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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十三章 野中の道 <第五節>白馬に乗った少女
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野中の道 #38


 しばらくして、ティオはなんとか白馬を説得(?)出来た様子で、再び厩舎の奥の馬房からたずなを引いて馬場へと向かってきた。

 厩舎の中央の通路を、ティオにたずなを引かれた白馬がしゃなりしゃなりとお上品に歩いてくる様子を見て、驚いた厩務員達が、またヒソヒソと囁き合っていた。


「……うわっ! マジか! あの眼鏡の兄ちゃん、あの短い間で良くあんな気難しい馬を大人しくさせたなぁ!……」

「……どうやってるのか、正直、プロの俺達の方がコツを聞いてみてぇぐらいだぜ。……」

「……で、でも、あの眼鏡の兄ちゃん、もう一匹厄介な馬をかかえてたよなぁ。あっちはどうすんだろうな?……」

「……ああ、あの黒い方か。あれはあれで、見る限り相当いい馬っぽいんだが、あれは白馬よりも気性が荒いからなぁ。いくらいい馬でも、軍の厩舎に居るのに、乗れなきゃなんの意味もないだろう。金持ちの観賞用じゃあるまいし。……」

「……白馬が可愛く見えるレベルだからな、あの黒い馬の凶暴さは。手入れどころか、餌やりも敷きワラの交換も出来やしない。人間が視界に入っただけで、すぐ威嚇して、隙あらば噛みついてきやがる。……」

「……まあ、あの眼鏡の兄ちゃんが『全部一人で世話します』って言ってくれてるから、俺達は楽でいいけどよ。……」


 ティオはそんな厩務員達の評判を知ってか知らずか、何事もなかったかのような飄々とした笑顔で白馬と共にサラの所に戻ってきた。


「私のお馬さん!」

「サラ、分かってるよな? 馬はデリケートな動物だから、さっきみたいな扱いはダメだぞ。大声を出したり、いきなり飛びついたり、無理やり引っ張ったり、そういうのは絶対するなよ。お前は元々人より何倍も力が強いんだからな。お前が考えなしに行動したら、馬が驚いたり痛いを思いをする事になるんだぞ。……だから、これからは、いつもちゃんと馬の気持ちを考えて、優しく接するようにしろよ。」

「……う、うん。分かったよ。ゴメン、ティオ。……」


 先程有頂天になっていきなり馬に飛び乗り、そのせいで馬が逃げて厩舎に引っ込んでしまった事を、さすがのサラも反省していた。

 珍しく肩を落としてしょげているサラの様子を見て、ティオもフウッとため息をつきつつ苦笑する。

 ティオは、野生児のごときサラの行動にある程度慣れていたのでこれで済んだが、まだサラに会ったばかりの白馬の方は、サラの姿を見た途端さっきの悪夢が蘇ったらしく、ビクッと体を引きつらせていた。

 ティオは、そんな白馬の背を優しく撫でながら、自分のマントの懐を探って、どこからかニンジンを一本取り出した。


「まあ、まずは馬と仲良くなる事だな。……ほら、サラ、これ。特別にやるよ。」

「あ! ニンジンだー! ありがとう、ティオー!」


 ティオからニンジンを受け取ったサラは、パアッと笑顔になって……

 一ミリの迷いもなく、次の瞬間、ガツガツとそのニンジンを食べ出していた。

 ティオだけでなく、白馬も驚いて、「ヒヒン?」と思わず鳴く。


「このニンジン美味しいね、ティオー!」

「バカッ、サラ! お前が食ってどうする! 馬にあげるんだよ、馬に! それは馬の餌だ! 馬に美味しい餌をあげる事で仲良くなるんだよ!」

「え? これ、お馬さんの餌だったのー?……モグモグ……これ、お馬さんにあげるのー?……ムシャムシャ……こんな美味しいニンジンを、お馬さんにあげちゃうのー? ええぇぇー?……ガツガツガツガツ……」

「なんで嫌そうなんだよ! 食うのやめろ! どんだけ食い意地が張ってんだ、お前は、サラ!」


 気がつくと、サラの手には、もう小指の先程しかニンジンが残っていなかった。

 それを、さも大事な食べ物を分け与えるような悲しげな顔つきで渋々馬にやろうとしているサラの様子を見て、ティオは、ハーッと大きなため息をつくと、サッともう二本、マントの下からニンジンを取り出していた。

 そのニンジンを、サラと白馬に同時に渡して、結局一人と一匹は並んでガツガツニンジンを食べる事になった。


「……俺は、一体なんの世話をしているんだろうか?……ああ、まあ、サラは、人間の姿をした野生動物だからな。馬より動物的だからな。仕方ないな、うん、仕方ない。……」


 ティオが、全てを諦め切ったような死んだ目で何かブツブツ言っていた事は、ニンジンを食べるのに夢中なサラの耳には全く届いていなかった。



「よし。じゃあ、一応餌はあげたという事で。次はブラシを掛けてみようか。」


 しばらくして、気を取り直したティオは、サラに馬用のブラシを手渡した。

 そして、自分もブラシを持ち、馬を撫でて落ち着かせながら丁寧な手つきでブラシを掛けて見本を見せた。


「いいか、サラ。良く見てろよ。……ブラシを掛ける時もいきなりは禁物だぞ。馬がこれからブラシを掛けるって事を理解出来るように、声を掛けたりブラシを馬に見せたりする。そして、ブラシを掛ける時は、馬が安心するように、もう片方の手で馬の体に触れているといいんだ。それから、一番肝心なのは、必ず優しくブラシを掛けるって事だな。決して力を込め過ぎたりしないように、馬が嫌がっていないか様子を見ながら、馬が気持ちいい力加減でブラシを掛けるようにするんだ。」

「えっと……馬に声を掛けてー、ブラシを見せてー……」


 サラは、「やっほー! お馬さん、これ、ブラシー!」と、元気な掛け声と共に馬のすぐ目の前にグイッと手にしていたブラシを突き出し、馬が「ヒヒン!」と驚いているのも構わず、ガッと馬の背に手を乗せると……

 「とりゃー!」と叫びながら、勢い良くブラシをグーンと馬の体に滑らせていた。

 「ヒヒーン、ブルルルルッ!!」と、ショックで馬が前脚を持ち上げていななき、ティオは慌ててたずなを引いていた。


「こら、サラ、お前ー! 優しくっつってんだろうがー!」

「えー? 優しくしてるよー!」

「どこが優しいんだよ、どこが! 思いっきり馬の体が赤くなってるっての! そのバカ力をもっと抑えろ、バカッ!」


 白馬だった事もあり、サラがうっかり力を込め過ぎてブラシを掛けた箇所の地肌が、くっきり赤い跡になって見えていた。

 その痛々しい姿を見て、申し訳ない気持ちで馬の背を撫でようとしたティオは、サラがブラシとは逆の手に何かを持っている事に気づいてギョッとした。


「……サ、サラ、お前、そ、それ……」

「あ、なんか抜けちゃった。」


 ブラシを掛ける時、もう片手を馬の体に触れさせておくように言われたサラは、馬の背に手を乗せていたが……

 その時、やはり、うっかり力を込め過ぎたらしく、キラキラとした綺麗な真っ白いたてがみの毛が、ゴソッとサラの手に握りしめられていた。

 石さえも握りつぶす程の握力を持ったサラの乱暴振りには慣れっこのティオも、さすがに膝から崩れ落ちて頭を掻き毟っていた。


「ああぁぁぁーー、もう、サラ、お前ってヤツは、ホントにぃぃーー!」

「ゴ、ゴメンゴメンー! 今度は気をつけるってばー!……え、えーっと、次はこっちにブラシを掛けてみるねー。」

「あ! バカ、サラ、不用意に馬の後ろに立つな! 蹴られるぞ! 馬は足の力が強いから、踏まれたり蹴られたりすると大ケガを……」


 サラが馬の尻の方へと移動するのを見て、ティオは慌てて止めようとした。

 先程、赤い跡がつく程乱暴にブラシで擦られただけでなく、たてがみの毛まで毟り取られて怒り心頭に発していた白馬は、ここぞとばかりにグワッと後ろ足でサラを蹴り上げようとしたが……

 サラは、スイッと、ほぼ無意識にそれをかわし、馬の尻にベタッと取りついていた。

 そして、次の瞬間、「ヒヒヒィーン!」という、誰が聞いても悲鳴と分かる悲壮な馬の鳴き声が辺りに響き渡った。

 馬の白い尻には、サラがブラシを掛けた跡が再びくっきりと赤く残り、また、サラの手には、今度は馬の尻尾の毛が毟り取られて握られていた。


「あ、また抜けちゃった。……ゴ、ゴメン、わざとじゃないんだよー。……」

「サ、サラ! お前は、もう、ブラシを掛けるな!」


 結局、サラに馬へブラシを掛けさせる事を諦めて、パッとその手からブラシを奪い取ったティオだった。

 一方白馬は、またもやサラに酷い目に遭わされ、すっかり怒り狂って、ドッドッと地面を蹴りながら、ガチッ! ガチン! と、大きく口を開けて、サラに噛みつこうとしてきたが……

 サラは、パンッパンッと片手で軽々と馬の足を払い、パッと自分を噛もうとしていた馬の歯の間に手を入れて、親指と人さし指の二本でビタアッ! と固定していた。


「アハハ! アハハハハ! ねえねえ、ティオ、見てー! お馬さんがじゃれてくるよー! かっわいいー! 私、仲良くなれたのかなー?」

「……あああぁぁ……もう、メチャクチャじゃねぇかよぉぉ! 俺にどうしろって言うんだよぅぅ!」


 しばらく白馬は、必死にサラを蹴ろうとしたり噛もうとしたり、自分から引き離そうとしていたものの……

 その攻撃を片っ端からサラにヒラリヒラリとかわされ、パパッと払われ、ビシイッ! と止められ、全くダメージを負わせる事が出来なかったのだった。


「……ヒ、ヒン……ヒ、ヒイィィイイーーンン!!……」


 そうして、サラの、とても小柄な少女とは……いや、とても人間とは思えない身体能力とバカ力に衝撃を受けた白馬は……

 ついには、悲鳴のような鳴き声を上げながら、再びダーッと厩舎の中へ逃げ込んでいってしまったのだった。

 すぐにティオが、「うわあぁぁー! ゴメンゴメンゴメンー!」と叫びながら、白馬を追って走っていったのは言うまでもない。



「……分かる! その気持ち、凄ーく分かるよ! 俺も、サラのヤツにはマジで毎日毎日酷い目に遭わされてるからさぁ。……ウンウン、そう、アイツ、普通の女の子じゃない、いや、普通の人間じゃないよなぁ。ウンウン、ウンウンウン。……でもさぁ、あれでもサラには全然悪気はないんだよ。そう、悪いヤツじゃないんだ。……え? 怖い?……怖いかぁ。うーん、困ったなぁ。まあ、君の気持ちは痛い程良く分かるんだけど、誰かがサラの馬としてアイツを乗せなきゃならないんだよ。そうしたら、他の馬じゃ力不足だろう?……ホントホント、あんなサラを乗せられるのは、君しか居ないんだよ! それに、なんて言っても、君は凄く綺麗だからさ! この厩舎に居る馬の中で、一番綺麗な馬だよ! いや、この国で一番かも知れない、いやいや、世界で一番綺麗な馬なんじゃないかな!……え? お世辞? 俺はお世辞なんて言わないって、ホントだよ! 君みたいな世界一綺麗な馬がうちの傭兵団の団長であるサラを乗せてくれたら、超目立って戦場で大注目される事間違いないって! みんながサラを乗せた君を見て、『なんて綺麗な馬なんだ!』ってビックリするよ、絶対!……え? 俺ももちろん、君の綺麗な姿が見たいと思ってるよ! 戦場でたくさんの人の注目を浴びて、神のみ使いのごとく神々しく輝く君の姿を、是非見てみたいなぁ!……」


 再びティオは、厩舎の奥の馬房で寝ワラに頭を突っ込んでブルブル震えている白馬を必死に誉めそやしていた。

 そんなティオの十分以上もの熱心な説得の後、ようやく白馬は機嫌を直してくれたようで、またもやティオにたずなを引かれて、しゃなりしゃなりと厩舎から現れた。


「お馬さーん! ゴメンねゴメンねー! 私、もう絶対酷い事しないから、仲良くしてねー!」

「ヒ、ヒヒヒィーン!」


 しかし、白馬は、度重なる暴挙を経験し、すっかりサラの事を警戒し嫌ってしまったらしく、サラの姿が見えると、グイグイたずなを引っ張ってまた厩舎に戻ろうとした。

 そこを、ティオが巧みに、馬の背や顔を撫でてなだめていた。


「よし! じゃあ、サラ、そろそろ馬に乗ってみるか?」

「え? ホント? いいの、ティオー?」

「ハハハハ、何言ってんだ、サラ、いいに決まってんだろ。だって、この白馬は、傭兵団の団長であるお前のために特別に用意した馬なんだからな。凄く綺麗ないい馬だろー?」

「うん! 私、この白いお馬さん大好きー! 本当にありがとうねー、ティオー!」


 サラは、いよいよ馬に乗れると聞いて嬉しくてすっかり舞い上がっており、ティオの笑顔が貼りついたような嘘臭いものである事に気づいていなかった。

 サラは確かにここまでいくらか白馬と接したが、その内容は、並んでニンジンを食べたり、乱暴にブラシを掛けたり、たてがみや尻尾の毛を毟り取ったりと、ろくなものではなく、とても「よし、コミニケーションもたっぷりとれたし、準備万端だな!」などというものでは決してなかった。

 むしろ、初対面から時間が経つにつれて、白馬の中のサラの印象は悪化の一途を辿っていた。


 そこでティオは思ったのだった。


(……時間をかけてもムダだ! むしろ状況は悪くなるだけ! サラに「優しく」とか「馬の気持ちに寄り添って」とか絶対無理だ!……)


(……しかーし! この馬は、傭兵団の象徴たる団長サラのために用意した特別な馬! なんとしてもサラには、この馬に乗って戦場に出てもらわないと困る! 作戦参謀たる俺の作戦が台無しになる!……)


(……それに、俺だって忙しいんだよ! ガキみたいに何するか分かんねぇサラと扱いづらい白馬、その両方の世話をいつまでも焼いてられるかっての! 俺はコイツらのお守りじゃないんだ! 今日の予定はまだまだ詰まってるんだよ!……)


(……と言う訳でー……こうなったら、突貫工事の荒治療でいく! 成せばなる! 成さねばならぬ、何事も!……)


(……題して「雨降って地固まる」作戦だ!……)


 ティオは、サラを嫌って逃げたがる白馬を巧妙になだめすかし……

「本当は鞍は自分でつけるんだが、今日は初めてだから、サービスな。」

 と、素早くササッと鞍をつけた。

 そして、満面の笑みでサラに言った。


「ほら、乗っていいぞ、サラ。」


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