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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十三章 野中の道 <第五節>白馬に乗った少女
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野中の道 #35


(……まあ、俺はいいけどよぅ、ティオ。馬はデカイ戦力だからな。戦場を馬に乗って駆け抜けりゃあ、歩兵なんて簡単に蹴散らせる。……)


(……だが、サラはどう思うんだろうな? いくら味方の戦力増強のためっつっても、賭博で手に入れた金で買ったとありゃあ、正義感の強いサラのこった、拒否反応が酷いんじゃねぇのか?……)


 ボロツは心配半分、サラのティオへの好感度が下がる期待半分で、少し前をゆく二人の様子を観察していたのだったが……


「もうー、ティオー、そんなにロバ……じゃなくって、馬が欲しかったのー? ギャンブルに傭兵団の資金をつぎ込んじゃうぐらいー? ダメじゃーん!」


 サラは隣を歩くティオの脇腹を、ツンツンと肘でつつきながらそんな事を言いつつも……

 その表情は、だらしない程デレデレに緩んでいた。

 一方ティオは、サラに実質ドスドス肘鉄を食らって、「や、やめろ、サラのバカ力! 内蔵が損傷する!」と抗議の声を上げていた。


「まあねー、ティオの気持ちは分からないでもないけどねー。馬って超可愛いもんねー、エヘヘー。私達傭兵団って、毎日戦って食べて眠って、戦って食べて眠って、戦って戦って戦って……戦ってばっかりで、ほわほわーっとしたものが足りないもんねー。たまには、馬みたいな可愛い動物をナデナデして、ほわほわーっとするのはいい事だよねー。」

「……サラ、お前、まさか……俺が傭兵団のメンタルケアのために馬を買ったと思ってるんじゃないだろうな?」

「めんたなんとかって何ー?……えー? 馬ってペットでしょー?」

「違う! 馬は戦力だ! 俺達はもうすぐ戦場の最前線に投入されるんだぞ。そのために、少しでも戦力を上げておこうと思って、大急ぎで資金を増やして馬を買ったんだよ! 馬は高いんだ。これでも一頭あたり約銀貨三百枚もしたんだぞ。そんな超高級品、元チンピラの傭兵団員達の雑草のようにたくましい精神ケアのために、わざわざ買う訳ないだろうが!」

「だーからー、 私、お金の事は良く分かんないんだってばー。……って言うかさー、ティオー。ティオは、こんな可愛いお馬さん達を戦場に連れていくつもりなのー? そんな事したら、お馬さん達がケガするかも知れないでしょー? 危ないよー! ダメダメー、絶対反対ー!」

「はあ? 戦場に連れて行くなって、それで馬になんの意味があるんだよ? 俺がどんなに苦労して、この十二頭の馬を仕入れてきたと思ってるんだよ、お前は、サラー!」


 サラは、自分が身長145cmにも満たない小柄で華奢な少女でありながら、自分の十数倍もの大きさの馬を、まるで小猫か子犬のごとく「可愛い」「ペット」と思っているようだった。

 ティオが、自分になんの相談もないままに、傭兵団用に王国の軍部から支給された資金をドミノ賭博につぎ込んだ事で腹を立てていたサラだったが、その件については二人の間で話し合いがなされ、一応決着をみていた。

 そういった事情もあり、ティオが購入したものが馬だと知ったサラは、ギャンブルは良くないと思いつつも、すっかりはしゃいでいる様子だった。


(……いやいやいやいやいや、それでいいのかよ、サラぁ!……)


 ボロツは、心の中で盛大に突っ込んだが、サラの嬉しそうにニコニコしている姿が破壊的に可愛かったので、腕組みをしてウンウンとうなずいて終えていた。


(……ま、いっか!……サラの幸せは、俺様の幸せ! サラの笑顔は、世界を救う! 何も問題ないな、良し!……)


 サラが馬をたいそう気に入っている様子を見て、ティオもまた、痛い腹を探られないように資金調達の手段からサラの気をさり気なく逸らそうとしている様子だった。


「サラ、十二頭の馬は一人一頭ずつ、乗り手に合わせて選んだんだぜ。特に、サラは団長だからな、一番特別な馬を用意したよ。」

「えー! 私だけの馬なのー? 一番特別な馬って、どんな馬どんな馬ー?」

「今見せるから、慌てるなって。」

「早く早くー! 早く私の馬を見せてよー、ティオー!」



「あ、ティオ君。戻ったんだね。」

「チェレンチーさん、遅くなってしまってすみません。」

「いや、いいよいいよ。サラ団長をここまでスムーズに連れてこられるのは、きっとティオ君ぐらいだもの。君にしか出来ない役目だよ。」


 ちょうど厩舎からたずなを引いて馬を連れて出している所だったチェレンチーが、ティオが来た事に気づいて笑顔で声を掛けてきた。


「ティオ君に言われた通り、各小隊長にそれぞれの馬を引き渡していた所だよ。」

「ありがとうございます。……あ、第二小隊長と第三小隊長の馬が逆ですね。」

「え? あれ?……ご、ごめん! 同じ鹿毛で馬の体格も良く似ていたから区別がつかなくって!」

「第三小隊長用の馬は右後ろ足に白い模様が小さく入っているので、それを目印にするといいと思います。気が利かずにすみません。メモに書き足しておきます。」

「あ、ありがとう、ティオ君。」


 チェレンチーは、ティオが用意していた覚え書きを参照しながら各小隊長に馬を配布している所だった。

 ティオは、バサッと色あせた紺色のマントをひるがえすと、どこからか取り出した羽ペンを手に、チェレンチーの持っていた覚え書きを受け取って、各馬の毛色のわきに、間違いやすいものはいくつか特徴を素早く書き足したのち、再びチェレンチーに手渡していた。


「後は、サラの馬と俺の馬だけですね。」

「あ、ああ、うん。ティオ君があの二頭には触らないようにって言っていたから、まだクツワも噛ませていないんだけど……」

「それは今から俺がやりますので、チェレンチーさんは皆さんと一緒に厩舎の外で待っていて下さい。」

「分かったよ。……で、でも、気をつけてね。厩務員さん達も、あの二頭には手を焼いていたみたいだったから。」

「だからこそ、俺とサラ用の馬にしたんですよ。俺とサラならなんとかなると思って。……じゃあ、後は俺がやりますので。」

「う、うん。」


 チェレンチーはやや心配そうな顔をしながらも、サラとティオ用に割り振った二頭の馬をのぞいた最後の一頭のたずなを引きながら、厩舎の前の繋ぎ場へと歩いていった。

 厩舎の前では、既に自分の馬を配布された小隊長達が興奮気味に騒いでおり、いつの間にかこっそり傭兵団の訓練の見張りを抜け出してきたらしいハンスが、腕組みをして羨ましげに眺めている姿も見受けられた。


「おう、ハンスの旦那、アンタ、こんなとこで油売ってていいのかよ? 俺達幹部が全員傭兵団の訓練場を離れてるから、今はアンタが団員達を見てるんじゃなかったのか?」

「ああ、ボロツ。まあ、そうなんだが、馬と聞いてはジッとしておれなくてな。自分の馬を持つのは、平民出の兵士の憧れだからな。一目見たら、すぐに訓練場に戻るさ。」

「ハンスさん、自分の馬とは言っても、これは傭兵団の所有するものなので、あくまで小隊長の皆さんに貸し与えるという形になっていますよ。」

「チェレンチー、それでも、馬に乗れるのは素晴らしい事だ。これだけ居ると、壮観だな。よくこれだけの数を短い間に揃えられたものだ。」

「……なんだか、僕達だけすみません。ハンスさんにはいつも良くしてもらっていて、ほとんど傭兵団の一員のようなものなのに。」

「いやいや、気にする事はない。私の籍は王国正規兵団にあるのだからな。そんな中で私だけが馬の使用許可を得たとあっては、他の正規兵が良い顔をしないだろう。今は同じ王国軍の仲間とは言え傭兵団を良く思っていない者は多い。まあ、かつての私もそうだったから、彼らを責められはしないがな。最近急に羽振りの良くなった傭兵団から私に賄賂が流れている、などと噂されても困る。痛い腹は探られないようにしておきたいものだ。」


 やや小柄なずんぐりとした栗毛の馬を引いて現れたチェレンチーに、ハンスは目を細めてしみじみと語っていた。

 馬は王国正規兵団や、王都の警備兵団などにも何頭かは国の軍部から配備されていたが、中将以上の上官でなければなかなか自由に乗る機会はなかった。

 まして、年老いて兵役に耐えられなくなり一般に払い下げられた馬でも軽く銀貨百枚以上の値段がする馬は、庶民にとっては非常に高級なものであり、兵士の仕事に就いているとは言え、とても個人の給与で購入出来るものではなかった。

 また、馬を買うと専用の馬具だけでなく、飼い葉や厩舎代、日々の世話や健康管理に要する人件費も必要で、維持費もバカにならない。

 そこを、傭兵団の馬に関しては、所属人数が減って手すきになっていた近衛騎士団の厩舎の管理者にティオが話をつけて金を支払う事で安くあげていた。


「ハハハハハーッ! まあ、見るだけはタダだからな、ハンスの旦那! 存分に指をくわえて眺めてくれていいんだぜ!……ほらほら、この俺の馬の立派さを見ろよ! どうだ、この俺様の鋼のような体にピッタリなたくましい黒鹿毛だろう? 特にこの額の『星』が気に入っててよ。まさに、この俺様こそがこの傭兵団の輝く星って感じだろう?」

「ボロツ副団長。その模様は『星』と言うより『流星』だと思いますよ。」

「ダーッ! チャッピー、お前、ちょっとは空気ってもんを読めぇ! 誰があっけなく流れて消える『流星』だってぇ?」

「そ、そこまで言ってません!」


 自分に配布された馬を自慢したいボロツに、ガッと首に太い腕を首に回されてからまれるチェレンチーだった。

 しかし、確かに、ティオが傭兵団用に買いつけた十二頭の馬の中で、ボロツにあてられた馬は最も体格の良い馬だった。

 ボロツの大柄で筋骨隆々たる体に加えて、身の丈を超える大剣を振り回す戦闘スタイルを考慮して、それに耐えうる大きく頑丈な馬をティオが選んだのだと思われる。

 ちなみに二番目に大きくたくましい馬は、重鎧隊の隊長にあてがわれており、こちらは鎧の重さを考えた上での選択だろう。


「俺の馬だって、いい毛並みだぜ。それに大人しくて良く言う事を聞くんだよ。たぶん、俺と気が合うんだろうな。」

「あ! それは俺も思ったぜ。他にもいろいろ馬が居るのに、なんかこう、この馬が一番しっくりくるって感じがするんだよなぁ。」


 自分用にあてがわれた馬の首をさすったり鼻面を撫でたりしている小隊長達の姿を見たチェレンチーは、皆問題なく馬と接している様子にホッとしていた。

 馬は、個体差もあるが、基本的に神経質な動物なので、初対面の人間と上手くいかない事も多い。

 それが、穏やかな性格の馬が多かったのか、ドゥアルテ商会で荷運びをした経験から人馴れしていたのか、あるいは小隊長達が言っているように本当に各自と相性がいいのか、ティオが連れてきた馬達は驚く程すんなりと割り振られた人間にそれぞれ馴染んでいた。


(……さすがにティオ君も、人と馬の相性まで分かる、なんて事はない、よね?……)


 チェレンチーは内心驚きつつも、皆穏やかに馬と対面出来た状況に安堵して、自分もまた、優しそうな性格の栗毛の馬を撫でていた。



「いいなーいいなー、みんな自分の馬を貰っていいなー! この馬は目がクリクリしてて可愛いよねー! こっちの馬は尻尾がフサフサー! ボロツの馬は、大っきくってカッコイイー!」


 サラは、傭兵団の幹部達がそれぞれ自分用の馬を与えられている様子を、あっちへ行ったりこっちへ来たり、チョロチョロキョロキョロ歩き回って見回して、子供のように興奮していた。


「ティオー! ティオー! 私の馬はぁー? 私の馬も早く連れてきてよー! 早く早くはーやーくぅー!」

「分ーかった分かった! だから、マントを引っ張るなってー! これ、俺の大事な一張羅なんだからなー!」


 傭兵団の幹部のみんなが自分の馬を渡されているのを羨ましがったサラは、ピョンとジャンプするとまるで木の幹にでも飛びつくかのように長身のティオにしがみつき、グイグイと彼の色あせた紺色のマントを引っ張って訴えた。

 ティオは、必死にサラをなだめ、その後一人厩舎に入っていった。


(……ティ、ティオ君、大丈夫かな? サラ団長用の馬は、見た目はとってもいいけど、厩務員さん達が口を揃えて『凄く扱いづらい』って言ってんだよねぇ。一人でくつわを出来るのかな? 僕も手伝った方がいいかな?……)


 と、一人内心ハラハラしていたチェレンチーだったが、想像していたよりもずっと早く、ティオは厩舎の外に出てきた。

 ティオの手には手綱が握られており、その先には、きちんとくつわをはめた馬が大人しく後をついてきていた。

 その静かで体幹にブレのない歩き方、目を伏せてほとんど頭を揺らさずやって来る様は、どこか貴族的な上品な雰囲気を漂わせていた。


(……あ、あれ? おかしいな、厩務員さん達がみんな顔をこわばらせていたと思ったんだけど? ティオ君にも「危ないからチェレンチーさんは近づかないようにして下さい」って言われたし。……)


(……とてもそんな気性の荒い馬には見えないなぁ。……)


 首をかしげるチェレンチーとは対照的に、ティオが連れてきた馬を見たサラは、ピョンピョン跳ね回って大喜びしていた。


「うわぁー! 凄ーい! 真っ白な馬だー! 綺麗綺麗ー! こんな真っ白で綺麗な馬、見た事ないよー!」


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