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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十三章 野中の道 <第三節>強者の笑み
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野中の道 #25


「まあ、本当はこういうのは、俺なんかよりサラがやった方が効果が高いんだろうけどな。」

「ええ? 私がヘラヘラしてたらなんかいい事あるのー?」

「ヘラヘラって……俺は、相手に威圧感を与えないような、かつ、親しみのこもった笑顔を浮かべてるつもりなんだけどなぁ。」

「はあ? どう見てもうさん臭さ満点のヘラヘラした情けない顔じゃないー!」

「そうかなぁ?」


 ティオは、サラに指摘された点が意外にも腑に落ちていない様子で、しばらくアゴに手を当てて首をかしげていたが……

 ふと、何かを思いついた様子で、パチンと指を鳴らした。


「じゃあ、試しにちょっとやってみるか。……サラ、向こうから二人連れの男が歩いてくるから、アイツらにニコッと笑って挨拶してみろよ。効果絶大で好感度爆上がりだぞ。」

「えー、嫌だよぅ、作り笑いなんてー。だって、それって嘘じゃん。私嘘つくの嫌いだもんー。」

「まあ、これ一回こっきりだからさー。実験だよ、実験。何事も自分で実際にやってみないと、実感出来ないだろー?」


「それに、別に丸々嘘をつくって訳でもないさ。サラだって、ムダに相手を嫌な気分にさせたり、喧嘩したりしたくないだろー? だらか、ニッコリ笑って挨拶するんだよ。」


「笑顔ってのは、人間にとって大事な感情表現の一つだ。相手に笑顔を向けるってのは、『私はあなたに敵意はありませんよ。仲良くしましょう。』って意思表示なんだよ。」

「嬉しい時とか楽しい時とかに笑うのとは違うのー?」

「まあ、そっちが笑顔の本質だよな。人が自然と笑顔になるのは、嬉しい時や楽しい時、つまり、いい事が起こってる時だ。だから、笑顔の人間を見ると、人はプラスの感情をいだく。そういうプラスの感情を相手にいだいてもらうようにって、挨拶する時は笑顔を作ってるんだよ。……うーん、サラに作り笑顔は難しいだろうから、『私は敵じゃないよ、あなたと仲良くなりたいよ』って気持ちで挨拶してみたらいいんじゃないか。笑顔にはならないまでも、柔らかい表情になると思うからさ。」

「ふ、ふーん。」

「ほら、人が来たから、やってみろよ。」

「う、うん。」


 と、長い廊下の先から二十代半ばと思われる男二人が歩いてきて、同様に廊下を歩いていたティオとサラの二人とすれ違う距離まで来た。

 武器や鎧などは身につけておらず、体も鍛えられていない様子だったが、着ているものがそこそこ良いのを見ると、近衛騎士団で雑用を担っている下働きの者達のようだった。

 いつの間かに、ティオとサラは、近衛騎士団の兵舎の敷地内へと入っていたらしい。

 彼らと視線が合うと、さっそくティオが一旦足を止め、先程と同じように緊張感のない能天気な笑顔で当たり障りのない挨拶をする。

 すると、男達は、わざわざ立ち止まってうやうやしくこうべを垂れてきたティオを見て、あからさまに見下した醜い笑みを浮かべた。


「ああ、傭兵団のヤツらか。また、図々しく俺達近衛騎士団の兵舎に入り込んでるみたいだな。」

「許可は取っております。」

「うちの上官達が優しいからって、あんまり図に乗るんじゃないぞ。お前達みたいな犯罪者崩れのヤツらなんて、この城の中じゃどこに行ったって厄介者なんだ。何か問題を起こしたら、すぐに摘み出すからな。」

「皆さんにご迷惑のかからないよう、重々注意します。ご忠告ありがとうございます。」

「どうせお前らなんか、街じゃまともに働けず、食うものにも困って、傭兵団に流れて来たんだろ? ここは物乞いが来る所じゃないんだよ。住む所や食べ物を恵んでもらってる分、しっかり戦えよな。王国正規兵の盾がわりに敵の攻撃を受けるぐらいの事は、半端者のお前達でも出来るだろう?」

「我々のような者を拾って下さったナザール王国へのご恩を胸に、日々精進しております。」

「そんなふうには見えないなぁ。兵士ならみんな訓練に励んでるこの時間に、女と手を繋いでお散歩とは、いいご身分じゃないかよ。」


 何を言われてもニコニコと笑顔を絶やさず、へりくだった受け答えをするティオに対して、ボツボツと吹き出物の目立つ丸顔の男と、こけた頬と大きな鉤鼻がアンバランスな男は、雑用の鬱憤を晴らすかのようにからかってきた。


(……コ、コイツらぁ! 性格わっるいなぁ! やなヤツ!……)


 ティオがさりげなく自分の体で隠すように半歩後ろに下がらせていたサラは、彼らの歪んだ性格が滲み出るセリフと不快な表情に思わずカッとなりかけたが……

 ティオが、グッと手を強く握りしめてきたので、ハッと我に返った。


(……えー? こんなヤツらが、ちょっと挨拶しただけで、態度を変えたりしないと思うけどなー。……うーん、でも、実験だしー。こんなヤツらと全然仲良くしたいとは思わないけどー、まあ、喧嘩するのもバカバカしいもんねー。……)


(……えっとー、「笑顔で挨拶」だよねー?……)


 サラは、心を決めて、スウッと一つ大きく息を吸い込むと……


「こんにちはぁ!!」


 元気良くブンッと頭を下げながら、目の前の二人に向かって挨拶の言葉を口にした。

 サラとしては精一杯明るく挨拶したつもりだったのだろうが、常人離れした身体能力のせいで、鼓膜がビリビリする程の強烈な音が辺りに響き渡り、その気迫に男二人は思わずビクッと身を竦めていた。

 いつも首の後ろで結っている金色の三つ編みがピョコンと跳ねて、その後、背中に垂らしていたオレンジ色のフードがパサリと小さなサラの頭に被さる光景は、少し滑稽で可愛らしいものだったのだが。

 サラは、慌てて姿勢を正すと、フードをのけて髪を直していた。


 丸顔の男と頬のこけた男をジッと見つけたサラは、はやり笑顔にまではなっていなかったものの……

 パチパチッと長い金色のまつ毛に縁取られたつぶらな水色の瞳を瞬かせる様は、あどけない愛くるしさに溢れていた。

 男達は平均的な身長であったので、小柄なサラは自然と上目遣いになり、サラの純真な子供のような印象に輪を掛ける効果を生み出していた。

 先程とは別の意味で圧倒された男達は、ジリっとのけぞるようにわずかに後ずさった。


 それまで、男達は、ティオがサラを連れている事には気づいていたが、意識的に視界に入れないようにしていたようだ。

 しかし、サラの方から話しかけられてしまっては、これ以上無視し続ける事が出来なくなってしまった。

 サラは、男達が無言で固まったままなので、不思議に思ってキョトンと首をかしげ、もう一度口を開いた。


「こんにちはぁ!!」

「……あ、ああ、こ、こんにちは。……」

「……こ、こんにちは。……」


 ティオの時のように何か嫌味でも言ってくるかと思っていたが、男達はオロオロしながらもサラに挨拶を返してきた。

 そして、真っ赤な顔で、ブワッと吹き出してきた汗をセカセカと拭きながら、「お、俺達は忙しいから」と足早に去っていった。



(……ハハ! アイツら、いつもは偉そうに踏ん反り返ってるくせに、サラの前じゃ形無しだな。……)


 ティオは微動だにしない営業スマイルを顔に貼りつけたまま、男達の後ろ姿を見送っていた。

 「凄ーい! ホントに挨拶するだけで態度が変わったねー!」

 とサラは無邪気に驚いていたが、ティオは彼らがなぜここまでサラの挨拶で動揺したのかを察していた。


 端的に言うと、彼ら二人は「モテない」「女性に縁がない」男達なのだった。

 まあ、容姿が飛び抜けていい訳ではないのは事実なのだが、彼らはそれを過剰に気にしており、劣等感を抱いているきらいがあった。

 適度に身だしなみに気をつけて、こざっぱりとした格好をし、明るく親しみやすい雰囲気で周囲の人間に接していれば、普通に女性と会話をする機会もあるだろうと思えるのだが。

 彼らは、自分達の事を「平民のしがない下働き」「稼ぎだって少ない」「容姿も悪い」と思っており、周囲の人間の好感度を上げる努力を「どうせ俺達は頑張った所でムダだから」と、はじめから全くしていなかった。

 確かに、雑用係とはいえ近衛騎士団に居るため、貴族の令息を目にする機会も多く、そんな自分達よりも裕福で、良い職に就き、おしゃれに精通し、見目が良い男達を見て、「アイツらに比べて自分は……」という気持ちになる事も分からないでもない。

 しかし、ティオから見て、彼らの容姿も、身分や仕事も、それ程障害とは思えなかった。

 一番の問題は、彼らの妙に高いプライドを拗らせた卑屈な思考と行動であり、かえって彼らの方が「女なんてみんな、顔と金と身分でしか男を見てないんだろ? 卑しい生き物だ」と、女性を嫌って避けているかのようにはたからは見えていた。


 そんな彼らも、本心では決して女性に興味がない訳ではないようだった。

 こちらが仏頂面で黙り込んでいても、向こうからこちらの隠れた良い所を見つけて好きになってくれて、笑顔で話しかけ優しく世話を焼いてくれる、そんな女性なら大歓迎なのだろう。

 ついでに美人なら言う事ない、と言った所か。

 まあ、そんな物好きで都合のいい女性はまず居ないのだろうけれども。


 ところが、そんな彼らにサラが声を掛けてきた。

 元気良く挨拶し、澄んだ瞳でジイッと真っ直ぐに二人を見つめてきた。

 そして、言動は粗野な所は多々あれど、サラは可憐で愛くるしい絶世の美少女だった。

 普段から女性とまともに会話などしていなかった男達は、そんな自分達とは縁がないと思っていた美しい少女にいきなり話しかけられて、酷く驚き混乱し、動揺のあまり慌てて逃げ出したという訳だった。


(……まあ、知っててサラが挨拶する対象に選んだんだけどな。……)


 石に残った記憶を読む異能力を駆使して、この城に出入りしているほとんどの人間の主なプロフィールを把握しているティオは、男達が美少女のサラに話しかけられた時の反応を大体予想していたのだった。

 とは言え、顔を真っ赤にして慌てて逃げ出す程だとはさすがに思っていなかったが。



「ティオ、凄ーい! ホントに挨拶って凄いんだねー!」

「うん、まあ、俺のような冴えない男より、サラみたいな可愛い女の子に話しかけられた方が、誰だって嬉しいもんだろう? サラは、大人しくしてれば美少女だからなぁ。」

「ええっ!? ティオ、今、私の事、超絶可愛いって言ったぁ!? 世界一の美少女って言ったぁー!?」

「声、デカッ!……だから、大人しくしてればって前置きしただろうが。」


 グイッと身を乗り出して騒ぐサラのグワングワンと辺りに響く程の大声に、ティオは思わず片方の耳に指を突っ込んで顔をしかめていた。


「まあ、でも、いい挨拶だったぜ、サラ。ちょっと元気が良すぎて、耳がキーンとしたけどな。」

「ホントぉ!? 私の挨拶良かったぁ!?」

「だからー、もうちょっと声のボリューム下げろってー。」


 ティオは再びサラの手を引いて歩き出しながら、一通りサラを褒めた後、念のため釘を刺しておいた。


「サラの『笑顔で挨拶』は確かに強力だけど、誰彼構わず愛想良くするのは控えた方がいいかもな。特に若い男相手はやめといた方がいい。たまにムダな誤解を生んで、厄介な事になるぞ。」

「ムダな誤解ー?」

「うーん、そうだなぁ。……例えば、サラがボロツ副団長に対して、ニッコリ笑っておはようーって言ったらどんな反応するか、サラも大体想像がつくだろう?」

「うっ!……それは、面倒臭い事になりそうだねー。やめとくー。」


 サラにベタ惚れなボロツが、サラに笑顔を向けられて「ついにその気になってくれたのか!?」と勘違いしそうなのは、普段はあまり頭の回転の良くないサラにも、悲しい程すぐに理解出来てしまった。

 ティオは、ゲンナリと肩を落とすサラを見て、ハハッと笑った。


「まあ、サラは無理に愛想を振りまく必要はないってこった。サラが心から笑いたい時に笑って、怒りたい時に怒る。俺は、それでいいと思うぜ。」

「うん!」


 ティオの言葉に、サラは自然と一等良い笑顔を浮かべてうなずいていた。


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