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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第三章 宝石を盗む者
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宝石を盗む者 #4


 しかし……

「じゃあ、このロープをお願いするッスよー。」

「……うっ!……」

 ピピン弟が手にしていたロープを渡そうとすると、男は低く呻いて顔を逸らしてしまった。


 黒いローブを目深に被り、顔には仮面をつけているせいで、男の表情が全く分からず、ピピン兄弟は困惑した。


「……あの? 何か?」

「な、何かじゃないですよ! なんですか、これは! ダメじゃないですか、こんなものを使っては!」

 仮面の男はすぐに二人に向き直ったが、どうやら何かに憤慨しているらしかった。

「……こ、こんなものって、何の事ッスか?」

「これですよ、これ! この、大きな……金属で出来た引っ掛かる部分!」

「鉤の事ですか?」

「そう、それ! そんなもの、なんでつけているんですか! すぐに外して下さい!」


 仮面の男は、ピピン兄弟がロープの先端につけた大きな鉤が、なぜか気に入らないらしい。


「い、いやー、でもー、これがないと、ロープが塀に引っ掛かんないッスよー?」

「そんなものがなくても、ロープを掛けて登る事は可能です!……と言うか、あなた方はこんな危ないものをずっと振り回していたんですか? もし間違って体に刺さりでもしたら、どうするつもりだったんですか?」


 ピピン兄弟は、仮面の男の抗議に面食らった。

 確かに、ロープの先には、巨大な釣り針のような鉤がついていた。

 この鉤の部分を塀の上に投げ上げる事が出来れば、その反り返った先が塀の端に引っ掛かってくれるだろうと二人は想像していた。

 そして、それは、高い塀をロープを使って登ろうとした時、誰もが考えるごく普通の方法だと思っていた。

 ところが……


「外して下さい。」


 仮面の男に強い口調で言われてしまい、ピピン兄弟は呆然と顔を見合わせる事になった。


「さあ! 早く外して!」

「あ、は、はい!」

「分かったッス! 外すッス!」


 結局、二人は仮面の男の有無を言わせぬ圧に負け、ロープの先に結んでいた鉤を慌てて解いて外した。

 その間、仮面の男は腕組みをしてそっぽを向いているばかりで、二人の作業を一切手伝おうとはしなかった。


 そうして、鉤が外れると、仮面の男は再び二人に指図した。


「外したそれを、こんな所に置いておいてはいけませんね。うっかりぶつかってケガでもしたら大変です。……そうですね、向こうの路地の方に置いてきて下さい。」


 ピピン兄弟はまたまた「ええ?」と思ったが、まあ、男の言っている事も一理ある。

 足元に大きな鉤を転がしておくのは危険だと思い、大人しく言われた通り10m程離れた細い路地の方に持っていこうとしたのだったが……

 そこを、男が、ハッと何か思い出したように呼び止めた。


「ちょっと待って下さい!……あなた方、何か懐に武器のようなものを忍ばせているのではないですか? 先程、私を警戒して、何かを取り出そうとしているように見えましたが?」

「ああ、そう言えば、ナイフがあったんだっけ。新しく買ったばっかりの。」

「オイラも持ってるッスよ! ピカピカの新品ッス!」

「いけません!!」


 三たび「ええ?」と驚いているピピン兄弟を、仮面の男は、一際強い口調で責め立てた。


「あなた方は、どうしてそう危険なものを持ちたがるのですか?」

「……え?……ええっと、それは……誰かと揉めた時、手ぶらだと危ないじゃないですか?」

「そうッスよ! 武器がなかったら、一方的にやられちまって、スゲー危険ッスよー!」

「……ハア……あなた達は、まるで分かっていませんね。いいですか?」


 仮面の男は呆れ果てたといった様子で、肩を落として腕を開き、ため息をつきながら首を大きく横に振った。


「誰かと戦う事になった時、武器を持っている方が、逆に危険なんですよ!」



「そ、そんなバカな!」

「ありえねぇッスよ!」

「いえいえ、これは本当の事なんです。」

 そう言って、仮面の男は、少し芝居がかった大げさな身振り手振りを混じえながら、とうとうと語った。


「いいですか? 良く考えてみて下さい。……分かりやすいように具体的な例を挙げて想像してみましょう。」


「例えば……酒場で出会った見知らぬ男と、ひょんな事から口論になったとします。」


「最初はお互い言葉でやりあっていましたが、だんだん興奮して頭に血が上ってきてしまいました。そして、カッとなった相手の男は、あなたに殴りかかってきました。」


「その時、あなたは、懐にナイフを持っていた事を思い出しました。……さあ、どうしますか?」


「そりゃあ、ナイフを取り出して切りつける!……こういうのは、先手を取るのが大事なんだ! 先制攻撃ってヤツだ!」

「お、オイラもそうするッスよー! 相手に殴られるなんてまっぴらッス! 逆にこっちから切りつけてやるッスよー!」


「それが! ダメなんですよ!」

 仮面の男は、ビシッ、ビシッと、ピピン兄とピピン弟を順に指差して厳しい口調で断言した。


「殴りかかってきた男を見て、彼より先に、懐に持っていたナイフを取り出し、切りつける。」


「そんな事をしたら、あなた方は、他人に大ケガを負わせた罪で、犯罪者になってしまいますよ!」


「それどころか、もしナイフの当たりどころが悪かったら、刺された相手の男は死んでしまうかもしれない!」


「結果的に、人を殺してしまう事になるんですよ! そうなれば、あなた方は殺人犯ですよ!」


 仮面の男の畳み掛けるような論調に、タジタジになるピピン兄弟。

 男はそれを見て、更に早口で言葉を続けた。


「そもそも、あなた方は、殺したい程その男が憎かったんですか? たまたま酒場で一緒になった初めて会ったばかりの男に対して、本気で死んで欲しいと思っていましたか?」


「違いますよね? ただお互いちょっと頭に血がのぼって、カッとなっただけだった。殺してしまったのは、たまたまだった。本当は、殺すつもりなんかなかった。」


「じゃあ、なぜ、男を殺してしまったんですか?……それは……」


「あなた方が、ナイフという武器を持っていたからなんですよ!」


核心をズバッと突いてきた仮面の男の言葉に、ピピン兄弟は思わず「おおっ!」と声を漏らして衝撃を受けていた。

仮面の男は、そんな二人に、今度は優しい声色で、なだめるように説いた。 


「あなた方が武器を持っていなければ、お互い殴り合っただけで済んだのです。酒場での殴り合いの喧嘩なんて、良くある話じゃないですか。お役人だって、一々罪に問う事もありません。」


「お二人は、つい最近ナイフを買ったという事でしたが、その時どんな事を思いましたか? 買ったばかりのナイフを手に握った時、自分が強くなったような気持ちになったりしませんでしたか?」

「……た、確かに、『俺は無敵だ!』って気分になりました。安心したって言うか、気が大きくなったって言うか。」

「……オ、オイラもッス。『何かあったら、コイツでズバッとやってやる! どっからでもかかってきやがれ!』って思ったッス。」


「それが、武器の恐ろしさなんですよ。」


「強い武器を手にしただけで、自分が強くなったような錯覚に陥るんです。そして、無意識の内に、いつもより攻撃的な思考をしてしまうんです。」


「そのせいで、さっきの話のように、普段なら殴り合いで済む所が、思いもよらない大ごとになってしまうんです。良くあるちっぽけな揉め事が、傷害事件や殺人事件に発展してしまうんです。……ですから、先程私が言ったように……」


「武器を持つというのは、とても危険な事なんですよ。」


「……な、なるほどなぁ!……」

「……な、なるほどッス!……」

 ピピン兄弟は、仮面の男の言葉に深く感銘を受け、ウンウンとうなずいた。


 そんな二人の反応を確認すると、仮面の男は、また芝居がかった動作で大きく腕を振って……

 先程ロープについていた鉤を置いてくるように言った細い路地を示した。


「では!……そのロープの先についていた凶器と、お二人が今懐に持っているナイフ、それらを全て、あの路地に置いてきて下さい! さあ、急いで!」

「はい、分かりました!」

「ウイッス! 了解ッス!」


 ピピン兄弟は、心の雲が取り払われたような晴れやかな笑顔で、元気いっぱいに返事をすると……

 仮面の男に言われるがまま、ロープから取り外した大きな鉤と、懐に忍ばせていた買ったばかりのナイフを、いそいそと、少し離れた路地に置きに行ったのだった。



「ダッハハハハ! バッカじゃねぇのか、お前ら!」


 腹を抱えて爆笑するボロツに続いて、一緒に話を聞いていた取り巻き連中もゲラゲラと笑った。


「大事なナイフを手放すなんて、ありえないぜ!」

「その仮面野郎は初めて会ったヤツだったんだろ? なんでホイホイ信じちまうんだよ?」

「って言うか、どう見ても格好からして怪しいだろうが!」


「……そ、それがですねぇ……俺達も、後から考えると何やってたんだって思ったんですけど、その時は、なぜか、それが当たり前の事みたいに思えちまって、どうも……」

「そ、そうなんスよー。とにかく、妙に喋りが上手いヤツだったんッスよー。」

「声もなぁ、なんかこう、低くて優しくていい感じで……」

「ついついヤツの言う事を聞きたくなっちまうような、そんな不思議な声だったッスよねぇ。」


 ピピン兄弟は汗をかきかき必死に説明したが、傭兵達には終始分かってもらえず……

 「要するに、ピピン兄弟はどうしようもないバカ。」という事で片づけられていた。

 まあ、確かに、あまり二人が賢くない事は、彼らの話の内容からサラも察する事が出来たのだったが……


(……う、うーん?……)


 サラは、珍しく眉間にしわを寄せ真面目な顔をして、一人考え込んでいた。


(……なーんか、引っかかるんだよねー。……でも、何が引っかかってるのか、それが分かんないんだよねー。……)


 もやもやと、頭の中に疑問の雲が浮かんでいる。

 けれど、その雲が一体どこから湧いてくるものなのか?

 ピピン兄弟の話の一体何が、自分に妙な違和感を感じさせているのか?

 それが、サラには皆目見当がつかなった。

 何か、勘のようなもので(おかしい)とは思ってはいても、理論をすっ飛ばした感覚なので、どうにも説明がつかない。


「おい! いいからさっさとその続きを話せ! サラ団長が退屈してんだろうが!」


 難しい顔をして考え込んでいるサラを見て、ボロツが見当違いの心配をしていた。


「は、はいぃ! すみません、ボロツの旦那!」

「す、すぐ、話を続けるッスよー! ボロツの旦那!」


 ともかくも、ピピン兄弟の話は続く事になった。



 ピピン兄弟が、少し離れた細い路地の影に、ロープについていた鉤と自分達が懐に持っていたナイフを置いて戻ってくると……

 仮面の男は、ロープを手にして屋敷の塀の前に立っていた。

 ロープの先には、どこで見つけたものか、直方体の日干しレンガが既にしっかりと結びつけられてあった。


「そ、そんなんで本当に引っ掛かるんですか?」

「さっきのフックの方がずっと良さそうに見えたッスよー?」

「まあまあ、お二人とも。何事もやってみなければ分かりませんよ。……フム。あそこの木の枝を狙ってみましょうか。」


 男が指差した先には、確かに、高さ15mを超える大樹の梢が塀からはみ出していた。


「ぶつかると危ないので、少し離れていて下さい。」

 仮面の男はピピン兄弟にそう言うと、二人が5m程距離をとったのを見て、ヒュンヒュンとレンガのついたロープを回し始めた。

「はいっと。」

 そうして、ちょうど良く勢いのついたロープを軽く放り投げる。

 全く力みのない、まるで食べ終えた木の実の種を放るかのような気軽さだった。


 男の投げたロープに結ばれた日干しレンガは、シュンと夜の闇を貫いて飛び、ザッと塀から溢れるように茂っていた大樹の梢を割った。

 塀から道の方へと張り出していた枝のすぐ上を飛んだかと思うと、ロープがピンと張った所で、グルングルンと枝の周りを回って絡みつく。

 男は、グッグッと二、三度ロープを引っ張って、しっかりと掛かった事を確認した。


「フム。これなら登れそうですよ。」

「凄い! 一発で引っ掛けちまうなんて!」

「メ、メチャクチャ上手いッスねー!」

「ハハハ、いやいや。たまたまですよ、たまたま。」


 仮面の男は、全く自慢する事なく、むしろ謙遜して、少し気恥ずかしそうにフードを被った頭を掻いていた。


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