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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十一章 幻の記憶 <前編>虫食いの中
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幻の記憶 #6


(……え?……)


 と、サラは自分の意識が重なっている女性の話を聞いて驚いた。


「えーとねぇ、すっごく綺麗な女の子なのよ。」


「髪はキラキラ光る金色で、目は優しい春の空のような色をしているの。小柄で、華奢で、まだちょっとあどけない感じなんだけど、自分の事を『十七歳!』って言ったりして。フフ、見た目はどう見ても、十三、四歳ぐらいなんだけどね。」


(……それって、ひょっとして……私の事じゃない?……なんで、この女の人が私の夢を見てるの? えー?……私が、今、この人の意識に重なってるみたいに、女の人も私になった夢を見ていたの?……どうして?……)


(……私と、この女の人は、何か繋がりがあるのかな?……同じ赤い石のついたペンダントも持ってたもんね。……)


 サラが見ている過去の記憶の中で、サラらしき人物の事を語る女性について、サラは頭をひねったが……

 やはり何もサラ自身の記憶にはなく、自分との関係は分からないままだった。

 そもそも、サラの意識が重なっているとは言っても、『不思議な壁』が与えてくる記憶は重要な部分が欠落しているため、女性の顔も名前も、サラには知る事が出来なかった。

 なんとなくまだ若そうな……二十歳には達していない、サラの自称する十七歳と同じぐらいの年齢に感じられた。

 また、胸のペンダントを見た時に、サラよりもずっと女性らしい豊かな胸の持ち主なのに気づき、少し羨ましく思ったりもした。

 あまり、『不思議な壁』が与えてくる記憶の中を探り過ぎると、壁に精神を飲み込まれかねないので、サラは深く考えない事にして……

 ただ、目の前で流れていく、どこかの誰かの記憶をぼんやりと眺めていた。


「そう言えば、その女の子も、これと良く似たペンダントをしていたわ。私の宝物だから、夢の中で他の人間になっても、これだけは身につけていたのかもしれないわね。」

「そ な 気      だ 。」

「当たり前でしょ。だって、   から貰ったものだもの。」

「貰っ   ……欲 いっ   て、  リ 強引に持      ん     。」

「そうだけど。…… に     して  んじゃなかったの?」

「 ハ。   が   って   、    いよ。」

「フフ。ありがとう、   。これからも、大事にするね。失くしていないか心配で、一日に何度も確かめちゃうの。それに、これを見ているとあ  の事を思い出すから。」

「 配  、鎖    丈         ?  う ぐ、       に行   、  時         見 っ    。」

「そうだったわね。   、今回 に    選ばれたのよね。   の  にすっかり  されているのね。」

「   って    う?……    時 、その は      預     る  、い  ?」

「もちろんよ。     の  だものね。」


 二人は、暖炉の前で、しばらく赤い石のついたペンダントについて和やかに会話を交わしていた。

 そんな様子を見ていて、サラはフッと思った。


(……この女の人が持っている赤い石、やっぱり私の持っている石と同じものなんじゃないのかな? それで、何かあって、枠や紐を変えたのかも。……)


(……つまり、この人が、このペンダントの前の持ち主って事?……)


(……こ、この人は、今どこに居るの? この後、一体どうなったの? 私と、どんな関係があるの?……)


(……って、ダメだ! なるべく考えないようにしないと、『不思議な壁』に精神を侵食されちゃう!……)


 しばらく暖炉の前に居た二人だったが、やがて男性が女性の体を心配した様子を見せた。


「 ら、   、そ そ 眠      い。朝      長 。  な  ら、    眠   、  起   ば      ら。」

「うん、そうね、   がそ        なら安心ね。……朝が来るまで、ずっと抱きしめていて、   。約束よ。」

「 か  。約   。」

「ありがとう、    」

「  冷 さ      。お    心 だ  、   子         ?」

「うん。気をつけなくっちゃいけないわよね。ごめんなさい。」

「 め     ゃな 。   と  が      よ。」

「   ……愛してるわ。」

「…… も。……お   、   。……」

「おやすみなさい。」


 男性は、女性に眠るように促し、女性は素直にうなずいていた。

 男性が軽々と女性を横抱きにに抱き上げてベッドまで連れていっていたが、女性は恥ずかしがって男性の胸に顔を埋めていた。

 その時、女性は自分の腹部をジッと愛おしげに見つめ、守るように手を置いては、そっと撫でていた。


(……あ!……)


 その時、サラはハッと気づいた。


(……赤ちゃん! この人、たぶん、お腹に赤ちゃんが居る!……)


(……そっかぁ。きっとこの男の人との子供なんだね。……この二人は、夫婦だったんだ。……)


(……赤ちゃん、無事に生まれてくるといいなぁ。……)


 仲の良い夫婦は、やがて同じベッドで横になった。

 男性が女性を包み込むように抱きしめて、女性は男性の胸に顔を寄せて……二人はとても穏やかに、幸福そうに眠りに落ちていった。



(……あ、あれ?……)


 眠りに落ちた女性からサラの意識はスウッと離れ、宙に昇っていったかと思うと……

 いつの間にか、深い夜の闇の中にポツンと浮かんでいた。

 暖炉の明かりの満ちる小さな部屋の中で眠り落ちた女性と、彼女を抱きしめて眠る男性の二人をどこか遠くの高い空から見下ろしているような視点になり、更にもっともっと遠ざかっていき……

 サラの眼下でいつしか一つの星のようになった光は、やがて音もなく掻き消えた。


(……キャッ! な、何!?……)


 途端に、ゴゴゴゴゥ!……と、轟音を立てて巨大な津波のごとき情報がサラの周囲に流れてくる。


 見た事もない鋭く尖った形状をした大きな木々の森が、曲がりくねったいくつもの河と、大小様々な湖を散りばめて地平の果てまで続いている光景が、遥か下に見えていた。

 それは、朝のようであり昼のようであり、広大な森林には靄が掛かり、空には弱々しい金色の光の周囲に淡いオレンジ色が、その更に外側には淡い紫色が広がっていた。

 背の高い木々は青い影となって眠り、川と湖はその時々の空を鏡のように映しては、思い出したようにそっと輝いた。

 地平すれすれにあった太陽が少し上がったかと思うと、ゆっくりと下がり、けれど地平の奥へは沈まず、ぐるりと一周して再びまた空へと少し昇っては下がり、それが延々と繰り返される。

 せわしなく雲が流れ、太陽の昇り下りに伴って空に放たれた光量は緩やかに増減するものの、夢のあわいのような色合いは大きく移り変わる事がないままに、ひと繋がりに丸くなった地平の上を覆っていた。



 むせ返るような血の臭いが辺りに充満していた。

 視界のそこここに、人が血を流して倒れており、既に皆死んでしまっていた。

 ある老人は斜めにバッサリと背中を切断され、真っ二つになった体は、それぞれが1m程離れた地面に転がっている。

 その少し先に、中年の女性が仰向けになって亡くなっていた。

 目は抉り出され、舌は抜かれて、両方ともどこかに失われていた。

 また、縦に裂かれた腹と、水平に割られた頭蓋の中身も、ポッカリと穴が空いたように失われて、今は薄暗い虚空が広がるばかりだった。

 かと思えば、その女性に覆いかぶさるようにして倒れている中年の男性は、四肢がバラバラに切り離されていた。

 斬られた時に勢いで飛んだと思われる首が、少し離れた井戸のかたわらに転がっており、絶望と恐怖と憎悪の形相のままに目を大きく見開いていた。

 戸口の屋根に切り飛ばされた老年の男の上半身が引っ掛かり、飛び出した腸と共にボタボタと血が垂れて、地面に赤い池を作っている。

 一方で、二十代半ばらしい女性は、臓腑や脳みそだけでなく、鼻から目から頰から、両の乳房も腿の肉も丁寧にこそげ取られて、長い黒髪だけを血にベットリ濡らして残したまま亡くなっていた。


(……嫌っ! 何これ!?……)


(……『不思議な壁』が私の精神を混乱させようとして、こんな酷い光景を見せてるの?……ダ、ダメ、ダメ! こんなの見ちゃダメ! 気を強く持って、意識を他に逸らさなきゃ!……)


 いつどこの出来事とも知れない記憶の中で、意識だけとなっているサラが必死に目を閉じ頭を抱えてうずくまっていると……


 ……ドオォンン!!……


 何か、大きな爆発音が耳をつんざいた。

 そして、あっという間に辺りは轟々と燃え盛る緋色の炎に包まれ、人々も建物も、見る間に黒く焦げて崩れて、黒煙と共にかき消えていった。

 人肉の焼ける不快な臭いに吐き気を催したのも束の間、炎はみるみる勢いを増し、どこまでも貪欲に広がっていこうとしていた。

 その時、全てが灼熱に歪む業火の中に、一瞬、人の姿を見た気がした。

 黒い影のような人の姿がゆらりと揺らめいたかと思うと、もう次の瞬間には、無秩序に荒れ狂う炎の群れの中に消えていた。


 その後すぐに、サラの意識はその場から遠ざかっていった。

 全てを飲み込むかのように燃え盛っていた炎が、あっという間に、また小さな星のように遥か彼方に去って、果てしない闇の中に音もなく消えた。



 気がつくと、サラは、連なった高い山々を見下ろしていた。

 山脈は頂に万年雪を抱いた姿で、まるで天然の城壁のごとくに色あせた地平に端まで長く伸びている。

 荒涼とした寒々しい気配を見るに、この辺り一帯の地域はかなり痩せた土地なのだろう。

 山脈の壁とは反対の方角は断崖絶壁で断ち切られ、その先には荒々しいくすんだ海が渦巻いていた。

 空は薄雲に覆い尽くされ、巨大な灰色の蓋を被せられているかのような閉塞感があった。

 その、黒い岩肌と白い雪で出来た鋭い山々の頂と、憂鬱な灰色の空の境目に、何か点々と黒いものが動いていた。

 意識を向けると、グググッと視界が寄っていき、十数羽の鳥が飛んでいるのが見えた。

 鳥は、その背中に、それぞれ数人の人間を乗せていた。

 遠くの空から見ているために最初は大きさが良く分からなかったが、鳥に人間が乗っているという事は、かなり大きな鳥らしい。

 姿は一見アヒルやカモのようなのだが、翼を広げるとザッと5m以上はある、見た事もない巨大な鳥だった。

 そんな鳥がこの世界に存在している事さえもサラは知らなかったため、夢か何かなのではと思った程だった。

 鳥に乗っている人達のほとんどが、変わった服装をしていた。

 袖が長く裾も長い、動きにくそうなローブ姿であるが、皆総じて全く鍛えていない筋肉のない細い体であるため、そんなムダにダブついた服でも不思議に暑苦しさは感じなかった。

 彼らは何か焦っている様子で、乗っている鳥を急き立てて、黒雲の厚く垂れ込めている方角へと飛び去っていった。

 やがてそれは、ケシ粒のように小さくなり、雲の暗い灰色に混じって見えなくなった。



 突然、地上の遥か上空に居るサラの意識の、更にもっと上、天の頂から何かが物凄い勢いで降ってきた。

 それは、サラの手の平に乗る石つぶて程の大きさの透明な鳥で、中天の太陽の光を受けて、キラリと輝いた。

 まるで光の矢のように垂直に落下して、サラの意識をあっという間にすり抜けると、地上へと向かって落ちていった。

 地上で誰かが腕を頭上に伸ばしてその鳥を止まらせたようだったが、どんな人物かは遠過ぎて分からなかった。

 ただ、鳥はその人物の元にやって来て止まった様子だったので、おそらく鳥の飼い主、いや……

 その鳥からは生き物の気配を感じなかった事から、鳥の形をした何かカラクリのようなものらしいとサラは考えていた。

 地上の人物は、そのカラクリを操っていた人間だろうと、根拠はないものの思った。

 天から降ってきた透明な不思議な鳥を捉えた人物に、サラが目を凝らそうとすると……

 その瞬間、グルンと、視界が大きく回転した。



 ……ザザ……ザザザザ……

 サラは、一羽の小鳥になって……いや、小鳥に意識が重なった状態で、大樹の梢の隙間を、青葉をその身で擦りながら潜り抜け、そして、一つの枝に止まった。

 クク、と小鳥は歯車を回転させるかのように機械的に首を回して、自分の周囲を見つめる。

 周囲に茂った緑の葉は、半透明で光が透け、まだ広がったばかりの若葉である事が知れる。

 透きとおった緑色は、ある箇所は幾重にも厚く重なって濃くなり、またある箇所は重なりが少ないために薄くなり、重なりが途切れた隙間からは、白い陽光がヒラヒラと漏れていた。

 ……サササ、ササ……と、梢を通り抜けていく爽風に、葉擦れの音が心地良い。


(……誰か、居る!……)


 サラは……小鳥は、程なく、30m程離れた木の下に、白い服を着た人物の姿を捉えていた。


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