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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十二章 ウサギのぬいぐるみ
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ウサギのぬいぐるみ #5


 サラとティオの仲がこじれている事を心配していたボロツは、先にティオの方に話を聞いていた。


 自分の理想の女とも言える強く可愛いサラが、自分よりもティオと親しくしているどころか同じ部屋で寝起きしている事をボロツは良く思っていなかったが、それはそれ。

 普段以心伝心といった様子でやり取りをしている二人が揉めているのを見るのは、気分の良いものではなかった。

 二人を仲たがいさせたままの方がサラの気持ちが自分に向きそうだとは思っていても、放ってはおけず、つい世話を焼いてしまう所に、ボロツの人柄の良さが出ていた。

 特に、一昨日の晩ティオとチェレンチーと共に城下町の賭博場に行ってから、ティオにもしっかりと一目置くようになって好感度が上がっていたため、「サラとベタベタするのが気に入らない」とは言っても、内心ティオの事も心配していた。


 早朝、定例の幹部会議に時間通りサラとティオが二人揃ってやって来たのを見て、(ああ、仲直りは上手くいったんだな)と察してホッと胸を撫で下ろしたボロツだったが、そうなると、ムクムクと好奇心の方が顔を出してくる。

 ティオは、傭兵団の団員達の前では団長であるサラを立てるように、いつもさり気なく行動していた。

 この時も、サラを先に歩かせ、自分は静かにサラの二、三歩後をついてきていた。


 「おっはよう、ボロツ!」「おはよう、サラ! 今日も世界一可愛いな!」「もうー、そんな当たり前の事言っても喜ばないんだからねー。」などと、サラと笑顔で挨拶を交わし……

 ティオとも「よう!」「おはようございます、ボロツ副団長」と当たり障りのないやり取りをしたのだが……

 サラが先に会議室に入ったのを見計らって、さっそく後ろに居たティオの肩に腕を回し、グイッと引き寄せて声をひそめた。


「……よう、ティオ! 昨日の晩はどうだったんだ?……」

「……どうって、特に副団長に報告するような事は何もありませんよ。……」

「……サラとは上手くいったみてぇじゃねぇか! へへ、俺様のおかげだな! もうちょっと感謝しろよ、コラ!……」

「……ああ、そうですね。副団長には心配をおかけしました。いつもお世話になっています。おかげでサラとの問題は無事解決しました。ホントウニアリガトウゴザイマス。……」

「……ティオ、テメェ、本当は全然ありがたいと思ってねぇだろ? チッ、可愛くねぇヤツだな!……」


 ゴシップ好きの雰囲気を垂れ流しながら寄ってきたボロツにティオが真顔で事務的に返してきたため、ボロツは組んでいたティオの肩をググッと締めつけ顔を寄せた。


「……だーから、昨日の晩はどうだったって聞いてるんだよ? 俺様が煮え切らないお前のケツを叩いてサラの所に行かせてやったんだから、ちっとは教えろや! 俺様には聞く権利があんだろうが!……」

「……特に何もなかったって言ったじゃないですか。サラとは良く話し合って和解しました。それだけですよ。……」

「……とかなんとか言って、サラとイチャコラしたんじゃねぇのか? あん? まあ、男と女の喧嘩は一発やれば解決するって良く言われてるしな!……」

「……なっ! お、俺とサラはそんな関係じゃないって、何度も言ってるでしょう!……」


 ウザ絡みしてくるボロツの前で冷ややかな態度を取っていたティオが、この時カアッと顔を赤くさせ動揺したのをボロツは見逃さなかった。

 昨日サラとの会話を拒んで逃げ回っていたティオを幹部達で取り囲んで説教した際に、ティオがこの手の話題になるとすぐに真っ赤になる事が判明し、ボロツだけでなく幹部達に知れ渡ってしまっていた。

 男女間の話題に過剰に反応するティオの様子から、ティオが女性経験の浅いウブな男だと皆踏んでいた。

 ボロツは、ティオが動揺したのに気をを良くして、ますます強引に踏み込んできた。


「……ティオ、お前、見たんだろう? サラの、こう、大事な秘密の場所をよ。それから、いろいろ触ったんだろ? どうだった? 普段は大人の男も顔負けの強気なサラだがよ、そういう時はやっぱり照れたり恥じらったりすんのか? どんな反応だったんだよ? この俺様がサラの隣を渋々譲ってやってんだから、ちょっとは俺にも話して聞かせろってんだよ。……」

「……だ、だだだ、だから、お、俺は、サ、サラの裸なんて見てないし、ささ、触ってもいないですよ!……」

「……え? お前、本当にサラの裸を見たり触ったりしたのかよ? おい、もっと詳しく話しやがれ、ティオ!……」

「……み、見てない! 触ってない!……た、たた、たとえそういった状況になったとしてもですね、俺はサラ相手にボロツ副団長のようなよこしまな気持ちはこれっぽっちも起こしませんからね! サラは、まだ子供なんですよ!……」


「もう、放して下さい! 会議が始まりますので!」

「おい、ティオ!」


 ティオはこの下世話な話題に耐えられなくなったらしく、パシッとボロツの腕を払いのけて足早に会議室に入っていってしまい……

(……チッ、からかい過ぎたか。これだから、チェリーボーイは面倒臭ぇなぁ。……)

 と、ボロツは刺青だらけのスキンヘッドの頭をボリボリ掻きながら舌打する事になったのだった。


 これ以上ティオから昨日の状況を聞き出すのは無理そうだと判断したボロツではあるが、しかし、ティオの反応から、昨日の夜二人の間に「何か」があった事は間違いないとの確信を得てもいた。

 そこで、ボロツは、追及の矛先をもう一人の当事者であるサラに変更し、サラがティオと別行動になるのを待って、会議が終わった所で、食堂に向かうサラに声を掛ける事にしたのだった。



「お芋貰っちゃったー!」


 厨房とやりとりが出来るカウンターで器を受け取ったサラがニコニコと満面の笑顔で戻ってきて、テーブルの自分の席に座った。

 器には、茹でた芋がこんもりと盛られている。

 一つ一つが手の平に収まるぐらいの大きさで、皮を剥かないまま良く洗って煮たのち塩を振っただけ、というシンプルな料理だった。

 サラは「もうすぐ朝ごはんだから、ちょっとだけ貰ったー」と言っていたが、一般的な人間なら、これだけで充分腹が膨れそうな量だった。

 サラは、習慣的にいつも座っている食堂の一番厨房寄りの中央に配置された自分の席に着き、ボロツも同様にサラの隣の自分の席に座った。


「いただきまーす!……あ! ボロツにもちょっと分けてあげるねー。私だけ食べるのなんか悪い気がするしー。」

「いや、いいっていいって。サラの食いもん取る訳にはいかねぇよ。俺はここで、サラが美味そうに飯を食ってる姿を見てるだけで、胸がいっぱいだからよ。」


 点呼が終わればすぐに朝食の時間となるのもあってボロツは遠慮したが、サラは機嫌がいいのか珍しく気前良く自分の食べ物を分けてくれる様子だった。

 サラは器に盛られていたホカホカと湯気を上げている芋を一つ手に取り、二つに割った。

 その片方を更に二つに割り、割った片方をもう一度二つに割り……それを何回か繰り返して、出来た欠けらを無邪気な笑顔でボロツに差し出してきた。


「はい!」

「お、おお、ありがとうよ、サラ。」


 ボロツは一応礼は言ったものの、普段身の丈を超える大剣を握って固くなった彼の手にちまっと置かれたのは、もはや見ただけでは芋とは分からない小さな代物だった。


(……え? こんだけ? いやいや、あれだけあってこんだけって、本当に「ちょっと」だけしかくんなかったな。どんだけ食い意地が張ってるんだ、サラ。……まあ、そんなとこも可愛いんだけどよ。へへ。……)


 サラの言動から、全く悪気はなく本心から「自分の大事な食べ物を分けてあげた」と思っていそうだったので、ボロツは何も言わなかった。

 ボロツが、そんなサラからほんのちょっぴり貰った芋を大事に味わって食べた後、改めてサラに向き直ると、もうサラの前の器は空になっていた。

 小さな欠けらも残さず洗ったように綺麗になっている器と、完全に飲みこみ終えて咀嚼さえもしていないサラの姿を見るにつけ、芋だけが忽然と消えたかのように錯覚する程だった。


「早っ!」

「あー、美味しかったー! 朝ご飯も楽しみだなー!」


 小腹が満たされて満足気にゴクゴク水を飲んでいるサラを前に、ボロツは気を取り直して本題を切り出した。

 今日はいたってサラの機嫌は良く、しかも食べ物を腹に入れた後なのでリラックスしていて聞き出しやすいだろうと踏んだのだった。


「ところでサラ、昨日の晩はティオと話をしたんだろう?」

「あー、うん、いろいろいっぱい話したよー。ティオって自分の事あんまり話そうとしないから、珍しいよねー。あ、でもー、まだまだ隠してる事たくさんありそうだったけどー。」

「へー。どんな話をしたんだよ?」

「うーん、えっとー……」


 サラは口元に人差し指をあてがい、視線を上方にさまよわせて少し考えていたが……


「たぶん、ティオは勝手に他の人に話して欲しくないだろうから、ボロツには言えないー。ゴメンねー。昨日の事は、私とティオの問題だしねー。」

「そ、そっかぁ。」

「でも、ちゃんと話をして、仲直りはしたから安心してよー。……あー、話、話かぁ。あれって話をしたって言えるのかなぁ? あんまりティオが聞き分けなから、ちょっと力づくで言う事聞かせちゃったかもー? でも、私は悪くないもーん! 私の話を聞こうとしないティオがいけないんだもんー!」

「ち、力づくで言う事を聞かせる、だって? い、一体何をしたんだよ、サラ?」

「ティオと勝負したのー。傭兵団らしいでしょー? でね、私が勝ったのー。まあ、当然だよねー!」

「しょ、勝負って……昨日の夜にか?……そ、その……ベッドの上で?」

「あー、うん。昨日ティオは、私のベッドで一緒に寝てたからねー。」

「……うぐぐぅ!……」


 サラとしては、『宝石の鎖』や『不思議な壁』といったティオが皆に隠している事情をペラペラ喋る訳にはいかなかったので、元々語彙力や表現量がとぼしい事もあって、いつも以上に言葉の足りない発言となっていた。

 そして、事情を知らないボロツが思いっきり勘違いする一方で、鈍感なサラはその勘違いに全く気づいてないという酷いコミニケーションのすれ違いが起こっていた。

 ボロツは「……ティオ、あの野郎。やっぱり後で一発ぶん殴ろう。……」などと凶悪な表情でブツブツ言っていた。


「あ! そうだー!」


 サラはふと思い立って、隣の席で巨体に似合わずチビチビ水を飲んでいるボロツに、グイッと顔を近づけた。

 触れたりはせず、10cm程の近距離で、フンフンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。

 元々隣に座っていればボロツの体臭をうっすら感じられるぐらいにサラの嗅覚は鋭かったのだが、こうして間近で匂いを嗅ぐと、よりハッキリと判別出来る。

 汗の匂いとその他のボロツの体から発せられる匂いは、食べたものや飲んだ酒の量などで日によって微妙に異なるのだが、やはりボロツ特有の個性が感じられた。

 ボロツの体臭は、男ばかりの傭兵団員の中ではやや強めと言ったところか。

 まだまだ人生経験の少ないサラでは比較出来る対象は少なかったが、まあ、一般的な成人男性の匂いだと感じた。


(……んー、普通の男の人の匂いだなぁ。特に嫌いでもないしー、特に好きでもないかなぁ。……)


 サラぐらいの年齢では、一種野生の獣を彷彿とする粗暴でえぐみのある印象の大人の男の体臭を苦手とする者も多かったが、サラは特に気にしていなかった。

 もっとも、サラが潔癖な少女だったなら、こんな男臭い傭兵団で団長などとてもやってはいけなかった事だろうが。


(……ティオは匂いが薄い方だよねー。それでもちゃんと男っぽい匂いはしてるんだけどなー。ボロツと何が違うんだろうー? なんか上手く言えないけどー、ティオの匂いはホントいーい匂いなんだよねー。……)


 ティオの体に顔をうずめて胸いっぱいに匂いを嗅いだ時の事を思いだして、サラがちょっとうっとりしている一方で、ボロツは顔を真っ赤にし鼻息を荒くしていた。


「お、おお? ど、どうした、サラ? なんだなんだ、やっぱりティオみたいな剣の一つも握れないやわな男より、俺の方が断然いい男だってついに気づいちまったのかぁ? 昨日ティオと、その、なんかいろいろあったみてぇだが、アイツじゃサラを満足させられなかったって事か? ん?」

「……」


 この時点で既に、サラは、ボロツの言葉が少し引っかかっていた。

 ティオはいつも、引きずるようなボロボロ紺色のマントで全身を覆い隠しており、着痩せする方なのと長身なせいで、ひょろりと背が高いだけの軟弱な男に見えがちだった。

 しかし、昨晩『精神世界』の中とは言え、ティオと「決闘」という形で対峙したサラの認識は、かなり上方修正されていた。

 元々ティオの事は、背が高い割にはやたらすばしっこく逃げ足が速いヤツだと思っていたが、段々とティオについて詳しくなるにつれ、運動神経、反射神経、持久力、どれをとってもかなり優秀な人間に思えた。

 ティオの過去の話によると、子供の頃から大人に頼らず一人で生きていけるだけの知恵と度胸と身体能力があり、更に少年時代は盗賊団で元騎士の肩書を持つリーダーに剣術をはじめあらゆる戦いの技術を叩き込まれてきたとの事だった。

 ついこの間、厳重に警備された王宮の宝物庫にやすやすと忍び込んでゴッソリ宝石を盗んでいた事からも、盗賊としての腕の良さは今も健在らしい。

 ティオが戦闘時に見せた鋭く隙のない気配から、サラは強者独特の匂いを感じ取っていた。


(……ボロツー、ティオの事、ヨワヨワなヘナチョコだってバカにしているけどー、実はアンタよりティオの方が強いかもだよー?……まあ、ティオは普段あんなだから、そう思っちゃうのも仕方ないよねー。私も、ティオに会ったばっかりの頃は、思いっきりなめてたもんなぁー。……って言っても、今のティオは剣をはじめとした武器らしい武器が全く持てないしー、人を傷つけられない性格で、過去の事件でのトラウマもあるみたいだから、結局戦闘力は皆無なんだけどー。……ま、どっち道、私の方が断然強いって事だねー! 私は「世界最強の美少女剣士」だもんねー!……)


 「……サラ……」

 と、ボロツは、フンフンとボロツの匂いを嗅ぎながら考え事をしていたサラの細く華奢な肩を、そっと後ろから太い腕を回して抱き寄せようとしたが……

 ボロツが触れるより早く、サラはスイッと流れるように上半身を横に反らして、その手を避けていた。


 このところ傭兵団の戦闘訓練において、サラは特別メニューを組んで練習していており、その際ティオからアドバイスを受けていた。

 自分の体だけでなくその周囲にまで意識を広げるイメージを常に持ち、その広げた意識に自分以外の何かが接触したら、反射的に対応出来るように、というのがティオの指導だった。

 それは、死角から繰り出された攻撃や、特に弓矢などの遠距離攻撃への有効な対抗策であった。

 とは言っても、「自分の周囲に意識を広げる」などという常識離れした方法を実行出来るのはサラぐらいのもので、ティオもそれが分かっているため、サラにしか教えなかったのだろう。

 どうやらそんな特訓の成果が出ていたようで、サラは自分の体に触ろうとしたボロツの動きを、実際に触れるよりも前に気づき、無意識の内に体を動かしてかわしていた。


「もうー、やめてよー、ボロツー。今度勝手に私の体に触ろうとしたら、思いっきり殴るからね、グーで。」

「……ゴ、ゴメン、サラ。つい出来心でよぅ。もうしないって。……」


 近づけていた顔を離しただけでなく、座っていた椅子ごとゴトゴトッと動かして距離を取ったサラの冷たい視線を浴びて、ボロツはその巨体を小さく縮こませ、しょげた顔でうつむいていた。


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