ウサギのぬいぐるみ #7
(……なんかー、ティオを見てるとほわーっとしたあったかい気持ちなるなぁ。なんだろう、これー?……)
サラは朝の定例会議中、両手で頬杖をついて、隣の席で淡々と議事進行しているティオの横顔を眺めていた。
こうしてティオを見つめていると、いや、ティオのそばに居るだけで、何やら胸の奥にふわっと優しい温かさが広がってきて心地良い。
(……これってー……昨日の夜『精神世界』でティオと話してた時と似てるー。……)
(……あの時、私は、『不思議な壁』に精神体をあっちこっち侵食されててー、ティオの精神体に触ってるだけで、「話」が出来たんだよねー。一々言葉にしなくても、伝えようと思えば、大体の事はティオに伝わってた。ティオが「知られたくない」と思って心を閉ざしてる部分はダメだったけどー、そうじゃない所はティオの考えてる事も私の頭の中に直接伝わってくる感じだったなぁ。……)
(……まあ、ここは『物質世界』だから、『精神世界』みたいに「言葉を使わなくても言いたい事が伝わる」なんて事はないんだけどー、でも……)
(……ティオのそばに居るだけで、ティオが持ってる雰囲気、みたいなものをふわーっと感じるんだよねー。……)
(……ティオは本当は凄く優しいから、ティオの心のその優しい空気みたいなものが、ティオの周りにはふわふわ溢れててー、それが私の心の中まで入ってくるって言うかー。……)
サラは、ふと思い立って、テーブルの上にゆるく握られた状態で置かれていたティオの手に、そっと自分の手を重ねてみた。
すると、先程よりももっとハッキリと「ティオの優しい空気」を感じる事が出来るようになった。
(……やっぱりー!『精神世界』みたいにはいかないけど、こうやって触ってる方が良く伝わってくるー!……えっと、「『物質世界』と『精神世界』は表裏一体」だったよねー。体をくっつけてると、心の距離も縮まるんだー、ヘー。……)
サラが興味津々でティオの手を触ったり放したりして違いを確かめていると、冷ややかな笑みを浮かべたティオに「サラ、気が散るからやめてくれ」と言われてしまった。
ティオの仕事の邪魔をすると悪いと思い、サラは仕方なくティオに触るのはしばらくやめる事にした。
今は幹部会議中で、そこにサラはこの傭兵団で一番上の立場の団長として参加しており、ティオだけでなくサラもまさに仕事中だったのだが、サラにその自覚はまるでなかった。
(……ティオのそばに居ると、凄くいい気分になるなぁー。ずっとティオに触ってたいなぁー。……)
サラは、つまらない会議の間の暇潰しとして、昨日夜の『精神世界』での出来事や、今朝のティオとのやりとりを思い返す事にした。
『精神世界』にあるティオの精神領域で、長椅子やクッション、ひざ掛けなどを出してもらい、ティオに膝枕をさせ、その大きくてしっかりとした手を握って目を閉じた時の、なんとも言えない安心感と心地良さを思うとうっとりした。
特に、ティオが優しい手つきでサラの髪を撫でると、心の中にジワーッと穏やかなぬくもりが広がっていくようで、それを思い出しただけで無意識の内に目を細めてしまう。
(……あれは良かったなぁ! これからは、『精神世界』で眠る時はいっつもあれやってもらおうっとー。……)
サラの中でそれはもはや確定事項だったが、やはりティオの本人の意思は全く考慮に入っていなかった。
(……あとあと! あれも良かったなぁ!……)
サラは、続いて今朝目を覚ました時の事を思い出し、ティオのすぐそばでピッタリと体をくっつけて眠っていた映像を頭の中で再現していた。
元々サラは、ティオと同じ部屋で寝起きするようになってから、肌身離さず首から下げているペンダントの赤い石の影響で、完全に眠りに落ちると、自分でも無意識の内に、眠っているティオのそばに行ってしまっていた。
明かりを消して眠りに入る時点では、サラは自分のベッドの上、ティオは床の上で体を横たえているのだが、その後、サラはベッドから転がり落ち、そのままゴロゴロ転がりながら床で横になっているティオの元に行って、ティオが体に掛けている毛布を奪い取る形でそばで丸まって眠っていた。
そして、朝が来て目が覚めると、「私なんでこんなとこに居るのー! ティオ、私に変な事したでしょー!」と騒ぐのだった。
サラと同室と言っても、遠慮して床に毛布を引きこじんまりと眠る事を心がけていたティオには、いい災難としか言いようがない状況だった。
ティオはサラに、自分は何もしておらず、サラの方が勝手にこちらに転がってきたのであって、それはサラの持っている赤い石の影響なのだと必死に説明した。
サラもなんとかその話に納得し、不本意ながらも、毎朝ティオのそばで同じ毛布にくるまって目を覚ます事を受け入れた。
やはり、目を覚ました直後は、しばらくティオを恨みがましそうな目で睨んでいたが。
ティオとしては、自分の毛布を取られたり寝る場所が狭くなったりと不便を強いられる上に、サラに八つ当たりされるという踏んだり蹴ったりな毎日だった。
が、散々文句を垂れていたサラだったが、あっという間にその状況にも慣れてしまった。
朝、ティオの寝ているそばの床の上で、彼の毛布を奪って丸まって眠っている状態で目を覚ましても、次第に衝撃はなくなり、それと共に苛立ちも薄れていった。
ただやはり、完全に納得はいっておらず、未だ不満そうに、まるで落ち度のないティオを睨んでいた。
ところが、サラが今朝目を覚ましのは、昨日の夜眠りに着いた場所である自分のベッドの上だった。
床で目を覚ます事に慣れてきた今日この頃では、むしろ新鮮に感じられた。
サラが床で目を覚まさなかった理由は、眠りに落ちると身につけているペンダントの赤い石の影響でそばに寄っていってしまう対象であるティオが、サラと同じベッドの上で眠っていたからだった。
ティオがサラのベッドの上で眠っていたのも、ティオが寝ているサラのベッドに勝手に忍び込んできた訳ではなく、就寝時、嫌がるティオをサラが無理やり押さえつけてベッドに拘束したまま眠りについたためだった。
目が覚めた時、サラは、ティオの腕を胸に抱きかかえピッタリと体をくっつけていた。
当然ながら、ティオのすぐそばに居て、顔も間近にあったので、ビックリして反射的に彼の胸を突き飛ばしてしまったが、その時もまだサラはガッチリティオの腕を胸に抱きしめたままだった。
ハッと我に返ってから、「ゴメーン!」と慌ててティオに謝ったサラだったが、ティオは、普段からサラの過激な反応に慣れきっていたため、ほとんど文句を言ってこなかった。
サラとしては、軽く背中を叩いたり、ちょっと腕を引っ張ったりしているつもりなのだが、その小柄で華奢な見た目によらず常人離れした怪力の持ち主のサラが特別注意を払わずにそれをすると、やられた方は酷い被害を受けるのだった。
ティオは常々「力を加減しろ!」とサラを叱っており、これでも最近サラは気をつけるようにしていた。
それでも、その時は驚いて反射的に突き飛ばしたので、ティオの忠告が頭から飛んでしまっていた。
そんなサラの状況を良く分かっていたため、ティオもあまり強く責めなかったのだろう。
そんな朝目を覚ました時のティオとのやり取りで、サラは特に印象に残っている事があった。
あの時は、すぐにティオを突き飛ばしたり、その後『精神世界』でサラの精神体の胸に現れた黒い星型の模様が肉体の方にも出ていないか調べたりと、酷くバタバタしており、その事についてゆっくり考えるいとまがなかった。
しかし、今はこうして何事もなかったように定例会議が進行しており、ティオの話す傭兵団の今日の予定やその他諸々の混みいった連絡事項に興味がなかったサラは、会議の行われているテーブルで、一人時間を持て余していた。
そして、ようやく、印象に残っていた場面をゆっくりと思い出す機会を得たのだった。
『おはよう、サラ。』
サラが目を覚ました時、ティオはそう言った。
その直後、眠りから覚醒したばかりのサラは、ビックリしてティオを突き飛ばし、ティオは背後の壁に背中をしたたか打ちつける事になったのだったが。
サラがティオを突き飛ばす前、ティオは穏やかな笑みを浮かべてサラを見つめていた。
普段ティオは、自分の内情を他人に秘匿するかのごとく、くるぶしが隠れる長さの黒い上着を身につけている。
更に、その上に、色あせた紺色のマントを羽織っており、こちらも長身のティオが裾を地面に擦る程長さがあった。
この二つの衣服によって、ティオの体は足元と頭部を残してほぼ見えない状態だった。
しかし、サラの部屋で眠る時、ティオはその二つの衣服を脱いで、身につけていたポーチや小袋、袈裟懸けにしていたバッグと共に壁の杭に掛けていた。
ティオは放っておくと、上着やマントどころか荷物も全て身につけたまま横になって寝ようとするので、サラが文句を言って脱ぐようにさせたためだった。
「俺は、大事なものは身につけて持ち歩くようにしてるんだよ」とティオは言っていた。
また、ティオは、幼い子供の頃から身寄りのない戦災孤児として過ごし、その後何年も盗賊団に入っていた経験を経て、今は一人旅をしていたため、一張羅で自分の荷物を肌身離さず眠る事が当たり前になっていたらしい。
しかし傭兵団に身を置いている今は、その習慣も変えるのが自然だった。
それでも、ティオが荷物を含めマントと上着を脱いでいる姿は、サラでさえ就寝時以外見る事はなかった。
マントと上着を脱ぎ去ったティオは、襟つきのシンプルな白いシャツを着ていた。
その襟元には、光沢から上質な生地だと察せられる鮮やかな群青色のリボンタイを結んでいた。
以前サラが雨に降られて濡れていた際、体を拭くようにと首から外して貸してくれた事があったが、ティオは眠る際にもそのリボンタイを取る事はなかった。
基本ずっと白いシャツの襟元に結んだままで、緩んだり歪んだりするとすぐにきちんと結び直していた。
目を覚ましたサラに「おはよう」と言ってきた時、ティオは、眠った時と同じく、襟元に群青色のリボンタイを結んだ白いシャツ姿だった。
ティオは十八歳という年齢通りの見た目だが、黒い上着に色あせたマントを着ていると、やや大人びて厭世的な印象が漂う。
しかし、鮮やかな群青色のリボンタイを結んだ白いシャツ姿だと、爽やかかつどこか少年のような純粋さが強調されて見えた。
また、腹の中の見えない食わせ者といった毒が消え去り、繊細で儚げな気配がうっすらと漂っているようにも感じられた。
したたかでたくましく、どんな逆境や窮地においても、泥臭いまでにしぶとく生き残るのがティオという人間である。
しかし、同時に、誰よりも優しく、争いを好まなず、危ういまでに清らかな心を持っているのも、ティオという同じ人間の別の側面だった。
そんな、ティオの優しさと純粋さと、それ故に脆く儚い性質を強調するかのような、白いシャツに群青色のリボンタイを結んだ姿を、サラは嫌いではなかった。
いや、自覚はなかったが、とても好きだった。
普段、鎧のようにタイトな黒い上着やボロボロのマントを身につけ、その体と共に自分の心を隠しているティオが、防御を捨て去って、サラに見せてくれる素顔。
そして、洗いざらいの白いシャツも鮮やかな群青色のリボンタイも、ティオに良く似合っているとサラは感じていた。
その姿は、冷めて大人びた計算高い策士ではなく……
ただの一人の青年だった。
『おはよう、サラ。』
穏やかで優しい笑顔で、そうティオに呼びかけられて、サラはジワリと染み入るように胸がいっぱいになった。
少し、苦しく感じられる程に。
(……いいなぁ! いいなぁ!……目が覚めた時、あんな風に、「おはよう」って言ってくれる誰かがすぐそばに居るのって、すっごくいいなぁ!……)
サラは、静かに目を閉じて、その時の記憶を、何度も何度もなぞった。
(……私、今まで、誰かと一緒に眠って、誰かと一緒に目が覚めて、そして「おはよう」って言い合うのって、なかったなぁ。……)
三ヶ月半前、森の中で一人で目が覚めたサラは、猟に来ていた老人に保護された。
老人はサラを森の中での拠点である小屋に連れていって、藁の敷かれたベッドをサラに貸し与え、自分は暖炉の前の敷物の上で毛皮にくるまって眠っていた。
それ以前の記憶がなく、右も左も分からなかったサラに、寝床だけでなく衣服や食事を与えてくれた老人は、とても良い人だったのだと、サラは今思い返しても思う。
大まかにではあるが、社会の常識や基本的な知識を教えてくれて、猟師だった事から、獣との戦い方なども伝授してくれた。
けれど、サラは……
老人がサラから距離をとっているのを知っていた。
猟師として人生を送ってきた老人なら尚更、小柄で華奢な少女である筈のサラの脅威的な身体能力や岩をも砕く怪力は、奇異なものとして映った事だろう。
身寄りのない子供に親切にするという良心を持った人物ではあったが、それと、サラの異常性に本能的に恐怖する事は、また別だった。
老人はサラに対してそんな自分の内心を口に出す事はなかったものの、サラは彼が自分に怯えている事を察しており、故に、しばらくして老人が町に下りるという時、一緒についていって、そこで彼と別れる事を決めた。
どこの誰とも分からない自分を助けてくれた老人への恩を感じていたからこそ、これ以上彼を怯えさせたくないと思っていた。
その後、サラは、失った過去の記憶を取り戻そうと、一人であてもなく旅を続ける事となった。
腕っ節の強かったサラは、どこに行っても困る事はなかった。
お尋ね者の賞金首を倒した報奨金で、ちょっと豪華なご飯と宿にありつける事もあれば、町と町を結ぶ街道を歩いていた筈が、いつの間にか山の中で迷っていて、その辺の草むらで体を丸めて夜を過ごした事もあった。
どんな時も、サラは一人だった。
サラを保護してくれた猟師の老人と森の中の小屋で共に過ごしていた時も、自分は一人だという感覚がサラの中にはあった。
旅の途中、宿に泊まると、朝には窓から日が差してきて、ベッドの上で一人目を覚ましたサラの姿をかたどった。
あるいは、人気のない山中の深い草の中から、折り重なった梢越しに大木のてっぺんを朝日が照らすのを見た。
サラはいつも、(ああ、朝が来たんだなぁ)という感覚以上でも以下でもない気持ちをいだいて起き出して、簡単に身繕いし、またあてもなく歩き出しては、旅を続けてきた。
けれど……
けれど、ティオは違った。
『ティオは、私の事怖くないの?』
最初にサラを保護してくれた老人は、脅威的な身体能力と異常な怪力の持ち主であるサラを内心怖がっていた。
けれどそれは、彼がおかしかった訳ではなく、その後サラが旅の途中で立ち寄った村や町の人々も、概ね同じような反応を示していた。
口や態度に出すか出さないかの違いこそあれ、サラの常軌を逸した力の前に、怯え、おののき、そっと遠ざかっていった。
サラは、このナザール王国の王都に来て、傭兵団に入り、ボロツや団員達と知り合って、ようやく自分の力を有効的に活用出来る場所を見つけた。
ここは、力の強い者が最も尊重される集団であり、そのため、サラの異常な力も強力な戦力として歓迎された。
傭兵団の団員の多くは、社会の底辺で犯罪に手を染めながら生きてきた、いわゆる「ならず者」と言われるような者達で、確かに素行は悪く態度は粗野だったが……
腹を割って話してみると、飾らない気のいいヤツらであり、また、紅一点のサラの事をとても可愛がってくれた。
そんな中でも、サラと同じく異能力という一般的な人間を逸脱した力を持つティオの存在は……
サラの現在とこれからを、サラの心を、明るく照らしだす大きな光となっていた。
『俺は、サラの事を怖いと思った事はないよ。』
『だって、サラはサラだろう?』
ティオのその言葉に、微塵も嘘は感じられなかった。
いつもは飄々した態度で本心が掴めないティオではあるが、サラに向けたその言葉には、彼の本質的な優しさが素直に満ちていた。
そんなティオが、今こうして自分のそばにおり、一緒に暮らしている事を、サラはとても楽しく感じていた。
目が覚めた時、ティオがすぐ隣に居て、「おはよう」と言ってくれた事が、とても嬉しかった。
(……今日は、ビックリしたせいでいきなり突き飛ばしちゃって、ティオには悪い事しちゃったなぁ。……)
(……明日はちゃんと、私もティオに「おはよう!」って言おう。……)
サラはそう思いつくと、何やらウキウキ楽しくなってきて、両手で頬杖をついた顔にニコニコと子供のような笑みを浮かべていた。
□
「ティオー!」
サラは朝の点呼を終えると食堂に向かう途中の廊下で、ティオの元へパタパタと走り寄っていって話しかけた。
「サラ、緊急の用事がない時以外は廊下は走るなよ。」
「あのねあのねー、聞いて聞いてー!」
「いや、お前が俺の話を聞いてくれよ。廊下は走るなって。……ハァ。で、どうした?」
「さっき、ティオが居るのが分かったんだよー! 点呼を取ろうって集まった時ー、廊下を曲がる前から、まだ見えてないのに、ティオが居るのが分かったのー! 凄くないー? これってさぁ、昨日の夜『精神世界』で私が『不思議な壁』に……」
「サラ、ちょっと。」
興奮のあまり、食堂に向かう団員達が周囲に居る中でかなりの大きな声で話し出したサラを、ティオは慌ててグイとオレンジ色のコートのフードを掴み、廊下の端に寄せて立ち止まらせると声をひそめた。
「……俺も、サラの様子が以前より把握出来るようになったのには気づいてる。サラの想像通り、昨日の夜の『精神世界』での一件がその原因だろう。でも、その話はみんなの前でするなよ。不要な混乱を招くだろ?……」
「……あ、ゴメン、そうだったねー。……」
「……その事に関しては、また夜に部屋で二人きりになった時に話そうぜ。……」
「……分かったー! 楽しみにしてるねー!……」
「……楽しみ?……」
ニコニコと何やら嬉しそうなサラを前に、ティオは思いっきり怪訝そうな顔をした。
「……何が楽しいんだよ?……」
「……えー、だってー、ティオがどこに居るか、何してるか、前より良く分かるようになったんだよー。なんか楽しくないー?……」
「……いや、サラ、お前なぁ。……いいか、今サラが俺の『存在』を感知しやすくなってる状況に、俺の精神領域にある『あれ』が関わってるのは間違いないんだぞ。『あれ』が関与している限り、サラに『あれ』の影響が出て思いもよらない悲惨な目に遭う可能性も……」
「……あー、またそれぇ? もー、ティオ、心配し過ぎだよー。私なら大丈夫だって、何度も言ったでしょー。……」
眉間にシワを寄せて険しい表情になっているティオの背中を、サラは、バチーン! と叩いて、カラカラと笑った。
ティオは、どうにも調子が狂うといった顔になり、首をかしげてボサボサの頭をバリバリと掻きながら、「しばらくは慎重に様子を見るからな」と、会話を切り上げていた。
□
その後、ティオは何か相談があるらしいチェレンチーに呼ばれて彼の元にゆき、入れ替わりにサラのそばにボロツがやって来た。
「サラ、ティオと何話してたんだ?」
「え?……んー。別に大した事じゃないよー。ボロツには内緒ー。」
「なんだよ、なんだよ、二人してコソコソイチャイチャしやがってよぅ! 俺にも教えろっての!」
「もー、毎回毎回うるさいなぁー。ティオとはちゃんと話して仲直りしたってさっきも言ったじゃーん。それでいいでしょー?」
「……うーん……」
確かに、今朝の二人の様子を見て、揉めていた状況が解消された事はボロツも感じ取っていたが……
サラとティオの距離感が、以前に増して近いような気がして、気になって仕方がないボロツだった。
何かもっとサラの会話から二人の間に起こった事を探りたかったが、サラ程ではないにしてもボロツもあまり口が達者な方ではなく、しばらくサラについて廊下を歩きながら考え込んだのち、こう尋ねた。
「あー、ええと、だな……サラにとってティオのヤツはどういうあれなんだ?」
「どういうあれってー?」
「そ、その、つまりだ。いろいろあるだろう? こう、『仲のいいダチだ』とか、『ちょっと気になる男だ』とか、後、『なんか心配でついつい構いたくなるヤツだ』とかよぅ?」
「サラは、正直、ティオの事をどう思ってるんだ?」
「私がティオをどう思ってるかって?……私にとってのティオ、かぁ。うーんとねー……」
サラは、口元に人差し指を当て、上に視線を向けて少し考えたのち、ニッコリ笑って答えた。
「ティオは、私の『ウサギのぬいぐるみ』だよー!」




