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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十三章 野中の道 <第二節>紫の驢馬
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野中の道 #8


「最後の勝負に限り、先攻後攻を一戦ごとに入れ替えて、全部で20戦。1戦でもドゥアルテさんが勝ったら、ドゥアルテさんの勝ち、20戦全て俺が勝ったら、俺の勝ち、という事にしませんか?」


 と、ティオがドゥアルテに持ちかけたのだ。

 他にも……

 「勝敗は先に全ての牌を場に出して手持ちの牌が無くなった方が勝ち」

 「ボーナスチップは、普段はドミノ列の端の目の合計が5の倍数になった時、『合計5でチップ1枚』『合計10でチップ2枚』といった方式だが、今回は、目の合計数そのままのチップが貰える。つまり『合計5ならチップ5枚』『合計10ならチップ10枚』になる」

 などの細かい変更点はあったが、この辺りまではまだ『黄金の穴蔵』としては許容範囲内だった。

 客同士の取り決めによる多少のルール変更は、『黄金の穴蔵』が普段示している店の規定でも問題がなかった。

 あまり一挙手一投足を細かく厳しく決めてしまうと、客が息苦しい気持ちになって金を吐き出しにくくなるため、地下賭博場らしく、その辺りの規則は元々緩めだった。


 ただ問題は、ティオが最後に提案した……


「この勝負に限り、1点につき黒チップ1枚のレートにしましょう。」


 という部分だった。


 元々、ティオとドゥアルテが着いていたのは、王都一の賭博場『黄金の穴蔵』でもたった一つしかない最高レートのテーブルだった。

 「1点につき赤チップ1枚」というレートである事から『赤チップ卓』と呼ばれており、赤チップは一枚で銀貨一枚相当の価値があった。

 一戦で20点負けたとすると、銀貨20枚分の負けとなり、王都の中流階層の一ヶ月分の平均収入が飛ぶ計算だった。

 言うまでもなく相当な高レートであるため、この『赤チップ卓』でドミノゲームに興じる人間は、富裕層に限られていた。

 裕福な貴族か、ドゥアルテのような大商人か、とにかく湯水のように金を持っている者でないと、ちょっとした浮き沈みだけであっという間に清算についていけなくなってしまう。

 そんな普段の「1点につき赤チップ1枚」というレートでさえも異常な状況であるのに、更にレートを十倍に上げて「1点につき黒チップ1枚」にしようというティオの提案は、とても正気の沙汰とは思えなかった。

 黒チップは、一枚で金貨一枚換算である。

 ティオとドゥアルテの一騎打ちでもあるので、たった一戦の負けで、金貨三十枚から四十枚が、つまり中流家庭の一年分の稼ぎが溶けかねなかった。

 また、ボーナスチップの取り分が増えている事から、ここに更に金貨二十枚、三十枚といった金額が上乗せされてくる可能性もあった。


 さすがに、この非常識な高レートの勝負の提案に、カラスの羽のマントをまとってオーナーの振りをしていた男は青ざめた。

 いくら『黄金の穴蔵』とは言え、今までこんな高レートで勝負が行われた事は一度もなかった。

 前例のない高額のレートを認めて、その結果何か問題が起こったとしたら、どう収拾をつけるのか?

 最悪、店側に大きな損失が出たのなら、その責任は誰が取るのか?

 代理のオーナーであるカラスの羽のマントの男にとって、こういった自分の判断を超えたイレギュラーな事態は全く望んでいないものだった。

 男としては、出来ればティオの提案を断って、いつも通りに勝負を進行させたかった事だろう。


 しかし、そう簡単に『黄金の穴蔵』側に自分の提案を断らせないよう、ティオはあらかじめ仕込みをしていた。

 初めて店に来た青年が、赤チップ卓で勝ち進むという状況に、店に居た客は自分の勝負もそっちのけで赤チップ卓の周りに次第に集まってきていた。

 その新参者で今店で一番バカづきしている注目の青年と、王都一の大富豪ドゥアルテが一騎打ちするという事になり、更に観客は爆発的に膨れ上がった。

 そして、なんと言っても「1点につき黒チップ1枚」という史上初の高レート勝負になるかもしれないというインパクトが強烈だった。

 元々足繁く賭場に通うようなギャンブル好きの人間ばかりだ。

 周囲にわざと聞こえるようにティオが高らかに最後の勝負の条件を発言した事で、「ぜひ黒チップ勝負が見たい!」と皆熱狂していた。


 この状況で、『黄金の穴蔵』側が日和って「それは何が起こるか予測がつかないので出来ません」と言い出せば、客達は「なんだ、度胸のない」と酷く落胆する事だろう。

 裏社会に生きる人間は、何よりも「度胸」というものを重要視する。

 重大な場面でケツをまくって逃げるような輩は、嘲笑にさらられ、一気に信用を失ってしまう。

 オーナー代理としては、そんな『黄金の穴蔵』の評判を落とす行為は、絶対に避けねばならなかった。

 とは言え、前例のない超高額レートの黒チップ勝負など、恐ろしくて簡単に受け入れられない。

 そんな葛藤で揺れるカラスの羽のマントの男は、必死に内心の動揺を隠しつつも、どうしても曖昧な言葉ばかり並べてしまっていた。


 この時のカラスの羽のマントの男の反応を見て、チェレンチーが微かに違和感を覚えていた。

 重箱の隅をつつくような堂々巡りの会話を続けて決断を先延ばしにしている男の態度が、『黄金の穴蔵』のオーナーとして似つかわしくないと敏感に感じとったのだった。

 『黄金の穴蔵』を仕切る人物であるなら、もっと決断力があり、頭の回転が早く、かつ肝が座っている筈だと思っていたのだろう。

 しかし、カラスの羽のマントの男の見かけ倒しな小物臭を感じ取り、眉をしかめた。


「……チェレンチーさん……この場に居る人間を、あなたの『目利きの能力』で測るのは、やめておいた方がいいでしょう。……」


「……知らなくてもいい事を知ってしまう可能性もありますからね。重大な秘密を知ってしまって、そのせいで危険な目に遭う、なんて事になったら、大変でしょう?『君子危うきに近寄らず』ですよ。……」


 見せかけのオーナーに対して、チェレンチーが自分の異能力を使ってその本質を見極めようとしたので、ティオはさり気なく彼を止めた。

 チェレンチーならば、『黄金の穴蔵』の見せかけのオーナーと真のオーナーを見抜けたかもしれないが、そうする事によって彼が裏社会の人間に目をつけられるかもしれない事態を予測し、ティオはそっと危険からチェレンチーを遠ざけたのだった。

 ティオを信頼していたチェレンチーは、素直な性格もあり、『黄金の穴蔵』の人間に対して余計な詮索をする事をやめ、結局オーナーの正体に気づく事はなかった。


 そして、ここで、助け舟が出た。


「旦那様。」

「……ムッ!……な、なんだ、爺さん?」

「ここは、少しお時間をいただいて、方策を話し合ってはいかがでしょう?」

「た、確かに、その方が良いだろうな。」

「では、さっそく検討いたしましょう。」


 見せかけのオーナーの後ろに静かに控えていた真のオーナーである従業員服姿の老人が、声を掛けてきたのだった。


 その後、オーナー役の男と小柄な老人の他に外ウマとチップ交換・換金カウンターの管理者も含めて話し合いが行われていたが、それは五分程で決着がついた。

 (思ったより早かったなぁ)と、チェレンチーは思っていた。

 それもその筈で、話し合いと検討の形で目くらましをしていただけで、実際は『紫の驢馬』の考えをオーナー役の男に伝えるためのものだったからだ。


 『紫の驢馬』は、ずっと従業員の振りをして赤チップ卓での勝負を見ており、ティオの提案に対して受けるか断るか、その対応を決めていた。

 しかし、周囲に自分の正体を知らせる訳にはいかない立場であるので、オーナー役の男を含め店の重要部門の管理者達と共に話し合う形をとって、いかにもオーナー役の男が部下達との検討の末に決断を下したように見せかけたのだ。

 実際のところは、「旦那様、このように対処した方がよろしいのでは?」「なるほどそうだな!」と、オーナー役の男は『紫の驢馬』の意見を聞いてうなずいただけだった。

 まさに、この事態のために、『紫の驢馬』は、前もって『黄金の穴蔵』の上に立つ建物の上階に常駐させていたオーナー役の男を地下の店に呼び出していたのだった。

 カラスの羽のマントの男は、オーナーでしか出来ない決断を自分に代わって公表するための、ただの駒だった。


 こうして、『黄金の穴蔵』側の決定は下された。


「オーナーに代わって、私の方から説明させてもらっても構いませんか?」


 と、あくまでオーナーの意見を代弁するという形で、制服姿で一従業員に身をやつしている『紫の驢馬』は言った。


「今回に限り、特例中の特例という事で、『1点につき黒チップ1枚』というレートでの勝負を承認したいと思います。」



(……まあ、あなたがあの場に居てくれたおかげで、あんな滅茶苦茶なレートでドゥアルテさんとの最後の勝負がちゃんと実現して、その結果、ドゥアルテさんから銀貨一万五百枚もふんだくれたんですけどねー。……)


 ティオはしれっと何事もなかったようなニコニコ笑顔で塩味のお茶を啜りながら、昨晩の顛末を思い返していた。


 カラスの羽のマントをまとったオーナー役の男が『黄金の穴蔵』に呼び寄せられた時、(目をつけられた)と悟って少しヒヤリとしたティオだったが……

 その後も『黄金の穴蔵』から追い出される事はなく、むしろ『紫の驢馬』である従業員服姿の小柄な老人が「1点につき黒チップ1枚」という破格の高額レートの勝負を承認してくれた事が後押しとなって、チェレンチーの義理の兄であるドゥアルテから絞れるだけ絞り取る、というティオの計画を達成する事が出来たのだった。

 ティオは、オーナー役の男が店に現れてからも、何食わぬ顔で赤チップ卓でゲームを続けつつ、従業員服姿の老人の動向に油断なく目を光らせていた。

 しかし、老人は、ティオに対して、ジッと観察している様子はあったものの、波乱を呼ぶ厄介者として摘まみ出すような事はしなかった。

 最後まで「赤チップ卓専属の接客のプロ」という姿勢を崩さずに、常連客のドゥアルテに対するのと同等の細やかな配慮を見せてくれていた。

 いや、むしろ、所々こちらに好意的な雰囲気さえ感じられた。


 さすがに、自分の代わりに置いている代理のオーナーとは格が違い、ティオが提案した超高額レートの勝負にも動じる事なく、素早く判断を下していた。

 その後も、各部署の対応を指示し、自ら外ウマのカウンターの中で帳簿をチェックするなど、どこか活き活きとして見えた。

 それまでもティオという注目株の登場のおかげで、外ウマに賭ける人数は普段の数倍に膨れ上がっていたが、ドゥアルテとの一騎打ちとなった最終戦では、店に居た客のほとんどが外ウマに賭けるお祭り騒ぎとなった。

 そして、それにともなって、手数料が入ってくる『黄金の穴蔵』側の儲けもまた、桁外れのものになったのだった。


 『紫の驢馬』がティオの提案を受け入れたのは、当然、そんな店の儲けを考えての事もあったのだろう。

 しかし、それだけではなく、逆に店の採算を度返ししてでも、ぜひこのまたとない大一番を実現させたい、この目で見たい、という熱意を持っているように感じられた。

 ティオの目的と『紫の驢馬』の利害が一致し、また彼がティオに対して好意的で、さり気なく彼の活躍する場を整えてくれた事が、昨晩の勝利の大きな要因だったとティオは考えていた。

 つまるところ、ティオにとって『紫の驢馬』はある意味恩人という事になるのだが……

 しかし、相手は王都の裏社会を仕切るフィクサーである。

 自らも子供の頃から何年もの間盗賊団に所属して生きてきたティオは、『紫の驢馬』の好意を手放しで喜ぶ気にははれなかった。


(……『紫の驢馬』は、一体何を考えてるんだ? 俺をここに呼んだ真意はなんだ?……)


(……昨日は、お互いニッコニコの状態で『黄金の穴蔵』で別れたよな? 何か『黄金の穴蔵』での俺のやり方に不満があったのなら、俺が店を出る前に用心棒達を集めて折檻コースになってる筈だ。って言うか、混乱を避けたいだけなら、俺が赤チップ卓で勝ち始めた辺りでさっさと摘み出せばいいだけの事だ。……しかし、『紫の驢馬』は何もしなかった。俺がドゥアルテを再起不能まで追い詰めて大勝した後も、快くチップを換金させてくれたし、笑顔で店から送り出してくれた。あの対応を見て、「『黄金の穴蔵』として、今夜のあなたの行動に何も問題ありませんでした」って意思表示だと、俺だけじゃなく他の客達も思ったに違いない。つまり、俺はいろいろ引っ掻き回しちまったが、無罪放免でシャバに返された、全て丸く収まった、そう思ってたんだが。……)


(……でも、店を出てすぐに「ティオ様」って名指しで呼び止められちゃったんだよなぁ。それで、二人きりで話しがしたいからこの店に来てくれって。とても断れる状況じゃなかったから、来たけどさぁ。……え? 俺、なんかやらかしてたのー?『紫の驢馬』の逆鱗に触れちゃったりなんかしちゃったりしてたー? 今更、改めて俺を捕まえてボコボコにしようなんて思ってる訳ー? それは断じてご遠慮願いたい所なんだけどなぁ。……まあ、でも、こんな所まで呼び出しておいて、わざわざ「昨日の祝勝会です」なんて単純な話はないだろうしなぁー。……)


(……まだ向こうの腹の底が見えないから、慎重に様子を見る他ないかー。……ま、飯は美味かったし、せっかく奢りだってんだから、遠慮なく腹一杯食べましたけどねー。……)


 ティオは、何か思惑のありそうな裏社会の首領を前に、もはや開き直った気分になって……

 いつものように、飄々とした掴み所のない笑顔を浮かべながら、悠々とお茶を口に運んでいた。


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