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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十三章 野中の道 <第六節>二色の誘惑
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野中の道 #44


「残念ながら、現在手持ちの金はないんですが、代わりにこれがありますので!」


 ティオが懐から取り出した革袋を白いテーブルクロスの上に空けると……

 中から、金や銀で出来た細工がザラザラと零れ出してきた。

 パッと見でも本物の金や銀で出来ているという事が分かるきらびやかかつ重厚感のある輝きと、その素材の高級さをこれでもかと主張するような豪華な細工。

 どれもが、貴族や金持ちの貴婦人が華やかなドレスに合わせて好んで身につけるようなネックレス、イヤリング、ブローチ、髪飾り、といった宝飾品であった。

 しかし、ティオは、それをチェーンなどが絡むのも構わず一緒くたに質素な革袋に突っ込んで持っていた。

 そして、もう一つ、それらの宝飾品には大きな特徴があった。

 装飾の中央に主役として配置された大粒の宝石はもとより、その主役を引き立てるために脇に添えられた小さな星のさざめきのごとき微細な宝石まで、全ての宝石類が、台座の爪を綺麗に開かれて抜き取られていたのだった。


「これは……昨晩、ドゥアルテから買い取られたものですかな?」

「その通りです。」

「少し手元で見させてもらっても構いませんか?」

「どうぞどうぞ、お好きなだけご覧下さい。」


 ティオは、広げていた宝飾品をササッと元のように袋に集めると、ズイッとテーブルの向かいの『紫の驢馬』に押し出した。

 『紫の驢馬』は「では、失礼して」と言ったのち、ベストの内ポケットからルーペを取り出して、その袋に詰まっていた金銀の細工物をジッと検分していった。


 『紫の驢馬』の推察通り、ティオが取り出したのは昨晩『黄金の穴蔵』でドゥアルテと一騎打ちになった際、ドゥアルテが賭けの代金に替えようとして取り出した、彼の母親の所持品である豪華なネックレスやイヤリングの類いだった。

 父親の死後、家と商会を継いでから派手に散財して手持ちの現金がなかったドゥアルテは、商会の運転資金を勝手に持ち出すも、それさえも底をつき、その場しのぎに母親の持ち物を無断で持ってきていたのだった。

 しかし、『黄金の穴蔵』の決まりでは、ドミノゲーム専用のチップに交換出来るのは現金のみである。

 そこで、ティオが間に入り、ドゥアルテが持ち込んだ宝飾品を買い取る事でドゥアルテに現金を渡し、ドゥアルテはその金をチップに替えてゲームを続けたのだった。


 この時、確かにティオには、最終的な目的のためにドゥアルテにゲームを続行させる必要があり、宝飾品を買い取る事で手放した金も、その後ドミノゲームで勝った事により傭兵団の資金として戻ってきたのだが……

 宝飾品を買い取った時の代金は、全てティオの個人的な所持金から出ていた。

 その事で、チェレンチーは「傭兵団のためにティオ君個人のお金を使わせてしまって……」と申し訳なさそうにしていた。

 しかし、賭けで戻ってきた金は、確かに傭兵団の資金に加算されたものの、ティオの手元には買い取った宝飾品の数々が現物として残る形になったので、ティオは「気にしないで下さい」とニコニコしていた。


 そもそもティオは、大理石で出来ていた赤チップ卓のテーブルを介して、「鉱石に残った記憶を読む」異能力を使ってドゥアルテの思考を読んでおり、彼が賭けの質として、番頭達に命じ母親の財宝を持ってこさせる予定である事を知っていた。

 そこで、ピーン! と悪知恵を働かせたティオは、わずかな自分の所持金をボロツに頼んで外ウマに賭けてもらい、程良く増えたその金を使って、ドゥアルテの持ち込んだ宝飾品を買い取ったのだった。

 もちろん、ティオは、見事な細工が施された豪華な宝飾品そのものに興味があった訳ではなく、そこにあしらわれている「宝石」が欲しかっただけである。

 無類の宝石好きであるティオは、買い取ったドゥアルテの財宝から宝石だけを抜き取り、残った細工部分は金銀といった素材の目方で十把一絡げに売り飛ばすつもりだった。

 ティオにとっては、傭兵団の資金を増やす計画を遂行するかたわら、さり気なく自分の欲しい宝石が手に入って、心配していたチェレンチーに対して逆に申し訳ない程の、まさに一石二鳥の美味しい結果だった訳である。


「それぞれの細工で含有量は異なっていますが、金と銀の現在の相場で大まかに換算して、ザッと合計銀貨三百枚程度にはなるかと思います。」

「フム。確かに、メッキ物ではなくしっかりと金や銀が含まれているようですな。貨幣換算もティオ殿の言った辺りで妥当だと私も思います。」


 『紫の驢馬』は、袋の中に詰まっていた金銀細工を一つ一つ取り出して丁寧に見ていっていたが、全部見る気はない様子で、途中で袋の中に戻して口を閉じていた。

 「全て確認しなくていいのですか?」とティオが問うと「ティオ殿の事は信頼しておりますので」とニッコリと笑って答えた。


「ちょうど暇な時に質屋か宝飾品店に持ち込んで換金しようと思っていた所でした。やはり現金で持っていた方が便利ですからね。……あ! ご老人への支払いも現金の方がいいですよね? 少し時間がかかりますが、必ず現金に交換して持ってきますので、それまでこちらのアレキサンドライトを取り置いてもらえると嬉しいのですが。」

「このままで構いませんよ。こういった仕事をしていると現金以外での取引もままある事ですので、現金に替えられる質屋を私の管理下にいくつか置いています。ですから、私にとって現金化は大した手間ではありませんよ。その辺は、裏社会ならではといった所でしょうかね。……それでは、こちらの細工物を金銀の目方で買い取った時の金額に換算してお支払いという事でよろしいですかな? このまま袋ごとこちらでお預かりして、中身の方の子細を改めさせてもらったのち、その宝石の代金として余剰な分は、後程貨幣でお返しする事になりますが。」

「はい。それでお願いしたいです。いやぁ、すんなり話がまとまって嬉しい限りです。」

「フフ、こちらこそ良い取引が出来ました。……ところで……」


 と、『紫の驢馬』は、アレキサンドライトを売ってもらえる事が決まってニコニコ嬉しそうにしているティオに、少し不思議そうに尋ねてきた。


「これらの金銀細工は、全て宝石が外されていますな。ドゥアルテから買い取ったのち質屋に持ち込んで金に替える算段でしたなら、そのままでも良かったのではないですかな?」


「確か、昨晩、ティオ殿は、相場よりも銀貨百枚程高い値段でこれらを買い取られていましたな。後日街の質屋でさばこうとすれば、その分の損失は否めません。しかし、何も宝石と台座部分を別ける必要はないのでは? これでは宝飾品としてではなく、使われていた宝石そのものと台座部分の金銀の目方の価値だけになってしまいます。なかなかに細工も丁寧に作られていた品のようですので、溶かして潰してしまうのは少々もったいなくはありませんか? 加工分の価値がなくなる訳ですし。」

「そうですね。昨晩もお話しましたが、おっしゃる通り、宝飾品として扱った方が高く買い取ってもらえると思います。しかし、質屋の立場で考えると、こういった質流れ品をそのまま売ろうとすると、宝飾品は好みもありますから、細工のデザインによっては買い手を選ぶ事になります。つまり、なかなか売りにくく、買い手がつくまで気長に店に並べておかなければいけない訳です。そういった動きの遅い品物を嫌う質屋も多い事でしょう。となると、こちらが質屋に持ち込んでもなかなか買い取ってもらえないか、買い叩かれる事になります。だったら、最初から宝飾品としての価値を捨てて、金銀といった価値が安定している高価な金属の目方で売った方が、市場でも扱いやすく、質屋もまず買い取りを断りません。俺はなるべく早く現金化したいと思っていたので、そちらの方法を選びました。何軒も質屋を回る面倒さも避けたかったですしね。」

「なるほど、売れた時の金額よりも現金化の早さと簡易さを取ったという訳ですな。時は金なりという言葉もあります。売った時の金額が下がるのは一見損をしているように感じる者も多いかも知れませんが、高く売るためには、その分余計な時間や手間がかかる。その時間と労力を金に換算して考えるなら、素早く安く売るのも決して損とは言えないでしょう。世の中の多くの人間は、とにかく目に見える貨幣の量に損得を左右されがちですが、時間や労働力を貨幣価値と同等に考えるティオ殿は、実に柔軟で聡明ですな。なかなかそういう思考の出来る人間は居ないものです。」


「して、元々の宝飾品から外した宝石の方はどうされたのですかな? そちらは現金に替えずとも良いのですか?」

「ええ。宝石の方は、しばらく俺の手元にとっておこうと思っています。」

「それは、また、なぜ故に?」

「俺は気ままな一人旅をしていますから、資産としては持ち歩きやすいものが良いんですよ。金や銀といった一般的に良く知られている金属の方が現金化はしやすいのでしょうが、やはり、宝石に比べるとかなりかさばります。俺は、旅をするならなるべく身軽でいたいのですよ。そこで、いざという時の資産としては、少し現金化はしにくくとも小さくても価値の高い宝石にしている訳です。」


 ティオが立板に水で語った一見筋の通った内容に、『紫の驢馬』は「フム、なるほど」と言ってうなずき納得している様子だったが……


(……まあ、嘘なんですけどね。……)


(……どんなに金に困ったって、ゼーッテェ「宝石」は手放さないっつーの! 食うもんに困ったって、宝石を質になんて入れるもんか! 宝石を手放すぐらいなら、道端に生えてる草を食ってでも飢えをしのいでやるぜ!……)


 というのが、ティオの本心だった。


 金や銀といった、高価ではあるが、貨幣にも使われる程大量に均一の質で揃うものとは違って、宝石は一つ一つ品質や色合い、大きさに違いがあり、世界広しと言えど同じものは一つとしてない。

 ティオに言わせれば、それこそが宝石の「個性」であり、たとえ同じ種類、同じ色として分類されて売られていても、一つまた一つと新しいものが欲しくなるゆえんでもあった。


 宝石の重さあたりの単価は、金や銀を遥かにしのぐ。

 それは宝石の希少性に由来しており、中でも、美しい色合いのもの、先程のアレキサンドライトの多色性のように際立った特徴を持つもの、不純物やクラックの少ない大粒のものは、更に値段が跳ね上がってくる。

 その高額さと、特に生きるのに必要のない贅沢品であるが故に、収集している人間は富裕層のわずかな人口に限られるが、それ以上に、美しく高品質な宝石は数が少なく、それがますます宝石の値段を釣り上げる結果となっていた。

 そういった事情から、宝石は、一部の人間だけが持つ事が許される富や権力の象徴として扱われており、戴冠式をはじめとした重要な国家の行事で国王が身につける王冠、王笏、首飾りなどにはその国で最も高価で美しい宝石があしらわれるのが慣例だった。

 そして、貴族や富豪達もそれに習い、私財を宝石につぎ込み身を飾る事で、自分達の家門の繁栄を誇示していた。


 ティオは、そういった宝石にまつわる富や権力には全く興味がなかったが、問題は、宝石類を手に入れる機会の少なさだった。

 元々希少性が高いものであり購買層も限られる事から、上質な宝石は特に市場に出回る量が非常に少なかった。

 金や銀は高価だが、金属としてある程度安定供給されていて、貨幣の原材料としての需要も高いために、いつでも手に入れる事が可能だ。

 しかし、宝石は、良いものを見つけたら、機会を逃さず手に入れておかないと、二度と同じものにお目に掛かるチャンスはまず巡ってこない代物だった。

 そのため、無類の宝石好きであるティオは、宝石を手に入れる機会を決して逃さぬように常に目を光らせており、今回思いがけずドゥアルテが吐き出した宝飾品の数々を購入出来たのは、ティオにとっては夢のような千載一遇の機会だったのだ。

 買い取りの際、市場価格よりも銀貨百枚も上乗せした値段で買い取った事も、ジュエリーとしての見栄え重視であまり珍しい宝石や高品質な宝石がなかった事も、ティオにとっては些細な問題であった。

 重要なのは、「宝石が手に入る」この一点だったのだ。


 ティオは、昨晩『黄金の穴蔵』を出てから、繁華街の外れの酒場でボロツやチェレンチーと時間を潰したのち、二人と共に王城の傭兵団の兵舎へと戻った。

 そこから、寝る間もなく、通常通りの朝の幹部会議を行い、朝食をとって、午前中は傭兵団の訓練を監督していた。

 そろそろ正午が近づいて昼食の時間となる頃合いに、二日酔いで潰れていたチェレンチーがなんとか起きてきたため、訓練の監督業務を彼に引き継ぎ、単独一路城下へと向かった。

 そうして『紫の驢馬』との約束を果たすべく、下町の大衆食堂であるこの『眠り羊亭』にやって来た訳である。

 そんな分刻みの忙しいスケジュールをこなしながらも、ティオは……

 わずかな暇を見つけてはドゥアルテから買い取った宝飾品から、密かにせっせと宝石だけを取り外していた。

 その作業は、『眠り羊亭』に辿り着いた時点で既に完了しており、宝石は一つ一つ柔らかい布にくるんで大事に保管し、宝石を外し終わった金銀の細工部分は、十把一絡げに革の袋に入れて持っていた。

 その袋を、つい先程、『紫の驢馬』が見せたアレキサンドライトを買うためにとっさに取り出したという訳だった。


「それにしても、ティオ殿、昨日買い上げた宝飾品から全ての宝石を外すのは大変だったのではないですかな? どこかの職人に頼んだのですよね?」

「ああ、いえいえ、その辺は自分で。これぐらいの事は自分でやりますよ。」

「ほお、ティオ殿は器用なのですなぁ。」


 実際、ティオがドゥアルテから買い上げた宝飾品から全ての宝石を外すのにかかった実働時間は十分にも満たなかった。

 問題は、ティオが忙し過ぎて作業のための時間がなかなかとれなかった事と、サラの目を避ける必要があった事の方で、宝石を外す作業自体は目にも留まらぬ速さで行われたのだった。

 ティオは元々手先が器用だというのもあったが、これまでにも数え切れない程の宝石を今回同様にジュエリーの台座から外してきた経験によるものが大きかった。


「では、こちらの宝石はティオ殿のものです。このままお持ち下さい。」

「ありがとうございます!」


 ティオは、『紫の驢馬』の許可が出ると、満面の笑みでサッと、先程の寄木細工の小箱からアレキサンドライトを摘み取り、しっかりと柔らかな布に包んで懐にしまった。

 『紫の驢馬』に「良ければそちらの箱の方もどうぞ。おまけとして」と言われたが、「それは悪いので、いただけません」と、宝石以外興味のないティオは、開いていたからくり箱をスパスパと手順を間違う事なく手際良く閉じて、グイッと向かいの席へと押し返したのだった。


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