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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第三章 宝石を盗む者
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宝石を盗む者 #6


「……」

「……」

「……ア、アニキィ。あの人は、一体何者だったんスかねぇ?……」

「……お、俺に聞くなよ、バカ!……そ、そんな事より、今はどうやってこの塀の上から降りるかだぜ。……」


 風のように去っていった仮面の男の様子に圧倒され、しばらくポカンと口を開けたまま固まっていたピピン兄弟だったが、ハッと我に返っていた。

 文字通り頼みの綱であった男が去ってしまったので、なんとか自力で塀から降りようと、無い知恵を振り絞りかけた、その時だった。


「あ! 居たぞ、あそこだ! 塀の上だ!」

「二人居るぞ! 不法侵入者だ!」


 バタバタと、高い塀に囲まれた屋敷の敷地の内のそこここから、ランプを手にした兵士達がこちらに向かって集まってくるのが見えた。


「ふ、ふんぎゃああぁぁーー!!」

「な、なんで見つかったんスかー!?」


 ピピン兄弟は、半狂乱に陥ったが、高い塀のてっぺんで腹ばいになってへばりついている状態では、とっさに逃げる術もない。

 ロープを手に、慌てて塀の外に降りようとするも、動揺しているせいでロープが体やら手足やらに絡まって、ますます自縄自縛の絶体絶命状態となっていた。



 二人が、仮面の男が去り際に残した……

『安心して下さい。助けは呼んでおきますので。すぐに誰か来てくれますよ。』

 という言葉を思い出すのは、もう少し時間が経って冷静さを取り戻してからの事だった。


 その後聞いた、屋敷を警備していた兵士達が話していた内容を総合すると、どうやら誰かが「塀の上に人が居る!」と叫んだらしい。

 深夜の暗闇で分からなかったが、おそらく屋敷の使用人の声だと思った兵士達は、慌てて屋敷の裏手の塀の元へと駆けつけてきた。

 そして、塀の上にへばりついているピピン兄弟を見事発見した、という顛末だった。

 しかし、良く良く聞いてみると、兵士達の中に「塀の上に人が居る!」と叫んだ人物を見た者は居なかった。


「あの仮面の旦那……いや、あの野郎に違いねぇ! くっそう!」

「絶対そうッスよー! なんて卑怯なヤツなんだー!」


 事実を知ったピピン兄弟が、兵士を呼び寄せた声の主があの仮面の男であるとの結論に達するのにそれ程時間はかからなかった。



「お前達は何者だ!? 怪しいヤツめ! この屋敷に盗みに入ろうとしていたのか?」

「とっとと降りてこい!……おい、誰か、棒を持ってきてくれ!」


「……お、降りてこいって言われても……俺達も降りれなくて困ってるんですよぉ!」

「あ、痛っ! 痛っ! 棒でつつくのやめて下さいッスー!」

「も、もう、大人しく捕まりますからー! なんでも白状しますからー!」

「だ、だから、助けて下さいッスよー! ここから早く降ろしてぇー!」


 こうして、高い塀の上に取り残されてガクガク震えていたピピン兄弟は、集まってきた屋敷の警備兵達によって、無事助け出された。

 もとい、泥棒の容疑で捕まったのだった。



「それでも、ようやく地面に足が着いた時は、ホッとしたよなぁ。」

「ホントッスねぇ、アニキー。やっぱり、金銀財宝も欲しいッスけどー……」

「命あっての物種ってヤツだなよなぁ、弟よ。」

「その通りッスねぇ、アニキー。」


 ピピン兄弟は、ウンウンと神妙な顔でうなずき合って……

 金持ちの屋敷に泥棒に入ろうとした時の話を締めくくった。



「で? 結局、二人が会った仮面の男って、なんだったのー?」

 

 初めてピピン兄弟の大失敗談を聞いたサラは、キョトンとして尋ねた。


「二人の事を、助けてくれたのかと思ったらー、塀の上に置き去りにして兵士を呼んで捕まえさせたりー。何考えてるのか、全然分かんないー。」


 二人の話は、塀の上で震えている所を屋敷の兵士に捕まって終わってしまったが、まだまだ謎が残っていた。


「サラ団長、だからソイツが、例の『宝石怪盗ジェム』だぜ。」

「えっ!?」


 サラを真ん中の席に座らせ、自分は抜かりなくすぐ隣の席に陣取っていたボロツの返答に、サラはビックリして目をまん丸にした。

「ど、どうして、そのヘンテコ仮面が『宝石怪盗ジェム』だって分かったのー?」


「その事はですねー、オイラ達も後になってから知ったんスよー。」

「たぶん、例の仮面の男が『宝石怪盗ジェム』だったんだろうって聞いて、当人の俺達が一番驚いたぐらいですよ。」



 屋敷の警備にあたっていた兵士達、続いて街の警備隊の人間が……

 とある金持ちの屋敷に盗みに入ろうとして捕まったコソ泥二人が目撃した男が、件の「宝石怪盗ジェム」だと特定したのは、二人がお縄になってから一時間以上経った頃の事だった。



「なるほどなぁ。ジェムの予告状のせいで狙われていないこの屋敷の警備が手薄になると踏んだ訳か。」

「まったく、せこいヤツラだぜ。しかも、塀に登ったはいいが降りれなくなってブルブル震えてやがるとは、情けねぇなぁ。」


 最初は、ピピン兄弟を捕まえて、その間抜けぶりに安堵していた屋敷の兵士達だったが……「ほ、他にも男が居たんです! ソイツは、風のように身軽で、ヒョイヒョイと木の枝を飛んでいったんです!」

「そ、そうッス! た、たぶん、屋敷に忍び込んでる筈ッスよー!」

 縄でぐるぐる巻きにされたピピン兄弟があまりに必死の形相で訴え続けるので……

「ギャーギャーうるさいヤツらだなぁ。お前達以外に不審な人間など、どこにも居なかったぞ。」

「まあ、でも一応、屋敷の主人に報告だけはしておくか。まさか、宝物庫を開けたら中のお宝が忽然と消えていた、なんて事はないと思うがな。」

 兵士の一人が屋敷の主人を起こして事情を伝える事になった。


 深夜、安心して眠りこけていた屋敷の主人は、報告を聞いてあからさまに嫌そうな顔をした。

 それでも、自分の財産は心配であるので、念のために、屋敷の奥深くに位置し、常に厳重に鍵の掛かっている宝物庫の中を確認する事にした。


 果たして……

 ……家宝の大きなエメラルドのついた首飾りが、忽然と消えていた。

 いや、正確に言うと、見事な金細工の施された首飾りから、中央に飾られていた大きなエメラルドだけが、ポッカリと穴が空いたように抜かれ、持ち去られていたのだった。


「ほ、宝石怪盗ジェムだ!!」


 その他の金銀財宝には目もくれず、貴重な宝石だけを選り好んで盗んでいくその手口は……

 まさしく、噂に伝え聞く「宝石怪盗ジェム」のそれに間違いなかった。


 「う、ううーん……」最も価値のあった家宝のエメラルドを盗まれた屋敷の主人は、ショックのあまりフラフラパタリと倒れて気を失ってしまった。


「ど、どうして、うちの屋敷にジェムが!? 今夜は別の屋敷に盗みに入ると予告状が来てたんじゃないのか?」

「そ、そんな事より、早く警備隊に報告しないと! なんとしてもヤツを捕まえるんだ!」

 倒れた屋敷の主人に変わって、執事が指揮を執り、さっそくジェムの捜索が開始された。



 予告状の送られた屋敷の周りを取り囲んで袋の鼠にしようと、ジェムがやって来るのを今か今かと待ち構えていた街の警備隊にも、その情報はすぐに伝えられた。


「クソッ! あの野郎にすっかりだまされた!」

「ヤツは初めから、警備の目を他の一点に集中させるために予告状を出したんだ! 元々こちらの屋敷に盗みに入る気などなかったんだ!」

「ええい、いまいましい! なんとしてもあのクソ怪盗を捕まえるぞ!」


 生真面目に予告状の届いた屋敷の警備をしていた街の警備隊員達は、バカにされたような気持ちになり、宝石の盗まれた屋敷へと怒り狂って押し寄せてきた。

 そうして、ジェムのせいで失態が続き、信頼と誇りが揺らぎはじめている自分達の名誉を回復するため、血眼になって必死の捜索が夜通し続いたのだった。


 しかし、当然の事ながら、警備隊が到着した時点で、ジェムはもう既に屋敷の中や周辺に居る筈もなく、とおにどこか遠くに逃げ去った後だった。

 結局、警備隊は、ジェムを捕まえるどころか、ほんのわずかな足取りさえも掴めなかった。


 そして、その夜を境に、もう二度と、その街に宝石怪盗ジェムが現れる事はなかった。



「つ、ま、り! 俺とおんなじ事をジェムの野郎も考えてたって事ですよ!……予告状を出して街の警備隊を別の屋敷に引きつけ、目的の屋敷の警備もいい感じに緩んでいる所を狙う!」

「さすがアニキ、カッコいいッス!」

「いや、もしかしたら、ジェムの野郎の方が、俺のアイデアをパクったのかもしれないですね!」

「さすがアニキ、超頭いいッス!」

 ピピン兄は、腰に手を当てて胸を逸らし、小憎たらしい程自慢げな顔でのたまわったが……


「えー、ただのズルじゃーん! 嘘ついたり、騙したりするのは、卑怯だよー!」

 正義感の強いサラが唇を尖らせてブーブー文句を言ったので、ピピン兄弟は、アワアワと汗を掻きながら必死に弁解してきた。


「ち、違うんですよ、サラ団長! こ、これはですねぇ、作戦! そう、高度な情報戦だった訳なんですよ!」

「て、敵を欺くのも、戦略の内ッスー!」

「まあ、確かに、目的を達成するっつーのが一番大事な事だよな。そのために、多少汚い手を使うってのも、俺達半端者の世界では良くある話だ。俺は、手段を選ばずに、自分達の欲望のために大胆に行動した、そんなお前らの勇気には、ちょっと感心してるぜ。」


 卑怯な事が大嫌いなサラの取りつく島もない態度を見て、隣のボロツがフォローを入れてきた。

 「ボロツの旦那ぁ!」「分かってもらえて嬉しいッス!」と、ピピン兄弟がワッとすがるようにボロツのそばに寄ってくる。

 こういった、そのいかつい戦闘狂のような見た目に反して、懐が広く、面倒見もいい所が、ボロツが傭兵達に絶大な信頼を得ている理由の一つでもあった。


「だが、結局何一つ達成出来てねぇよなぁ。お前らは、自分達の力量ってもんが分かってねぇんだよ。そんなんだから、いつまで経っても三流のままなんだぜ。」


 ボロツの辛辣かつ的確な指摘に、「ボ、ボロツの旦那ぁ……」「それは言わないでほしいッスよー……」と、すぐさま落ち込む事になったピピン兄弟だった。


「サラ団長は、こういうやり方は好きじゃなさそうだな。」

「あったり前でしょ! だって、私、正義の味方だもん! やるなら正々堂々って決まってるわよ!……あ! 泥棒する事自体、本当はいけない事なんだからねー!」

「まあ、コイツらにも、ここのヤツらにも、いろいろ事情があるんだよ、サラ。コイツらもこの一件で捕まって、しばらく牢屋にぶち込まれてたんだから、大目に見てやってくれよな。」

「……うっ。ま、まあ、もう罪を償って出てきたんだったら、これ以上責める理由はないけどー。……でも! 犯罪はダメだよー!」

「うんうん。俺は、サラのそういう一本気な所も好きだぜぇ。……そうだ! サラ、俺と結婚しようぜ!」

「ヤダ!」



「それにしても、ピピン達もだけどー、そのなんとかって怪盗もセコイわよねー。嘘の予告状で警備の人達を騙すなんてー。」


「何が大怪盗よー! ダサいヤツー!」


 サラは怪盗ジェムのやり口に、続けて不満をぶつけたが、それを聞いたボロツとピピン兄弟は、何か言いたげに顔を見合わせた。

 そして、そろそろとピピン兄が話し出した。


「……そ、それがですねぇ……」


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