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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十三章 野中の道 <第三節>強者の笑み
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野中の道 #26


「そっかー。ティオが言うように、『笑顔』って本当に相手をいい気分にするんだねー。」

「いい気分……まあ、ザックリ言うとそうだな。俺は、主に警戒心を解いてほしい時に『笑顔』を作ってるかな。」

「あ、じゃあさじゃあさ、ボロツもニッコリ笑ったら、みんなをほんわかさせられるかなー?」

「え……い、いやぁ、副団長は、『威嚇』に外見振り過ぎだから、無理があるんじゃないか。むしろ、あの顔でニッコリ……じゃなく、ニヤァって笑いかけられたら恐怖だろ。」


 サラは、ティオに手を繋いでもらって、広々とした石造りの近衛騎士団の兵舎の廊下を歩き進みながら、たわいもない会話を交わした。


 ティオが言うように、ボロツは今まで、周りの人間と友好な関係を築く事よりも「とにかくなめられない事」を信条として生きてきた人間である。

 元々身体的に恵まれており、体が大きく腕力もあったが、ボロツは更にその肉体を鍛え上げ、筋骨隆々とした見た目に変えていた。

 その上、髪を全て剃って入れ墨をし、仕上げに身の丈を超える大剣をトレードマークとして背負って持ち歩くようになった。

 それだけ周囲を「威嚇」し続けなければ、すぐに他人に利用され、足蹴にされてしまう過酷な人生を歩んできたのだろう。


 ティオは、そんなボロツの事情をサラに説明した後、言った。


「でも、サラは充分強いからな。ボロツ副団長みたいに周りを『威嚇』する必要はないだろう?」

「どういう事ー?」

「『威嚇』ってのは、相手に自分を攻撃してほしくない時にするもんだ。『それ以上近づいたら、攻撃するぞ!』って一目で周りに分かるように見せる訳だ。……『弱い犬ほど良く吠える』って言葉があるが、ボロツ副団長の場合も、子供の頃は、今よりずっと弱かったんだろう。加えて、攻撃的で物騒な人間達に囲まれた環境に居たから、そうやって周りを『威嚇』する事で、自分の身を守ってたんだよ。まあ、今は副団長を攻撃しようなんて人間は、ほとんど居なくなっただろうけどな。でも、一度こうと決めたスタイルは、なかなか変えられるもんじゃない。もう、『牛おろしのボロツ』の二つ名は、この辺りでは知れ渡ってるしな。」


「でも、サラは、まだそういう評判はないだろう? 良くも悪くもその強さが知れ渡ってない。だったら、ボロツ副団長みたいに『怖い』『凶暴』みたいなイメージがついて、周りの人間に怯えられないように、周囲を『威嚇』しない方がいいんじゃないかって話だよ。サラに『威嚇』する気がなかったとしても、あまり強過ぎると、知らない内に、なんて言うか『圧力』みたいなものを振り撒いてる事があって、敏感な人はそれだけで怖がっちまうんだよ。」


「サラは、この王都に来る前に、山間の小村で魔獣を倒した事があっただろう? それで、村人達には感謝されたけど、同時に怖がられたって話だったよな? それは、別に、サラが悪い事をしたって訳じゃない。ただ、サラがあまりに強かったってだけだ。人間は、自分より強いものに対して生存本能的として恐怖を感じるからな、サラの戦いっぷりを見て、村の人達が怯えてしまったのも仕方がない事なんだよ。」


「『強い』というのは悪い事じゃない。それに、『強さ』は、サラの個性でもあり、誇りでもあるんだろう? だから、そこは変える必要はないさ。まあ、変えられるもんでもないしな。……だけど、周りの人間には、なるべく優しく接した方がいいと俺は思うぜって話だよ。サラだって、魔獣やお尋ね者の犯罪者でもないごく普通の人間を、自分の強さのせいでムダに怖がらせたいとは思わないだろう?」


「だから、いざって時以外は、強さは内に秘めて、普段はなるべく優しい人間として生きるように心がけるんだよ。」


「弱いなら、『威嚇』するのは仕方ない。それは自分の身を守る一つの手段だからな。……でも、強いなら、その強さを包み込んで感じさせないぐらいの『優しさ』を持って人に接した方がいい。」


 ティオは穏やかな口調でそう語った後……

「まあ、これは、俺個人の意見だから、サラが納得いかないってのなら、俺の言う通りにする必要はないぜ。」

 と、ニカッと笑ってつけ足していた。


(……あ!……そうか……)


 その時サラは、パチンと、この所ずっと目の前でユラユラ揺れていた虹色のシャボン玉が弾けたかのように、理解した。


(……ティオがいっつもヘラヘラ笑ってるのって、周りの人を怖がらせないため、だったんだ。……)


 と、閃くように答えにたどり着いた気がしたサラだったが、そうすると、また、プクプクと新たな疑問のあぶくがいくつも湧いてきた。


(……え?……ティオって、そんなにいつも周りに気を遣わなきゃいけない程「強い」のー? えー? 最近、「実は結構強いかもー?」とは思ってたけどー、そこまでじゃなくないー?……)


(……それに、ティオの笑顔って、物凄くうさん臭いんだよねー。もう、嘘っぽさが滲み出まくってる感じー。周りの人間を怖がらせないために「優しく」「笑顔」でって気をつけてるのは分けるけどー、なんであんなヘラヘラした変な笑い方になるのよー?……)


(……ティオって、本心から笑ってる時は、普通だよねー? 全然嫌な感じしないしー、むしろ、とってもいい雰囲気なのにー。爽やかでー、ティオの凄く優しい性格が良く分かるって言うかー。笑うなら、いつもああいう「いい笑い方」にすればいいのになぁ。……)


(……あ、そっか、「作り笑い」だー! ヘラヘラしてる時は、本心じゃなくって、ティオがわざと笑ってるから、あんな不自然で変な感じがするんだー!……)


 ある意味衝撃の事実に気づいてしまったサラは、グリンとティオに向き直り、グッと繋いでいた手を引っ張ると、ガクンとバランスを崩しているティオの顔を間近でジイッと見つめて言った。


「ティオって、『作り笑い』が下手過ぎー!」


 そんなサラの突然の指摘に、ティオは分厚い眼鏡のレンズの奥で、緑色の目を少し見開いて驚いていた。


「いや、下手じゃないだろー? ごく普通に、凄くいい感じで笑ってるだろー?」

「えっ? 何言ってるのー、ティオー? 全然自覚ないのー? どっからどう見ても不自然じゃんー! だらしなくヘラヘラしちゃってさー!」

「ヘラヘラじゃなくって、ニコニコだってー。努めて自然に、親しみやすく明るい雰囲気で笑ってるつもりだけどなぁ?」

「物凄く嘘っぽくて、うさん臭いってばー! 私、ティオに会ったばっかりの頃、あのヘラヘラした作り笑いのせいで、『コイツは絶対信用しちゃダメだ!』って、思ってたもんー!」

「そうかなぁ? ヘラヘラしてるかぁ? うーん?」


 ティオは、サラに重ね重ね言われても本当に実感がないらしく、アゴに手を当て首をかしげては、しばらくウンウン唸っていた。

 サラは、そんなティオを見ている内に、またピンと閃いて、言った。


「……あ!……ティオって、ひょっとして……今まで、心の底から誰かを怖いって思った事がないんじゃないのー?」

「えー? 怒られるとか、そういうんじゃなくってか? 師匠とかジジイとかに、俺、良く怒られてたからなぁ、ハハ。」

「違う違うー! もっと、こう……コイツが本気で攻撃してきたら、絶対勝てない、死んじゃうー! みたいな、怖さだよー! 体の芯から自然とブルッてくるヤツー! 本能的に自分の命が危ないのが分かるって言うかー!」

「ああ、そっちかぁ。そりゃあるよ、俺何度も死にかけてるし。……いや、待てよ。……良く考えてみると、人間相手には、ない、かなぁ? 盗賊団を抜ける時、師匠と本気で戦ったけど……ああ、師匠ってのは、盗賊団で俺に無理やりスパルタで剣技を叩き込んできた元騎士のおっさんな……あの時は師匠がマジで俺を殺すつもりで攻撃してきてたから、ヤバイとは思ったな。……でも、怖かったかって言われると、うーん。……」


「一番恐怖を感じたのは、やっぱり、俺が刃物恐怖症になった例の事件だな。今でもトラウマが抜けなくて一切刃物がダメなぐらいだし。あれはマジで死ぬと思ったぜ。心の底から怖かった。むしろ生きてたのが奇跡だったぐらいだもんな。でも、あれは相手が人間じゃなかったからなぁ。」


「ってか、サラでも、『死ぬ!』ってガクブルした事があるんだな。『世界最強の美少女剣士』には、そういうのないのかと思ってたよ。」

「そ、その時は、まだ剣を持ってなかったしー、って言うか、なんにも持ってなかったのー! それで、森の中で一人っきりで狼の群れに囲まれちゃってー。自分が強いって気づいてなかったから、凄く怖かったんだってばー!……結局、その辺に落ちてた木の棒で何匹か倒したら、狼達は勝手に逃げてったけどー。……って、私の事は別にどうでもいいでしょー!」

「いや、森の中で一人で丸腰で狼の群れに囲まれるって、どういう状況だよー? サラ、お前、もうちょっといろいろ備えてから出歩いた方がいいぞ。ただでさえ酷い方向音痴で、目的の場所にたどり着くのに何倍も時間がかかるんだからさぁ。」


 ティオは、自分の事はどうとも思っていないようで、サラの話の方を心配している様子だったが……

 そんな的外れな反応が、むしろ如実に真実を物語っていた。


(……やっぱり、ティオは、一度も経験がないんだ。誰か、他の人間を心の底から怖いって思った事。……他人の強さに恐怖を感じた事がない。……)


(……だから、分からない。……知識としては、人間が自分より強い者に対して「怖い」って思うのは知ってるけど、全然実感出来てない。……)


(……それでも、周りの人達を怖がらせないようにしようと思って、いつも「作り笑い」をしてる。でも、本当は、怯える人達の気持ちが全く分かってないから、あんな不自然な変な笑い方になってるんだ。……)


 サラは、珍しく眉間にシワを寄せて難しい表情をしている自分を、キョトンと不思議そうな顔で見ているティオに……

 改めて、ゾクッと、反射的に未知の恐怖のようなものを感じていた。


(……あの変なヘラヘラした「作り笑い」は、本当の恐怖を知らないティオが、怯える人達の気持ちを想像して、真似て、人工的に作り出したものだったんだ。……)


 それは、この世界にたった一人の「強き者」が、その他の多くの者達の中にまぎれるために、彼らと同じ「弱き者」の振りをする方法の一端として編み出した「笑顔」であった。

 言うならば、「絶対的な強者の笑み」……


 実際にティオがどれ程強いのかはサラには分からなかったし、ティオが世界で一番強い人間だとは到底思えなかったが……

 少なくとも、ティオの感覚においては、他の人間に本能的な恐怖を感じた事は一度もない……

 つまり、無意識下で、他人を、自分より弱い、特に脅威のない存在だと認識している、という事は確かなようだった。


「……」

「どうした、サラ?」

「……嫌い……」

「え?」

「私、ティオのヘラヘラした作り笑い、大っ嫌い!」

「なっ、えっ、い、いきなりどうしたんだよ、サラー?」

「後! ティオより私の方が、絶対強いから! 絶対絶対絶対、超超超超超強いからー!!……フン!……」

「お、おい、サラ!」


 サラは、胸の中にあったモヤモヤした気持ちをティオに思い切りぶつけた後、ティオの手を繋いだまま、プイッとそっぽを向いて一人で勝手に歩き出したが……


「だーから、方向違うってー! 戻ってどうする。こっちこっちー。」

「……」


 すぐに、繋いだ手をティオにグイッと引っ張られて引き戻されていた。



「ところで、ちょっとサラに言っておきたい事があるんだけどさ。」


 近衛騎士団の使用している敷地も、宿舎や食堂、会議室などの入った建物の並ぶ辺りを過ぎてようやく屋外に出るといった所で、ティオが話しかけてきた。


 改めて通り抜けてみると、王国正規兵のための兵舎は傭兵団が使用しているものよりもずっと立派で、特に貴族の御曹司が所属している近衛騎士団は、もはや天と地程の違いを感じるサラだった。

 無骨ではあるものの堅固に築かれた石造り建物群に、それを繋ぐ回廊も石畳に石柱、同じく石材で作られた手すりと屋根もついていた。

 訓練場が広々としているだけでなく、快適さを考慮して所々に木や茂みの緑を配置してあって、全体的に景色が上品である。

 屋外の休憩所となっている白亜のガゼボの周りには花まで咲いていて、こじんまりとはしているものの、どこかの貴族の庭園のようだった。

 当然、兵舎の敷地内には、それぞれの施設を整備し兵士や騎士達の生活を支える専属の下働きの者達が多数働いており、廊下を歩きながら、どこもかしこも綺麗に掃除が行き届いている様子を見る事が出来た。

 それに引き換え、傭兵団のオンボロな木造の宿舎は、最近は皆で毎日掃除をし、老朽化している所は随時修理もしているとはいえ、屋根裏をネズミが走り、ベッドの下から虫が這い出してくるのも日常茶飯事だった。

 そんな、傭兵団に与えられた、元は新人兵士の訓練用だったという一番粗末な兵舎で生活している時はつい忘れてしまいそうになるが、近衛騎士団の敷地に来ると、ここがナザール王城の城壁内部だという事を思い出す。

 まさに別天地のような近衛騎士団の兵舎だったが、この王城の敷地の奥には、王族が住む王宮があり、そこは厳重な警備の元もっともっと豪華な環境が広がっているとの事だった。

 (……まあ、私は王宮のあるお城の奥なんて、行く事はないだろうけどねー。……)

 と、この時のサラは思っていた。


「言っておきたい事って何よー? ティオー?」

「昨日の夜の事だよ。」


 繋いだティオの手をブンブン振りながら、花の咲く近衛騎士団の休憩所から飛んできた蝶を目で追っていたサラは、少し歩調を緩めて、隣を歩いているティオを見上げた。


「『精神世界』で俺とサラが決闘して、サラが勝っただろ? でも、なんかサラは納得してないみたいだったからさ。」

「……ムゥ……確かに納得してないけどー、なんで分かったのー?……あ! 石に残った記憶を読む異能力を使って、私の気持ちを読んだのー? それはしないって約束したじゃーん!」

「し、してないしてない!……ただ、昨日の夜、サラが俺の精神領域にある『あれ』と同化しかかったのが原因で、俺とサラの存在の距離が妙に近い感じがするって言うかさ、さっきもそんな話しただろ? だから、こうしてサラのそばに居ると、手も繋いでるしな、サラの気持ちがぼんやり分かるんだよ。あくまでぼんやりであって、細かい所とかサラが知られたくないと思ってる事は分からないから安心してくれ。」


「後は、まあ、普通に推理したんだよ。……サラがやけに俺に突っかかってくるからさ。『私の方が強い!』とか『もう一回戦おう!』とか『全力で戦ってよ!』とかさ。」


「勘弁してくれ。俺が戦うのが嫌いなのは、サラも良く知ってるだろう? 嫌だからな、絶対。サラとは、もう二度と戦いたくない。」


 「ええぇー!」と仏頂面で不満の声を上げるサラを、ティオはジトッと見据えながら、説得するような口調で続けた。


「サラはどうせ、俺が全力で戦ってなかったとか、自分から降参したとか、そういうのが気に入らないんだろう? サラが勝ったのは、俺が手加減していたからで、サラ自身の実力じゃない、そう思ってる、違うか?」


「でも、それは間違ってる。俺がサラとの決闘で全力が出せなかったのは、俺が弱いせいだ。もっと言えば、全力を出さなかったんじゃない、出せなかったんだ。俺の覚悟が甘かった。そして、心が軟弱だった。だから、サラに負けた。」


「いいか、サラ、『強さ』ってのは、ただ技術や腕力だけの事を言う訳じゃない。心をひっくるめてのものなんだよ。」


「どんなに長い間血の滲むような訓練をして戦闘技術を磨いたとしても、いざって時に発揮出来なかったら、なんの意味もない。実際、戦いの場では、普段は実力が低い筈の人間が、自分より高い実力を持った人間に勝つ事がままある。訓練や模擬戦でいくら勝っていても、実戦は全く別物だ。いざという時、つまり、実戦でこそ、自分の力を発揮出来る人間が、本当に強い人間と言えるんだよ。」


「じゃあ、一体どうして、実戦では、技術の低い人間が技術の高い人間を打ち負かすなんて事が起こるのか? それは、ひとえに、二人の心の強さの差に由来する。実際に敵と相対した時、すぐにひるんだり弱気になったりする人間と、決して揺るがず、自分が勝つという信念を迷わず持ち続ける人間、どっちが強いか、サラも良く分かるだろう?……それぐらい、心の強さ、精神の頑強さってのは、戦いにおいて重要な要素なんだよ。」


「そして、サラは、俺よりずっとずっと、心が、精神が、信念が、強かった。そして、俺との勝負に勝った。たまたまなんかじゃない。どんな勝ちでも勝ちは勝ち、とか、そういうぼんやりしたものでもない。まぎれもなく、サラは強い。俺よりずっとな。だから、当然の結果として、俺に勝った。そういう事なんだよ。」


「納得してくれたか、サラ?」

「……ムウゥー……」


 唇を突き出してふてくされていたサラも、ティオの話を聞く内に、少し溜飲が下がったような気になってきていたが……

 ハッとなって、繋いでいたティオの手をギュッと強く握り締め、その怪力にティオは「ギャッ!」と悲鳴を上げた。


「ティオ! アンタ、またなんか、ペラペラ上手い事言って誤魔化そうとしてないー? 私と戦いたくないからって、適当な話で気を逸らそうとしてるでしょうー!」

「痛い痛い痛い!……ち、違うー! 俺は本当にサラの事強いと思ってるってー! どうせまた戦ったって俺が負けるんだから、意味ないって言ってるんだよー!」

「えー? やってみなきゃ分かんないじゃーん! だから、もう一回戦おうよー! 今度はこっち、『物質世界』でさー!」

「嫌だ嫌だ嫌だ、ゼーッタイ嫌だからなー! ギャーッ!」


 サラがいくらギュウギュウ手を握りしめても、ティオはブンブン首を横に振るばかりだった。

 まあ、戦うのが嫌いで平和主義者を自称するティオがこういう反応をするだろう事は、サラも予想はしていたが。

 しばらくして、サラが、未だ不満タラタラながらも諦めはじめたのを見てとって、ティオが、ポンポンとその小さな頭を叩いてなだめてきた。


「後で特訓に付き合うからさ。機嫌直せってー、サラー。サラちゃーん。」

「……んんー……本当にちゃんと特訓の相手してよー? また『あ、用事を思い出したー』とか言って、どっか行っちゃわないでよねー、ティオー?」

「ハッハッハッ、行かない行かない。約束するよ、サラ。……おっと、待たせ過ぎてボロツ副団長がイライラしてるなー。……どうもすみませんー!」


 こちらに向かって大股でドスドス近寄ってくるボロツの姿を認めると、ティオはボサボサの黒髪をボリボリ掻きながら頭を下げていた。

 サラも、ほぼ同時に、厩舎の前にいつもの傭兵団の幹部達が集まっているのを見つけて、それまで繋いでいたティオの手を離し、パッと駆け出していっていた。

「えー! 何あれ、何あれ、ティオー? 凄ーい!!」


「ようやくサラを連れてきたのか、ティオ、この野郎。何ノロノロしてやがったんだよ?」

「いやー、サラが方向音痴なんで、手間取っちゃいましてー。さ、遅れましたが、始めましょう!」

「いや、ちょっと待て、ティオ! お前、さっきサラと手を繋いでなかったか? あん?」

「ハハ、嫌だなぁ。副団長の見間違いですよー。」


 腰に手を当てドスドスと指でティオの胸を小突きながら、凶悪な顔で睨みつけてくるボロツに対して……

 ティオは、いつものようにヘラヘラと緊張感のない笑みを浮かべていた。


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