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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十三章 野中の道 <第七節>補佐の矜持
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野中の道 #48


(……サラ団長が今乗っている白馬って……絶対ドゥアルテ商会が所持していたものじゃないよね?……)


 チェレンチーは、近衛騎士団の厩舎に併設された馬場で、白馬に跨がったサラが、ダーッと馬を走らせたり、カポカポと歩かせたり、たずなをさばいて方向転換させたりと、もうかなり自在に操っている様子を眺めていた。


 厩舎の前に集まった傭兵団の幹部達を、一通り馬に鞍をつけて乗る所まで手伝ったチェレンチーは、既に馬に乗って馬場で走らせていたボロツとジェラールに彼らの指導を一旦投げた。

 自分も馬に乗って常歩や速歩の指導に向かう前に、少し馬場全体を見回してみんなの様子を観察したが、やはりどうしても白馬に乗ったサラの姿に目が引きつけられる。

 ほんの小一時間程前には馬に乗った事さえなかったサラが、今やほとんど手足のように白馬を操作する姿に、当然驚きの気持ちはあるものの……

 サラが、小柄で華奢な少女でありながら、がたいのいい大男であるボロツをヒョーイと軽々ぶん投げる姿を日常的に目の当たりにしているので、「サラ団長の事だからね」と、常識的な考えを丸っと放棄して納得してしまうチェレンチーだった。

(……まあ、サラ団長はいつもの事だから、置いておいて……)

 と、チェレンチーはチラと、自分のそばでサラに向かって「サラ、そこでたずなを引け!」「早く走る時は体を伏せて!」「ちゃんとあぶみに足を置けって言ってるだろ!」と声を掛けているティオを見上げた。

 ティオの指導はことごとく的を得たものであり、それもあってサラはみるみると乗馬の腕を上げていっていた。


(……白馬なんて、滅多にお目に掛かれるものじゃない。サラ団長が乗っているのは、性格に随分問題があって、値段はかなり下がるだろうけれど、それでも白馬自体の数が少ないから、そもそも見つけるのに苦労する代物だ。……)


(……ドゥアルテ商会は、確かにこのナザール王国でも有名な大商会で、扱っている商品も多岐に渡っている。でも、馬の取引はしていなかったんだよね。商品として扱う馬の飼育や管理には、厩舎をはじめとした専用の設備や熟練した厩務員が必要だもんね。馬の市場の事は僕も良く知らないんだよなぁ。大体の相場と、馬を専門に扱う商人の一団が居るというぐらいで。……うーん、父さんが亡くなった後に、あの怠け者の兄さんが、専門知識が必要で市場も固まっている馬の取引に新たに手を出したとはとても思えない。……)


(……そもそも、この王都で馬を十二頭も早急に揃えるのは難しいからこそ、ティオ君は、ドゥアルテ商会が荷運び用に飼っていた馬に狙いをつけたんだよね。そして、今の商会の頭取である兄さんをドミノ賭博で窮地に立たせて、その過程の賭博で荒稼ぎした金を使って一気に馬を買い上げるっていうのが、ティオ君の立てた作戦だった訳で。……確かに、ほとんどの馬はドゥアルテ商会で使っていたものだと思う。僕も多少見覚えがあるし、人馴れした扱いやすさや体格から見ても、荷馬車を引かせる用の馬だ。……)


(……でも、今サラ団長が乗っている白馬は、たぶんドゥアルテ商会の馬じゃない。それから、ボロツ副団長用の体の大きな頑丈そうな馬も違う。後、重鎧隊の小隊長用の馬も、ボロツ副団長の馬程ではないけれど、ガッチリとしてたくましい明らかな軍用馬だから、商会が持っている筈がない。……サラ団長には、傭兵団の団長としていい馬を選んだって、ティオ君は言っていたな。身の丈を超える大剣が武器の筋肉質で大柄なボロツ副団長と、重い鎧に身を包む予定の重鎧隊の隊長を乗せるには、普通の馬では無理があるのも分かる。……)


(……問題は、ティオ君がこの明らかに異質な三頭をどこから仕入れてきたかって事なんだよね。……)


(……まあ、ティオ君の事だから、後々問題が起こるような下手な取引はしていないと思うから、そこは心配してないんだけれど。……)


 チェレンチーが複雑な思いで見つめていると、それに気づいたらしいティオがこちらに視線を向けてニコッと笑いかけてきたので、チェレンチーは内心ギクリとした。

 ティオはどうやら、チェレンチーを気遣って励まそうとした様子だった。


「皆さんいい感じですね。これなら、今日中には、全員一通り馬に乗れるようになるんじゃないですか? チェレンチーさんの指導が分かりやすいんでしょうね。やっぱり、チェレンチーさんに頼んで良かったです。」

「いやぁ、僕はティオ君に言われた通りやっているだけだよ。ティオ君が一人一人に合うように馬の性格を見て割り振ってくれていたから、トラブルもなくスムーズにいってるんだと思うよ。僕に与えられたこの馬も、凄く素直でいい馬だよ。……なんだか、僕まで馬を貰ってしまってゴメンね。幹部会議に参加しているとは言っても、他のみんなと違って、戦闘で活躍出来る訳でもないのに。」

「いえ、チェレンチーさんこそ馬を持っていて欲しいと思っていました。戦場に出たら、俺に素早く連絡を繋げるために、馬は絶対必要になってくるでしょうから。……それに、乗馬の指導はチェレンチーさんが主導ですからね。」

「いやいや、ボロツ副団長やジラール小隊長が檄を飛ばして場を引き締めてくれるから、みんな真面目に説明を聞いてくれるんだよ。」

「確かに、ボロツ副団長のリーダーシップは頼りになりますね。元々小隊長のほとんどは、この傭兵団が組織化する前はボロツ副団長の周りに居た親衛隊のような人達ですから、ボロツ副団長の言う事は素直に聞いてくれる。でも、副団長は、分かりやすく順序立てて手順を説明するのは得意ではありません。それから、ジラールさんの経験にもとづいた助言も大いに役立つものですが、ジラールさんは口下手なので、多分に言葉が足りない傾向があります。そんな二人を補うように、チェレンチーさんが一つ一つ丁寧に教えてくれているおかげで、今まで馬に乗った事のなかった人達も、順調に乗馬に必要な知識や技術を覚えていっているんだと思いますよ。やはり、チェレンチーさんが居ないと始まりませんよ。」

「そ、そうかな? ティオ君がそう言ってくれると嬉しいよ。これからも役に立てるように、精一杯頑張るよ。」

「ええ、頼りにしています。……うん、この分なら、俺が居なくても乗馬の練習はなんとかなりそうですね。安心しました。」

「ティオ君、出掛けるんだね? そう言っていたものね。」

「ええ。もう少ししたら、予定通り行ってこようと思います。馬が手に入った事で、飛躍的に移動速度が上がったのは嬉しいですね。疲労も少なくて済みますし。……じゃあ、後の事はチェレンチーさんに頼んでしまっても大丈夫ですか? ボロツ副団長にも声を掛けておきますので。もし、みんなが、チェレンチーの言う事を聞かずに好き勝手やり出したような時は、副団長に一喝してもらって下さい。」

「うん、了解だよ。こっちの事は任せて、ティオ君は出掛けてきて。ずっと気になっていたんでしょう?」

「はい。ようやく念願が叶います。」

 

 この近衛騎士団の馬場に集められたサラ以外の幹部達も、そろそろ皆自分の馬に乗り、ボロツやジラールに叱咤激励されながら、おっかなびっくり常歩で歩き出していた。

 そんなふうに順調に乗馬の訓練が進んでいる様子を眺めながら、チェレンチーはしばらくティオと会話を交わしていたが……

 ふと、何気ない口調と笑顔でティオに尋ねてみた。


「ところで、ティオ君。サラ団長と、ボロツ副団長、それから、重鎧隊の隊長の馬は、ドゥアルテ商会に居た馬じゃないよね? 一体どこから仕入れてきたの?」

「……」


 ティオは、チェレンチーを真っ直ぐに見つめて、ニコーッと嘘臭い程明るい笑みを浮かべた後、何か思い出したようにポンと手を叩いた。


「あ! 俺もそろそろ自分の馬を連れてこないと! 本格的に乗る前に、少し慣らしておきます。」

「あ、ティオ君……」


 ティオは、チェレンチーが呼びかけるのも構わず、クルッと背中を向けてスタスタと厩舎の中へと向かっていってしまった。

 そんなティオの後ろ姿を、チェレンチーは苦虫を噛み潰したような顔で見送っていた。


(……あー……素直に話してくれなそうな予感はしてたけど、やっぱりダメだったかぁ。……)


(……ティオ君、本当に一体どこからあんな馬を仕入れてきたんだろう? ずっと忙しそうにしていたのに、あれだけの馬を融通出来る人脈をいつ作ったのかなぁ?……)



 ややあって、ティオは自分用の青鹿毛の馬のたずなを引いて厩舎から出てきた。

 厩舎の中で、馬房で休んでいた馬にくつわを噛ませたずなをつけたのちに戻ってきたのだろうが、再び厩舎の外に出てくるまでの時間からして、すんなりと作業が済んだ事がうかがえるものだった。

 サラ用の白馬は、見た目が際立って美しく、馬自身もそんな自分の美しさを自覚しているかのように、どこかしゃなりしゃなりと得意げに歩いてきたが……

 ティオ用の馬は、毛色こそ一般的で一見ごく普通の馬に見えるものの、骨格や筋肉のつき方が恐ろしく均整がとれており、研ぎ澄まされた機能美のようなものを感じさせる一頭だった。

 また、非常に賢そうで、その悟りでも開いているかのような静かな表情は、馬ながらも見る者に知性を感じさせるものがあった。


(……うわっ! いい馬だなぁ!……)


(……サラ団長の馬は白馬の上に頭が良く運動能力も高そうな良い馬だったし、ボロツ副団長の馬も大きくて力の強そうな立派な馬だったけど……ティオ君用の馬は、その二頭と比べても飛び抜けていい馬だよ! たぶん、「名馬」って呼ばれるような馬だ!……)


 チェレンチーは馬のについてはあまり深い知識を持っていなかったが……

 いつものように「そのものの商品価値を鑑定する」という感覚で、ティオの連れてきた馬を見て、その見事さに感銘を受けていた。

 「ものの性質や本質を見抜き、価値を判断する」というのは、商人としての才能を持つチェレンチーの異能力で、ティオが「目利きの能力」と密かに呼んでいるものである。

 またその能力は、店に並んだ商品や、売買前の様々な物品にとどまらず、人間にも使用可能で、その時は、その人間の本質や資質、健康状態、社会的に置かれた立場などを総合して、現在の状況の善し悪しを判断する事が出来た。

 更には、推論的にかなりの確度でその人間の将来を予想出来るという、一種未来予知のようなものにまで発展していた。

 ティオは、チェレンチーを混乱させぬよう、「異能力」という概念や、チェレンチーがその異能力を持っている事をまだ本人に告げずにいたが、最近自分に自信を取り戻したチェレンチーは、日常的にごく自然にその異能力を使って様々なものを見るようになっていた。

 その時も、チェレンチーの目には、ティオがたずなを引いて連れてきた青鹿毛の馬が、光り輝くように見えていた。

 「良いものは光って見え、悪いものは暗く陰って見える」というのが、チェレンチーの異能力の基本的な感じ方だった。


 チェレンチーが、まばゆい光を閃光のように放って見えるティオの馬に思わず見惚れていると……

 ティオの後を、距離を置いて、厩務員達がゾロゾロやって来て、こぞって狐に摘まれてような顔でティオと彼の馬の様子を観察していた。


(……あ、そうだった。ティオ君に、サラ団長の馬とティオ君の馬は、気性が荒くて危ないから近づかないようにって言われてたんだったなぁ。……)


 そんなティオの忠告を真面目に守っていたチェレンチーであるので、この時まで、ティオが自分用に用意した馬をしっかりと見る事がなかったのだった。


(……え? でも、全然気性が荒いようには見えないけどなぁ。確かに、サラ団長の白馬は、気位が高いって言うか我が侭って言うか、扱いにくそうな感じがしたけど、ティオ君の馬は、凄く冷静で主に忠実な雰囲気がするんだけど。……いや、でも、厩務員達のあの反応からして、ティオ君が言っていた「危ないので近づかないように」っていうのは、本当っぽいよね。普段はかなり気難しいのかな? 今はたまたま珍しく機嫌がいい、とか?……)


 チェレンチーの耳に、ティオと青鹿毛の馬の様子を呆然と見ている厩務員達の会話が、風に乗ってわずかに聞こえてきた。


「……えぇ、どうなってんだ、一体? あの馬があんなに大人しいなんて。……」

「……それまで横になってたのに、あののっぽの兄ちゃんが近づいてきたら、スッと起きたよなぁ?……」

「……それどころか、くつわも自分から喜んで噛んでるみたいだったぜ。たずなを引かれて歩いていく時の、あの素直な態度。まるで別の馬みたいだぜ。……」

「……ベテランの俺達でもどうにもならない性悪の馬だってのに、あの兄ちゃん、魔法でも使えるのか?……」


 ティオがどうやって非常に扱いずらい荒っぽい性格の馬を大人しく従えさせているのか、熟練の厩務員達さえもその方法が分からず、コツのようなものがあれば知りたいと、盛んにヒソヒソと囁き合っていた。

 チェレンチーも、内心驚きながら彼らの会話に耳を傾けていると……

 ティオが厩舎から連れ出してきた青鹿毛の馬を見たらしいジラールが、自分の乗っていた鹿毛の馬のたずなを繰り、こちらにやって来た。

 他の国で弓の名手として名が轟いていた若い頃は自分の馬を持ち日常的に乗っていたであろうジラールは、さすがに乗馬の技術が他の団員達と比べて抜きんでていた。

 正式に習った事はないものの今までの経験と腕力で強引に乗りこなしているボロツに比べて、ジラールの乗馬は気品が感じられるような正確さで、一挙一動が洗練されていた。

 そんなジラールであるので、ティオが連れている馬が相当な名馬であるとすぐに見抜いたらしかった。

 馬を停止させると、ザッと軽やかに長身痩躯の身をひるがえして地面に降り立ち、ティオに声を掛けてきた。


「おい、ティオ、それがお前用の馬か? 随分いい馬を選んだじゃないか。」

「ああ、ジラールさん。ええ、まあ。役得ってヤツですかね、エヘヘ。」

「ズルイぞ、自分が一番いい馬を取るなんて。ちょっと俺に乗らせてみろ。どんな走りをするのか気になる。」

「あ! ダメですよ、この馬に近づいちゃ!」


 目を輝かせて大股で歩み寄ってきたジラールは、ティオが「危ない!」と忠告する前に、大人しく佇んでいた馬のたずなに手を伸ばそうとして……

 ガチッ! と馬が思い切り首を振って噛みついてきたのに驚き、「うわっ!」と言いながら、慌てて後ずさっていた。

 幸い、老いたりと言えど一流の軍人であるジラールは、素早く身をかわしたので、ケガはなかったようだったが。


「すみません、ジラールさん! コイツ、慣れない人間には、すぐ噛みつこうとするんですよ!……コラ、ダメだって何度も言ってるだろ?」

「ええ? ティオ、お前だって、昨日買った時に初めてこの馬に触ったんだろう? なんでお前は平気なんだ?」

「あー、俺、どういう訳か、昔から動物には結構好かれる方なんですよねー。アハハハハー。」

「はあ? 全く意味が分からんぞ!」


 いつものように能天気な笑顔でボサボサの黒髪を掻いているティオの答えを聞いて、思い切りけげんそうな顔をするジラールに、チェレンチーは心の中で激しく同意していた。


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