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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第四章 夢に浮かぶ鎖 <前編>何もない夢
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夢に浮かぶ鎖 #2


「うわあぁ!」

「あ!……ゴ、ゴメーン!」

 サラは、手にしていた木で出来た訓練用の剣を、慌ててポイッと投げ出した。

 代わりにその手を、目の前で思い切り尻餅をついている傭兵の一人に差し伸べる。


 木で出来た剣を使っての実戦形式での訓練をしていた所だったが、手合わせしていた男の剣を軽く弾いたつもりが、男ごと吹き飛ばしていたサラだった。


(……か、かなり手加減したつもりなんだけどなー。うーん。……)

 サラは内心、少しばかり困っていた。



 サラが傭兵団に入団すると同時に新団長となってから、既に五日が過ぎようとしていた。


 サラが傭兵団に加わってから、いや、団長となってから、傭兵団はだいぶ変わったらしい。

 らしいというのは、サラは自分が来る前の傭兵団の状況を知らないせいだった。

 ただ、副団長のボロツや仲間の傭兵達、それから傭兵団の管理を任されている王国正規兵のハンスから、サラが来てから、傭兵団は生まれ変わったように活気が出て、良い雰囲気になったと聞かされていた。

 そう言われると、サラはとても嬉しい気持ちになった。



 まず、傭兵団の一日は、規則正しいものとなった。

 王城の尖塔にある鐘の音に合わせて、朝は決まった時間に起き出し、身支度を整えて、朝食をとる。

 腹ごしらえが終わると、訓練場に集まって、いよいよ一日の訓練が始まる。


 午前中は、体操で良く体をほぐした後、長距離を走り込んだり、短距離を駆け抜けたり、石の重りのついた棒を持ち上げたり下ろしたりといった、筋肉や基礎体力をつける運動がある。

 更には、素振りを何度も繰り返したり、剣を持つ姿勢や足運びを確認する、といった基本的な剣の型を体に覚え込ませる訓練が続く。

 これらの剣術の訓練には、サラの要望でハンスが指導に加わるようになっていた。

 傭兵団の関係者の中で、強さではなく純粋な剣の腕前として見た時、ハンスが一番熟達しており、彼以上の指導者は居なかった。


 一時間程、昼食を各自取りつつ休憩を挟んで、午後の訓練に移る。

 午後は主に、実戦形式の練習が行われた。

 ハンス、サラ、ボロツの三人に、剣の上手い数人が加わって、指導側となり、残った者は、一人づつ彼らに手合わせしてもらって、改善するべき点を指摘される。

 待っている間や、順番が終わった後は、指導で指摘された点に留意して、各自練習をする。

 続いて、二人一組になっての手合わせや、サラやボロツなどの強者は、数人を同時に相手にしての手合わせに移っていった。


 最後は、トーナメント形式によるより実戦的な戦闘を行い、その日一番強かった者が決定する流れだった。

 と言っても、もう既に、最後の方に残る者は決まっており、特にサラとボロツは、毎日決勝戦で当たり、そしてサラが圧勝して終わっていた。



(……うーん……)


 傭兵達の士気が上がっているのは確かだった。

 以前のように昼食や休憩を出来るだけ長くとって訓練の時間をなんとか減らそうとする者や、訓練中にしゃがみこんだり、隅に行って寝っ転がったりする者は、もう居なくなっていた。

 皆、真剣に、一生懸命に、そして何より、充実感を持って、毎日の訓練をこなしている様子だった。


「サラ団長が来てから、俺達、生まれ変わったみてぇだよなぁ!」

「一日頑張ると、飯も酒も最高に美味いぜ!」

「俺達、確実に強くなってるって! もう、反乱軍なんかにゃ負けねぇだろ!」

 傭兵達のそんな高揚した嬉しそうな声が、サラの耳にも届いていた。


「やっぱ、やる気ってのは大事だよなぁ。人間、気の持ちようで、スゲー変わるもんだぜ。」

 と、副団長として傭兵達をまとめているボロツも言っていたし……


「とてもしっかりとした訓練が出来ている。これ以上ないぐらい良い状態だ。」

 と、技術面の指導者であるハンスも太鼓判を押していた。

 

 しかし……

 サラの中には、漠然とした不安がずっとつきまとっていた。

 まるで、晴れない霧が胸の中に漂い続けているかのように。


(……本当に、これでいいのかな?……)


 最善を尽くしているとは、サラも思っていた。

 これ以上、強くなるための良い訓練方法というものはないと思えた。

 実際、王国正規兵のハンスに教えられて、正規軍がやっている訓練をほぼ正確に踏襲している。

 今の傭兵団は、正規軍以上に正規軍らしい訓練を熱心に行っていた。

 それでも……


(……何か足りない……そんな気がするんだよねー。それがなんなのか良く分かんないんだけどー。……)


 充実した笑顔で自分達の成長を喜んでいるボロツをはじめとした傭兵達の中で、サラだけが、密かに悩み続けていた。


(……本当に、強くなってるのかなー? 戦場に行っても、これでちゃんと勝てるのかなー?……うーん、うーん……)


 けれど、周りを不安にさせてはいけないと、サラは、そんな気持ちを表に出さないようにしていた。


(……だってさー、こんな事言っちゃ悪いけどー……正直、傭兵団のみんなって、弱いんだよねー。……)


 確かに、ボロツは頭一つ二つ抜けて強く、彼の側近というべき取り巻きにも、なかなか強い者は何人か居たが……

 全体として、兵士としてのレベルはかなり低いとサラには感じられた。


 みんなが頑張っている事も、サラはきちんと理解してはいた。

 けれど……


『頑張る事、努力する事が、必ずしも強さに結びつくとは限らない。』


 それは、サラ自身が、全く剣の指導など受けた事もないのに、今まで出会った誰よりも強かった事から、実感として知っていた。


(……それとも、私が強過ぎるだけー?……これが普通の軍隊なのかなー? うーん、良く分かんないなー。……)


 今まで、一匹狼として各地を気ままに旅してきたサラには、組織された軍隊というものがどんなものか、ほとんど知識がなかった。

 まして、傭兵になるのも、その団長となるのも、初めての経験だった。

 (団長として、ちゃんと傭兵団をまとめて、強い軍隊にしなきゃ!)という意識はあるものの、経験値不足の否めないサラは、自分が取るべき行動についての確信が今一つ持てなかった。

 ボロツや、傭兵団の仲間や、ハンスも、皆サラの事を褒めて肯定してくれるものの……

 彼らが「愛くるしい美少女」である自分に「つい甘くなる」事を、サラはなんとなく感じ取っていた。

 可愛い可愛い、とみんなが自分を愛でてくれるのは、サラも嬉しかったが、しかし、ここは傭兵団だ。

 そんな甘い事で大丈夫なのかという疑問が浮かんでくるのも当然だった。



「大丈夫ー? ごめんねー、吹き飛ばしちゃってー。」

 サラは、尻もちをついている兵士に歩み寄って、助け起こそうと手を伸ばした。


 こういう時に、フッと実感するのだ。

 この傭兵団のみんなが、兵士としてかなり弱い部類に属している事を。

 サラとしてはかなり手加減して軽く弾き返したつもりだったのだが、男は見事に押し飛ばされて、ザザッと地面に倒れ込んでしまったのだった。


「い、いやぁ、サラ団長、強過ぎですよー。」

「えへへ、まあねー。……ケガはないー? ここの訓練場って、地面がボコボコだから気をつけないとねー。……って、あれ?」

 サラは、兵士の手を掴んでグイッと立たせながら、ふと、足元の地面に目を止めた。


 この訓練場に初めてやって来た五日前は、全く手入れされていないらしい様子が気になったのを覚えている。

 訓練場の地面は、ある所は石のように固くなり、ある所はグズグズにぬかるんで、またある所は小石がゴロゴロと転がっていた。

 しかし、今日ふと見ると、男が転んだ場所の地面には、細かい粒の砂が敷かれていた。

 おかげで、転倒した男はケガもなく済んだのだったが。


(……たまたま、かな?……)


 サラが少し不思議に思って辺りの地面を見回そうとしていると……

 「うわあぁー!」という聞き覚えるのある声の悲鳴が聞こえてきた。


「足が滑ったー! 助けてくれー! サラ団長ー!」

「……ボロツ……」


 少し離れた所で、別の兵士の相手をしていたボロツが、地面に横たわってサラに手を伸ばしていた。


「ダメだー! 立ち上がれねぇー!……サラー! 俺も手を握って助け起こしてくれよー!」

 どうやらサラに助けて欲しくて、自分で地面に寝転がったらしい。


「あ! 俺も転んじまったぜー!」

「サラ団長ー! 俺の事も助けて下さいよー!」

「俺も俺もー!」


 ボロツの様子を見た周りの兵士達が、悪ノリして、次々自分からザザーッと地面にダイブしていった。


「お前らは、ダメだっての! 何どさくさに紛れて、サラの手を握ろうとしてんだ! ボケカス!」

「アンタもでしょ、ボロツ!」


 ゴロゴロ地面に転がった兵士達を、すっくと起き上がったボロツが、次々蹴りを入れていき……

 そのボロツの頭を、サラが後ろからスパーン! とひっぱたく。

 それを見て、ドッと兵士達から笑い声が上がった。


 そんな和気あいあいとした明るい雰囲気が、今の傭兵団には流れていた。

 少し前までギスギスしていたのが嘘のようだった。

 サラも、次第に傭兵団の兵士達と親しくなり、こうして一緒に笑い合えるのを嬉しく感じてもいたが……


(……こんなに緊張感がないままで、本当に大丈夫なのかなぁー?……)


 団員達の命を預かる団長として、少し心配になる気持ちも密かにあった。

 しかし、サラが一人内心気を揉んでいても、サラが入った事を喜んでいるボロツをはじめとした傭兵団の皆は、何度注意した所で、すぐふざけはじめてしまう。


「もうー! ちゃんと訓練しなきゃダメだってばー!」

「よーし、サラ! だったら俺と手合わせしようぜ!」

「えー! またボロツー? もう、今日十回ぐらいアンタと手合わせしてるじゃーん!」

「ヘッヘッヘッ。サラと同じぐらい強いのは、傭兵団でこの俺しか居ないってこった!」

「それは、一度でも私に勝ってから言ってよねー。……って言うかー、せめて、もうちょっと手こずらせてよー。アンタの剣って、確かに重いし早いけどー、基本力押しだから、いっつも同じでつまんないんだよねー。」

「うぐぐ!……きょ、今日こそは、次こそは、もっと頑張ってみせるって! だから、頼むよ! な、サラ!」

「んもー、しょうがないなぁー。今日はこれが最後だからねー。」

「よっしゃあ!……じゃあ、俺が勝ったら結婚してくれ、サラ!」

「だ・か・ら! ヤダって言ってるでしょー! これ言うのも、今日十回目だよー!」


 サラとボロツのいつものやり取りに、またドッと周りの兵士達から笑いが起こった。



 フッと切るように息を吐いて、サラは、左手に持った木の剣で、ビュンと空気を切り裂いたのち、ビシッと体の前に構えた。

 この所、ボロツの相手をする時でさえ、サラは片手で剣を使っていた。


 典型的な両手剣の形をした木の剣を、まるでレイピアのように片手で半身に構えて、ヒュンヒュンと変幻自在の剣戟を繰り出していく。

 それは、目で追うのも大変な程の速さで軽やかに宙を舞っているように見えて、一撃一撃が、常人の渾身の振りを凌駕する重さを持っていた。

 ボロツでさえも、明らかに手加減しているサラの剣を捌くのが精一杯で、全く反撃のいとまがなかった。

 少し気を抜いて半端な位置で受けると、ガーンと強烈な力で弾き飛ばされ、姿勢を崩される。


「つぅっ!」

 ボロツの地面を踏みしめているかかとが、サラの剣の重さで、ググッと後退した。


「さすが、サラ団長とボロツ副団長だ! いつ見てもスゲェ!」

「俺達とは強さの次元が違うよなぁ!」

 サラとボロツの手合わせを見て、兵士達は自分達の訓練も忘れ沸き立っていた。

「あの二人が居たら、俺達無敵だろ!」

「ああ! 反乱軍なんか、軽く蹴散らしてくれるって!」

「俺達傭兵団は最強だぜ!」


「くうっ!……さすがは、俺のサラ! ますます強くなってる気がするぜ!」

「当たり前でしょ! 私は世界最強の美少女剣士だもん!……でも、アンタのサラじゃないからね!」

 ボロツが額に汗を浮かべハアハアと息を切らせたのを見て、サラは一旦、剣を下ろした。


 ボロツといえどここまで体力を削ってしまうと、後は剣の勢いは鈍る一方なので、これ以上やり合ってもサラが追い詰められる可能性はゼロだった。

 一方で、サラは、相変わらず息一つ乱さず、涼しい顔をしていた。


「……ま、まだまだぁ! もっと稽古をつけてくれよ、サラ! 俺も、お前みたいに、強くなりてぇんだ!」

「私より強くなるのは、一生無理だと思うけどー……でも、その気合はいいね! 分かった、もうちょっと続けようか!」


 明らかな、そして歴然たる実力の差を見せつけられても、折れずに立ち向かってくるボロツに、サラは嬉しそうにニコッと笑った。


「あ、じゃあ、ついでに他の人の相手もしようかなー。……えっと、そこの人と、君と、あなたもね。ボロツと一緒にかかってきて! 遠慮は要らないからね!」


 サラは適当に、二人の手合わせを見ていた兵士の中から腕の立ちそうな何人かを指名して、近くに呼んだ。

 そして、ボロツをはじめ、彼らがしっかりと剣を構えたのを確認すると、スイッと自分も再び左手に持った剣を上げた。

「さあ、いくよっ!」



「ぐわぁ! も、もう、ダメだぁ!」

「げ、限界です!」

「お、俺も、もう無理だー!」

 十分も経たずに、次々と体力の限界に達し、膝を地面について崩れ落ちる者が出始め……


「くそう! やっぱりサラには勝てねぇのかぁ!」

 最後に、汗だくでゼイゼイと肩で息をしながら、ボロツが仰向けに大の字になって終わった。


「あれ? もう終わり? つまんないのー。」

 その場にただ一人立ったまま残っていたサラは、片手で持っていた剣の構えをフッと解くと、その剣で自分の肩をポンポンと叩いた。

 その姿は、十分前と何も変わらず、息を切らしても汗をかいてもいなかった。


「……どこかに、もっと強い人居ないかなぁー?……」


 サラは、ピンと胸の前に垂れていた金の三つ編みを指で弾いて背中に回し、低く雲の垂れ込めた空をぼんやり見上げて呟いた。


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