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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十二章 ウサギのぬいぐるみ
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ウサギのぬいぐるみ #2


「何よー? さっきの勝負、私が勝ったんだから、言う事聞きなさいよー。負けた方が勝った方の言う事聞くって約束でしょー?」

「ええ? これも勝負の賭けに入ってたのかよ?」

「いいから、早く、手ぇ握ってってばぁー!」


 なぜかサラに膝枕をする事になり戸惑うティオとは対照的に、サラは一度頭を乗せたティオの膝を絶対離さない勢いでギューッと押さえつけてきた。

 更に、自分の側のティオの手を引っ張って無理やり手を繋がせる。

 その時、サラがいつもの調子で強引に引っ張ったので、ティオは「イテテテテ!」と声を上げたが、完全に無視された。


「ティオの手はー、私より全然大きいねー。ゴツゴツしてて、しっかりしてるー。こんな手だったら、おっきな剣もビシッと構えやすいだろうなぁ。」

「いや、俺、刃物恐怖症で剣は持てないから。」

「ンフフフフー。」


 サラはティオの手に自分の手をくっつけて大きさを確かめたり、スリスリと擦って感触を確かめた後、ギュッと握りしめて頰を寄せ、目を閉じた。

 ティオの膝に頭を乗せ、手を握って目をつぶるサラは、とても嬉しそうに見えた。


(……サラのヤツ、「ティオを一人にさせない!」とか言ってたけど……それって、正義感からきた訳じゃなくって、ただ単に、こうして俺に膝枕させたかったから、じゃないだろうなー?……)


(……男の膝で無防備に眠るってのもどうかと思うが、サラとしては、お気に入りの匂いとお気に入りのものってだけなんだよな? 俺自身の事は「特に好きでもなんともない」って言ってたしな。……い、いやいや、そもそも男の膝枕ってどうなんだよー? 全然いいもんじゃないだろー?……)


 ティオは、内心あれこれと物申したい気持ちでいっぱいだったが、最終的に……


(……まあ、サラがいいなら、それでいいか。……)


 という所に落ち着いていた。


(……無理に抵抗して引き離そうとしてもうるさそうだし、どうせすぐに眠るだろう。……)


 という考えも、そこには含まれていたが。


 そんなティオの予想通り、サラは、ティオの膝を居場所に決めて目を閉じると、見る間にスウスウと呼吸が穏やかになっていった。

 手を握り、体を触れ合わせているために、呼吸と共にサラの心音が緩やかになり、ごくわずかに体温が下がってゆくのが感じられる。


 もうしばらくすれば、サラの意識は完全にこの『精神世界』を離れ『物質世界』へと戻って、世界に生きる多くの人々と同じく、ごく普通の睡眠状態になる事だろう。

 その時には、今はティオの膝に頭を預けて横になっているサラの精神体は、姿を保てなくなって霧のように四散し、サラ自身の精神領域に帰る筈だ。

 そして、ティオは、ようやくこの自分の精神領域で、誰にも邪魔されない一人きりの状態に戻り、ホッとするのだろう。


 けれど……

 それが、なぜか、今のティオには、少し寂しく感じられていた。


 微かに名残惜しい気持ちを胸の奥に秘めて、穏やかに眠りに落ちていくサラを見つめている内に……

 ティオは、そっと、サラの髪を撫でていた。

 片手はしっかりとサラに掴まれてしまっていたが、空いていたもう片手で、自分の膝の上にあるサラの頭の金の髪に触れた。

 無垢な小さきものを慈しむティオの気持ちが、『精神世界』の特性故に、無意識に行動になって現れていた。


「ティオ。」

「うわっ!!」


 もうすぐ完全に眠りに落ちるという状態に見えたサラが、突然パチッと目を開けたので、ティオはビックリして仰け反った。

 が、繋いでいた手をサラにグイッと引っ張られて、ガクンとすぐに元の位置に戻る。


「ね、寝るんじゃないのか、サラ?」

「んー、ちょっと思い出した事があってー。……ねえ、ティオ、今さぁ……」


「私の頭に触ってなかったー?」

「うえっ!」


 ティオは、サラが目を覚ました時に、自分がサラの髪をうっかり撫でていた事にハッと気づいた。

 反射的に手を引っ込めたので、サラには気づかれていないと予想したが、しっかりバレてしまっていた。

 ティオは、苦虫を噛み潰したような顔でうつむき、ダラダラ冷や汗を流しながら、サラに謝った。


「……ご、ごめん。……」

「いいね、あれ! ねえ、もっかいやってよー!」

「えぇ?」

「早くー!」

「あ、ああ、うん。」


 うっかり悪いものを食べて体調がおかしくなった時のように、落ち着きなく心臓がバクバク鳴っている所に、サラに急かされて……

 ティオは、流されるように言う事を聞いていた。

 ティオの膝の上に頭を乗せているサラの、動く時邪魔にならないよう首の後ろで簡素な三つ編みにした金の髪を、頭部の部分を中心に、ゆっくりと、額から後頭部へと、手の平で覆うようにして優しく撫でる。

 すると、サラは、目を細めて「んー」と満足げなため息を漏らした。


「気持ちいいー。ほわほわーってするー。」

「……そ、そうか?」

「これ、私が眠る時はいつもやってよー。あ、ティオの膝に頭を乗せるのも落ち着くから、これも絶対ねー。後、手も握ってねー。」

「よ、要求が多いな。」

「私が勝負に勝ったんだから、ティオは言う事聞きなさいよねー。」

「わ、分かった分かった。」


 ティオはもう、ここまできたらどうにでもなれという少々やけばちな気分で、サラの要求に大人しく応じる事にした。

 サラは、すっかり安心してティオの膝に頭を任せ、しっかり手を握り、優しく髪を撫でられて、いたくご機嫌な様子だった。


(……し、しかし、なんだろう?……サラは一応相当な美少女の筈なんだが、全然女の子に接してる気がしないなぁ。……)


(……なんて言うか、これは……そう! 猫とか犬とか、そういう、動物を撫でている感覚!……まあ、サラは、野生動物みたいなヤツだからな。……)


 山の中で野生の動物に育てられた人間の少女がひょっこり町に降りてきたかのようなサラの普段の言動を思い出して、ティオはなんとも言えない複雑な気持ちになっていた。


 ティオの頭の中に、傭兵団の食堂で、夕食に出た豆の煮物を手掴みで食べようとするサラの姿が思い浮かんだ。

 もちろん、ティオは、すぐにサラを止めて、用意されていたスプーンの存在を指摘した。

 団員達の前では団長であるサラのだらしない所を極力見せない方が威厳が保てるという配慮だったが、一方で、既に多くの団員達がサラの無作法さを知っている気がして、手遅れ感でいっぱいになるティオだった。

 実際サラは、ティオに叱られたおかげで一応スプーンを使って豆の煮物を食べたものの、器についたソースは、器を抱え込んでペロペロ舐めていた。


 サラは、食に関して言うなら、小腹が空くと、その辺の木や草の間からバッタや芋虫、ミミズに至るまで、見つけたそばから捕まえて即座に口に放り込んでしまう。

 当然泥や埃はついたままである。

 まあ、綺麗に洗ったからといって食べていいものでは決してないが。

 こちらも、ティオが何度も口うるさく注意しているので、今は一応改善されているが、空腹が続くと無意識の内にパクッとやってしまうらしく、監視しているティオは一向に気が抜けなかった。


 自分の部屋で服を脱ぎ散らかすのも問題だが、ポーンとベットの上に飛び乗る癖も家具を傷めるので、これまたティオに怒られた。


 そもそもサラは、自分の部屋やベッドの事は一応気に入っているらしいのだが、「お気に入りの寝床」ぐらいの感覚であり、普通の人間のように住居を建物として認識しているかも怪しかった。

 窓から平気で出入りするし、廊下や部屋の区切りも無視して、一直線に突っ切ろうとした事が何回もあった。


 実際、「これが一番早いから」「真っ直ぐに進まないとすぐ分からなくなるから」という雑な理由で、兵舎の窓から飛び出して木立のある中庭を突っ切り訓練場に行こうとしては……

 「王宮は傭兵は立ち入り禁止だと何度言えば分かるんだ?」と、近衛騎士団の人間に保護されて戻ってきていた。

 要するに、食堂の前の廊下をたどって一回角を曲がれば着く筈の訓練場までの短い距離で、見事に迷子になっているのだった。

 そもそも、ティオが止める前に飛び出していった窓が、訓練場とは真逆の方角なのだと繰り返し教えても、サラはちっとも覚えなかった。

 まあ、これは、サラ本人が「すぐ分からなくなる」と言っている通り、彼女の致命的な方向音痴にも原因があるのだろう。

 ちなみに、それでもきちんと食堂にだけは毎回たどり着けているのは、「美味しそうな匂いがするから」らしい。

 会議室や、自室などへの移動は、ティオが居る時はティオが導き、居ない時はティオがボロツに頼んで補助してもらっていた。


 そんな、人間社会で慣習や礼儀作法を覚えながら育ってきたとはおよそ思えないサラの言動を目の当たりにするたび、ティオは、サラの出生に疑問を持たずにはいられなかった。


(……サラは、今までどんな生活を送ってきたんだ? この街で初めて会った時、身寄りは居ないというような事を言ってたけど。いくら腕っぷしが強いとは言っても、こんな十三、四歳にしか見えないサラが、剣を持って一人で旅をして、果ては傭兵になるなんて、身近な人間が居たら普通止めるよな。……)


 ティオならば、いくらでもサラの過去や心の中を調べるすべはあった。

 ティオの「鉱石と親和性が高い」という異能力を使って、サラが触れた岩や石造りの壁などに接触し、それらの中に残った記憶を読み取ればいい。

 意識を深く集中させれば、ティオとは違って誰に対しても心を開いている嘘の嫌いなサラならば、心理の深層は無理だとしても、表面に浮かんできている感情はかなりの部分が読み取れるだろう。


 しかし、ティオは、それをする気が起きなかった。


 サラに「私の事あれこれ調べないでよー!」と何度も念を押されていた、というものある。

 「サラに対して異能力を使って調べない」というのは、ティオが王宮の宝物庫に盗みに入った事がサラに知れた時、黙っていたもらうために結んだ約束の内に含まれていた。

 倫理観の薄い人間なら、「言わなきゃバレない」と興味本位でサラの秘密をのぞいていたかも知れないが、ティオはその点まともな人間だった。

 宝石を集める事に関しては、『不思議な壁』の制御のためというのもあって、かなり非合法な手段もとってはいたが、それ以外の面では、自称十七歳でも見た目は十三、四歳のサラの事を「まだまだ子供」と認識して保護対象として見るような常識と良識を、ティオはしっかりと持ち合わせていた。

 ティオは、サラとの約束をしっかりと守るつもりでいた。

 たとえどんな相手であろうとも、誓いを交わしたのなら守るのが筋であり、よほど相手が自分の信頼を欠くような裏切り行為をしてこない限りは、その契約は有効なものとティオは捉えていた。

 まして相手は嘘偽りを嫌う真っ直ぐなサラであり、勝手に約束を反故にするのは、ティオにとって強い罪悪感と抵抗を感じる行為だった。


 だが、そういったティオの倫理観とはまた別の所で……

 ティオは、サラについて調べる事に、何か妙な忌避感があった。


 ……深入りしてはいけない……


 不思議とそんな気がしていた。


 ティオは、頭が良いため基本的に論理的に筋道を立てて物事を考える人間だったが、同時に非常に勘が鋭く、そして、そんな自分の勘を信じていた。

 どんなに頭では「大丈夫」だと想定されていても、「危険」だと勘が告げているのなら、ティオは自分の勘の方を選択した。

 実際そうした選択が、命が危うくなるような場面で、何度かティオの身を救っていた。

 ティオは論理的な思考を旨としていたが、この広い世の中にはそれだけでは把握しきれないものが多くある事も認めており、そんな時は、自分の中の本能的な勘に頼る事を優先させていたのだった。


 サラに関しても、そんな予感めいた何かをティオは感じていた。


 ……サラには深入りしない方がいい……


 ……一度足を踏み入れれば、二度とは戻れない……


 そんな気が、漠然としていた。

 何から戻れないのかは、ティオ自身にも判然としなかったが、まるで目に見えない沼がそこにあるかのように、前に進む事がためらわれるのだった。

 幼い頃から、特に自分の身に降りかかる危険や災難に対して、ティオは非常に鋭い嗅覚を持っていた。

 そんなティオの勘が、サラを前にすると微かに反応している気がした。

 ティオは、宝石などの自分の興味関心のある事以外では「君子危うきに近寄らず」と、好奇心よりも安全を優先する酷く慎重な人間だった。


(……うん、自分でも俺は慎重な人間だと思う。……でも、それが、なんでこんな事になってるんだかなぁ。……)


 ティオは、自分の膝に頭を乗せて横になっているサラの髪を撫でながら、うっすらと眉間にシワを寄せた。


(……この状況で、まだ「深入りしていない」って言えるのか?……うーん……)


(……どうも、サラが相手だと、調子が狂うよなぁ。……)


 しかし、そういった自分が密かにかかえている葛藤も、気持ち良さそうに髪を撫でられているサラの無邪気な子供のような姿を見ていると、ふっと、どうでも良くなってきてしまう。

 そんな所がまさに「狂わされている」部分だとは思うのだが、サラのそばで生活する限り、当面こんな状況は続いていきそうだった。

 ティオは、フウッと、サラに聞こえぬように小さくため息を吐いた。


(……まあ、約束は守るさ。内戦が終わって傭兵団が解散になるまでは、作戦参謀としてサラの力になる。俺に出来る精一杯の事はする。……)


(……でも、内戦が終わったら、その時は……その時は、どうするかな?……)


 以前のティオなら、すぐに、「自分の役目は済んだ」とばかりに、誰に何も言わずどこかへと姿を消したのだろうが……

 今夜のサラとのやりとりで、ティオの中に思いがけない迷いが生じていた。


(……まだ、戦の決着がつくまでしばらくあるからな。その間に考えればいいか。それに……)


(……今夜は、そういう事は考えたくない。……)


 ティオは、自分の膝に頭を乗せてくつろいでいるサラの髪を撫でながら、フッと苦笑した。


(……ったく。いつの間にか、ずいぶん懐いちゃってまぁ。なんか、猛獣使いにでもなった気分だぜ。ってか、俺みたいな怪しいヤツにこんなに気を許しちまっていいのかよ、サラ?……)


 ティオは、見た目は可愛らしいが野生の血を濃く残す獣でも愛でるかのような気分で、サラの髪を撫でながら問いかけた。


「で? サラが思い出した事ってなんなんだ? ウトウトしてたのに、わざわざ起きてきたんだろ?」

「ああ、うん。えっとね、ティオに『おやすみ』って言い忘れたなぁって思ったの。」

「そういや言ってなかったな。」

「うん。おやすみ、ティオ。」

「ああ、おやすみ、サラ。」


 サラは、いっとき水色のつぶらな目を開けてジイッとティオの顔見つめた後、ニコッと笑い、そして、再び目を閉じた。

 ティオは、そんなサラの様子を終始穏やかに微笑んで見守っていた。


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