野中の道 #37
「えー、それでは皆さん、今ティオ君が忙しいので、僕が代理で説明します。」
厩舎の前の繋ぎ場に揃った副団長ボロツをはじめとする傭兵団の小隊長達の前で、チェレンチーはティオから渡された予定の書かれた紙を片手に語りはじめた。
ティオが傭兵団に入る前は、荒くれ者だらけの傭兵団において、自信のなさからいつもオドオドとした態度でどもりがちだったチェレンチーだったが……
ティオが作戦参謀となって傭兵団の改革が進むと、ティオの補佐として忙しく立ち働く内に、チェレンチーもいつしか自信を取り戻していっていた。
『黄金の穴蔵』における腹違いの兄との対峙を経てドゥアルテ家やドゥアルテ商会から完全に決別し、現在は新たな気持ちで精力的に傭兵団で働いている。
最近は城下町へ情報収集や武器防具等の調達に頻繁に出かけるティオに代わって、ティオから渡された予定表の内容を小隊長達に伝える役目を担う事にも慣れ、ハキハキと要点を述べる姿がすっかり様になっていた。
小隊長達も、そんなチェレンチーをいつしか自然と頼るようになっていた。
「昨晩と今朝の幹部会議でティオ君から事前に説明があったと思いますが、我々傭兵団は十二頭もの馬を獲得する事が出来ました。」
「ティオ君の予想によると、我々が内戦の前線に送られるまで、もういくらも時間はありません。しかし、せっかく強力な戦力となる馬が手に入ったのですから、これを有効活用しない理由はありません。」
「そこで、小隊長の皆さんには、これから前線に出るまでの間、出来る限り乗馬の技術を身につけてもらいたいと考えています。今までほとんど馬に触れる機会のなかった方には、これからのたった数日間で、戦場で自在に馬を駆る、という所まで熟練するのは難しいと思いますが、最低でも駈足で自分の思った方向に馬を走らせられるように頑張って下さい。」
「技術的な事については、僕だけでなく、ボロツ副団長とジラール小隊長が馬の扱いに慣れているそうで、指導に加わってくれる事になりました。分からない事があったら遠慮なく聞いて下さい。」
ティオが事前に調べた所によると、傭兵団の幹部達は、団長のサラをのぞいて、皆馬に乗った経験が多少なりともあった。
と言っても、移動に馬を使ったといった程度で、たずなをさばいて自由自在に方向転換をしたり、人馬一体となって戦場を駆け抜けるといった域に達しているのは、副団長のボロツと弓部隊の小隊長であるジラールのみだった。
ジラールは、今でこそ落ちぶれてこんな底辺の傭兵団に所属しているが、若かりし頃は他国の正規軍の大将を任される程の武人であり、諸国に名を轟かせる弓の名手であったため、当然馬の扱いにも慣れていた。
ボロツの方は、その腕っ節とがたいの良さから、点々としていた裏家業においてリーダーとなる事も多かったようで、馬に乗る機会に恵まれていたらしい。
しかし、この二人以外は戦場で馬を駆る経験などなかったため、出来るだけこの短期間で乗馬技術を向上させようと、これからは今までの戦闘訓練に加えて、交代交代で乗馬の訓練の時間をとる事に決まったのだった。
これまであまり馬に接する機会のなかった小隊長達は、自分より遥かに大きな体の馬を前に不安そうな面持ちをしていたが、ティオが、彼ら用には、良く人馴れした大人しい性格の馬を選んでくれていたので、今のところ問題はなさそうだった。
「乗馬が上手くなるには、当然訓練が必要ですし、技術的な事もいろいろ覚えなくてはいけません。でも、一番大事なのは、まず馬と心を通わせる事です。馬は人を乗せて運ぶ事が出来るとても優秀な移動手段ですが、当然の事ながら、馬は生き物です。僕達のように心があり、感情があります。ですから、馬の気分によっては、能力が充分に発揮出来ないといった場合もある訳です。馬に乗る人間は、常に馬の気持ちを考えて、馬の気持ちに寄り添うように心がける必要があります。馬に慣れて、馬の気持ちが分かるようになってくれば、自然と乗馬は上達するでしょう。」
「という訳で、まずは馬に慣れましょう。今日はまずはじめに馬との接し方を学びますが、これからは時間が空いた時は、なるべく厩舎に来て自分の馬と触れ合うようにすると良いでしょう。馬の餌やりや手入れは、この厩舎で働いている厩務員の方達が基本的に行ってくれますが、彼らに任せきりにせず、皆さんも自分の馬に愛情を持って、馬に接する機会を積極的に増やしていって下さい。」
チェレンチーは全員分用意していた馬具やブラシなどを皆に渡し、小隊長達は、チェレンチー、ボロツ、ジラールの指導のもと、馬を撫でたりブラシを掛けたりとさっそく乗馬訓練を開始していた。
□
(……私のお馬さーん……)
一方、あまりにも手がかかるため、チェレンチーが指揮を執る小隊長達とは別行動となり、ティオがマンツーマンで指導する事になったサラと白馬だったが……
サラは、厩舎の奥に引っ込んでしまった自分用の真っ白な美しい毛並みの馬を気にして、厩舎の前をチョロチョロしていた。
チラチラ中をのぞき込んでみるが、ティオに「絶対入ってくるな!」と言われていたので、入り口の所でウロウロするばかりだった。
「……さっき、眼鏡の兄ちゃんが馬房の方に行ったみてぇだが、やっぱりあの白馬、扱いづらいよなぁ。……」
「……扱いづらいなんてもんじゃねぇだろう、あれは。餌をやるのもワラを替えるのも、気をつけないとすぐに噛んだり蹴ったりしてくるんだぞ。相当性格悪いぞ、あの馬っころ。何度大ケガするんじゃないかってヒヤヒヤした事か。……」
「……天下の近衛騎士団の厩舎で長く働いて馬の飼育に慣れた俺達でさえこんな状態なんだから、素人には到底扱えないだろうなぁ。あんなに見た目の綺麗な上等な白馬が、王族に献上される事もなくこんな所に居るのも、あの気性の荒さじゃうなずけるってもんだ。……」
入り口付近にいるサラの耳に、厩舎の中で馬房の掃除や他の馬の世話にいそしんでいる厩務員達の会話が聞こえてきた。
周りに聞こえないように音量を落としてヒソヒソと話しているのだろうが、身体能力にすぐれたサラの聴力では簡単に拾う事が出来た。
ただ、聞こえてきた音を意味のある内容として理解するだけの知力が、サラには大きく欠けていたが。
「……どうするんだ、あの眼鏡の兄ちゃん。あの性悪白馬がまたぞろ酷くヘソを曲げたみてぇだぞ。……」
「……なんであんな馬買っちまったんだろうなぁ。仮にも白馬だから、相当高い金積んだんだろうに。悪い商人にだまされて、使えない馬掴まされたのかもなぁ。……」
サラは、更に耳に神経を集中して、厩舎の奥にある馬房で白馬のそばについているティオの様子をうかがった。
どうやら、白馬は、サラに与えられたショックのおかげですっかり意気消沈してしまっているようで、寝ワラの中に頭を突っ込みブルブル震えているらしい事が、サラの耳が拾った音から分かった。
ティオは、そんな白馬に寄り添って、腹や背中を優しく撫でながら、何やらせっせと話しかけている様子だった。
「……いや、ゴメン! ホント、ゴメン! アイツ、サラって言うんだけどさ、あれでもうちの傭兵団の団長をやってるんだよ。……ウンウン、分かる分かる。パッと見小柄でか弱そうに見えるからな、君も油断してたんだよな。……そうそう、でも、ああ見えて、傭兵団で一番とんでもないヤツなんだよ。乱暴だし、力は強いし、常識はないし。だけど、傭兵団では、強い事が一番大事なんだよ。あんなヤツでも、強さだけは傭兵団で飛び抜けてるから、団長をやってるんだ。軍隊の大将に必要なのは、圧倒的に強い事なんだよ。……ウンウン、まあ、いろいろ性格に問題があるっていうのは俺も良く分かるよ。だからさ、それを副団長や小隊長をはじめとして、みんなで支えていこうって今頑張ってる所なんだよ。当然、俺もさ。俺は作戦参謀って言って、傭兵団ではサラの右腕みたいな立場だから、尚更な。……そんな訳で、君にも是非協力してもらいたいんだよ。そう、君の力が絶対に必要なんだ。サラみたいなとんでもないヤツを上手く扱えるのは、君しかいないんだよ!……」
サラは、ティオが熱く語っているのを聞き取って、ムムッと顔をしかめた。
自分の事に対して、乱暴だとか性格に問題があるとか、あれこれ失礼な事を言っているのにもチラと腹が立ったが……
それ以上に、サラには訳の分からない事があって、思わず腕組みをして首をかしげていた。
(……ティオは、一体誰と話してるのー?……)
(……え? あの場所、人は誰も居ないよねー?……馬? ひょっとして、私の白いお馬さんと話してるのー?……)
(……ええー!? 馬って、話が出来るものなのー? ティオって、馬と話せるのー?……そ、そんな事、ある訳ないよねー?……)
(……うっ! でもなぁ、石ともお喋りするティオの事だからなぁ。ひょっとして、馬とも話せたり、なんて事も、あったりなんかしちゃったりするのかもー? ええぇぇー?……)
すっかりヘソを曲げてしまった白馬に向かって、ティオがまるで人間を説得するように一生懸命話しかけている状況について、厩務員達は彼の言葉が聞こえていないので気づいていない様子だった。
驚異的な身体能力を持つサラだけが、厩舎の奥に居るティオが白馬に囁いている言葉を聞き取ってしまったおかげで、苦虫を噛みつぶしたような顔になっていたのだった。
そんなサラのドン引き振りを知らず、相変わらずティオはせっせと白馬を励ましていた。
「……いやぁ、何言ってるんだよ! 君は素晴らしいよ! 君のような素晴らしい馬は見た事がない! サラには、俺達には、君が絶対に必要なんだよ!……ウンウン! 出来るよ! 君なら絶対出来るって! やれる! 必ずやれるさ! 君の素晴らしさを、あの失礼な乱暴者のサラに見せつけてやるんだよ!……」
「……え? 俺が君の乗り手になって欲しいって?……う、うーん、ゴメン、それはちょっと……いや! 俺だって本当は君に乗れたらいいなぁと思ってるよ! でもさ、俺にはもう、自分の馬が居て、その馬の世話をしなくちゃいけないんだよ。ゴメンね。俺もなるべく会いに来るし、君とサラの様子はちゃんと見守ってるからさ!……そう、それに、サラの相手は、やっぱり君のような綺麗で賢い馬じゃないと出来ないだろう? 傭兵団の団長であるサラを、君がその背中に乗せる事で、戦場で誰よりも目立たせて欲しいんだよ!……」
「……え? もっといい餌が食べたい?……もう、しょうがないなぁ。分かった分かった。差し入れするよ。……あー、ウンウン、ブラシも毎日朝晩二回、しっかり掛けてあげるから。……え? 他の人間じゃ嫌だ? 分かってるって。俺が全部やるからさ。……ね、だから、機嫌を直しておくれよ。……ウンウン、本当に君は可愛いね。……いやぁ、嘘なんかついてないって! 君の事が本当に一番綺麗で可愛いと思ってるよ!……」
今だけは自分の身体能力を疑いたいサラだったが、間違いなくサラの高い聴力が拾っているティオの言葉は、例の白馬に向けてのものだった。
どう聞いても、ゴマをすって、持ち上げて、褒めて褒めて褒めまくって、必死に白馬の機嫌を取っているようにしか思えなかった。
(……嘘ー。あのティオが、あんなに「可愛い」とか「綺麗」とか言ってるの、初めて聞いたかもー。……)
(……まぁ、問題は、それが人間相手じゃなくって、馬に対して言ってるって事なんだけどねー。……)
サラに理解出来たのは、あの白馬が雌だという事と、ティオが相当やばいヤツだという事だけだった。




