった。


「ねー、ティオー。」

「なんだよ、サラ、もう勝手に俺の馬に触んなよ?」


 サラがプウッと頬を膨らませて近づいてきたのを見て、警戒したティオは、ザッと青鹿毛の馬を背中にかばうように立ち塞がった。


「さっきから思ってたんだけどー、ティオって、まさか、馬の言葉も分かるのー?」


 どうやらサラは、ティオばかりが「可愛い」馬に好かれてなつかれているのが気に入らないようだったが……

 そんなサラの、純粋でストレートな問いに、二人と二頭を遠巻きに見守っていたチェレンチーをはじめとする傭兵団の面々や、それを更に遠くでうかがっていた厩務員達は、(それ! よくぞ聞いてくれた!)と心の中で手を叩いていた。

 皆、気性の荒い扱いづらい馬である白馬と青鹿毛の馬が、ティオの前だけでは別の馬のように大人しくなるのを不思議に思っていたものの、ティオにどう切り出していいか分からずにいたところ、サラが遠慮なく尋ねたのだった。


 すると、ティオは、一拍キョトンとした後、すぐに、プッと吹き出して、「ハハッ!」と屈託なく笑い飛ばした。


「んな訳ねぇだろー。俺だって馬の言葉なんか分かんないってのー。……でも、まあ、馬の態度を良ーく見てれば、誰でもなんとなく気持ちは推察出来るんじゃないのか? 後、俺、昔っから動物には割と好かれるんだよなー。」

「えー? 何それ、ズルーイ! 私も可愛いお馬さんに好かれたいよー!」


 まあ、結局、ティオの答えはごく普通のもので、特別な「コツ」のようなものはないらしく、見守っていた一同は、とりわけ厩務員達は、ガッカリした面持ちで肩を落としていた。

 が、チェレンチーはチラと思った。


(……ん?……「馬の言葉も分かる」って……「も」ってなんだろう? 馬以外の何かの言葉が分かったりするの、ティオ君?……)


 さすがのチェレンチーも、まさかティオが「鉱石に残った記憶を読み取る」という異能力を持っており、それがまさに「石の言葉が分かる」かのような状態だとは、思ってもみなかったのだった。


 

「ねえ、みんな、自分の馬に名前をつけようよー!」


 ティオが自分の馬を馬房から出してきた事から、近衛騎士団の馬場に集められた傭兵団の幹部達は、厩舎の前に全員揃う事になった。

 ジラールに続いてサラまで駆けつけてきたため、ボロツも、ボロツの取り巻きである他の小隊長隊も、ティオの周りに集まる形となり、そこに、たまたま厩舎のそばに居たチェレンチーも自然と加わっていた。

 一通り自分の馬に乗って乗馬を齧ったサラは、全員集合した事でテンションが上がったらしく、「はい!」と元気に手を上げて提案してきた。


「えー? 馬に名前とか別に要らないだろ。」


 この中で最も、かつ異常な程馬に好かれているティオのそっけない発言に、皆ジトッと冷ややかな眼差しを向けたが、特にティオを羨んでいたサラは、猛然と食ってかかった。


「もー! ティオはゼンッゼン馬の気持ちが分かってないなぁ! お馬さんだって、素敵な前をつけてもらった方がいいに決まってるでしょー? それに、まあ、私の馬は白いからすぐに分かるけどー、みんなの馬はなんかおんなじような色で、名前がないと区別がつかないよー。」

「まあ、分かりずらいかな。……じゃあ、小隊順に、馬一号、馬二号、馬三号……」

「そう言うんじゃなくって、もっと可愛い名前がいいのー! ティオのバカバカー!」


 最も馬の気持ちが分かっていなさそうなサラの主張が正しいかはともかくとして、確かに何か呼び名があった方が便宜上都合はいいだろうとチェレンチーも考えた。

 さっきからずっとむくれているサラの気持ちもフォローしようと、そっと肩の高さに手を上げて発言した。


「ティオ君、僕も馬に名前をつけるのは賛成だよ。名前をつけると自然と愛着が湧くからね。しばらくは自分の馬として接する事になる訳だし、馬と友好的な関係を築く上でも、名前をつけて呼んであげるのは良い方法なんじゃないかな。」

「なるほど、そうですね。チェレンチーさんがそう言うなら、馬に名前をつけるのもいいかと思います。」

「ほらー! ねー! チャッピーは馬の事が良く分かってるー! ティオもちょっとは見習いなよねー!」

「それで、サラは自分の馬にどんな名前をつけるんだ?」

「え? 私? 私は……えっとー……」


 サラは腕組みをして「うーん」と少し考えた後、ティオに向かって両手を握りしめて熱く語った。


「可愛い名前がいい! 私のお馬さんって、世界一美人な私にピッタリの綺麗な馬でしょう? だからね、そういう凄さが良く分かる名前がいいなぁ。えっとぉ、綺麗でー、可愛くてー、頭が良くてー、素敵でー、可愛くてー、後、超強い感じー! それからそれから、やっぱり可愛い名前がいいー!」

「あー、まあ、サラの馬だからな。サラが好きにつければいいんじゃないか? あ、でも、あんま呼びにくいのはやめとけよ。戦場で急いで馬を呼びたい時とか困るからな。」


 普段からあまり論理的な思考をしない上に、見た目以上に幼い感性のサラの発言は、とても考えがまとまっているとは言い難いものだった。

 とりあえず、サラの「可愛い」に対する情熱だけは伝わったが。

 白馬の方も、サラの熱意を感じ取ったようで、どこか誇らしげな期待するような目でサラの方を見ているようにチェレンチーには思えた。

 珍しく、しばらく真剣に考え込んでいたサラは、やがて、ピーン! と何か閃いた様子で、ビシィッと自分の乗っていた白馬を真っ直ぐに指差して宣言した。


「決めたー!『シロ』! 私の馬の名前は『シロ』にするー!」


 サラはさっそく「シロー!」と白馬の首に飛びついて頬ずりしながら名前を呼んでご満悦の様子だったが、白馬の方は、フーッと大きくい気を吐いて、あからさまにガッカリしたような顔をしているように見えた。

「……まんまじゃねーか。……」

 と、ティオがポツリとつぶやいたのを、有頂天なサラは聞いていなかったが、チェレンチーは聞き逃さなかった。


(……ま、まあ、サラ団長のネーミングセンスについては、正直あんまり期待してなかったよね。……)


 なんとも言えない気持ちで「ハハハ……」と苦笑いするチェレンチーだった。


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