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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十三章 野中の道 <第三節>強者の笑み
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野中の道 #21


(……もう、正直ティオしか残ってないんだよねー。……)


 傭兵団に入れば腕に覚えのある強者達と戦えると思っていたサラだったが、実際は初日に傭兵団のボスを気取っていたボロツに圧勝してしまっていた。


 サラの体感で、傭兵団の人間では、おそらくボロツが飛び抜けて強かった。

 剣筋に荒い所は多々あるものの、恵まれた体格と豪胆な性格で、対峙した相手を圧倒してしまう勢いがあった。

 続いて、まあまあ強いと思うのが、王国正規兵のハンスである。

 誠実で真面目な性格故に、国の兵士となってからこの方たゆまぬ研鑽を積んできた結果身につけた実力なのだろう。

 サラが来る前はボロツとその取り巻きが言う事を聞かず困っていたらしいが、おそらくハンスに勝てるのはボロツのみで、ゴロツキに毛が生えた程度の実力の取り巻き達よりはハンスの方が圧倒的に強いだろう。

 それでも大きな衝突が起こらなかったのは、ボロツが幅をきかせていたのもあるが、ハンスが荒事を嫌う性格だった事が大きいと思われる。

 そして、ハンスよりやや劣るぐらいの剣の腕だと思われるのが、ジラールだった。

 ジルールは長弓を使う弓の名手であり、専門とする所は当然弓だった。

 接近戦には向かない弓での戦闘力はサラには測りかねたが、おそらく剣の腕もかなり立つだろうと感じていた。

 ジラールはあちこちの戦場を渡り歩いてきた経験豊かな戦士であるので、実戦の修羅場を潜り抜けてきた事で身につけた実力があるのだろう。

 サラとしては、まずボロツ、大きく下がって、ハンスとジラール、この三人にはまだ注目していたが、ここから下の他の団員達は、もう有象無象で興味もなく区別もつかない状態だった。


 この中で、サラの対戦相手として最も望みがあったのはボロツである。

 しかし、はじめこそ「お前に勝って、俺に惚れさせてやるぜ、サラ!」などと意気込んでいたボロツだったが……

 傭兵団で訓練をする内にサラとの実力の差を実感したのか、また特訓によってサラの強さがメキメキと増していくのを見て諦めたのか、今は……

「サラ! 今日も強くて可愛くて最高だな! 結婚してくれ!」

 と、サラに勝つというハングリーさをすっかり失って、全面的にサラの強さを賛美するだけになってしまっていた。

「……チッ!……ボロツにはガッカリだよ。」

「ええ!? サラ、なんでだよぅ!」

 ゴミを見るような目でこちらを見て思いっきり舌打ちするサラに、ボロツはハアハア息を切らし頰を赤らめていた。

 小柄で幼い雰囲気の女性が好きというだけでなく、好きな女の子に冷たくあしらわれると興奮するという困った性癖のボロツを気持ち悪がって、サラはギューッとボロツの足を踏んだが、「ああっ! もっとぅ!」と喜ばせただけだった。


(……後は、傭兵団で私が実力を知らないのは、ティオだけなんだよねー。……)


 傭兵団での生活で好敵手に飢えたサラは、密かに獲物を狙うような目でティオの後ろ姿を見つめていた。

 一方ティオはというと、先程サラの特訓に付き合ってボロボロになっていた団員達を助け起こし……

「今日はもうサラの相手はしなくていいので、自分の小隊の訓練に戻って下さい。」

 と、彼らを放逐していた。

 サラの特訓に付き合わされる恐怖から解放された団員達は、目に涙を浮かべペコペコ頭を下げつつも逃げるように走り去っていった。


「あれ? 他のみんなは帰しちゃったのー?……ま、いいやー。ティオ、特訓の相手してよー。」


 サラは、手にしていた短い方の木剣をポンと投げ上げ、クルクルと回転して落ちてきた所をパシッと捉え、またポンと投げ上げるという動作を繰り返しながらニコニコ笑ってティオに歩み寄っていった。

 ティオはそんなサラの姿を視界に入れると、ピクッと頬を強張らせた。

 サラが笑顔の下で、「強い相手と戦いたい!」という欲望の発散対象として自分に狙いを定めようとしていたのを知っていたから……

 かどうかは分からないが、こういう時いつもティオの視線は微妙に焦点が合っていない事に、サラはしばらく前に気づいていた。

 理由は単純明快で、極度の刃物恐怖症であるティオは、木で出来ているとはいえ剣の形をした得物を手にしたサラを直視出来ないのだ。

 そこで、一見サラを見ているようで、実はわざと両目のピントをズラし、かなりボヤけた視界に調節してやり過ごしているらしかった。

 そんな視力に頼らない状態であっても、ティオは、音や風の動き、匂いといった他の情報から相手の動きや状況を把握しているらしく、特に不便そうには見えなかった。


 そして、そういった五感も鋭かったが、ティオは何より五感では表現しきれない、第六感とも言うべき「勘」が恐ろしく良かった。

 自分はずいぶん勘のいい方だと思っていたサラも、ティオに会って、彼の勘の良さの前では自分は足元にも及ばない事を知った。

 いつも一見ヘラヘラと緊張感のない笑みを浮かべているティオだったが、その実非常に警戒心が強く、特に自分の身が危機にさらされる局面で発揮する勘の鋭さは驚異的なものがあった。

 例えば、サラがティオを捕まえようと思って彼に近づいたとすると、ティオは五十メートル先だろうが、百メートル先だろうが、ピクッと気配を察してクルリときびすを返した。

 こうなると、ティオを捕まえるのはもう不可能だった。

 一度「逃げ」を決め込んで全力で走り始めたティオに、サラは追いつく事が出来なかった。

 ティオは、185cmを超える長身で、いつもボロボロの色あせた紺色のマントの下にあれこれ荷物を身につけているというのに、驚く程足が速かった。

 すばしっこく、機敏で、身軽……柵や生垣などの障害物もヒラリと飛び越えて、のらりくらりと、チョコマカと、あるいは風のように、どこまでも逃げてゆく。

 一言で言うと「恐ろしく逃げ足が速い」のだ。

 その点に関しては、ティオ自身が「俺は逃げ足だけは速いからな! 誰にも捕まらないぜ!」と自信満々で宣言している通りだった。

 それが人に自慢出来る事なのかはサラには分からなかったが、本人が言うようにティオの逃げっぷりは凄まじく、サラが今まで出会った人間の中でぶっちぎりで一番なのは間違いなかった。

 何しろ、身体能力に絶対の自信があり、ティオからも「身体強化の異能力持ち」で、その効果が本人の意思に関わらず「常時発動している状態だ」と明言されているサラが、どんなに頑張って追いかけても、逃げていくティオだけは捕まえられないのだ。

 まあ、ティオが『宝石怪盗ジェム』として、警備の厳重な貴族や富豪の屋敷に夜な夜な忍び込んで宝石を盗み回っていた過去を鑑みるに、この逃げ足の速さはうなずけるものだった。

 つい二週間程前も、このナザール王国の王城の王宮の奥にある宝物庫に入り込んで、ゴッソリ宝石を盗み出してきた事も記憶に新しい。

 あちこちで盗みを働きながらも、誰もティオを捕らえられず、また姿もほとんど見られた事がないという実績からして、納得はいくものの、それはそれとして、負けず嫌いなサラは、ティオを捕まえられない悔しさにギリギリと歯ぎしりをしていた。



 サラは、昨晩ティオと『精神世界』で対峙した時の事を思い出していた。


 あの時、サラは、ティオと意見が対立して一向に和解する気配がない事に激しく苛立っていた。

 と言うよりも、ティオは当初、サラをはじめとする他人と距離を置き、一人で全てをかかえ込む姿勢をまるで変える気がなかった。

 ティオにとってサラとの話し合いは、サラの意見を理解してお互いの妥協点を探るためのものではなく、一方的にサラを説得して大人しくさせる目的のものだったため……

 なんとかティオの考えを変えさて、ティオのすぐそばで彼を支えたかったサラとは、どこまでいっても平行線だったのだ。

 そして、サラは頑固で、ティオの決意も悲壮ながら堅固だった。


 そこで、サラは、力技でティオに自分の要求を飲ませようと、彼に「決闘」を申し込んだ。

 『精神世界』の中ではあったが、ここは傭兵団らしく、「決闘」をして勝った方の言う事を聞くようにしようと提案した。

 いくら言葉を尽くして説得しても全く折れないサラの頑固さに内心参っていたらしいティオは、この申し出を飲んできた。

 戦うのは好きではないが、決闘に自分が勝つ事でサラが納得して引いてくれるならそれでいいと思ったのだろう。

 二人の決闘における勝利条件が、「次にサラが『物質世界』で目を覚ますまで」という時間制限の中で、「サラはティオを捕まえる事」で「ティオはサラから逃げ切る事」だったのも、彼の非好戦的な性格的に受け入れやすかったようだ。


 また、ティオには「自分は絶対に負けない」という自信があったのだろう。

 それもその筈で、『精神世界』については、二年前からずっとその世界を感知し続けてきたティオの方が圧倒的に詳しかった。

 ほんの二週間前に初めて『精神世界』の存在を知ったサラは、ティオから見ればひよっこのようなものだ。

 加えて、二人が戦うのは『精神世界』の中でもティオの意思が強く反映される彼の精神領域だった。

 そこには、ティオと同一の存在であり、視界の端から端まで覆い尽くす程に巨大な『不思議な壁』があったが、それはサラとの決闘で使わないにしても……

 他にも、『不思議な壁』を制御するために、ティオが世界各地を回りながら集めた宝石で一年以上前から作っていた『宝石の鎖』があった。

 そして、ティオは、自分の精神領域に張り巡らせた無数の『宝石の鎖』を自由自在に使って、自分を捕まえようと迫ってくるサラを妨害し、最終的にはサラを縛りつける事で動きを完全に封じる手も講じてきた。

 まあ、結局は、サラがはじめから察していたように、この決闘でティオに勝ち目はなかったのだが。


 『精神世界』は精神と意思が主たる世界である。

 そんな世界において、サラは自分の誇る肉体的な強さや、「身体強化」の異能力が使えなくなるのは分かっていた。

 しかし、もう一つ、誰と比べても決して負けないという自信を持っている自分の「意思の強さ」が、強力な味方となってくれる事を確信していた。

 サラは、実際、恐ろしく強く、かつ、しぶとかった。

 そうして、逃げ続けるティオを決して諦めず延々と追いかけ続け、彼をもうすぐ捕まえるという所まで追いつめた。

 そのため、ティオも最終手段として、サラを『宝石の鎖』で捕縛するという行動に出たのだった。


 しかし、結局、ティオはサラには勝てなかった。

 ティオは「自分が逃げ切れば勝ち」という勝利条件が、自分にとって有利だと思っていたようだが……

 その「逃げ続ける」という非積極的な姿勢が、『精神世界』において、強い意志を持ってどこまでも自分を追ってくるサラの積極性に敵わない事を知る結果となった。

 また、サラは、ティオがその生来の優しさと過去のトラウマから「人を傷つけられない」事を見抜いていた。

 精神と意思が主たる『精神世界』では、『物質世界』とは違って、自分が望まない事は決してする事が出来ない。

 つまり、ティオが「人を傷つけたくない」と思っている限り「サラの安全を確保した状態で捕縛する」以上の事は出来なかった訳である。

 ところがサラは、『宝石の鎖』で捕縛された状態から、どんな犠牲を払ってでも逃げ出そうと足掻いた。

 歯を砕かれ頰の肉をえぐられるのも構わず鎖に噛みついて引っ張ったり、自ら肋骨を折って隙間を作ろうとしたり、鎖に引っかかって取れない指や足をためらいなく力任せに引き千切ったりもした。

 そんな状況を目の当たりにしたティオは、すぐに耐えられなくなってしまった。

 結局ティオは、自分から『宝石の鎖』の捕縛を解いて、「俺の負けだ」と降参する事で、サラがそれ以上傷つく事態を避けたのだった。



(……うーん。つまりー……ティオを捕まえようと思ったらー、派手に転んでケガをして「痛い痛い!」って叫んでれば、勝手に心配して自分から寄ってくるって事なんだよねー。……)


(……でも、それって、ゼンッゼン勝った気がしないんだけどー! 私の実力関係ないしー! ただティオが優しくって人を傷つけられないって弱みにつけこんでるだけだしー! あー、もー、スッキリしないなー!……)


 昨晩の『精神世界』においては、なんとかティオに勝てた事で彼と和解出来たのを喜んだサラだったが、改めて考えると、やはりどうにもモヤモヤしてしまうのだった。


(……って言うかー、あの異様に逃げ足の速いティオを、ちゃんとこっちの『物質世界』で捕まえてみたいのー! ああいう、なんか、「実力では完全に負けてたけど、ティオが自分から降参してきたから勝った」みたいな感じじゃなくってー、本当に自分の力でティオを負かしたいのー! ティオに勝ちたいのー!……って言うかー、って言うかー……まず最初にー……)


(……本気のティオと戦ってみたいんだってばー!……)


 サラは、目の前で腕組みをして首をかしげているティオを、今にも飢えた獣のようにガルルルと唸り出しそうな勢いで睨み据えていた。


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