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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十一章 幻の記憶 <前編>虫食いの中
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幻の記憶 #7


(……綺麗な男の子……)


 それが、その人物に対するサラの第一印象だった。


 と言っても、相変わらずサラが見ている『不思議な壁』が送り込んでくる記憶はあちこち穴が開いた虫食い状態で、全てが明確に分かる訳ではなかった。

 一昨日の夜、サラが『不思議な壁』に触れた時には、脈絡はなかったものの、嵐のように襲ってくる様々な情報には、どれも欠落は見られなかった。

 まるで自分が今実際に経験しているかのような生々しさと明確さを持って、詳細まで把握出来ていた。

 それ故、ほんの瞬きの間に、何百回何千回と、この世に生まれ、生きて、死んだかのような、膨大な情報と感覚がサラの意識の中に押し寄せてきて、精神的な許容量を超え、自我が壊れかけたのだったが。


 今回は、今の所サラの意識に異常はない様子だった。

 サラは、「自分が誰であるか」という自己を、自分の存在を、しっかりと認識したまま、『不思議な壁』が彼女の意識に流し込んでくる情報……あるいは、何かの記憶を傍観していた。

 それは、今回はサラが、ティオに『不思議な壁』について、部分的ではあるが説明を受けた後であり、また、前回精神が崩壊しかけた事の反省もあり、充分に警戒した状態だったためなのだろう。

 おかげで、『不思議な壁』が見せる見覚えのない記憶に完全に飲み込まれる事はなく、自我を保っていたサラであったが……

 その代わり、サラの意識に入ってくる情報、記憶は、あちこちにポッカリと穴が開いた不完全な状態だった。


 最初に見た、どこかの女性の記憶もそうだったが……

 その次に見た、太陽が沈まないままぐるりと地平を一周する不思議な景観……

 突如として現れた何人もの人が凄惨な死に方をしている光景……

 一面に燃え盛る激しい炎と、その中に一瞬チラと見えた黒い人影……

 高い山々の連なる荒涼とした景色と、その山の上空を飛んでいく巨大な鳥に乗った人々……

 天から唐突に一直線に矢のように落ちてきて、遠い地上で誰かの手に止まった透明なカラクリ鳥……

 そして、今意識が重なっている小鳥がどこかの木の梢から見ている景色も……

 そのどれもが、所々無秩序に虫に食われたように欠け、抜け落ちて、真っ白な空白と化していた。


 それでも、欠けていない部分は、以前『不思議な壁』に触れた時のように、まるで今現在自分が体験しているかのような鮮明な状態で感じ取る事が出来ていた。

 対照的に、抜け落ちてしまった部分は、どう目を凝らしても何も見えない、どうにも補完出来ない虚無のような状態となっていた。


 小鳥となった……小鳥に意識が重なったサラが見つけた少年も、かなりの部分の情報が欠けていた。

 見た瞬間に、「端正な面立ちの、儚げな少年」という印象だけが意識の中に流れ込んでくる一方で……

 30m程も距離が離れている事もあってか、大樹の根元に座り込んで眠っている彼の実際の外見をはっきりと捉える事は不可能だった。


(……どこだろう? ここ?……全然見た事ない場所だなぁ……)


 虫食いの記憶の中で、サラは、『不思議な壁』に精神を蝕まれる事を警戒し、あまりのめり込み過ぎないように気をつけながら周囲の様子をうかがった。

 近くには大小何本もの木々が立ち並び、茂みや緑の下草が生えているが、林や森とった雰囲気とは違っていた。

 人間が計画的に木々や草花を配置して生育を管理している人工的な緑地……大きな庭のような場所だった。

 木々の向こうに何棟もの立派な建物が見えている。

 重厚な石造りの建物で、窓には格子状の枠に透明な板ガラスがはめ込まれており、かなり高度な技術で作り上げられた近代的な建築物のようだった。

 太陽の位置からして、小鳥の止まっている木々のある辺りは、建物の群れの北西側であり、かなりの広さがあるものの「裏庭」と呼ぶような場所のように思われた。


 少年は、その人気のない大きな裏庭の、中央付近の木の下に座り込んで、背中を幹に預け、うつむき目を閉じて眠っている様子だった。

 少年の外見は依然として判然としなかったが……

 サラサラとした絹糸のような銀髪が、清潔に短く切り整えられていた。

 衣服は全身白で、シャツとズボンの上に、袖口が広く裾の長いという特徴的なデザインの、フードのついた上着を羽織っていた。

 衣装の雰囲気が、先程万年雪を戴いた山脈の上を巨大な鳥に乗って飛んでいった人々に似ている気がした。


(……不思議な髪……とっても綺麗だけど、なんだか髪そのものが光ってるみたい……)


 一人ポツンと木陰で眠っている少年の髪は、ほんのりと発光しているように見えた。

 例えるなら、透徹した冬の宵空に浮かんだ月のようなどこか寒々しい光であり、そんな不可思議な髪のせいか、少年は、その姿が、存在が、どこか現実離れして感じられた。

 まるで、ここに居るのに居ないかのような、物語の中の人物のような……

 異質で、奇妙で、非現実的で……

 幻のように、陽炎のように、残像のように……

 辺りの風景から、彼の姿だけが、揺らめき、ズレて、浮いて見えていた。



『あ! 居た居た! 見つけたー! 大大大、大成功ー!』


 と、唐突に、サラの頭の中でどこからか声が響いた。


(……え? え? なになに? 一体どうなってるのー?……)


 いっとき混乱してしまったが、どうやら、誰かの意識が、サラの意識が重なっている小鳥に重なっているらしかった。

 つまり、一匹の小鳥に、サラの意識の他に同時に誰かの意識が入り込んでいるようなのだ。

 いや……サラは、あくまで、いつかどこかで起こった過去の記憶を見ているだけであるので……

 実際に、その時小鳥に意識が重なっていたのは声の聞こえた人物の方であり、サラは、誰かの意識が重なっている小鳥の視点で過去の出来事をただ傍観しているだけだった。

 当然、声の主は、サラの存在には全く気づいていない様子だった。


『ンッフフフフ! やっぱり僕って天才じゃなーい? ねえ、そう思うでしょー?』

『鳥を造ったのは私です。』

『アイデアを出したのは、僕だよ! 分かる? どんなに凄い技術や知識だってね、使い方を思いつかなければ、まるで役に立たないんだよ。要するに……僕の方が偉い!』

『否定はしませんが、「古代文明の遺産」を使用しているのですから、我々の力というよりは、遺産の成果だと思います。』

『あーもー、相変わらず、可愛くないなぁ、君はぁ!』

『……』

『あ! 嘘嘘! とっても可愛いよー! 僕の次の次の次の次の次の次ぐらいには可愛いからねー! 自信持っていいよー!』

『……それは、ありがとうございます。』

『全然嬉しそうじゃないなぁー!』


 驚くべき事に、サラの視点となっている小鳥に意識が重なっているのは、一人だけではないようだった。

 陽気で軽薄そうなお喋りな人物と、対照的に真面目で寡黙な人物の二人が居る様子だった。

 ただ、二人の会話の内容が伝わってくるだけで、声色、外見、年齢、性別といったものは全く不明だった。

 その会話の内容や二人の間に流れる空気から、かなり気心の知れた関係なのだろうとサラは感じた。


(……え? ど、どういう事?……「造った」? 今、この鳥を「造った」って言ったの?……これ、本物の小鳥じゃないのー?……)

 

 どこの誰とも知れない二人の意識が、サラの宿っている小鳥の中で会話をしている間にも……

 「小鳥」らしきものは、いかにも鳥といった仕草で、大樹の小枝に止まった状態で片羽根を広げ、ツイツイとクチバシで翼の羽をつついて身づくろいをしていた。

 サラは、そんな小鳥から見える風景ではなく、小鳥の小さな体そのものの中に意識を向けてみた。


(……わっ! わわわっ!……な、何これー! 土だー! この鳥、真ん中の所は粘土みたいなものをこねて造ったみたいな感じがするー! その外側を、集めた本物の鳥の羽で覆って、小鳥みたいな見た目にしてるんだー! 目は、小さなガラス玉っぽいー! クチバシは削った木の欠けらかなー? 足は、何かの草を編んで作ったものみたいー。……えー!? 土をこねて、鳥の羽や木のクチバシ、ガラスの目、草の足をつけて、いくら鳥っぽい見た目にしたからって……本物の鳥みたいに空を飛んだりしないよねー、普通ー? 一体何がどうなってるのー?……あ!……あれ?……)


 サラは、自分の意識が宿っていたものが、本物の生きた小鳥ではないと知って驚き混乱したが……

 ふと、その小さな鳥の胸部に何かが埋め込まれているのに気づいた。

 それは鈍銀色の楕円形の金属のようなもので、くすんではいるものの、サラの意識には、何かを映し出す「鏡」という性質が伝わってきていた。

 どうやら、状況からして、土塊で作った小鳥に意識が重なっている二人の人物は、この鳥を、特に胸部の小さな鏡のようなものを通して、30m程先の木の下で眠っている少年の様子を見ているらしかった。

 と言うよりも、この鏡を自分達の狙った場所に運ぶために、この偽物の鳥を造ったと言うべきか。


『あーあー、学校の中に居ないと思ったら、思った通り、こんな所で一人っきりで寝てるよー。』

『会話をするような友人が居ないのでしょうか?』

『居る訳ないでしょー、あんな感じでさー。遠巻きに好奇の目では見られてるだろうけどー、話しかけてくる子なんて居る訳ないよー。暗いし、陰気だし、喋らないし、喋ってもボソボソ声小さいし、愛想はないし、態度も悪いし、目つきは最悪だし。あんな近寄ってくんなオーラ、ガンガンに出してたら、同年代の子供なんて、ビビって遠ざかっていくってー。ただでさえ、いわくつきの編入生だからねー。……って言うか、そもそも本人が友達なんて欲しがってないよー。その辺は、僕や君と同じだねぇ。変わり者の一匹狼、ってね。』

『あなたは、多くの人に好かれているでしょう? 友人も多い。』

『立場上仕方なく愛想良くしてるだけさー。根っこは昔と変わらない「異端児」だよー。まあ、これからも変わり者同士仲良くやっていこうよね。……あの子とも、仲良く出来るといいんだけどねぇ。』

『それは難しそうですね。私はともかく、あなたは彼に嫌われているでしょう?』

『ちょっ!……き、嫌われてないもんね! あ、あれは、あの子が反抗期なだけでー! あ、あの年頃の子は、みんなあんな感じなのー!』

『彼は、私に対しては、とても丁寧な態度で接してきますよ? 必要最低限の事しか話しませんがね。』

『ムッキー! なんだよ、なんだよ、自分の方があの子に好かれてるっていう自慢ー?』

『いや、そうではなくて。……忌憚のない意見を言わせてもらうなら、あなたは、自分の理想を彼に押しつけ過ぎかと思います。』

『だ、だってだって、しょうがないだろう? 僕がどれだけあの子を待ってたか、君は良く知ってる筈だよー? ずっとずーと待ってた人間に、ようやくようやくようやーく会えたんだよ? そりゃ、興奮だってするし、グイグイ行っちゃうし、いつもよりちょっとだけお喋りになったりもするよー!』

『気持ちは分かりますが……たぶん、第一印象が最悪だったのでしょう。後は……元々性格的に合わないのではないですか?』

『うん、もぅー! 本当に君は、遠慮ってものを知らないねー! この僕に対してそんな事を堂々と言うのは君ぐらいだよー!』

『ええ、義理の父親にそうするようにと、毎日口を酸っぱく言われていますので。』

『あ、ああ、そうだね! 確かにそうだったね! マジムカつくけど、ありがとねぇー!』


 意味があるのかないのかないのか分からないような二人の会話を(うるさいなぁ)と思って聞き流していたサラだったが……


(……あ!……)


 ピリッと、一瞬小さな雷が走ったかのような緊張感を覚えてハッとなった。

 30m程先の木の下で眠っていた少年が、薄く目を開けて、チラとこちらを見た気がした。

 反射的にドキッとして、心臓がバクバクと鳴ったが、すぐに少年はまた、何事もなかったように目を閉じて、午睡に入っていった。

 もちろん、今のサラは意識だけなので、「心臓が鳴った」ような感覚を覚えただけであったが。


(……気づかれた?……き、気のせいだよねー? 相当距離が離れてるしー、遠くから見たら、これ、ただの小さな鳥だもんねー……)


 しかし、気づいたのはサラだけで、人造の小鳥に意識を重ねている他の二人は、喋っていたせいか、少年が一瞬目を開けた事さえ知らない様子だった。


『……ここからでは良く見えませんね。もう少し近づきませんか?』

『君、最初はのぞき見なんて良くないとか言っておきながら、ずいぶんノリノリじゃないー?』

『具合が悪くてグッタリしているのではないかと、心配なのですよ。』


 確かに、真面目そうな人物が言うように、少年はかなり痩せているように感じられた。

 たっぷりと布を使用したローブのような服を着ているため体型を把握しにくいが、体の横に投げ出して、下草の上で手の平が裏がっている腕を見るに、成長途中というのもあるのだろうが、相当華奢に感じられた。

 そんな体型がまた一層、美しい面立ちの少年の非現実的で儚げな印象を強めていた。


『極端に食が細いのが気になっています。何かに夢中になっていると、それこそ水も飲まないんです。』

『まるで生きる事を拒絶してるみたいだよねぇ、今のあの子は。……でも、そこは心配ないよ。そんな簡単に倒れたり、死んだりしない。芯はしっかりしてる子だから。……と言うか、あの子は、ここで死ぬような運命じゃない。いや、世界に死ぬ事を許されていない、と言うべきかな。』


『まあ、とにかく、これ以上近づくってのはなしだね。きっと感づかれちゃうよ。あの子、嫌になる程勘がいいからね。学校での様子を知るっていう当初の目的は達成されたから、後はまぁ、あの子が無防備に寝ている姿でも眺めて悦に入っておこうよ。クックックッ! こうして大人しく寝ている所を見てると、まだまだ甘っちょろいガキだよねぇ! 僕らにのぞかれてる事も知らないで、スピスピ寝ちゃってさぁ! まぁ、可愛い! やーいやーい、お前の先生、出ーベソ!』

『や、やめて下さい!……彼も、ごく普通の少年なんですよね。うっかり忘れそうになりますが。』


 と、小鳥に意識を重ねている二人が、少年に聞こえないのを良い事にやいのやいの言っていると……

 少年が、ふうっと、昼寝から自然に目が覚めたといった様子で、ゆっくりと瞼を開いていった。


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