表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十三章 野中の道 <第二節>紫の驢馬
370/443

野中の道 #15


「……ええっとー……俺が外ウマに賭けるために『通し』を使ってたのってー……『イカサマ』になりますか?……」

「限りなく黒に近い白ですね。」

「……つまり……」

「私の判断で、今回は見逃す事にしました。」

「うわぁー、良かったー! 助かりましたー! ありがとうございますー!」

「フフ、そもそもティオ殿達の『通し』を咎めるつもりなら、あなた方が店を出る前に、いや、使っているその時に、その場で取り押さえていますよ。」

「ですよねー。俺も、にこやかに店から見送られたので、大丈夫だったんだろうなぁとは思ってたんですよー。」


 ティオは、胸に手を当て、すくめていた肩からフウッと息を吐くと同時に力を抜いていた。

 しかし、『紫の驢馬』の警護のために後ろに立っていた頰傷の男は、『通し』と聞いて露骨に険悪な顔になっていた。



 『通し』とは、ドミノゲームの場で仲間内だけで分かるサインを出し合い勝負を有利に進める典型的なイカサマの手口の一つだった。


 他にもイカサマには、牌を隠し持ったり、すり替えたり、仲間と組んで密かにテーブルの下などで牌を交換するなどの方法が良く見られる。

 イカサマの手口に関しては、当然『黄金の穴蔵』側も熟知しており、妙な動きを取った者は即座に賭博場の片隅で控えていた用心棒達が呼び出され、その場で制裁が下される。

 店から摘み出される、罰金を払わされる、だけならまだマシな方で、「悪質である」「常習性がある」と判断された場合、見せしめのためもあって、その場で指の骨を折られる者も出る程厳しく取り締まられていた。


 『通し』……つまり、サインで状況を知らせ合う手法を使う者達が良くやるパターンは、主に二つあった。

 サインを使うという事は、二人以上の仲間で行う行為である。

 一つ目は、同じテーブルに着いたプレイヤーに仲間がおり、サインを使ってお互いの手牌を教え合うというもの。

 この時、仲間は他人の振りをしている場合が多く、仲間の片方がゲームを有利に進めやすいように、もう一方の仲間が適宜牌を場に出すなどして助ける。

 この場合、勝つのは先に上がった一人だけだとなるが、その分の儲けは後で仲間と分配する約束を前もってしているのが普通だ。

 もう一つのパターンは、テーブルに着きプレーをするのは一人だが、一人もしくは何人かの仲間が、赤の他人の観戦客の振りをして他プレーヤーの後ろに立ち、対戦相手の手牌を盗み見ては、サインを出してテーブルでプレーしている仲間に教える、というものだった

 対戦相手の手牌を知る事は、ドミノゲームにおいて、「相手の持っている牌の目の数字を出すのを避ける事で、相手が上がるのを遅らせる」など、非常に有利に働くため、かなり強力なイカサマであった。


 確かにティオは、『黄金の穴蔵』に一緒に来ていたボロツやチェレンチーとサインを送り合っていた。

 だが、それは『通し』の手法の典型である、上記二つのやり方とは全く違っていた。


 まず、ドミノゲームをプレーしていたのはティオ一人なので、同卓の仲間と助け合うような打牌は不可能であり、一番目の目的ではなかった。

 続いて、ティオは一人でも相手の手牌を裏から判別する事が出来たため、わざわざ仲間を対戦相手の後ろに立たせて手牌を盗み見させる必要はなく、二番目の目的でもない。


 ティオがサインを使った理由は、自分が赤チップ卓で打ちながら、自分の賭けたい外ウマに的確に金を賭けるためだった。


 外ウマでのイカサマ、というものもあるにはあったが、それも普通は同じテーブルに自分以外の仲間が居ないと成り立たないものであった。

 例えば、一人が仲間に勝たせるようにわざと負ける事で、外ウマにおいて、わざと勝たせた相手に賭けていた別の仲間が儲けを得る、という方法であり、当然儲かった金はのちに仲間内で分配される事になる。

 平たく言うと「八百長試合」をして、勝つ予定の人物に外ウマ担当の人間が金を賭けておくというものだ。

 しかし、これも確実に毎回儲かるとは限らない。

 何しろ、外ウマで当てるためには、賭けた席番号の人間が必ず勝たなければいけないからだ。

 同卓の仲間が協力したとしても、上手く勝てるかは難しい所で、勝率は上がるものの、絶対とは言えない代物だった。

 しかも、この方法を成立させるには、『黄金の穴蔵』で外ウマが採用されているたった一つしかない赤チップ卓に、二人以上の人間を同時に着かせて勝敗をコントロールする必要があった。

 しかし、負けが込むとあっという間に財産を失いかねない高額レートの赤チップ卓に仲間を何人も入れるのは難しく、また、赤チップ卓周りは『黄金の穴蔵』でも最も監視が厳しい場所であった。

 可能ならば、テーブルに着いているプレイヤー全員が仲間であれば「八百長試合」の確度は上がるのだろうが……

 赤チップ卓で打つ客は『黄金の穴蔵』の常連客にして上顧客であり、彼らには例外的にツケでチップを貸し出す制度もある『黄金の穴蔵』側は、彼らの名前や顔だけでなく、どこに住み何をしていてどれ程の資産を持っているかという素性をもしっかりと把握していた。

 そんな状況の中、赤チップ卓を仲間のみで埋めるというのは、現実的に不可能だった。

 おかげで、高額レートのゲームと、イカサマが見つかれば法外な罰金と凄惨な制裁が待っているというリスクを背負ってまで、赤チップ卓で外ウマのイカサマを仕掛けてくる人間には、『黄金の穴蔵』が開かれてから今まで数える程しかお目に掛からなかったのだった。

 

 この一般的な外ウマのイカサマと、ティオが行った仲間との『通し』が根本的に違うのは、ティオは最初から最後まで一人きりで赤チップ卓のテーブルに着いていたという点だった。

 つまり、ドミノゲームの勝利に関しては、仲間であるボロツやチェレンチーの助力は一切なく、ティオ一人でもぎ取った純然たる実力の成果だった。

 当然、それだけでもレートの高い赤チップ卓でプレーしていれば相当な儲けは出るのだが、ティオは更に外ウマでも儲けを出す事を考えていた。


 ティオがサインを使用して、自分、チェレンチー、ボロツと情報を伝え、外ウマの何番に賭けるかを指定していたのは、まだティオが赤チップ卓で一位を独走している時ではなかった。

 昨晩赤チップ卓の壇上には、ドゥアルテをはじめとして、貴族の三男、貴族の四男、材木問屋、地方の地主、の五人が居て、ティオの最終目的はドゥアルテであり、まず他の四人を赤チップ卓から弾き出す必要があった。

 材木問屋が所持金がなくなって抜け、代わりに地方の地主が入ってしばらくの間は、ティオは、一旦自分のチップ箱の中身が赤チップ2枚になるまで負けが込んでいる状態だった。

 その後、次第に浮上し、地方の地主が破産寸前で帰り、それを間近で見ていた貴族の四男も、続いて席に入ったものの負けが続くと怯えてすぐに勝負を降りた。

 ここまで、ティオは一人一人所持金を巻き上げて赤チップ卓から弾き出していった訳だが、彼らの負け分はそのままティオのチップになった訳ではなかった。

 ティオはまず、ドゥアルテに大勝させ、彼の古くからの友人である貴族の三男にもそこそこ勝たせて、自分の方は、残りチップが赤チップ2枚になって以降、マイナスにならない程度に勝っているのみだった。

 ティオとしては、ドゥアルテや貴族の三男が勝った所で、その金は最終的に自分が勝って搾り取るつもりだったので、一時的に彼らに渡っていても問題のないものだったのだ。


 そして、この状況を利用して、実は外ウマでボロツに賭けさせ、大金を稼いでいた。

 ドゥアルテが大勝し貴族の三男もなかなか勝っているようだったので、外ウマの客の大半はこの二人に賭けていた。

 今日初めて『黄金の穴蔵』にやって来た二十歳にもいっていない若造で、みすぼらしい身なりに情けない雰囲気のティオに賭ける者は、大穴狙いの人間以外まず居なかった。

 当然ティオが勝った時の配当の倍率は大きく跳ね上がった。

 そこで、ティオは、ボロツに、自分が勝つ時は確実に自分に賭けさせて、大きく儲けさせたのだった。

 といってもあまり露骨にやると目立ってバレかねないので、普段は他の人物にも賭けさせ、いかにも自然な雰囲気で適度に勝ったり負けたりさせておいた。

 同時に赤チップ卓でも、決して沈まないように、しかし若干浮くぐらいに抑えて勝ち続け、自分の外ウマでの配当の倍率を高く保ち続けた。


 そして、地方の地主に続き、貴族の四男が去って、赤チップ卓に自分とドゥアルテと貴族の三男の三人になると、ティオはジワジワと牙を剥き始めた。

 二人から、今まで負けて去っていった対戦者が置いていった分の金を回収し、最後のドゥアルテとの一騎打ちに持っていく段階に入っていた。

 それでも、決してティオの勝率は高くなかった。

 一見ドゥアルテや貴族の三男のように勝ったり負けたりしているように見せていたが、負ける時はほんの少ない枚数で負け、勝つ時には何十枚と大差をつけて勝っていたため、勝率に反してみるみるティオのチップ箱にチップが貯まっていっていた。

 ここまでくると、もうティオは自分の背後に立っているチェレンチーを介してボロツにサインを送るのをやめていた。

 ボロツには、「いつも俺に賭けて下さい」とだけ言いおいていた。

 ティオが三回に一回勝つとしても、まだ外ウマの客達はドゥアルテと貴族の三男に賭ける者が多かったため、ティオが勝利した時の配当倍率は大きく、大穴と言う程でないにしても、まだかなりの儲けを叩き出していたのだった。

 実際、みるみる外ウマでの儲けが膨らんでいくのに気を良くしていたボロツだったが、途中で外ウマの受付カウンターに居た店員に「一回に賭けられるのは赤チップ1000枚までです」と言われて、自分の所持しているチップが赤チップ2000枚以上に膨らんでいるのに気づいてから、あまりの大金を前にどうしていいか分からなくなり、日和って賭けるのをやめてしまっていた程だった。

 そこで、ティオは、ボロツのメンタルを気に掛けた……訳ではなく、この時点での目標額に到達していたため、外ウマに賭けるのを一旦停止した。


 そして、ついに、貴族の三男が、手持ちの金が尽きる所で、休憩中のティオと秘密の話し合いの結果、卓を去る事を決めた。

 以降、赤チップ卓ではティオとドゥアルテの一騎打ちの状態となった。

 そのドゥアルテとの対戦で、ティオは容赦なく彼の貯め込んでいたチップを奪っていき、ドゥアルテは番頭達に命じて掻き集めさせてきた自分が頭取をしている商会の金も使い果たしてしまった。

 そんな追い詰められたドゥアルテに、ティオは、一発逆転の、一見彼にとって圧倒的有利に見える条件の勝負を提案した。

 それが「20戦して一勝でもすればドゥアルテの勝ち」「ドゥアルテが勝てば、勝ち分に加えて、銀貨5000枚を別途支払う」という「1点につき黒チップ1枚」という史上初の超高額レートの勝負だった。

 そして、ティオは20連勝して勝利を収める間、ドゥアルテから大量のチップを毟り取り、ドゥアルテは結局銀貨10500枚分もの借用書をティオに書かされる羽目になったのだった。

 

 またこの時、ティオは、ドゥアルテとの一騎打ちでの最終戦の勝者を当てる外ウマに、自分を指定してボロツに上限いっぱいの赤チップ1000枚を賭けさせていた。

 この時ティオが勝った時の配当の倍率は4.5倍といった所で、つまり1000枚賭けたボロツのチップは勝負終了時、4500枚まで増えていた訳である。

 これに、それまでの外ウマの儲けと、最後の勝負ののちに赤チップ卓のティオのチップ箱に残っていた分を足すと、最初のタネ金が銀貨300枚だったのが嘘のような大勝となったのだった。


 ちなみのこの金は、最終戦ののち、ドゥアルテと取引して、ドゥアルテ商会が所持しているあるものを購入するため使われた。

 これがティオの最終目的であり、見事ティオは欲しかったものを手に入れる事が出来た。

 銀貨3600枚での取引を決め、その半金の銀貨1800枚をその場で支払い、今日この『紫の驢馬』との会談の後、ドゥアルテ商会で購入契約をしたものと引き換えにもう半金を支払う予定であった。

 それでも、その銀貨3600枚を差し引いても、ティオの手元には傭兵団の運営用として潤沢な資金が残っていた。



「本来なら、『通し』つまり仲間内でサインを使い秘密裏に情報を伝達するのは、我が『黄金の穴蔵』において『イカサマ』行為となります。」


「しかし、ティオ殿がサインを使っていたのは、ドミノゲームの勝利とは全く関係のない所だった。つまり、勝負自体はティオ殿の実力で正々堂々と行われたものでした。……その点を考慮して、私はティオ殿達の『通し』行為を『イカサマ』とは認定しなかったのです。」


「確かに、赤チップ卓での勝敗を操って、勝つ予定の人間へ外ウマで賭けさせ儲けさせるのは違反行為です。しかし、それは、ドミノゲームの勝敗を何人かで操作しているという、いわゆる『八百長試合』部分に問題があると私は考えています。皆、自分の金を持ち寄って賭けているのですからね、ゲームの勝敗は公正でなくてはならない。ズルはいけない、イカサマはいけない。」


「その点、ティオ殿は、確かに赤チップ卓での勝敗を操っていましたが、それはティオ殿に卓越したドミノの腕があってこその事。その点は不正ではないし、ズルではない、イカサマでもない。サインを使って仲間にティオ殿の狙った番号に賭けさせていたとは言え、あなたが想定通りに戦況を操れなければ、サインを使って指定したとしても何の意味もない事です。」


「一体どうなるものかと様子をうかがっていましたが、あなたは赤チップ卓で勝ち続けて対戦相手の人数を一人ずつ減らしていくのと同時に、外ウマの配当倍率も考慮に入れて自分の勝率を低く抑え、外ウマでも儲けを上げ続けるという離れ業をしてのけた。それもこれも、ドゥアルテとの一騎打ちの最終戦で見せた、一分の隙もなく20連勝出来る圧倒的な強さが本来はあったからこそ、赤チップ卓で誰が勝つかをたった一人で操れたという訳ですな。……まあ、本当は『通し』を使って外ウマに賭けさせる行為は違反ですが、私はそんなあなたの驚異的なドミノの腕前と頭の良さに心底感服したのですよ。」


「ですから、昨晩は例外として、『通し』行為については見逃す事にしました。」


 『紫の驢馬』に今回無罪放免となった仔細を説明されたティオは、胸に手を当てて大きく体を揺らし、ホウッと息を吐いていた。


「本当にありがとうございます! 感謝します、ご老人!」

「ハハハ。しかし、本当に今回限りにして下さい。そろそろ終わりの見えてきた人生の終盤で、目が覚めるような驚異的なドミノの腕前を間近に見られたのは嬉しい事でしたが、さすがに何度もあんな事をされては、『善良な一般市民に公正で健全な遊興の場を提供している』という建前の賭博場としては、困ってしまいますからな。」

「もちろんです! 何度も言っていますが、昨日の事はあの一晩限りとはじめから決めていました。もう二度と『黄金の穴蔵』を荒らすような事はしません。俺自身、ギャンブルは好きではないので、金輪際足を運ぶ事はないと誓います。」


 ティオが恐縮してペコペコと頭を下げる一方、『紫の驢馬』は、昨晩『黄金の穴蔵』でも見せた好々爺然としたえびす顔で語った。


「……まあ、実を言いますと、ティオ殿が仲間にサインを送っていた事に気づいていたのは、あの場で私だけでした。正直、あなた方が何をしているか、それを他の人間に説明するのは難しかったのですよ。周りの者達が理解出来ない状況で『イカサマだ!』と騒いであなた方を捕らえる訳にもいきません。そんな事をしては、『都合の悪い客に難癖をつけて制裁を加えている』と客に受け取られ、『黄金の穴蔵』が誇る公正さにケチがついてしまいますからな。……なので、これはティオ殿と私だけの話、という事にしておきましょう。ハハハ。」


 さすが大物らしく『紫の驢馬』が柔軟で懐の深い所を見せては、笑いながらゆったりと口元に茶を運び、これにて一件落着という雰囲気が流れたが……


「おい! テメェ!」


 その時、和やか空気を破るドスの効いたしゃがれ声が辺りに響いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ